第四章

5.
「後続艦隊の旗艦らしき空母から艦載機が射出されています。しかし方向はこちらではありません!」
デスシャドウ号のレーダー手が叫ぶ。
「どうやら敵さん・・・クイーン・エメラルダス号に気づいたようや・・・。きっとステルスバリアを張る前に敵のレーダーが起動エネルギーを感知したんやな。流石やなぁ〜」
ヤッタランは攻撃の最中の息抜きといった具合に大あくびをしながらそう言う。巨大パネルでは現在の戦況、クイーン・エメラルダスの航路、敵要塞の様子等、いくつかの映像を映し出している。ハーロックは空母から発進される艦載機の行き先を計算した。こうしている間もデスシャドウ号の直ぐ傍では次々に前衛艦隊の戦艦による爆発で、激しい振動を起こしている。しかし誰一人としてそんな事で浮き足立つ者などここにはいない。
「撃ち落とせ。クイーン・エメラルダス号がワープ可能領域に達するまでホルトの先へは一機たりとも向かわせるわけにはいかない」
デスシャドウ号のバリアがどれほど耐えられるか分からないが、敵艦からの攻撃への対処より艦載機への掃射を優先すると決めたハーロックは舵を振払うように切ってデスシャドウ号の艦体を攻撃中の前衛艦へと体当たりさせた。
「艦首ラム作動!できる限り敵艦との距離を縮め、間近を航行する。総員衝撃に備えろ」
そう言っているそばから敵艦の甲板を艦首ラムでえぐりながら最大全速で空母へと向かう。敵艦の連なる誘爆の中に飛び込み、炎に巻かれながら後続艦隊の中央へと姿を現したデスシャドウ号は、さしずめ業火をかいくぐってきたドラゴンの如く。デスシャドウ号を取り囲んだ敵の集中砲火を躱すため、うねりながらの航行を続けた。

「艦載機がこちらに向かっている。・・・こちらに気付いたのでしょうか。トチロー」
「あぁ知ってるよ。だが戦艦をよこさないってことはまだ確信にはいたってないだろう。下手に武器エネルギーを使うと相手の思うつぼだ。このまま航行を続ける」
「デスシャドウ号が集中砲火を受けているのに!?」
「あぁそうだよ!祈るんだ・・・・・ヘビーメルダーにゃ俺とハーロックの親爺達が乗っていた戦艦が眠ってる・・・俺とハーロックの第二の故郷だ。それに向かって・・・祈ってくれぃ!」
デスシャドウ号の揺れようからして、ハーロックをはじめとする乗組員が無傷とは言いがたい。トチローもエメラルダスも敵艦隊から集中砲火を受けながらふらふらと泳ぐように見えるデスシャドウ号を痛心の思いで見つめていた。そして、クイーン・エメラルダス号の医務室でも、同じような思いで祈り続けるジャスミンの姿があった。
「荒波を行く勇敢な船乗り達を・・・どうかお守り下さい」
何も映らぬ彼女の瞳から大粒の涙が溢れた・・・それは、カプセルを開いてドクター・ゼロが往診中のD・ハーロックの頬へとこぼれ落ちてゆく。その瞬間、ジャスミンは何かを感じ取った。
「目を覚ましおったぞ・・・そんな筈はないんだが・・・どうしたもんかの」
仮死状態にしていたD・ハーロックの体中に繋いだシールドが接続されているコンピューターのモニターは確実に「動き」を示している。ドクター・ゼロがキーボードを叩いて原因を調べようにも、再び眠らせる前にD・ハーロックは長い間閉じていた瞳をゆっくりと開けたのだった。
「ジャス・・・ミン」
「D?・・・」
D・ハーロックの顔を探すように、彼の体を手でなで回し、ようやく彼の顔を両手で包み込んだジャスミンの姿は、明らかに目が見えていない。そんな彼女の姿をしばらく見つめているうちに、まるで麻酔から覚めてゆくようにD・ハーロックの神経が覚醒をはじめ、全身の血液が勢い良く流れ出す。急激に血色の良くなった彼は、片目をかっと見開き、即座に起き上がった。
「・・・ジャスミン・・・俺が・・・見えないのか?・・・ここは・・・」
D・ハーロックが気付く前に、ドクター・ゼロが呟いた。
「クイーン・エメラルダス号の医務室だ。見覚えがあろう?・・・すまんな・・・ジャスミンは・・・命こそ取り留めたが・・・体も目も、どうにもならんかった・・・。ヘビーメルダーのダウンタウンで倒れたお前さんとジャスミンが・・・お、おい!まだうごいちゃいかん!」
勝手知ったるクイーン・エメラルダス号。何がどうなったかなにも分からないにせよ、常人ではあり得ない立ち上がりの早さでD・ハーロックは艦橋へと走っていった。

「エメラルダス!!」
「D!?」
「げっ・・・まずい・・・」
突然のD・ハーロックの登場を驚愕の面持ちで迎えたエメラルダスとトチロー。目前のモニターに繰り広げられている戦闘映像がD・ハーロックの目に飛び込んだ事に事態を重く見たトチローがまだワープ安全圏には少し早いにも関わらず、ワープスイッチに手をかけた。
「すまんハーロック!先に行くぞっ!」

「キャプテン!クイーン・エメラルダス号がワープしました!安全圏の手前ですが・・・運良く障害物を回避したもよう」
「・・・・・そうか・・・」
「ほなわいらもそろそろおいとまやな」
ヤッタランがそう呟いたものの、いまの戦況から離脱し、追っ手を撒いて果たしてワープに持ち込めるのか謎だった。どれほどの余力が残っているか分からないほどデスシャドウ号は痛手を負っている。今すぐの決断が迫られた・・・その時だった。
「巨大な物体のワープアウト反応!・・・右舷・・・間近です!!」
悲鳴にも近いレーダー手の声でハーロックも一瞬血の気が引いた。ギリギリになるまでワープアウト反応が感知できないのは、その物体がステルス潜宙艦である可能性が高い。ハーロックの脳裏に唯一とも思えるその物体の正体が過った。
「緊急回避!」
真っ赤なアラートランプが艦内に点滅し、デスシャドウ号ではめったにないサイレンが谺する。クルー達は近くにある物にしがみつき、来るだろう強力な衝撃に備える。それから猶予なく激しい磁力嵐を巻き起こして、その巨大な物体が徐々に姿を現した。デスシャドウ号と交戦していた空母との間に割って入ってきたようなそれのせいで、空母は当たりどころ悪くガラクタの様に弾き飛ばされ、ヘビーメルダーの大気圏へと引き付けられてゆく。一方のデスシャドウ号は右舷翼をへし折られながら、巨大な物体の鼻ズラをかすめるように旋回し、そのまま直線航路をたどって離脱体制を取った。
「この期を逃すな!・・・全速力で離脱し、追っ手が来る前にクイーン・エメラルダス号を追尾ワープしろ!!」
艦橋にハーロックの声が響く。切り返しの早さと、巨大な物体が艦隊を遮ったおかげで、やがてデスシャドウ号もマゼラン宙域から姿を消すのだった。

「ヴェルセルーク!!貴様ぁぁぁーーーー!!」
アイアンデアーが目前の状況にヒステリックな声をあげるのも無理はない。そう、白鯨がわざわざといっていい程の位置にワープアウトし、戦闘を中断させたのだった。しかし、ヴェルセルークへ怒りの暴言を吐く前に、言葉をつまらせざる得ない声が全艦隊に響き渡った。
【私はメーテル。ここは銀河超特急999号本線区域です。機械帝国軍はいかなる理由があれ、私の許可なくこの区域での戦闘は認めません。くりかえします。ここは銀河超特急999号本線区域。機械帝国軍はいかなる理由でも、私の許可なくこの区域での戦闘は認めません。アイアンデアー将軍。即刻マゼラン宙域から立ち去りなさい】
「メ、メーテル・・・様」
確かにメーテルの声だった。白鯨の白く輝く巨体に守られるように、艦底に銀河鉄道999いるのを見つけ、驚きの表情を浮かべるアイアンデアー。科学の粋をつくして作られた生身によく似た彼の顔では、その驚きの様がはっきり見て取れる。
【アイアインデアー将軍。ご命の通りメーテル様を保護し、急ぎ本隊まで辿りついた次第】
メーテルがモニターに映ったと同時に、そこに悠然と立つヴェルセルークの落ち着き払った声にアイアンデアーはボロクソに崩れた顔で答えた。
「ほ・・・保護!?・・・わ、私はそんな命令をした覚えは・・・」
【では、何と?】
捕獲しろと命令した筈だったが、メーテルを前にそんなことは口が裂けても言えない。しかしアイアンデアーは、彼にとって『出来損ないのメタノイド』であるヴェルセルークのせいでせっかくのチャンスをめちゃくちゃにされた怒りがおさまらなかった。
「分からんのかヴェルセルーク!特殊人材を乗せて逃げ回っておるやもしれん輩をのさばらせるは機械帝国繁栄のためならず!このままあの忌わしい連中を放っておくのがどれだけ危険か・・・」
【将軍。ここは非戦闘地区。たとえ海賊であっても手出しは無用。あなたは機械化母星の中核をなす大切な資材を運ぶ銀河超特急999号本線行路を断つおつもりか?それは・・・女王プロメシューム様への反逆とみなされるが、いかに?】
「貴様・・・ぬかしおって・・・。もういい!連中の後を追え!」
【いえ、それはできません。我が故郷バルザックは機械帝国軍の傘下に入ったとはいえ、独立した自治を認められている。したがって白鯨は私がその一存で扱う権利があり、ゆえに私の一存で戦線から外れる権利も。たとえこの白鯨を機械帝国艦として差し出したとしても、私なしでは動かぬこともお分かりのはず・・・そして私は機械帝国軍女王プロメシューム様の代理人であるメーテル様の命令に従う義務がある。彼等を追うことはできぬのです】
【お聞きの通りです、アイアンデアー。私はこれよりこの白鯨を護衛にアンドロメダへと向かいます。あなたは即刻この宙域から離れなさい】
マゼランにメーテルの声が凛と響いた。程なくして、アイアンデアーの要塞をはじめとする艦隊がこの宙域からワープしていった。

「これでよかったのですか?」
「感謝します、ヴェルセルーク。やはり貴男はバルザックの気高い騎士」
白鯨の広い艦橋でメーテルはヴェルセルークに頭を下げた。その姿にヴェルセルークは跪き、胸に手を当てて深々と頭を垂れる。

999とファウストの艦は宇宙ステーションから出たところでメーテルの行方を追っていた白鯨と遭遇した。ファウストの艦の存在を見破られたメーテルはヴェルセルークをまだ心ある騎士と信じ、理由は聞かずに手を貸すよう頼み込んだのだった。

「これからどちらへ?」
収容されていたファウストの艦が白鯨の腹の中から姿を現し、メーテルを乗せた999号に並んだ。ヴェルセルークは先ほどメーテルがアンドロメダに向かうと言ったことが嘘であることを見抜いていたかのように、彼女の行き先を尋ねる。
【貴男には申し上げられません。しかし白鯨はこのまま私と共に旅を続けているという事にしておきましょう。貴男はいったん母星へとお戻りなさい。・・・奥様がいらっしゃるのでしょう?・・・身重だと聞いていましたが】
恐らくはもう生まれているかも知れない。ヴェルセルークが生身の体を一部機械化する直前に授かった一粒種。妻が身ごもった時、白鯨はバルザックを出た。もう、祖国へ戻ってもこの体では父と名乗るつもりは無い。しかし、せめて生まれた息子の顔は見ておきたい。その思いがまだ生身であるその目に涙を潤ませた。

モニター越しに向かい合う二人。ヴェルセルークはこの先に何が起きようとしているのか、何とはなしに察している。
「貴女のお力になりたいとは思うが、私は祖国へと糧を運び、安泰をつなぎ止めなければならぬ身。機械帝国と事を荒立てるわけにはいかない今・・・これ以上は何も見ないことにしましょう」
【お心遣い、感謝します】
「どうかお母上・・・女王プロメシューム様をお大切に。・・・それと・・・」
ヴェルセルークは一瞬声をつまらせたが、軽く深呼吸をすると呟く。
「エメラルダスに会ったら・・・こう伝えていただきたい・・・。一時の熱病を・・・許してほしいと」
メーテルは軽くうなずいた。ヴェルセルークが深々と頭を下げ、通信は切れる。ゆっくりと999号とファウストの艦から白鯨が離れていった。
「ゴーツ」
「はっ」
「・・・・・バルザックへ戻ろう・・・我々の祖国へ・・・いつかまた起きるやも知れぬ戦いの前に・・・」
戦士も時には休息が必要だ。荒みきった祖国でも、愛する者がいるその場所が、何より心安まることをヴェルセルークはまだ覚えていた。

999号とファウストは行路を大テクノロジアへと定め、急ぎエメラルダスとハーロックの艦を追った。

大テクノロジア。そこは膨張を続ける宇宙の片隅に突然生まれた小さな銀河。そこは、知る人ぞ知る巨大な黒色銀河に隠された場所。どの航海図にも乗っていない、辺境の銀河の中にある・・・。
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