第四章 |
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| 3.ニュートリノ 失われた記憶・・・それは守るべき者達の為に意図的に操作されたもの。そしてそれは彼等に課された宿命を試すためのもの。もし、たとえ記憶が消されていたとしても、それでもなお宿命に逆らえず、一堂に会すことがあるとしたら・・・その時封印を解くと約束されたもの。亡霊となった男は言った。これは・・・未来を切り開かねばならない宿命を背負ったこの者たちを、戦いの渦から救うために・・・平和を願う女神がかけた魔法。しかし・・・女神は悪魔に魂を売ったことで魔法が解けようとしているのだと。 ラボに無言の時が流れた。ドクターバンのメッセージはもう何もない。 「この問題の鍵はメーテルが握っているのですね。・・・いつもそう・・・彼女は・・・いつも何かを知っていた・・・なぜ知っているのかは分からなかったけれど」 エメラルダスがぽつりとつぶやいた時、ハーロックの目つきが変わった。 「あの女はどこにいる?」 「おい、ハーロック。腹が立つのは分かるが・・・何も理由がなくてやったわけじゃなさそうだ。どうやら・・・Dが現れたのも・・・結果的には同じところへと俺達を向かわせる手立てになっちまったかな・・・。くそ!運命の女神ってのはなんて酷なんだ」 トチローがぼやく。その意味はハーロックにもエメラルダスにも分からなかった。ドクターゼロは不安げに彼等を見ているジャスミン、そしてその向こうの奥の部屋にあるD・ハーロックのカプセルを眺めた。 「のぉ、トチロー。メーテルさんはトチローとわしならDをなんとかできるって言っていた。もしお前さんがここに現れなかったら・・・その時は運命を受け入れる準備が整っていない時だから・・・ドクターバンの話は聞かせるなと言われててな。つまり・・・だ、お前さんらとDをなんとかするのとは、切っても切れんことになる。まぁそれがその記憶とか言うものと関連があるのかどうかはわからんが」 トチローはテーブルにおかれた湯飲みに酒をとくとく注ぐと、それまで被っていたボロボロの帽子を取り去り、一堂に向かって視線を巡らせた。 「できる・・・荒っぽい手にはなるだろうが・・・それしか方法はない。ただ、あいつを救うということが・・・果たして生かしておくべき事なのか・・・俺には・・・判断つきかねるがな」 言いにくそうな声だった。ジャスミンもそれを察してか、見えない筈のトチローから目を反らしただ、悲しげな顔で俯く。その姿を見つめていたエメラルダスがジャスミンの心を代弁した。 「私は彼を死に追いやることは反対です。彼をもし・・・命あるまま今の苦しみから救うことができるなら、お願いです。その方法を教えて」 複雑な表情のまま、酒を飲み干すトチロー。惚れた女のためならと言いたいところだが、事態はそれほど安易なことではない。トチローが必要としているのは目前のたった一人の男の決断だった。一度持ち上げた一升瓶をその男の前に置く。お前の答えが聞きたいと・・・無言でそう伝えた。 「トチロー。D・ハーロックは俺の祖先だ。たとえクローンだとしても・・・たとえその存在が戦いの発端となっていたとしても。彼に罪はない。俺は彼を作った男を許すことは出来ないが・・・奴もまた罪に問うことは・・・できない。俺達が勝手にその存在価値を決めていいという権利もない。・・・ならば、答えはひとつしかない。本人に・・・目をさましたDに決めさせる。トチロー。お前の中に方法があるのなら、まずはそれを聞かせてくれ」 一升瓶を掴み、トチローの湯飲みへなみなみと注ぐハーロック。注がれた酒を一気に飲み干し、大きな音をたてて湯飲みをテーブルに置くと、すぐさまトチローは話しはじめた。 「ニュートリノ(中性微子)だ」 「ニュートリノ?」 トチローは親指と人さし指で輪を作り、説明を続けた。 「恒星から吐き出される・・・息みたいなもんだ。太陽系の恒星である太陽からなら、これくらいの面積に毎秒3兆は通過していく。それには僅かながら質量があって、通過していく物体の情報をプログラミングしていくんだよ。つまり、俺の体を通過する前と後では、情報が変わっているっていうこったな。体内の水が受けた情報をまたプログラミングしていくからな」 きょとんとしているエメラルダスは、それがD・ハーロックとどう言う関係があるのか分からず、小首を傾げた。 「人間の遺伝子は少なからず恒星から放出される中性微子の干渉を受けて遺伝子レベルで人格形成が行われている。もっともそれは母親の腹の中からでる数カ月前から生まれた瞬間までだ。脳が急速に発達するそのわずかな期間だけの話だが・・・恒星から排出されたニュートリノが各惑星衛星を通過して行く過程でその星の情報を運んでいく。ニュートリノは当然身体を通過していくわけだから・・・母親の腹の中にいる赤ん坊の遺伝子も通過していくのさ。運び込まれた情報が脳の発達過程で遺伝子に組み込まれていく。まぁ本能のほとんどが生まれた星とその星系の恒星から直接来たニュートリノによって構成されていくが、残りの僅かは恒星を取り巻く他の惑星、衛星の影響を母親の身体を通して受け、生まれた瞬間には直接受け、付随的な人格構成を行っているわけだ。どの角度から入ったかっていうのも計算したらとてつもない数の分類になって。二つとして同じパターンが無い」 いきなり突飛な話に展開し出しても、一同は黙ってそれを聞いていた。正直、エメラルダスとジャスミンはともかく、この話に最後までついていけるのはドクターゼロとハーロックだけだろう。 「Dはどうだ?あいつは母親の腹から生まれたんじゃなくてもともとそれが成された上で出来上がった遺伝子から成長した。もちろん、基礎となっているDNAは母親の腹の中で構築されたDNAがあるわけで、遺伝子記憶再生装置にかけられたのがきっかけで押しやられたいたオリジナルの情報が顔を出し、結果的に破綻を起こしている。一方で、あいつはコピーだ。つまり、DNAのコピーはオリジナルではない。ん〜分かりやすく説明すると、オリジナルのDNAは模型の鋳型みたいなもんだ。コピーされたあいつを支配しているものは鋳型から作られた模型ってことさ。それも見てくれは似ているが、よく見ると色違いの模型。いずれにしてもDNAの情報を働かせるためには、DNAの暗号をRNAに写し取る必要がある。DNAの複製によく似ているが、DNAの短い二重螺旋がほどかれて一方の鎖だけがコピーされる。ここで塩基が若干変わるんだが・・・まぁそれはいいとして、あいつの身体を作っているタンパク質は我々と同じアミノ酸からできていることは間違いない。一つのアミノ酸を指定する暗号は塩基のトリプレットという三つのセットからなる。四つの塩基のうち、一つや二つの塩基が失われても合成されるタンパク質は機能しなくて、三つの塩基が失われると機能するタンパク質が得られる。それをトリプレットと言う。四つの塩基から三つの塩基が一組となるトリプレット構造は全部で64通り。ところがだ・・・あいつの場合、それを操作されて現世を生きている。・・・オリジナルのDNAはそのまんま、ただRNAが作られる段階で『正確なミスコピー』がなされ、あの身体ができあがってるわけだ。よって、『正確なミスコピー』を行っているものはオリジナルじゃなくて人工のDNAだ。オリジナルのDNAと同じ塩基配列になっていながら、それの情報が異なるやつ。だから色違いの模型。こいつをなんとかしてオリジナルのDNAをきちんと機能するようにしてやればなんとかなるってことだ!」 わずかに頷いたハーロックだったが、ふとあることが過ってトチローに訪ねた。 「しかし、人間の細胞が完全に入れ替わるのには7年かかる。7年待って結果を確認しろと言うのか?」 「違う違う・・・あいつはそうじゃない。サイクルがもっと早い。お前は傷付いたやつの体が回復する姿を見ていないから分からんだろうが、目もくれぬ早さと言っってもいい。つまり、その気になればあいつを短時間で変えることができる・・・やもしれん。なにぶん『正確なミスコピー』ってのが今のあいつの細胞生成に関わっている以上、どうなるかは・・・俺にも分からんのだが・・・」 「でも、どうやって?」 「だからニュートリノなんだよ。もっとも、あいつの脳みそを母親の腹の中にいる頃の状態にするのは無理だ。だが・・・相殺する方法がある。いくら人工のDNAだからってそれでもDがもともと持っているオリジナルのDNAの配列をいじくったものには変わりない。だったらそいつと同じ塩基配列で違う情報を持っているものをくっつけちまって・・・やがてそいつに成り代わるのを待つだけさ。今のあいつの体のどこかにオリジナルのDNAはあるだろうが・・・いかんせん体を構築しているものは人工のDNA。したがって、鍵をかけられたオリジナルのDNAをこじ開けるなんて危険なことをしないで・・・人工DNAを作っちまうのさ」 「オリジナルの情報が分からずにどうやって作れる?」 「お前がいるだろう、ハーロック。お前とD。どっから見てもそっくりさんだ。おまけに顔の傷までな。歩む運命まで一緒なのはあいつの人格形成がお前と同じだからさ。本質的に同じものを持っているから同じような道を歩む。いいか、ハーロック。お前のDNAを使うんだ。Dの今持っているDNAと照らし合わせてドクターと俺で新しい人工DNAを作ってみせる。あとは・・・恒星だ。出来上がったDNAを純粋なニュートリノの集中放射であいつの体に浴びせかける。それしかない」 「しかし・・・いまから太陽系に向かうのは危険ですよ」 「・・・分かってる。だから別の恒星を使うんだ。それは太陽とは違うし・・・行う場所も地球ではない。その星系にある惑星だって違うから・・・結果的にDに浴びせかけられるニュートリノは地球人のものではなくなるだろう。・・・それでも・・・俺達があいつを救う手立てはこれしかない」 トチローが言った通りに事が運べばすばらしい結果が待っているだろう。エメラルダスはトチローの話したことの半分ほどしか理解してはいなかったが、言わんとしている事はわかる。だが・・・エメラルダス自身が思うのは、今のDの体がこの大宇宙航海時代において支障のない様人工的に進化させられた体。元に戻るということは2000年代の人体に戻ることになる。太陽系で出来上がったDNAが果たして今の時代に暴露することはできるのだろうか・・・。 「それで生きて元の彼に戻れるのですか?宇宙で生きるための体を失うことになるのではないのですか?」 「あいつのDNAは宇宙へ飛び出していった人類進化の過程をはしょられているからな。恐らくは・・・そうなるやもしれん。だが、それは地球に戻ってこの実験をやっても同じことだ。今の地球はあいつが生まれた頃に比べれば恐ろしいほど大気汚染がすすんで・・・とてもじゃない・・・泥の中に赤ん坊を捨てるようなもんだ」 地球は・・・否、太陽系がもはや病んでいた。太陽系の心臓である太陽ですら、膨張し続け、D・ハーロックが生まれ育った時代から遥かに汚染が進んだだけではなく、人間が暮らしていくには過酷な環境だ。どうあっても、別の場所でやらなければならない。 「・・・で?それをどこでやるって?最低でも、地球と同じ環境を持ち、太陽以上のニュートリノを放出する恒星がある銀河でなければ・・・」 長年宇宙を旅し続け、前人未到の宙域ですら行ったことのあるハーロックでさえ、そうそう思い付くものではなかった。だが・・・宇宙は広い。この世と言う宇宙の創世からたえず膨張し続け、新しい生命を育み続けている・・・。 「あるよ。俺は知ってる」 「まさか!?」 一同の目がトチローに集中する。トチローは深く頷いた。 「そう。大テクノロジアだ。あそこは第二の地球。惑星の数こそちがうが、恒星を中心に太陽系によく似た銀河体系を持っている。まだまだ新しい銀河だが、俺はそこで最も地球に近い星を選んで・・・大テクノロジアを作った。あそこには、かつて宇宙に投棄されていった当時の人間達が生きている。Dの様に手を加えられることなく人間として再び生まれた西暦2000年代人類がな。戦いも起きない、機械文明も知らない、平和の星だ。しかし、問題は・・・Dには一度しかチャンスがないってことだ。もし駄目だった場合は・・・目も当てられない姿になる。・・・・・それでもやるか?あいつの意志も聞けない今・・・それでもやるって言えるか?」 沈黙の時が流れた。Dはすでに他人によって望まぬ運命を歩まされた人間。それをまた変えることを果たして望むだろうか? 「彼は・・・望んでいます。彼の時代に平穏はなかった・・・。私には分かります・・・私の歌を聴いている時の彼の心が。人間が・・・いいえ、生命は宇宙が育んできたもの。宇宙は決して・・・戦いの世を望んではいません。そして生命体もまた・・・その意志をもってしてこの世に生まれてきたのです。平穏を・・・彼に与えてあげたい。彼はそれを得る権利がある。そのために私が歌い続ければ良いのなら歌い続けたい・・・たとえこの体が朽ちても、歌い続けたい。でも・・・それでは彼の平穏は夢の中でしか得られなくなってしまう。私はそれが悲しい」 ジャスミンは涙を流しながら呟いた。その涙がそこにいた者達の心の緊張を溶かし、一つの決断を導き出していった。 |
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