第四章

2.因果
トチローを乗せたデスシャドウ号、そしてクイーンエメラルダス号は海賊島を離れ、一路D・ハーロックとジャスミンがいるはずの星、トチローが一旦アグリモ二ーと分かれたヘビーメルダーにほど近い惑星ホルトへと進路を定めた。道中、クイーンエメラルダス号へと通信でトチローが、「いつでも海賊島を使ってかまわない」と進言するや否や、エメラルダスが少しばかり眉をひそめて首を傾げたのは、あの秘密基地が『海賊島』という名であることを知ってすぐだった。
「そんなに海賊がお嫌いか?じゃぁなんで髑髏のマークが付いてるんだ?艦にも、服にも・・・。この印はかつて歴史上の大海賊達が『骨になっても戦い続ける』っていう意志を表す印だった。それを知ってて掲げてるんだろう?その辺のちゃらちゃらした連中が、飾りでつけてるのとは訳が違う・・・」
[なぜそれが・・・わかるのですか?私はただの自由貿易人だとしか言っていませんよ]
トチローはにっこり笑うと、クイーンエメラルダス号が自ら帆船後部に巨大な旗を掲げた。
「分かるも何も、俺は最初からその艦を見てわかってたさ。あんたは本当は海賊だってな。それもびしっと筋の通った海賊だ。女一人で宇宙を旅するって時点でなんかあるとは思ってたしな。ずいぶん前から無法者連中が方々で海賊だと言ってろくでもないことをしてるから・・・あえて海賊だと言うことを伏せて自由貿易人になりすましてただけだろ?世渡り上手もいいが・・なにも旗を隠しておくことはない。あの旗は、赤地に髑髏が染め抜かれた旗。血の通った髑髏だ。エメラルダス、お前は本当は戦うためにあの艦に選ばれた女なんじゃないのか?否、そうなんだろ?だったら胸張って堂々としてりゃぁいい。お前はその旗を掲げるにふさわしい強い女だ。強くて、美人で・・・んで・・・」
[私は・・・分かりません。なぜそんなことを・・・・どうして・・・]
「ま、俺様の勘ってとこかな。気を悪くしたんだったら謝る。悪いがちょっと忙しいんでな。またあとで連絡するよ」
一方的に通信を入れておきながら、一方的に切るトチローの後ろ姿をしばし見つめていたハーロックが静かに笑った。
「強くて美人で・・・優しくて・・・か?照れくさくなって勝手に切ったな」
「な、なにをっ!」
突如振り向いたトチローはハーロックからすれば、まるっきり無防備な状態だった言える。頬を赤らめていることに気付いていないトチローの様を見て意地悪げな微笑みへと変わった。トチローは何も言わず、ぼろぼろの帽子を深々とかぶってまた前を向いてしまった。耳まで赤くなってようやく自分が真っ赤になっていることに気付く。ハーロックは艦長席から静かに立ち上がり、艦橋を出た彼の後ろをミーメが音もなく着いてきている。
「あいつ・・・惚れたな」
「トチローが他の人に関心を持ったら・・寂しいですか?ハーロック」
「・・・まさか。あいつは昔から惚れっぽい奴だが、その反面裏切られ続けて女への警戒心は人一倍大きい。あの無防備さから見るに・・・・今度こそ、本物だ。だとしたらむしろ祝ってやるのが友としての役目だろう」
「たとえ好きな女性ができても・・・男の友情は変わらない。そしてあのエメラルダスはそれがよく分かる人」
ハーロックは深くうなずいて艦長室へと消えていった。

ほどなくしてミーメは惑星ホルトから聞こえてくる歌声に気付いた。艦長室でじっと漆黒の宇宙を眺めているハーロックに、そのメロディを琴で聞かせると、ハーロックは瞳を閉じ、深い眠りへと誘われていく。
「美しいメロディだ」
「この艦の行き先。惑星ホルトをこのメロディが包み込んでいる。ハーロックの遠い祖先が・・・戦いに疲れた心を癒すために聞いていたとても美しい歌・・・。ミーメはこの歌の言葉が分からない。きっととてもとても古い言葉。でもこのメロディは永遠に紡がれている音だから分かる。ハーロック・・・貴男の一族の永遠の為に紡がれている音です」
「俺の・・・一族・・・?」

惑星ホルトにあるドクターゼロのラボではハーロック達がこちらに向かっていることを知ったアグリモ二ーが惑星を飛び立った。本来ならば、ハーロックを待ち、気が済むまで決闘を繰り広げたい情念にかられていたはずの彼女が、だまって父の元を去り、デスシャドウ号の到着も待たずに出ていったのだ。惑星ホルトはそれを飲み込まんばかりに巨大なヘビーメルダーにほど近いにも関わらず、実にのどかな小惑星。もともとヘビーメルダーの開拓時には多くの無法者が出入りしていたが、今はひっそりと静まり返ってる。開拓当時に無造作に作られた石作りのアパート様の建物が今だ立ち並ぶ以外に近代的な設備が何一つない場所であり、ヘビーメルダーの近代化に伴って付近で繰り広げられた爪痕ともいえる、戦艦やらの残骸が邪魔をして、容易に人を寄せつけない場所でもある。もはや好んでこの惑星に人間が降り立つことはない。だからこそ、ドクターゼロはここにラボを構えた。ひねくれてはいるが、切れ者ならではの発想に違いない。
「や〜れやれ、あのバカ娘がまったく・・なんにも言わんと勝手に出ていきおってからして、もう。せっかく作ってやった糠漬けも持たんでなんちゅー親不孝もんだ」
「元気な娘さん・・・とても意志の強い・・・」
ドクターゼロがラボに入り、奥の薄暗い小さな部屋に入った時、女の声が響いた。優しく美しいその声はドクターゼロの手によって回復を果たしたジャスミンだった。失われた視力はそれを機械の目に取って替えることを拒んだ彼女の意志によって、そのままとなってしまっている。何も見えないにも関わらず、大宇宙の意思によって研ぎすまされた彼女の感覚は、確実に目が見えていた頃以上に真実を見通すことができているようにも思える。
「そうはいってもなぁ、あの娘は一歩この星を出れば無法者とたいしてかわらんのだぞ。賞金稼ぎだかなんだか知らんが、わしの心配をよそにまぁ〜一人であっちゃこっちゃ・・・母親似なんじゃがな、そういうところは」
「心配しなくても、女だって一人で生きていかなくてはならない・・・そういう時がある。それができる人だから」
女の声が寂しげだった。ドクターゼロもまた、寂しげに彼女を見つめた。彼女の体の多くは人工皮膚によって元と変わらぬ姿となってはいたが、腐食が内部組織にまで至っていた部分はその機能を完全に回復できず、片足は動かず、腕も不自由を強いられることとなってしまった。それでも彼女はいつでも微笑んでいた。
ーーーD・ハーロックが目覚めたら・・いったいどんな顔するだろうかーーー
ヘビーメルダーで常軌を逸したまま気絶したD・ハーロックはここに到着してずいぶん経つが、未だに目を覚ますことはない。再び暴れ出すことを懸念しジャスミンは彼の脳へと繋がるシールドが入り込んだコンピューターへと歌を歌い続けていた。細長いカプセルの中で眠り続けるD・ハーロック、それをじっと見守り、歌い続けるジャスミン。今、ドクターゼロはひたすら、D・ハーロックを再び目覚めさせるために必要な人物を待つしかなかった。

「あぁ?」
 良く晴れた上空に轟く音。轟音と共に二つの黒い巨影が近付く。この音を聞くや否や、ドクターゼロはにっこりわらって外へと飛び出し、天を仰いだ。
「待ち人来たる・・・か。やーれやれ、これでひと悶着おこりそうだの」
巨大戦艦の着陸で巻き起こった砂塵がドクターゼロのラボ付近まで流れてきたが、彼はずっと玄関で猫を抱きしめたまま一方向をじっと見つめていた。靄のかかった様な視界の向こう・・・やがて三つの影が砂塵の中に浮かび上がる。人一倍小さい影がドクターゼロに気付いて走ってきた。
「よぉ〜〜!待たせてすま〜ん!!」
「トチロー!しばらくぶりだのー!相変わらず元気そうでなにより。うんうん」
トチローは大きな歯をにっかりと覗かせて笑うとドクターから猫を受け取って抱きしめた。
「アグリモニーはどうした?約束どおりハーロックを連れてきてやったぞ」
「それがだな・・・ついさっきこの星を出ていった。何を考えておるんだか・・。おお〜久しぶりだの、キャプテン」
ドクターの前に現れたハーロックは、以前彼が知っているハーロックよりずいぶん大人びて見えた。黒服に隻眼・・・会わない間に何があったのか言わなくてもドクターには何となく理解できた。お互い、これといって再会の挨拶もせず、ただ、目を合わせて微笑みあうだけといった情景にきょとんとしたエメラルダスだった。
「お前さんがエメラルダスか・・・ジャスミンから話は聞いとるよ」
「なぜ・・・私がここに来ると・・。それよりジャスミンは・・・そしてDは無事なのですか?」
エメラルダスは此処に来るかどうかなど分からなかったのにも関わらず、さも此処に来るのを知っていたかのようなドクターゼロの言葉にさらに眉をひそめた。しかし、ドクターゼロはにこにこと微笑んだまま頷くばかり。
「まぁ〜ここで立ち話もなんだ、とりあえず一杯やろうじゃないか。ん?」
三人は彼にに促されるまま、ラボへと入っていった。こじんまりしたそこで、適当に座る彼らに酒を運ぶドクターゼロ。そこへ奥の部屋に入ったままのジャスミンが車椅子に乗って現れた。
「ジャスミン!」
「ごきげんよう、エメラルダス・・・・メーテルさんが・・・貴女はきっと此処に来ると・・・そう言っていたのです。信じていました、また会えることを」
「メーテルが?・・・そう・・・彼女に会ったのですね。・・・無事で良かった・・・辛かったでしょう・・・私を許して」
ジャスミンに駆け寄ったエメラルダスは彼女の頭を体を撫で、強く抱きしめた。抱きしめるだけで、エメラルダスにはジャスミンの身に何が起きたのか察した。それがどれほど悲惨で辛かったのか・・・ただ、エメラルダスは涙を流し、声にならず、心で何度も彼女に謝った。たった一つの小さな居場所を失わせてしまっただけでなく、車椅子なしでは動けなくなる傷を負わせてしまった事を。
「私は大丈夫です、エメラルダス。もう・・・大丈夫です。歌声が失われさえしなければ・・・私はそれでいい」
「歌声・・・?」
この時、ハーロックが呟く。惑星ホルトに近付いた時、ミーメがいち早く彼女の歌声に気付き、それを琴で奏でたのを思い出したのだ。ハーロックの強い視線を感じたジャスミンが顔を上げる。
「この惑星に到着した時、艦のレーダーがかすかな歌声を拾った。歌っていたのは貴女か・・・」
「そこにいるのはハーロック・・・ですね・・・。そうです、私が歌を歌っていました・・・。Dの・・・心がかき乱されない様に」
「どこかとても懐かしく心安まるメロディだった・・・。かつて俺の祖先が戦いに疲れた心を癒すために歌姫に歌わせていたものだとミーメは言っていたが・・・」
ジャスミンの祖先はかつて地球で海賊の為に歌を歌っていた。今、ジャスミンが知っている歌は気が遠くなるほどの年月、彼女の一族が守り続けてきた一曲だけだったが、それはD・ハーロックだけでなく、現世を生きるキャプテン・ハーロックですらも癒されたのだ。

「因果なものだな・・・まるで糸で手繰り寄せられたみたいだ・・・もう、俺は何があっても驚かんぞ。これが俺達に与えられた運命だか宿命だか試練だかっていうもんなら、堂々と受け入れるまでさ。なぁ、ハーロック」
そう言うトチローに向かってハーロックは深く頷いた。その時だった・・・。
[運命を受け入れる準備が整ったかね?]
「!?・・・この声は・・・」
「メーテルさんが置いていった。集まるべくして集まる者たちのために、託すものがあるとなぁ・・・」
一斉にドクターゼロが手にしている小さな機械の方を凝視する一同。その機械の窓とも言えるダイオード光を発するレーダー部は機械化人の瞳の如く波形を描き、言葉を発しながら点滅していた。
[そうだ。いつか、お前達は運命の名の下に集まらなければならなかったのだよ。今が目覚めの時だ・・・]
しゃべる機械の声を聞いてエメラルダスが床へと崩れ落ちそうになり、トチローが駆け寄る。凝視ばかりかその瞳からはこぼれそうな涙を浮かべ、手は小刻みに震えていた。
「お父様・・・なぜここに」
「お、お父様!?」
「しかし・・・この声は」
トチロー、そしてハーロックはエメラルダスが機械から聞こえる声を父と呼んでさらに驚く。彼等自身もこの声の主はよく知っている上、それはあまりに偉大な存在だったのだ。ドクターゼロはそんな二人にに頷きながら答えた。
「さよう。ドクターバンじゃよ。メーテルさんと、そこにいるエメラルダスさんのお父上にして・・・宇宙の大科学者・・・」
「いったいメーテルは何を・・・何を託したのです?私達に何があると・・・」
震えながらそう訴えかけるエメラルダス。そしてハーロックとトチローがじっと機械を見つめた。
[失われた・・・記憶だ]
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