第四章

1.宿命

人には、逃れられない宿命を背負っていると言うものもいる。運命は自分の手で切り開くものだと言う反面、どうあってもかえることのできない宿命を背負っているのだと。たとえ、何度人生をやり直しても・・・行き着く先は同じだとしたらそれはいったい何がなせる業なのか。潜在意識に刷り込まれた道ではなく・・・長く、長く続くDNAの連鎖からだとしたら・・・それはその者自身の生命が作り出す道。それを宿命と言わざる得ないのかもしれない・・・。

デスシャドウ号と別れたファウストは銀河鉄道999号へと通信を繋いだ。なぜ彼がそのようなことができるのか・・・それは彼の過去にある。いずれにしても、蟹座星雲でファウストが行った空間湾曲ワープによって発生した膨大なエネルギーは時間を歪ませる方法よりも遥かに大きく、それをつてにアイアンデアーがデスシャドウ号を引き連れてもう一つの戦艦と無事に蟹座星雲から姿を消したのに気付くのも時間の問題。戦艦残骸が見つからないからというよりは、あの周辺でのワープエネルギー反応に気付く可能性を考えると、あの時点でステルス機能を使っていたとしても、エネルギーの残骸を調べればファウストの艦がどのようなものだったかの察しはつく。彼等の技術がどこまでかはファウストには知りようもないが、一帯のエネルギー反応などちょっと時間を遡ってしまえば手に取るように分かるのだ。
「少なくとも・・・この艦の存在は明らかにされます・・・まさか自ら敵にその存在を明かすようなことをしてしまうとは・・・」
「そうでもしなければ、デスシャドウ号を救うことはできなかったでしょう。貴男のしたことは勇敢な事です。そしてDの事実を彼の耳に入れることができたのですから」
「しかし、彼は・・・それによって私を恨んでいるかもしれない」
「それは分かりません。きっと彼も悩んでいるはずです。そしてデスシャドウ号が無事だと知った以上、アイアンデアーはデスシャドウ号を探しているはずです。戦いは避けられません」
薄暗い艦長室に響く声はメーテルのものだ。蟹座星雲を離れてしばらく経つが、機械帝国軍要塞から少しでも離れようと航海を続けているファウストは今は使われていない銀河鉄道宇宙ステーションへとたどり着いていた。同じステーションにいる銀河鉄道999号は静かにステーションのドックへと停車している。ここはメーテルとファウストにとっては思い出深いステーションだった。
「パラレルレーザー砲・・・アイアンデアーの要塞はすでに恐るべき武器を作り上げてしまった・・・仮にハーロックが立ち向かったとしても、もはや太刀打ちできない」
「・・・彼はそんなことで退くような人ではありません」
「その前に私が・・・やはり私が行くしかない。ええ、全ての責任は私にあるのですから・・・負けると分かっていても・・・」
ファウストは握りこぶしをじっと見つめた。善かれ悪しけれ、その手で作り上げてきたものは大きい。かつてのファウストが・・・否、星野剛造が作り上げてきたものは、決して戦争のための道具ではなかった。ファウストの手には妻と息子の写真がはめ込まれたロケットペンダントが握られている。その手は震えていた。
「やはり・・・貴男は戦いから逃れられない人なのですね。しかし・・それでは解決にはなりません。ウォーリアース・ゼロ」
メーテルのこの一言で、震えていた手が止まる。あまりに唐突で鋭い言葉。ウォーリアース・ゼロかつてのファウストの最初の名前だった。
「・・・その名前は・・・」
「・・貴男はこの戦艦一隻でかつての機械帝国に戦いを挑んだ人。その結末は悲惨でした。乗組員は皆・・・戦いによって命を落とし・・・艦長である貴男だけが生き残った・・・その時、貴男はそれまでの記憶を失ってしまった。・・星野鋼造と名前を変え、新しい人間としての人生を歩み、戦いに明け暮れる世界と訣別したはずだった・・・でも・・・宿命は変えられないようです」
ファウストはロケットペンダントのボタンを押す。そこにある妻と息子の写真をじっと見つめた。
「やはり・・・私はこの魂を悪魔に売り渡してしまった・・・ファウストなのですよ」

ーーー地球に不時着した戦艦:火龍。つまり、今のファウストが乗っている戦艦。機械帝国軍との戦いに破れ、辛くも前線を逃げて地球へと向かう・・・機械帝国軍がやがてその矛先を地球に向けるようになったきっかけである。ーーー
火龍はもはや使い物にならないほど損傷が激しく、すぐに地球防衛軍の手によって回収され、その行方は分からなくなていた。乗組員はアンドロイドを含め、全てが死亡と伝えられたが、実のところウォーリアース・ゼロという、火龍の艦長だけは生き残っていたのだった。当時、すでに機械化人自体は地球にも存在したが、よもや軍隊を組織し、すべてを機械化人で統治してしまおうなどと考える者が外銀河にいたとは思わなかった。驚愕の事実が地球へともたらされる一方、ゼロは自分だけが生き残ってしまったというショックで記憶を失い、地球防衛軍から逃れるように辺境の地を徘徊する。飢餓が激しく、満身創痍の彼を救ったのが、後に妻となった星野加奈江である。彼女の父は銀河鉄道株式会社を設立し、その研究員としてゼロに「星野鋼造」という名前をあたえ、彼を迎えた。過去の分からない彼を助手として迎えた加奈江の父は、新しい人生を歩む鋼造にあらゆることを学ばせ、また鋼造もそれを吸収してゆく。無我夢中で父の夢の実現に勤しみ、銀河鉄道株式会社の反映に貢献した・・・そんな最中・・・一人の美女が鋼造の前に現れた・・・妻とよく似た美しい女性である。
「出資・・・貴女がですか?まさか・・・謎の筆頭株主とは貴女のことだったのですか!?」
「そうです。今後の銀河鉄道株式会社社長に就任されるお話を聞き・・・それで」
突然事務所に現れた女性。それはあまりに高額なために乗客がめったにいない銀河鉄道999号の常連客として名高く、また謎に包まれた存在だった。銀河鉄道999号は銀河鉄道株式会社きっての超特急であり、その行き先はアンドロメダ星雲まで一年という短い時間で航行できるほどの性能を持っていた。たびたび起きる宇宙戦争によって、その航路自体は多く変更を余儀なくされたため、銀河鉄道株式会社は多額の出資によって銀河鉄道の治安維持を強化するべく鉄道警備隊を組織するなどの構想が練られていた。
「そのかわり・・・条件があります。・・・銀河鉄道管理局の中枢を・・・アンドロメダ星雲へと移していただきたいのです」
「そ・・・そんな馬鹿なことを!」
「そのための出資は厭いません。・・・このまま地球に置いておけば・・・やがて戦争によって淘汰される可能性があるから申しているのです。始発駅の変更・・・ならびにその管理・・・そして宇宙ステーションの増築と銀河鉄道管理局ステーションの建造・・すべてこの私が出資します・・・すでに、準備はととのっています」
そんな大掛かりなことをできるわけがない。そう誰もが思った。しかし、機械帝国軍の力は目もくれぬ早さで増強し、いつ太陽系に侵略の手が伸びてもおかしくはない最中、彼女の申し出は鋼造としては願ってもない事でもあった。実質、筆頭株主である彼女の力は大きく、銀河鉄道999号の統制された機関車ですら彼女の言葉に従う。ものの数年で大きく状況を変えた銀河鉄道株式会社・・・それは、鋼造の知らないところで大きくその存在を変えようとしていた。

「世界が大きく変わったのです・・・・すぐに地球を脱出してください。機械帝国軍が銀河系へと到着し・・銀河総督府との戦争がはじまりました・・・太陽系に到着するのも時間の問題。このまま地球にいたら・・・危険です」
「メーテルさん。私は地球を離れることはできません・・・軍の一般召集がかかり・・・私は地球防衛軍の研究チームに参加することになりました」
「!?」
もはや侵略戦争をくりかえす機械帝国軍の勢いはメーテルの意志をもってしても止めることはできなかった。当時、異星人からの侵略が少々おこる程度の地球で、機械帝国軍に太刀打ちできる軍事力は乏しく、多くの資産家がその財産を軍へと吸い取られてゆく事態が起きていた。銀河鉄道株式会社のメーテルへの権利委譲は、その事態から逃れるための策ではあったが、同時に鋼造自身は社長を辞任を決意。その時、銀河鉄道株式会社科学研究所の所長をしていたリッケンバウアーが地球防衛軍の研究チームへと引き抜かれる。その構想を知った鋼造もまた・・・それに参加することに決めるのだった。
「私がかつて軍人だったという記憶はありません。しかし・・・私は地球を守るために戦ってきた男だという記憶はあります。いいえ、地球人の男なら・・・そういうものなのでしょう。今はもう、戦うことなどできない・・ですが、私ができることは・・・何でもしたいのです」
本来の感情を完全に失ってしまった母:プロメシュームと半ば訣別して長いメーテルは惑星大テクノロジアを地球人類の新しい母星として定め、その母体を作っていた最中の事だった。鋼造は銀河鉄道株式会社の権利をメーテルに譲ると言ってきたのだ。
「私は未来に生まれてくる地球人類のために・・・今は・・できる限りのことをしたいのです。たとえ悪魔に魂を売ってでも・・・」
「・・・貴男は・・・ファウストになると・・・そいうおっしゃるのですね」
ーーーこの話し合いのために二人が向かった先が・・・今は誰にも使われていない朽ちかけた宇宙ステーション・・・かつて惑星ラーメタルがあったとされる場所だった。ーーー

「ファウスト・・・貴女があの時別れ際に私に言った名前でした」
「ええ・・・貴男が特殊人材用に集められたDNAをこの艦にのせて旅立つと私に連絡を入れてきた時に・・・その名前を聞いてすぐに分かりました。少し・・・驚きました・・・助けを求めてきたことではなく・・・その名前に」
「なるほど。しかし、まさか貴女が機械帝国の女王プロメシュームの娘だったと聞かされたときは・・・私も驚きました。しかし・・地球を侵略しようとしてきたのがアイアンデアーの一存だったと聞いてほっとしたものです。まだ、機械化人と生身の人間の共存は可能だと・・・」
メーテルは伏せ目がちになった。確かに、かつてウォーリアース・ゼロだった頃の彼=ファウストは、常に機械化人と生身の人間の共存を望み、またかつての恋人も機械化人だった。おそらくは、記憶こそなくなれど、その頃の感情は今でも根強くのこっているのだろうと思うのだった。
「特殊人材のDNAを人間にし、宇宙で耐えうる体にするまでは良かった・・・技術と資材さえあればそれを完全な機械化人にして、前線に送り出すということも考えられていたのです。ところが・・・彼等はDNAの操作過程でとんでもない変容を遂げ・・・我々をそれを『最強の武器』だと信じ込んでしまった。まるで、ロボットやアンドロイドと同じように・・・。むしろ、機械化人にしていた方が、彼等を武器だなんて思わずに済んだかもしれない・・・それほど・・・特殊人材は強かったのです。しかし・・・誤算が起きた・・・やはり彼等は人間・・・生身の人間だった。我々がどれほど素早い攻撃力や直感を持たせたとしても・・・どれだけ凄まじい細胞生成能力を持たせたとしても・・・細胞一つ一つの持つDNA本来の持っている「人間としての記憶」を捨てることはなかった。そして、彼等の能力の多くが・・・そのDNAの記憶の破綻から生じる破壊力だった・・・」
「貴男が残りのDNAを持って地球を脱出する時に、その時間稼ぎをしてくれた彼等は、その戦いの最中に目覚めた人格をコントロールできず、破綻した結果全滅してしまったのです。諸刃の刃だった。そして貴男は本当にファウストになってしまった。ですがまだ道はあります。貴男一人でアイアンデアーに立ち向かっても無理なのはご承知のはず。無駄に命を落としても、何も始まりません」
伏せ目がちにはなしていたメーテルが、何かを決心したかの様に顔を上げ、こちらに背中を向けたままのファウストをじっと見つめた。その気配に気付いたファウストが振り向いた時、メーテルは彼の目前まで近付いていた。薄暗くてはっきり分からなかった彼女の姿が、以前ブルーだったワンピースが漆黒に変わっていることに気付くファウスト。彼女の心理を何か物語っているように思えた。
「このまま・・大テクノロジアが無事でいられるために進むべき道は・・・アイアンデアーを阻止する事。何度生まれ変わっても宿命からは逃れられない・・・それならば・・・私は封印をときます」
「封印?」
「私は・・・決心しました。どうあっても避けられないこの事態を宿命と呼ぶのなら・・・来るべきときが来たとそう判断するしかないのです。詳しいことは申し上げられませんが・・・ファウスト・・・貴男は私が連絡をするまでこのステーションにいて下さい。ここなら安全です」
ファウストの目は困惑を訴えていたが、メーテルはそれとは対照的にある目的にむかってまっすぐに見据えているようだった。これから起きる事態がどう転じるのかの不安はある。ひょっとしたら、すべてが塵となり宇宙の藻屑と消えるかもしれない。しかし・・・。
「私もまた・・・悪魔に魂を売り渡した女なのかもしれません。・・・それは長く続くこれからの旅の間中・・・ずっと背負っていかなければならない。ですが・・・今は可能性を信じます」
運命の輪は来るべき再会の時と失われた過去の記憶を蘇らせる使命を背負ったメーテルを動かした。彼女にとって辛いことでもあった。人が、その手で切り開くべき運命を操作してまで守り、隠し通さねばならなかった事に・・・。そして自らの宿命に・・・。
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