第三章

7.火龍
ファウストの艦内でハーロックはじっとファウストの事を見ていた。ただ、無言でだされたワインを飲み続ける二人にこれ以上話す事は見つからなかった。ファウストはテーブルライトにぼんやりと浮かぶ目前の男をどこかで見たことがあると・・・それだけは思っていた。それは、『D』との関係なのか・・・。
「そういえば・・・名前をまだ聞いていなかったな」
「・・・・・・ハーロック」
ハーロックは身構えた。現時点で宇宙海賊としてはそこそこ名を轟かせている男ハーロック。彼の名を聞いて、果たしてファウストがどう反応を返すか不安だった。彼が初対面の者に名乗る事はさほど多くは無い。かつて海賊としてその名を売り出し中以来、戦いを挑んでくる相手に名乗る事はしばしばある。もし、ファウストが自分を海賊だと分って銃を抜く様な事があれば、場合によってはここで決着を付けなくてはいけなくなる。大テクノロジアの守護をまかされた男をここで始末する事は避けたかった。しかし、返ってきた言葉は落ち着いた、静かなものだった。
「ハーロック・・・?・・・そうか・・・だから彼女は名前も戦艦の名も告げてはくれなかったのだな」
「彼女とは、メーテルの事か・・・」
「そうだ。・・・ディーバイン・ハーロック・・・コードNo.D・・・私が探している特殊人材の名だ。どうりで・・・似ていると思った。その大きな包帯でよくわ分らないが、肌の色はDの方が少し黒いな。だが、厳しい目の輝きは彼にそっくりだ。彼女が何も言おうとしなかったのは・・・なるほど、そういうことなのだな」
「やはり、Dは俺の先祖だと?・・・」
ファウストは深く頷いて席を立つと書斎テーブルの向こうに見える宇宙空間を眺めながら大きく深呼吸をした。
「宇宙海賊・・・キャプテン・ハーロック。最初この名前を聞いたとき、ひょっとしたらと思った。Dは数多くの特殊人材の中でもトップレベルの成績を持つ兵士だ。それは私を含めた科学者達が仕込んだ人工的な能力ではなく、そもそも素地として持っていた能力だったからだ。そんな先祖を持つ者なら・・・おおかた宇宙をまたにかける海賊になっていたとしても不思議は無かろう。そして、Dの消滅に賛同できない気持ちも分る」
あまりに落ちついたその物言いにハーロックは不思議と感心していた。とてつもなく大きな運命の歯車のたった一つの噛み合わせは、大宇宙の中で偶然にも満たぬほど稀な出来事だ。それを驚かないファウストを見て、ハーロックは苦笑いをしていた。
「なるほど。俺の事は名前くらいは知っていたのか」
「地球では有名人だからね、君は」
「有名人なら、顔も次いでに覚えていて欲しかったが」
ファウストは首を振ってこう答えた。
「気付いたら、私は研究にひたすら没頭している一科学者だった。研究所を出る事はほとんどない世捨て人のような暮らしだ。外の世界になど興味もなかった。ただ、特殊人材を作りあげることだけが私の使命でね」
「ただの一科学者がなぜこの戦艦を率いている?アンドロイドばかりで動かすにしても、大テクノロジアの守護をするならばそれなりの手練でなければあのメーテルが頷くはずは無い。たまたま救ったこの艦が戦艦だったのをいい事に、そのまま守護にするなどという浅はかな事はしない女だ」
ファウストは今だハーロックに背を向けたまま、遠くを見つめる様な視線で宇宙を眺め続けていた。なぜ、この艦が一科学者であるファウストが動かせるのか・・・それは彼自身も分らないことだった。ただ・・・この艦が自分がかつて乗っていた艦であり、自分はその艦長だったという記憶以外に分る手立ては無い。
「何かが・・・過去の記憶のある部分だけがごっそり抜けている様な気がする時がある。気が付いたら自分はそこにいて、あたりまえの様に生活をしているが・・ふとした瞬間になぜ自分がここにいるのだろうか・・・と思う事がある。私はこの艦の艦長だったらしい・・・だが、その記憶はない。ただ自分の中のどこかでそう訴えているような気がしてならなかった」
「記憶・・・喪失?」
「さあな。・・・特殊人材も同様だ。自分が本当は何者なのか分らずに戸惑う。彼等の中のどこかで、自分はそんな人間ではなかったと訴えかけているのだと私は思う。結果的に、彼等はその葛藤をエネルギーにして・・・とてつもない破壊力と生命力を生み出した。しかし・・・私は違う。現にこの時代に産まれ、生き・・・家族を持つ事を強く望んだ。研究資材を守るために、それを失ってしまったが、それは・・・してはならぬ事をしてしまった己への罰なのやもしれぬ。いづれにしても、私はもう地球には戻れない。戻らぬ代わりに新しい世界を作る。今はそれだけが望みだ。そのためならば、なぜ自分がこの艦を動かす事ができるのかなど・・・考えない」
「俺から言わせてもらえば、地球防衛軍は星を捨てて海賊になった者などこれっぽっちも気にとめていなかったばかりか、機械帝国軍に銀河総督府が寝返る事を恐れ、身が縮む思いでその脅威に震えていただけの存在だ。ファウスト、お前程意志の強い男がなぜ防衛軍の言いなりになっていたのか俺は不思議でならん。それとも、結局お前も奴らと同じなのか?」
地球上では次々と起きる侵略戦争に資源を使い果たし、星の外へと出ていった者達の事など気にとめていなかったのは事実だった。方々の星へと出ていった者達とて元は同じ地球人。よもや故郷を異星人に売り渡すようなまねはしないだろうという甘えもあった。
「地球がやったことは自業自得だ」
ファウストはハーロックの厳しい言葉に一瞬身をピクリとさせた。ハーロックはファウストという男を試している。ここでどういう答えが返ってくるかで、彼の依頼の答えを導き出そうとしていた。
「そうやもしれん。しかしそれでも生きている。ハーロック、お前が同類同士の戦いに堕落した地球を捨てた想いも分らんでも無い。だが、一方でそうしたくてもできなかった者達が大勢いる。力も権力も知識も何もなく、目前の絶望に朽ち果てそうになりながら地を這い蹲って生き続けた人間達は、決してお前の様に宇宙を股にかける海賊を指をくわえて見ているだけではなかった。たとえどんなに強い意志があっても、出来ない事だってある」
ハーロックの真友トチローも地球を守らねばならないを呟いたことがある。そのためにもアルカディア号の建造をしたいとも。しかし、それ以前に地球で非力な者達を守ろうとしていた者がいた事を、ここではじめて知った。しかし・・・その方法は最悪のやり方だったのだ。そして最悪の結果を産んでしまった。その罪負い人が・・・ファウストだった。
「地球防衛軍は非力な者達をただ救済したかった。それには彼等の自由を守らねばならない。資源を失った我々が最後に選んだのは・・・特殊人材という楯。人間の楯だった・・・」
「そうまでしても結果的に負けた。特殊人材の研究を封印するために、地球を出る事で銀河総督府と機械帝国軍による悪用をくいとめるしか方法がなくなった。・・・ファウスト・・・お前は自分の罪の深さを分っているのか」
飲んでいたグラスをテーブルに置き、ゆっくりとハーロックに向き直ったファウストの視線はハーロック同様に厳しかった。自分の罪の深さは痛いほどわかっている。そして取り返しの付かないその罪を背負って生きていかねばならない決心が、ファウストの瞳の輝きとなってハーロックを射ぬく。
「分かっているとも。だから私は家族を捨て・・・研究資材をこの艦に乗せて宇宙に出た・・・メーテルに出会わなければ・・・いまでも彷徨っていたやもしれんがな」
「その研究資材はどうなった」
「・・・・大テクノロジアに・・・いる」
「いる?」
深々と頷くファウスト。いるとあるでは情況が違うとばかり、ハーロックは眉間にしわを寄せて答えを迫った。
「戦いも、何もおきない平穏平和な星・・・それが大テクノロジアだ。再生したDNAによって産まれた人々は・・・かつての平和だった地球と変わらぬ暮らしをしている。大テクノロジアは・・・今の地球よりも青々として美しい・・・第二の地球。青さを失った今の地球に比べて・・・青の地球と・・・そう呼んだりもする」
「青の・・・地球・・・」
そう、もはや度重なる戦争と資源の使い果たしの結果、地球はかつての青さを失いつつあった。雲に届く程の高層ビルが立ち並ぶ一方で汚染された空気の渦巻く下界。大気は乱れ、海は濁り、緑は枯れ、大地は乾いた。
「人間・・・かつての地球人が住んでいるのか・・・大テクノロジアに」
「だから守らねばならない。それが私の犯した罪に対するせめてもの償いだと思う。やがて、私は・・・兵士としての人間の機械化という機械帝国軍のそれではなく、病の苦しみや死の恐れを知らず、平和的にくらしをする機械の体を作りたい・・・。決して戦争のためではなく・・・永遠の命のために。そのためにも、大テクノロジアに機械帝国軍の手が回る事だけは避けなければならない。あそこに住んでいる、罪もない人々を苦しませるわけにはいかないのだ、ハーロック!」
ファウストの強い訴えにハーロックはどうしていいのか戸惑った。永遠の命など・・・手にしてどうなる?彼にとって、永遠の命がなんたるかはまだ良くは理解できていなかった。たとえ今の自分ができなくても、次の世代がそのDNAとともに生きる、それが永遠の命だということに、まだハーロック自身気付いてはいなかったのだ。
「永遠の命・・・それで何が起きる?俺がこういうのもおかしい話やもしれんが・・・人間は自己顕示欲が強い・・・。結局、機械化によって起きることは・・・戦いの繰り返しなのではないか?」
「やってみなければ分からない・・・」
「失敗は許されないと思うが・・・いづれにしても、俺は諸手を挙げてお前の考えに賛同はできん。だが、大テクノロジアに住む者達は何の罪もない人々だということは分かった。そして、お前自身の意志の強さも・・・。俺の敵は俺自身が決める。結果的にそれがお前の手助けになるかどうかも俺自身が決めることだ」
ハーロックは席を立った。
「最後に・・・この艦の名を聞いておきたい・・・」
「戦艦デスシャドー・・・そう言ったら・・・君の機嫌を損ねるやも知れない。私の記憶の片隅にあった戦艦の名の一つだ・・・もう一つは・・・・火龍・・・かつてこの艦がそう言う名前だったという・・・かすかな記憶の断片だ・・・。好きなように呼んでくれてかまわない、名など・・・無いようなものだ」
「・・・・わかった」
踵を返して艦長室を出るハーロックがこの艦内をふらふらと歩き回り、艦橋のドアに残った龍の頭のようなはげ落ちかかったエンブレムの前に立つ。
「火龍・・・・・・そんな名の戦艦と出会った記憶があるが・・・・」
ピピピ! 思案に耽っている間もなく、通信機が鳴る。
[キャプテン、デスシャドウ号の現在地が出ました。進行目的地プロミネンスの植民惑星付近です。さらに海賊島らしき小惑星の存在を確認しました]
「何?・・・丁度いい・・・さすがはトチローだな。進路をプロミネンスの植民惑星へと向けろ」
[了解!!]
トチローとハーロックの深い絆は宇宙の真理に溶け込むまでに堅いと言うのだろうか。ファウストの艦と共にワープした地点が、デスシャドウの修理に向かうはずの植民惑星付近、しかもそこにトチローがいる・・・。ハーロックはにやりと笑って小走りに艦へと戻った。もうすぐトチローに会える。「新艦」の誕生は近い。デスシャドウ号は火龍とそう呼ばれたファウストの艦を離れ、反転、進路へ向けて出発した。今は振り返らない・・・まだ振り返るのにしばしの猶予がハーロックには必要だった。
「ハーロック・・・また会おう」
ファウストは艦長室からじっと、遠のいていくデスシャドウ号を見つめ続けた。
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