第三章

人は、遥か時の環の接する所で、思いもよらぬ再会を果たす。否、それはすでに宿命と名付けられた再会であり、別れが永遠の別離ともなろうこの大宇宙の荒波において、それが運命付けられた者達の必然なのである。しかし、ある者達はその必然が起きるまでの間、何事も無かったかの如く旅を続け、再会を初対面と思わざる得ない運命の操作を受ける時がある。なぜならば、その者達は、その後に起きよう大宇宙の争乱に立ち向かうため・・・成長の為にしばしの孤独と向き合わなければならないからなのだ。運命の操作は間もなく終わりを告げ、ここに「来るべき再会の時」を迎えた男女がいる。しかし、まだ・・・「失われた過去の記憶」は全ての者が揃うまで・・・得る事は出来ないだろう。
「秘密基地?」
「そういうことにしている。まぁ、ただのドックみたいなものさ。そこで真友と待ち合わせだ。植民惑星のすぐ近くまで来させてある」
「しかし、あの周辺にはドックのようなものは一切見あたりませんでしたが・・・」
「んだから、秘密基地なんだ」
言ってしまっては秘密もなにも無いのだが、どうやらトチローはエメラルダスにメロメロといった様子でべらべらと話した。ようはその秘密基地でクイーン・エメラルダス号を修理強化すると言うのである。
「ゾバークウォッカも手に入ったことだし・・・ニヒャヒャ・・・グワハハハ」
「なんだかとても嬉しそうですね」
「これが喜ばずにいられるか!これぞロマン!大宇宙を疾風のごとく駆け巡る、男のロマンなのだ!!」
・・・男のロマン・・・その時エメラルダスは大口を開けてはしゃいでいるトチローの姿に微笑みながらも、自分には相容れない何かを痛感した。
「時にエメラルダス。酒を保管するのに倉庫が必要だ。悪いが間借しても構わないか?」
「え、ええ、どうぞ。今は殆どからっぽで、何も入っていないですからどうぞお好きに」
「ホセ!頼むぜ!!」
クイーン・エメラルダス号のハッチ付近に運び込まれた酒の量に仰天するエメラルダス。無理も無い、金がないと言っていたにもかかわらず、彼女の前には十ダースは容易に超える木箱が運ばれていたのだ。エメラルダスにはわけのわからない歌を歌って酒を運んでいるホセと呼ばれたゾバーク星の住人に声をかけた。
「こんなに・・・どうしたのです?お金は・・・」
「金?んなものいらんさ。トチローの真友たる男には随分世話になった。彼らの祝い酒に金なんぞいらん」
「トチロー・・・というのですか・・・あの人は」
ようやくこの時点になってあの男がトチローだと知ったエメラルダス。ホセは笑ってこう言った。
「ははは、やっぱり名乗らなかったか。なぁに奴はめったに名を名乗らんやつだ。名乗っても覚えている女なんぞいないとな。どうやら、あんたは・・・違うようだがね」
まるで二人の未来を知っているかのように、にっこりとエメラルダスに笑いかけながらホセはトチローの方へと走って行った。工場の横で鉄鋼業をしている男ホセ。ゾバークウォッカ蒸留の為に、この星に常駐しているが、いつかはトチローの艦に乗りたいと呟いていた。出航準備にとりかかったクイーン・エメラルダス号のハッチ前で、酒を運び終えたホセがトチローの手を取った。
「がんばれよ、トチロー」
「すまんなぁ、あんなに用意させちまって」
「かまわん、かまわん、これもお前さんの夢の為だ。若によろしくな」
トチローがホセの手をぐっと握りしめた。
「完成したら・・・あいつと絶対に迎えにくる!」
「期待しないで待ってるよ」
「バカ言うな!約束は絶対守る!男の約束だ」
ホセは涙ぐみながら何度も頷いた。いつかホセはアルカディア号の機関士の一人として乗船する事になるだろう。しかし、それはトチローがアルカディア号の中枢コンピューターでの眠りについた後の事だ・・・。

クイーン・エメラルダス号はゾバーク星を離脱し、トチローの秘密基地へと進路を向けた。そこまでされる言われはないと、エメラルダスは遠慮したが、たらふくメシをごちそうになった礼だと言ってきかないトチロー。それ以前にトチローが自分とまともに話するこの女エメラルダスを見て、一目惚れしたせいである事は言うまでもない。否・・・この二人を結び付けたのは、クイーン・エメラルダス号であり・・・「来るべき再会の時」の訪れであった。クイーン・エメラルダス号はすでにトチローの存在を知っていたのだとエメラルダスは思った。自分も・・・トチローを知っているような気がする・・・しかし、どこで?どうしても思い出す事は出来なかった。
[エメラルダス・・・トチローはあなたに好意を抱いている]
「だから・・・秘密基地という所へ連れていこうとしていると?」
[本心を悟られるのが・・・恥かしいから・・・何も言わないのです]
艦橋でエメラルダスはクイーン・エメラルダス号と話をしていた。トチローはいつのまにやらどこかへと散策しに行ったが、そういう彼の行動にはエメラルダスも慣れはじめてきた。
「ただの食事の礼だけで、この艦を修理するなどと、随分、大きい事を言うと思いましたが・・やはりトチローも他の男と・・・」
[いいえ、器の大きい男である事は、貴方も分かっている・・・友のために・・・命をかける・・・それはヴェルセルークやD・ハーロックも同じ・・・ですが・・・トチローだけが持っているもの・・・それは何一つ束縛される事無く、生きていく、無限大の自由心です・・・]
「無限大の・・・自由心?」
[ヴェルセルークやD・ハーロックは知らず知らずのうちに、自分で自分の心を拘束している・・・しかし彼<トチロー>は違う・・・真に自由を貫き通す事は・・・何よりも難しいことなのですよ]
「それを彼は解っていると?」
[自由である事は・・・底なしの優しさと思いやり・・・そして・・・思い責任と・・・時として非情・・・彼が選んで生きている道は・・・口で言える程楽なものでは無いのです・・・それをおくびにもださぬ彼に・・・・貴女は何が・・・見えますか?]
エメラルダスの心に、何かが走った。言葉では言い表せない、不思議な感覚にせき立てられる様に、彼女は艦長席から立ち上がり、トチローがいると思われる格納庫へと走っていく。クイーン・エメラルダス号にもし、顔があるのだとしたら・・・きっと優しい微笑みでそんな彼女を見つめているに違いない。エメラルダスが格納庫に入ると、やはりトチローはそこで木箱を漁っていた。・・・否、木箱の一つに描かれた絵をじっと見つめていた。
「やはりここでしたか」
「エメラルダス・・・んなぁ、この絵は誰が書いたんだ?」
トチローが指差したその絵はかつてD・ハーロックが暇を持てあまして描いていたもの。
「以前、この艦にのっていた者が描いたのですが・・・何か?」
「も、もしや、そいつは『D』とか言わなかったか?『D』ないしは『ハーロック』でもいい」
「知っているのですか?彼を・・・」
エメラルダスが小走りにトチローへ近付いてしゃがみ、トチローをまじまじと見た。
「奴は今、ジャスミンという女と・・・俺の知り合いの所にいる。そうか・・・あんたがメーテルの双子の姉さんか・・・」
「メーテルに会ったのですか!」
「ん・・・まぁなぁ。この絵は、俺のご先祖が大事に大事にしていたといわれる未来予想図ってやつでな・・・この絵をもとに大テクノロジアが・・・」
大テクノロジア・・・エメラルダスがこの絵を見て、どこかで見た事があると思ったのは、そう、たった一度だけ、メーテルに大テクノロジアの守護を頼まれて訪れた事があったからだ。もはや場所すら判らなくなってしまったが、この風景はなんとなく覚えていたのだ。
「ではメーテルが大テクノロジアの建設を依頼したというのは」
「俺だ」
平然と答えるトチローにエメラルダスは気が遠くなりそうだった。この小さな身体のどこにこれ程の才能が隠れていると言うのか?
「んまぁ、あれはまだ建設途中でな・・・あとはメーテルにまかせて、俺は・・・その・・・艦の建造が忙しいんで・・後はどうなったのか知らん。だが、間違いない、この絵だ。大山家代々に伝わる大切な絵なんだ」
エメラルダスはあらためて、この目前の小男の存在の壮大さに溜息が漏れた。そこに、ふとD・ハーロックの夢の事を思い出す。
「貴女の先祖に『敏郎』はいますか?」
「何人もいるぞ。どの代だ?・・・待て・・・Dが描いたのだったら・・・西暦2000年初期だなぁ・・・」
「Dはよく同じ夢を見るそうです。必ず現れる眼鏡をかけた小さな男・・・そう、貴男位の・・・・名前を敏郎と言う人にこの絵を渡す夢なのです」
トチローは自分が知る由もない2000年代初期に自分の先祖が何をしていたか等分かるはずも無かったが、この絵を見て改めてある事を痛感していた。
「だから奴は俺を『敏郎』って呼んだのか・・・いや、はっきり聞き取れなかったんでな・・・すっかり俺の名前を言っているのだと思ったんだが・・・。そうか。俺のご先祖は、奴からこの絵を受け取ったんだな。・・・で、俺はそれを元に大テクノロジアを作った・・・か。なんつーかその、壮大な世界の中に・・・とんでもない問題をしょっちまったようだなぁ、俺たちは」
「ちょっと待って下さい。貴男の先祖がどうやってこの絵をDから受け取ると言うのですか?」
「知らんのか?・・・奴の身体の事・・・」
「地球防衛軍の秘密研究所で作られた兵器『特殊人材』だと言う事は知っています。DNAを用いてクローンを作り上げ・・・それを宇宙での戦闘に耐えうる身体に加工したものだと・・」
エメラルダスの言葉を聞きながらも、帽子を深々とかぶり直してトチローが立ち上がった。その声は、先ほどとは打って変わり、低いトーンで厳しい。
「そのDNAがどっから来てるかは知らないで一緒に旅をしていたのか・・・無理も無いがな」
「どこから?・・・どこから採取されたかということですか?」
「2000年代初期・・・地球人は未来に夢を託す一貫で人類のDNAを宇宙へと投棄した。それは、やがて地球が滅亡した時に、新たなる星でそのDNAからクローンを作り出すためだったのだと思うが・・・俺にもよくは分からん。ただ・・・その投棄されたDNAがやがて回収され・・・僅かに残っている本当に使える物を選び・・・特殊人材を作った。現存の人類からクローンを作るより、とっくの昔に死んじまった誰とも分からん奴のDNAを使った方が、もっと気兼ね無く好き勝手に兵器に加工できるからな」
驚ろきのあまり、口を抑えるエメラルダス。トチローは語り続けた。それはエメラルダスの想像を遥かに超えた・・・恐ろしい話だった。
「D・ハーロックは2000年代初期の人間だ。特殊人材の最大の欠点は自分が人間である事に気付いた時・・・どこから来たのか、何の為に生きているのかにパニックとなり・・・多くは捨鉢になって自滅の道を選ぶ。それがある意味最大の『兵器』になるというわけさ。DNAに残された僅かな本来の記憶が覚醒しはじめた奴は・・・わけのわからんその記憶とやらと必死に戦おうとして暴れ狂う。身体を構築している人工機能や・・・生体を兵器として維持する為に老化すらしない事に疑問を抱き・・・自分を化け物だと思った時・・・・やがてそれは自分とは違う人間を殺してしまいたい衝動にかられる。マインドコントロールされた状態では・・・その一連のプロセスを敵に対して発揮する様になっているんだろうな。もっとも、もう滅亡したと聞いていてなぁ、D・ハーロックと対面した時は正直焦った。何しろ・・・・俺の友に・・・そっくりだったしな。まぁ、長い人類の歴史に・・・こんなことがあってもおかしくないが」
俯いていた頭をゆっくりと上げたエメラルダスは、眉間に深く皺をよせ、さらなる驚愕の事実を聞かされるのかと身構えた。
「貴男の・・・友もハーロックと言うのですか?」
「会えばわかるさ。見てくれもそっくりだ。・・・にしても残念だなぁ〜〜、やっぱり俺のご先祖も、チビで眼鏡だったか!一人くらいはハーロックみたいな色男がいても・・・いいとは思うんだがなぁ〜〜。ははは」
トチローは笑いながら格納庫を出ていった。しかし、艦の片隅に身を寄せると、膝を抱えて思案にふけった。肩お落としていると言ってもいいだろう。あまりにむちゃくちゃな事の成り行きに、新艦建造を急がねばならなくなりそうだと思えば・・・焦りを覚えつつも、どうしてこういう事になるのかと・・・誰かに毒付きたい気持ちにもなる。
ーーーハーロック・・・俺とお前はず〜〜〜っと昔から何度も出会っては別れてきた仲だったと・・・そう言われて育ってきた。俺たちは切っても切れない運命なんだとな・・・。だが・・・こんな事態が起きているなんて思わなかったぞ・・・。真実を知ったら・・・やっぱりお前は悲しむだろうか・・・俺を、恨むだろうか・・・俺のご先祖は・・・お前のご先祖を救ってやれなかった・・・・ーーー
「トチロー・・・・」
暗がりで一人ぽつんと座っているトチローをエメラルダスが見つけた。そんなトチローを見ているエメラルダスも辛かった。トチローは涙ぐんでいた。まだ若い彼は・・・大きな夢を目前にして起きた事態に落ち着いて対処できない自分への歯痒さもあり、ただ・・・とにかく辛かった。涙を拭うこともせずに顔を起こしたトチローを見つめているエメラルダス。
「D・ハーロックが苦しむ姿・・・・俺の友が苦しむ姿・・・それを考えるとどうしようもなくてな・・・。人事じゃないと分かった今・・・それでもどうしようもなくてな・・・すまん」
エメラルダスはそっとトチローの小さな背中を抱き締めた。
「貴男自身を責める必要はないでしょう・・・これは・・・遠い過去に起きた事が引き金・・・今の世界に生きている貴男がどうする事も出来ない事実。それでも、友の為に貴男は悲しむのですね」
トチローは簡単に物事に動じる者ではない。何事も受け入れるだけの素地はある。だが、もし今の自分があの時代にいたら・・・どんな手をつかってでも戦争に行くのを止めただろう。だが、仮に過去に戻って、彼が止めていたら・・・今の彼ははたしてこの世にいたのだろうか?・・・多くの生と死の輪廻の上で自分達が今、ここにある。人間とはそういうものなのだ。しかし・・・D・ハーロックは違う。本来の運命とは全く違う形で・・・作られてしまったのだ。それを悲しまずにはいられなかった。トチローの無限大の自由心は底なしの優しさに満ちていると・・・エメラルダスは感じた。
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