|
第三章
|
|||||||
| 5.出会 惑星ゾバークに到着したクイーン・エメラルダス号の中に静寂が流れた。まだ衝撃の強さからめまいが抜けないエメラルダスがゆっくりと身体を起こすと、モニターに映った艦外の状況を見て息をのむ。寂寂とした情景がただ広がっているだけだった。目に飛び込んできたのは無数の墓石が立ち並ぶ丘・・・この地を踏んだのにも関わらず死んで行った者達の墓なのか・・・?それともこの惑星にたどり着けずに朽ち果てた者達のために建てられた墓なのか? 「いったい・・・・この星になにがあるというの・・・?闇と荒野ばかり。本当に・・・手練がいると・・・?」 自分の目を疑いたくなるような思いだった。ヴェルセルークが言った事は嘘だったのか。 [エメラルダス・・・・白鯨とてこの星に降り立ったわけではありません。ですが・・・私は信じたい・・・私には感じます・・・ここには何か強い意志を持った者が来て・・・そしてまた旅立って行くのを] 「少し、散策してきます。いずれにしても、修理をしなくてはまた飛び立つ事はできない。墓場の向こうに明かりが見えます。だれかいると良いのですが」 [私はしばらく眠りにつきます・・・とても・・・疲れました・・・・] エンジン音のフェードアウトと共に、クイーン・エメラルダス号のメイン動力を示す明かりが一つまた一つと消えて行く。ただのだだっ広い家と化したクイーン・エメラルダス号から最後の一本となった茉莉花ワインを抱きかかえ、エメラルダスは一人、艦を後にした。 外に出ると強烈なアルコール臭とともに、乾ききった大地の臭いが立ちこめる。ゾバーク星のウォッカは数ある酒の中でも稀少品。プロミネンスを越えて来た者でなければ手にする事は出来ない。臭いは墓場の近くの工場ともつかない小屋からただよっている。朝も昼も夜も無かろうこの星は、どこを見渡しても墓場の延長線に見えた。落胆した面持ちのエメラルダスは、ふらふらといつの間にか墓場に向かっていた。 「人間など、本当に住んでいると言うの?全くと言って良い程見あたらないわ。・・・・・寒い・・・」 大河の高温にさらされ、汗をかいた後からか、エメラルダスの身体はすっかり冷えきっていた。否、気温だけではない。彼女の心もまた寒さに震えていたに違いない。灼熱の大河は目もあけられぬ程まぶしかったにも関わらず、暗闇の世界が永遠の時を刻む。彼女はぐっとワインを抱きしめ、墓場の入り口に立った。目前に広がる墓場・・・命がけで大河を超える者はそれなりに理由がある。それは己の夢か、恋人か・・・。その時、突然、背中に銃を向けられている事に気付く。 「オイ、・・・・そのふところに持ってる物をこっちによこせ」 あまりに突然の事でエメラルダスは重力サーベルを抜き損じた。警戒心が無かったわけではない、銃を向けた人物が気配を感じさせずに近付いてきたに過ぎない。しかし、彼女の警戒心の隙をつく事は余程でなければ出来ない筈。「できる・・・」そう思ったエメラルダスは黙って懐に抱えていたワインを横に差し出すと、その人物がすぐさまつかみ取った。その行動のいちいちに隙がない。 「なんだぁ〜、ワインか。食い物かと思たのだが・・・じゃぁいい」 明らかに男の声。しかもエメラルダスにとってそれは随分前に聞いた事のある声だった。彼女が振り向いた時は彼女の足下にワインを残し、男ははるか向こうを歩いていた。弾痕だらけの帽子を被ってボロ布を纏った背の低い男・・・。 「あの人は以前、植民惑星にいた・・・・」 エメラルダスはそう呟くや否や走って男の後を追った。トチロー・・・彼女が彼の名を知るのはもうすこし後になってからの話である。 「待って下さい!」 エメラルダスは小走りに男へと近付いた。待てと言われているにも関わらず、足を止めない男にようやく追い付いたエメラルダス。 「あなたはあの大河を超えて来たのですか?」 大きく溜息をついて立ち止まるトチロー。 「でなかったら何だ?あんたもさっきどでかい戦艦で降りて来たんだろーが。いきなり強盗みたいなまねをして悪かったな。何か食い物でも持ってんじゃないかと思った」 「食べ物を探しているのですか?それなら私の艦にありますよ。よかったらごちそうします」 「・・・・」 突然の申し出に呆気にとられるトチロー。だが、気を許したとたんズガン!とやられる事を危惧した彼はまだ振り向かない。 「悪いが俺は施しは受けん質でね。金があったらあんなまねはしなかった。最悪にもここには食い物屋もないし・・・」 エメラルダスもそう思っていた。 「では、この星を出れば良いのではありませんか?」 もっともらしい事を言うエメラルダス。トチローは未だ彼女の顔すら見ずにふて腐れた声で言い返した。 「着陸前にエンジンがぶっこわれて修理せんと動かん。・・・・であるからして、ここでパーツを探している最中だ」 「お腹がすいていてはパーツ探しに体力も保ちませんよ・・・・。ちょうど大河超えをしたところで食事をしようと思っていたのです。一人では侘びしいですから・・・・ご招待させて下さいませんか?」 ご招待とは妙な事を言う女だとトチローははじめて振り向いて、エメラルダスの顔を見上げた。見上げてから再度足下から頭のてっぺんまでじ〜〜っと見つめる。急に頬が赤らんだ。 「あ、あんた・・・」 あまりの美しさにおどろいた上、腰に重力サーベルまで下げている。そして髑髏印のコスチューム。 「おどろいたな・・・あんた海賊か?・・・ひ、一人で旅をしてるのか?」 てっきり彼女の艦はおおかた男のもので、この女はその連れ程度にしか思っていなかったトチローは罰が悪そうに苦笑いした。 エメラルダスが艦に戻り、トチローに差し出した食事はウシドリの丸焼きをはじめ、山盛りのフルーツと野菜。どれも茉莉花ワインを高値で売り付けた末に手に入れた物だ。トチローは食い物が無い時は空想で食事をする。食べたつもりを想像して、味わうのだ。慣れてくるとこれがとても美味く感じるのだが、血にも肉にもならない食事ではとうてい実物にはかなわない。恐るべき早さで皿をたいらげていく彼を見て、エメラルダスは嬉しそうに次々を料理を勧め、茉莉花ワインをグラスについだ。 「ん?なんだこのワインは?今までこんな香のワインは飲んだ事が無いぞ。なんつーかそのやわからいとゆーか、まったりとした舌触りとゆーか」 うまいまずい以外に評論するのが苦手らしい。 「特別な星で摘んだ花を浸けて作ったものです。もう、永遠に作る事は出来なくなりました。これは最後の一本」 「いいのか?そんな大切なものを」 「いいのです。この花の取れた星、そしてこの星で眠る方達の冥福を祈る為に残しておいたような物ですから。誰かと酌み交わす事ができて・・・良かった」 すこし寂しげにそう語るエメラルダスの脳裏にジャスミンと彼女を救出に向かったD・ハーロックを思い出す。 「永遠に作れんとは・・・はて?」 「星が消滅したのです。まだ、星自体が残っていたとしても、もう永久に花は咲く事がないでしょう」 「そうか・・・・」 急に落ち込んだ空気が流れる。それを払拭するかの様にトチローが元気な声で話題を変えた。 「それにしても〜凄い艦だな。一見旧式だが、あの河を超えて来たにしては何事も無かった様だ。いやはやお見それしました」 「貴男の艦はどんな型なのです?ここに来た時は、戦艦らしいものは見ませんでしたが」 「いやぁ、俺はただの小型宇宙艇だよ。だもんでさすがに重力圧に踊らされてしまってな。タービンが悲鳴をあげた。ははは、まぁ手抜きで作ったからしゃーない」 小型宇宙艇でここまで来れるわけが無い。そう思ったエメラルダスはぞっとした。装甲板の厚さや出力の低さから、機内圧や温度のコントロール機能さえ通常のレベルの宇宙艇ではここに来られる等とうてい考えられない事だ。しかし、トチローは平然と宇宙艇で来たと言った。しかも手抜きで作ったと言うのだ。そう、酒場で噂されていた、エントリーもせずに大河を超えたのがこの男なのだ。 「確かに・・・・この艦以外のものは認められませんでしたが・・・・。何でそんな宇宙艇でこの星へと?ひょっとして、エントリーもせずに超えたのは貴男なのですか?」 「んーまーな。俺の真友が一働きしてくれたもんでな。それをねぎらう為に好物のゾバークウォッカを分けてもらいに来た。エントリーなんてそんな大それた事じゃないさな」 美味そうに茉莉花ワインを飲み干すとトチローは大きな口を嬉しそうに開きながら語った。 「それだけ?たったそれだけの為に命がけて来たのですか?」 仰天のエメラルダスに平然と答えるトチローだった。 「俺の真友は命がけで俺と奴との夢の為に仕事をしているんだ。それくらい当たり前だ」 「・・・・夢?」 「そ。いつか俺たちはこの宇宙で最強の艦を作って自由に旅をするのさ」 「それが・・・夢なのですか?」 「そーゆーこと。んじゃ、邪魔をしたな。そろそろ修理にもどらんと。よっこらせっと」 トチローはほろ酔い気分で立ち上がると、脇に置いた帽子を被って去ろうとした。 「待って下さい。小型宇宙艇ならばこの艦に格納して修理が可能です。部品もそこそこありますから・・・よかったら使って下さい」 「そんなわけにいかん。これ以上甘えるわけにはな。それに俺みたいなブ男がうろついたら、あんたも気が気じゃないだろう」 物好きな女もいたものだ。未だかつてこれほどの美人がトチローとまともに口を聞いた事等無い。・・・否、メーテルとアグリモニーは別として・・・。 「そんな事はありません!」 「いーよいーよ、無理すんなって」 その時、クイーン・エメラルダス号の様子が一転した。眠っていた筈の艦が急に騒ぎ出したのだ。おおかた、エメラルダスの本心をそのまま伝えたのだろう。 「なななんだぁ〜〜?」 「クイーン・エメラルダス号!眠っていた筈では・・・どうしたのです」 クイーン・エメラルダス号はエメラルダスの心を代弁した。 [行かないで下さい・・・行かないで・・・・] 「お、お、お、おい、この艦はしゃ、しゃべるのか!」 「聞こえるのですか?貴男にこの艦の言葉が・・・」 トチローもまた、この艦に選ばれし者の一人。というよりは、心待ちにしていた者と言った方がいいだろう。 [私はクイーン・エメラルダス号。はるか時空の彼方から・・・・助けを求めて彷徨う艦・・・] 「またしゃべった!!な、な、なんなんだぁこりゃぁ・・・精神生命を搭載した戦艦なのか!?なぁ・・・エメラルダスって言ったっけ?ちょっと中枢コンピューターを見せてくれないか?」 「かまいませんよ。いえ、貴男程の人ならば是非見て欲しいくらいです」 エメラルダスの心に一抹の不安が無かったわけではない。こんな男に何が出来るのだろうか?と。しかし、今までの口振りと度胸、そして本当に小型宇宙艇で此所へ来たのだとしたらと思えば、とてつも無い期待が膨らむのは無理も無かった。エメラルダスはトチローをクイーン・エメラルダス号の中枢コンピュータールームへと案内した。今までに何人もの男が此所へ訪れ、多くは恐れをなして逃げ去っていった。逃げこそしなくても、この艦と対話の後に諦めたヴェルセルーク、そして上まで登っていったのはD・ハーロックが初めてだったが、やはり彼にもどうする事も出来なかった・・・。トチローという男。それまでの男と比べれば、どう見ても弱々しくみすぼらしいこの男。 「ひゃぁ〜〜こりゃ凄い!なんと素晴らしい作りなんだ!まるで人間業とは思えんな・・・。うん、実に興味深い!」 ほとんど灼熱状態の温度など気にもせず、あたりを触りまくっては感動の声をあげているトチロー。この状況において、はしゃぐ子供のような笑顔で好奇心を湧きたてられているトチローを見て、エメラルダスは自然と微笑みが浮かんだのだった。トチローは以前D・ハーロックがよじ上ったエンジンの最上部まで辿りつくと、そこに覗き窓を見つける。急に彼の顔が悲しみに淀んでいくのがエメラルダスにも分かった。トチローはその顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、クイーン・エメラルダス号の熱が下がるまで、ずっとその覗き窓を撫で続けていた。 |
|||||||
|
copyright©2002 dokuro-an Ryu-tan All rights reserved
|
|||||||