第三章
2.失明
ギギギギィィィィーーーーーー!!
氷山に艦首を突き刺したままのデスシャドウ号が凍結し始めていた。惑星サイレンに突入した時の、あの温度の急速低下が辺り一帯にはじまり、乗組員達はお互いの身体をたたき合って眠らないように励まし合っていた。艦外作業をすることもできず、一目さんにデスシャドウ号へ戻る作業員達。しかし、艦内もまた凍結を免れない状態だった。
「副長・・・しっかり・・・、機関長・・・目を覚まして・・・」
異星人のミーメだけがこの低温状態に耐えられているようだった。ヤッタラン副長がふらふらと呟いた。
「異常や、この寒さ・・・冥王星かてこないな寒さにはならん。艦内のコンピューターも凍結するくらいや・・・さっきのオナゴや。間違いあらへん」
「ハーロック・・・」
ミーメは通信席に駆け寄りハーロックの通信機へと信号を送ったが、応答はおろか、信号が届いているとはとうてい思えない程ひどいノイズが飛び込んできた。通信パネルで項垂れたままのミーメはやがて口元を抑えて涙をこらえていた。

ファウストの船は惑星サイレンの渦入り口を航行していた。サイレン自身が氷山内で彼女の力を増幅させたせいなのか、惑星外での嵐も凄まじく、ただ身体をショートさせてバタバタと倒れていくアンドロイド達の中、ひとり舵を握ったまま前方を見つめているファウストだけが艦橋に立っていた。ゆらゆらと風に舞う枯れ葉の如く、漆黒の戦艦は嵐の入口をただよっている。
「く・・・何ということだ・・・危険を冒すとはこの事なのか!本当に・・・この先に戦艦など・・・」
ファウストの脳裏に一抹の不安がよぎる。メーテルは、ファウストが探している戦艦が明らかに惑星サイレンへと到達できるが如く言っていたが、自分が彼等を見つけられなければ意味がない。
「さりとて・・・どこから帰ってくるやも分からぬ・・・。見たこともない艦をこの宙域で探し回るほど時間はないのだ!いったいどうすれば・・・。セントエルモ砲さえ・・・今は使えぬ・・このおんぼろ艦で・・・どうしたら・・・」
両手で舵を叩くファウスト。すでに甲板壁や装甲板が剥がれ落ち、翼にもおおきな傷を負った艦だったが、ひ弱なアンドロイドが全滅した事による機械エネルギーの減少、そして生命体はファウスト一人を残すのみとなったこの艦は予想以上のダメージは喰らわずにいられたのがせめてもの救い。しかし、嵐の中に飛び込むことができずにただ、嵐の入口から離脱するしか無かった。
「また一つ哀れなエネルギー体が近づいて来たか・・・。久しぶりにみなぎる力が湧いてきそうだ。フフ・・・人間よ。くだらぬ夢とやらのために、命を粗末にする愚か者よ!死して私の力の糧となり永遠に苦しむがいい!」
サイレンは薄ら笑いを浮かべながら天井でかすかに揺れる氷柱群の音に耳を傾けた。高笑いする女の声が一帯を取り巻き、失神寸前のハーロックの耳にこだました。
「笑いたければ笑え。機械エネルギーを食い物にするお前などに負けはしない」
ハーロックはやがて立ち上がった。微弱振動を全身に感じながらもゆっくりとその脚をサイレンに向けて踏み出した。腿から流れる血液が凍結し、ブルーのコスチュームにこびりついたままだ。サイレンはまっすぐに見つめるハーロックの瞳を正面から受けてたじろいだ。彼女には人間の心が読める。彼女の尖った耳が震えた。
「貴様・・・本当にその命・・・惜しまぬと言うのか。たかだか・・・己の夢を達成するために・・・。たった一つの命を・・・惜しまぬと!
愚か者が!!」
サイレンの腕の一振りで無数の氷の槍がハーロックに向けて降り注いだ。よろけながら、それをかわしたかに思えたが、次の瞬間、野太い一本が彼の目前に飛来した。
「ぐぁぁぁぁぁ!!!!」
頭を仰け反らせながら、ハーロックはドスっという音とともに床へと倒れる。飛び散った血は氷の結晶となってぱらぱらと舞い落ちた。サイレンの高笑いがハーロックの耳に木霊する。目が・・・右目が見えない。彼に飛来した氷の槍は見事に彼の右目を貫いていた。突然上がり出した心拍にしばしハーロックはひきつった表情で天井を見つめていたが、意を決して氷の槍を引き抜いた。だらだらと彼の右頬を流れる血等、彼の意識にはもうどうでもいい事だった。震える足で立ち上がり、引きずるように、それでもなおハーロックはサイレンに歩み寄ろうとした。残った片目で睨み付ける様はもはや修羅の如く様だった。
【惜しくない命などない。だが・・・俺は、鉱石と引き替えにこの命捧げても、惜しくはない】
「貴様が死ねばこの鉱石など意味を為さぬのだぞ」
ハーロックはもはや言葉を発することもできない。しかし、よろけながらもサイレンに歩み寄りながら、心で呟いた。
【俺には仲間がいる・・・同じ意志を持ち、同じ旗をかかげた友がいる。お前にはそれが何を意味するか分からんだろう】
彼の脚を伝う血液がサイレンの瞳に飛び込んでくる。
「仲間・・・友・・・ク・・くくく・・・はははははは!!!下らぬ!死ね!!」
サイレンが腕を一振りすると今一度氷柱の一群がハーロックに向けて降り注ぐ。身をかわして先ほど落としたコスモドラグーンを拾い上げようとしたが、あまりに遠い。その時。
「ハーロック!」
岩陰からの声にサイレンの動きが止まった。ミーメがショットガンを放つと同時に手に持った瓶の一本を空中へと放った。コスモドラグーンの閃光が瓶を撃つと、瓶は粉々に散って炎の塊がサイレンに降りかかった。
「ギャァァァァァ!!!」
さらに追い打ちをかけるように数本の瓶がサイレンに投げ込まれて燃え上がった。氷の床の上を暴れ回るサイレンはやがて煙と化し、轟く悲鳴を残して消滅した。コスモドラグーンを構えていたハーロックがゆっくりそれをホルスターに納めると同時にミーメが小走りに近づいた。
「なるほど・・・火は自然界の持つ最強のエネルギーという事か。機械エネルギーにまみれた暮らしのせいで気づかなかった」
「大丈夫ですか?ハーロック・・・!目が・・・」
「すぐに鉱石の採掘作業を始める。あまりのんびりしている時間は無さそうだ。いつまたサイレンが復活するか分からないからな。艦は無事か?」
ミーメは彼の返答に半泣きにあきれたが、いつものことだと溜息をついた。
「今頃、艦の内部は火祭りの状態です。凍結した機関部とメインコンピューター部に火を放ちました。通常航行には支障のない状態ではありますけれど。通信がつながりませんから、いったん戻って作業をはじめましょう」
ミーメの言った「火祭り」。正にデスシャドウ号内はそのままの状態だった。たき火を囲んで乗組員達が酒瓶を片手に歌い踊っている。ハーロックはそれを脳裏に浮かべたか、鼻で笑って歩き出した。ミーメが手を貸す事すら拒み、身体に受けた傷など物ともせず歩いていくハーロックの数歩後ろをミーメが追う。しかし、出口付近で彼女が声をかけるとハーロックが立ち止まった。
「ハーロック・・・一度しか言いません。心に刻んでおいてください・・・」
「どうした?改まって」
「貴方は昔から、猪突猛進で・・・目的のためならばその命さえもいとわない人。貴方のその勇気と自信、それは時として素晴らしい・・・ですが、考えて下さい。貴方が今倒れてしまったら、アルカディア号をトチローたった一人で建造するのですか?私やデスシャドウ号の乗組員達を残して去っていくのですか?お父様・・・いいえ、それよりも遙か昔から紡がれてきた血を途絶えさせる権利は貴方にはありません・・・」
ハーロックはミーメに背を向けたまま、じっと立ちつくして聞こえてくる彼女の声を聴いていた。ミーメはかつて他星の艦隊によって破壊されたアロザウルス星唯一の生き残り。身よりの無い彼女を救ったのはハーロックの父だった。ミーメは暗にハーロックには簡単に死んで貰いたくない、子孫を残さねばならないという事を言っていた。そのためならば、彼女自身の命は厭わない・・・彼女は永遠の孤独の中、ハーロック家の血に忠誠を誓っている。
「出過ぎたことを言いました。治療の準備をしておきます」
ミーメはハーロックの肩脇を過ぎて小走りでデスシャドウへと去っていった。いつも酒瓶を片手に遠くからハーロックを見つめているだけの彼女が、この時だけはハーロックが少年時代に教師じみたことを時折言っていたミーメだった。確かに、自分は浅はかだったと思わないでもない。ミーメがもし無事でなかったら、もし酒がなかったら、火をおこすことを思いつかなかったら、やはり自分は志半ばでこの凍て付いた星に死んでいたかもしれない。しかし、ハーロックは若さ故の過ちを認めたくはなかった。

戦艦とも要塞とも付かない巨大な物体が蟹座星雲の付近を航行していた。一見闇に輝く小さな星の光が集まっているようにも思えるが、非常に規則的にひかれたライン上にまたたく光は明らかに非自然的な物であり、その輝きは黒色の円形の物体から突き出たトゲの様な物体の先端でもある。非常に細かいトゲを無数に持つウニのような物体・・・しかしそれは惑星一つに匹敵するほど巨大な物だった。
「この付近に正体不明の戦艦が現れたというのか・・・」
「は、ヴェルセルークからの連絡によれば、銀河系外周を航行していたクイーンエメラルダス号が銀河総督府の輸送船を撃墜したという噂だけで、Dの安否については分かりません。しかしながらあの付近を航行していたと思われる戦艦に不振なものが一隻確認されました。星籍は明らかに地球の物・・・以前銀河総督府が地球を脱出した艦を一隻確認しておりますゆえ、それであると」
蟹座星雲にこの要塞が現れた理由はファウストの戦艦を追っている事だった。要塞中央部のある部屋で、アイアンデアーが側近からの報告を聞いていた。手に持ったスティック・・・かつてD・ハーロックの胸を斬りつけたそれを軽く振ると、機械兵は腿まであるエナメル様のブーツの踵を一鳴らしして敬礼し数歩下がって去っていく。全てがプログラミングされたような動きの兵士達が廊下を往来していた。
「よもや、あの輸送船が攻撃されるとは・・・!よりにもよってエメラルダスまでがあの宙域をうろついていたとは!さらにヴェルセルークからの連絡は途絶えたまま。我々が感知しないところで何かが動いているとしか思えぬ」
「やはりあの女の仕業でしょうか・・・・?」
「小娘のくせにいったい何ができる。所詮は生身の人間のつまらぬ小細工。我々の敵ではないわ!それよりもヴェルセルークはいったい何処へ消えたのだ」
アイアンデアーの側近はだまってクビを振るのみだった。要塞の内部から見える数々のトゲの根本は、中心から排出されるエネルギーを運ぶ管が無数に絡まり、美しい光のグラデーションを演出しているようにさえ見える。アイアンデアーはそのグラデーションをじっと見つめながらも、手に持ったスティックを折らんばかりに両手で握りしめた。
「監視艦は消息不明・・・よもや逃げ出したか・・・。バルザックの腰抜け軍人めが・・・」
「ただ今、マゼラン付近を監視している艦隊が全力で白鯨の消息をあたっています。何はなくとも白鯨だけは・・・」
「あの艦はヴェルセルークがおらねば動かぬ。白鯨ごと葬ってやるべきだったものを・・・プロメシュームの娘とかいうあの小娘の邪魔さえ入らなければこんな事には・・・!」
【緊急通信!緊急通信!不審船がこちらに向けて航行中。インプットデータ上では不明物体。しかし外部不明艦リストによる形状データでは『デスシャドウ』という結果が出ております!】
アイアンデアーの部屋中に張り巡らされた巨大スクリーンは蟹座星雲方向から航行してくる艦影と不明艦リストよりはじき出された戦艦の形状データが浮かび上がった。スクリーンは次々と艦影を拡大しデスシャドウの姿をしっかりととらえると即座に側近が口を開いた。
「戦艦デスシャドウ・・・ここのところ我が軍の艦隊を方々で荒し回っている海賊です。今までその姿ははっきりと見た事はありませんが、あの艦主上部と艦尾の古くさい髑髏印は海賊の証、まずもって間違いないでしょう」
「いったいどのような者があの艦を?」
「不明です。・・・艦の性能はおろか素材すらはっきりしない謎の物体です。我が軍の艦隊を消滅させたとなるとかなりの性能はあると思われますが・・・」
少々うろたえぎみの側近だったが、アイアンデアーはスクリーンに拡大投影された艦の状況を見てほくそ笑んだ。次元嵐にもまれ、さらに小惑星の衝突に加え惑星サイレンでの墜落などが重なり、甲板の至る所に亀裂や剥離が確認された。主砲のいくつかは歪み、レーダーも折れ曲がった様は、アイアンデアーにとって正に命からがら逃げてきたように思えたのだった。
「そんな風には見えぬがな。まぁいい、まだ未完の要塞だが・・・このまま見過ごしておく訳にはいかない。攻撃準備に取りかかれ。パラレルレーザー砲の試し撃ちにはちょうどいい」
「パラレルレーザー砲はまだ微調整中です。発射までにすこし時間がかかりますし、完成までもう少し待たれた方が」
「ならば発射準備が整うまで駆逐艦にでも相手をさせておけ!パラレルレーザーの発射時に海賊もろとも始末してもかまわん!」
アイアンデアーが突然大きな声を上げたため、側近は顔に埋め込まれたメーターが激しく動揺させたまま小走りにその場を去り、攻撃の式を取るために艦橋へと向かった。
側近の命を受けたパラレルレーザー制御ルームでは砲塔内で作業していたロボットを待避させ、兵士たちが次々とコンピューターを起動させた。モニターに浮かんだ要塞の立体設計図内にパラレルレーザー砲のルートが彩られていくと同時に砲塔内の暗闇が徐々に明かりを灯しはじめ、要塞中央からのエネルギー充填作業が始まった。爛々と輝いていたトゲの先端はエネルギー充填と反比例するが如く輝きを曇らせ、やがて一つまた一つと消え、ついには宇宙空間に消えてなくなったかのようにそこには闇しか存在していなかった。要塞から遥か彼方より向かっているデスシャドウはその先に何があるかなど感知する事ができず、出せる限りの出力で蟹座星雲から脱出をすべく航行を続けている。
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