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第三章
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| 1.魔女 蟹座星雲の向こうへと一隻の戦艦が迷い込んだ。黒騎士ファウストを乗せた漆黒の戦艦。辺りは塵と化した数々の船の残骸と白骨が浮遊している、正に墓場と呼ぶにふさわしいこの場所をかつて地球のある人々は黄泉の国の場所と言い伝えた。既にこの戦艦に取り付けられた次元レーダーはだいぶ前にかなり大型で強力な火気を有している戦艦の通過を示唆している。立体映像としてそのレーダーに出現した戦艦の外観を映し出しては見たが、映像としてそれが出てくるわけではなく、かなり精密ではあるが、それでも映し出されたものはわずかに外観が分かる程度の骨格しかない。 「かなり強力な防御シールドを有している物と思われます」 レーダー室のアンドロイドがファウストにそう伝えた。 「それだ・・・間に合ったか。して・・・この戦艦の向かった方向は?」 「前方600万宇宙キロの地点。物体の反応がありますが未知」 「いったい・・・そんなところに何があるというのだ・・・?」 腕を組んで思案に暮れるファウストだったが、彼の問いに対して助言をする者は此処にはいない。アンドロイドは感情がない。彼の悩みに的確な答えを出す事はできないのだ。また、それ以上に、彼の戦艦の後方に機械帝国軍が接近しているなど・・・気づくこともなかった。外観の恐ろしさとは裏腹に、内部はあまりに脆い。 ファウストの艦のさらに先に氷の塊にむかって航行する戦艦デスシャドウ号がある。。戦艦デスシャドウ号からはさらに大きな氷山を捕らえたのだが、突然起きた計器の異常で艦が揺れに揺れていた。 ギギギギギギィィィィーーーーーー!!バリバリバリ!!! 「何がはじまったんだ!」 レーダー席で突然の故障に身を退いたレーダー手ミーメが落ち着いた声で伝える。彼女はかつて地球で囚われの身となっていたある惑星の唯一の生き残りだった。いつ何時も、彼女は取り乱すことはない。 「レーダーが故障。艦が右に吸い寄せられています」 「バランサーの感度を上げろ!」 そう叫びながらキャプテン・ハーロックは舵を握った。突風にあおられたように大きく斜めに倒れながら何かに吸い付けられるように流されてゆくデスシャドウ号。巻き込まれた数々の浮遊していた廃艦の部品が衝突して前方に広がる青白く輝く氷の惑星を目前に、何かに吸い込まれていく。吸い込む力が強くなるに連れて、デスシャドウ号の乗組員が耳にしたのは笑い声とも鳴き声ともつかない女の声だった。透き通っているが、とても冷たい響きに艦内まで冷えてきた。 「艦内温度が急激に下降しています」 「い、いかん。わい、腹痛くなってきよった」 すでに吐く息が白く見えてきた。 「なぜだ・・・?艦内温度が急激に落ちるような場所ではないはずだ・・・目の前には何も見えていない」 「ハーロック、レーダーが故障する直前に大きな渦巻き状の物体を確認しています・・・」 [機関部より艦橋へ!艦内温度の急速低下と気圧変動でエンジンの出力コントロール不能!このままだと停止します!!] ハーロックは顔色こそ変わらないが、蛇輪を握る手が小刻みに震えている。惑星を取り巻く重力地帯は珍しいことではないが、このデスシャドウ号には通常に存在する重力圏など物ともしないだけの装備があった。しかし、今までのそれとは違う激しい揺れと温度低下にとまどいが隠せなかった。その時、艦橋窓の向こうに陽炎の様に歪んだ場所を捕らえた。 「機関出力最大!焼き切れてもかまわん!11時方向へ全速前進!」 ほとんど横転しそうなほどに斜めのまま、キャプテン・ハーロックは蛇輪をきった。その蛇輪にかかる重力は彼の力を持ってしても押さえ切れぬほど強く、腕がへし折れそうだ。 「キャプテン!メインエンジンのエネルギーが急速に低下!サブエンジン着火不能!」 すでに艦橋でも各機器が悲鳴を上げている。それ以上に各エリアで機器の凍結がはじまり、さらに乗組員がバタバタと意識を喪失し始めていた。 「い・・・いかん、キャプテン・・・わい・・・苦しいねん。精気を吸い取られてくかんじや・・・」 「がんばれ副長・・・!」 ヤッタランは自分の意識を回復させようと思い切り腿をつねった。 ハハハハハハ・・・・! 女の笑い声が渦巻く。この声で皆、割れそうな頭を抱えていた。薄れていきそうなキャプテン・ハーロックの脳裏に厳しいが愁いを帯びた女の声が浮かんだ。銀河鉄道の放つ光に照らされた女のシルエットは振り向いてこう言い残した。 ----「蟹座星雲の向こうの惑星サイレン・・・とても恐ろしい魔女が住んでいます。身も心も凍りつく存在・・・負の力を生命エネルギーとして生きている・・・採掘までに命を落とすかもしれません」---- 「ハーロック・・・これがあのメーテルという女性が言った、サイレンの魔女・・・」 「サイレンの魔女!くそ!そういうことか!・・・全乗組員に告ぐ!オート解除・・・マニュアルに切り替えろ!」 「りょ・・・了解!」 コンピューターをオフしたデスシャドウ号は陽炎に向かって再度艦首をむき直し、人力操舵で突っ込んだ。推力を落としたデスシャドウ号は木の葉の如く舞いながら、肉眼では微かにしか見えない渦の向こうへと引き込まれていくのだった。 「渦だ・・・渦の中心に飛び込む・・・!主砲発射!目標、渦の中心!・・・武器エネルギーを食わせてやれ・・・」 「艦内圧が限界値を切っています。このままでは艦が大破する可能性が」 「トチローの作った艦だ・・・俺は・・・信じる・・・!艦首ラム作動!」 デスシャドウ号の主砲が吸い込まれていくと同時に竜巻と化した内部が膨らむ。すると竜巻の向こう、出口と思しき部分が開けていくのが分かった。多くの地球人クルーは胸を押さえて息も絶え絶えだった。まともに呼吸をすれば呼吸器が凍り付く。それはハーロックもそうだった。蛇輪にもたれかかりそれでも仁王立ちしたまま前方を見据えた。主砲を撃った後、動力をオフにしたデスシャドウ号はゆらゆらと舞う木の葉の如く、・・・やがて激しい嵐と稲妻に撃たれながら、惑星サイレンの氷山へと衝突した。艦橋はおろか、各エリアの乗組員がその場からはじき飛ばされたが、艦首ラムが山の深みへと突き刺さったために衝突の反動はさほどのものではなかった。着陸したと同時に艦内気圧も温度も平常に戻り、レーダーも回復したデスシャドウ号内では歓喜の声と共に酒を振る舞う乗組員達もいた。ハーロックはまだ無事だった探査レーダーがかすかに示す鉱石反応に目を輝かせる。氷山の奥・・・見るからに迷路の様だったが、間違いないと確信した彼は同じ機能を小型化した物を持って船外へ向かった。 「鉱石の場所が分かった・・・副長、採掘の準備を頼む!」 「ワイは今忙しいねん」 つい先刻の死にかけた顔は何処へやら、船外作業がはじまっているにもかかわらず、ハッチの横で作りかけのプラモデルと格闘しているヤッタランがぼやく。いつものことだ。ハーロックは肩をすくめたが、すでに他の乗組員達が採掘作業のため、基材の組み立てを始めていた。 「俺はちょっと氷山の内部を見てくる」 「き〜つけてや〜」 一団を率いる戦艦の艦長にしては、一人で出歩くのは日常茶飯事のため、誰一人としてハーロックのやることに異論を唱える者はいない。そして、乗組員の誰もが自分のやるべき事を始めていた。これが、デスシャドウ号の当たり前の姿なのだ。ハーロックが去ってしばらくして、氷山の岩陰から一人の女が姿を現した。 【なんや、尾翼の接着が甘かったんか〜】 【あ〜あ、なんかお腹空いて来ちゃった。あとでカップ麺でも食べよっと】 【今日のメシはなんだろうなぁ〜。また野菜炒めだったら俺、死んじゃうよ】 【寒いときはお酒が一番・・・。お酒はどこへいったかしら?】 女はデスシャドウ号の乗組員達の意識を伺ったが、ろくな情報が飛び込んでこない。 (いったい・・・なんだというのだ?このできそこないの連中は!・・・これであの竜巻を超えてこられたとは・・・!) 「なんや?キャプテンまだおった・・・へ?」 プラモデルに夢中だったヤッタランが人の気配に振り向くと、全身氷のような女が立っていた。さすがにこれにはヤッタランも驚いたが、それも一瞬だけだった。 「驚かさんといてや〜。誰だか知らんけど、ここにおったら怪我するで、ホンマ」 「この戦艦の艦長さんはどなた?」 「キャプテンならその辺ほっつき歩いとるんとちゃうかな。ワイは知らん」 一言そう言うとヤッタランはプラモデルをつまむと「ぶ〜〜〜ん」と小走りにデスシャドウ号内へと消えていった。 「ふん、ただのふぬけばかりではないか!」 女は踵をかえして元来た道から氷山の内部へと去っていった。氷山内部の入り組んだ道を足早に歩いていく青のコスチューム姿を見て、女はニヤリと笑みを浮かべながらその後を追った。引きずるほどに長い裾のあるドレスはまるで耐寒性の無さそうな布きれの様で、彼女の肌自体もほとんど透き通っているところを見ると、まるでこの星同様氷のような人間。 「レーダーではこの辺りに鉱石の反応があるはずなんだが・・・・どこも氷に閉ざされて・・・どこから手をつけていい物やら・・・」 そう呟きながらもハーロックの胸は高鳴っていた。探しに探した特殊鉱石がココにある。これさえあれば彼の夢の実現に一歩つながる。今、彼は脳裏に無限に広がる大宇宙と、その大海原を威風堂々と航海する巨大戦艦の姿を映し出した。艦尾にそびえる巨大な旗。黒地に白く髑髏を染め抜いた旗の元にたたずむ自分と親友の姿を・・・。 「ミーメ・・・聞こえるか?デスシャドウ号からの信号がこちらでは感知できない・・・どうも何かに阻まれている可能性があるな」 【ハーロック。こちらでは貴方の場所が分かりません・・・なのに通信だけつながるなんて、おかしいですね】 「もっとも・・・内部は迷路のように入り組んでいて、いつこの通信が使えなくなるか分からんな。まぁいい、ミーメは副長と共に外部からの採掘を始めてくれ。百五十トンくらいは乗せられるだろう」 【しかし、実際どれくらい採掘できるのでしょう?中が空洞なら・・・量は少し心配です】 「いずれにしてもこの氷山の一帯が鉱石の塊の様な気がしてならん。充分まかなえるだけの量があるかどうか、奥まで入ってみなければ分からない。もう少し内部まで入ってみる」 【お気をつけて・・・。ミーメはすこし嫌な予感がします・・・】 ハーロックはレーダー手ミーメの言葉を聞きながら苦笑いすると通信を切った。氷山の深部へと入れば入るほど、身体にしびれさせも覚える強烈な寒さが彼を襲った。耐寒スーツさえただの布きれにしか過ぎないほど痛さにも似た冷気が渦巻いている。どれほど歩いたのか、ハーロックはようやくぽっかりと空いた空洞様の場所へと到達した。天井は氷山の登頂からでもつり下がっているのか、巨大な氷柱状のものが多く垂れ下がり、足下には底なしの空洞が広がる。 「すべって落ちたりしたら一巻の終わりだな・・・だが、ココだ・・・この下に鉱石がある」 空洞の足下に広がる暗い世界は、そこに彼の求める存在が眠っていると、手元のレーダーが示していた。 「ミーメ、聞こえるか!ミーメ!・・・くそ、やっぱりつながらなくなったか・・・」 「そんなちゃちな機械を使ったところで、無駄だ」 まったく気配を感じさせずにハーロックの後ろに女が現れた。素早く身を翻して銃を構えたが、女の操る冷気は一瞬早くハーロックを吹き飛ばした。巨大な氷柱の一つに当たって砕け、破片が彼の上に降り注ぐ。 「何者だ!」 「貴様こそ何者か。だまって人の館に踏みいるとは・・・」 「館・・・?お前がサイレンの魔女か?」 女は高飛車に頷きながら足音も立てずにハーロックへと近づいた。彼女が近くなればなるほど、ハーロックの身体にじわじわと冷気が入り込み、吐き気を催す程のしびれが彼を襲っていた。 「貴様があの小汚い戦艦の持ち主か。何故ここへ訪れた。ここは未踏の地・・・何人も此処へ来ることは許さぬ」 「俺の意志はあの程度の脅しで覆されるほど柔ではない。この鉱石は惑星周辺を航行した数々の艦と生命のエネルギーを吸い尽くした粋だと聞いた。俺にはどうしてもこれが必要だ・・・だからここへ来た」 「これは私・・・サイレンの物。何人も採ること許さぬ。命が惜しくば早急に立ち去れ・・・ただし、無事にここから出られればの話だかな・・・フフフ。間抜けな船の乗組員達はやがて貴様を見捨てて逃げるが関の山」 ハーロックは身体を締め付ける冷気としびれで意識が朦朧とし始めていたが、先ほど砕けた氷柱の一つをつかみ取って自らが腿へと突き刺した。透き通った氷が真っ赤な血に染まる。サイレンはその有様をみて仰天したようだったが、一転美しい顔が般若と化した。 「人間・・・その汚い血で私の館を汚す気か!」 「黙れ!俺はお前の脅しなどに屈しないと言ったはずだ。たとえ命を懸けてでも、この鉱石を採取する。これは宇宙を旅する者達の・・・貴様が奪い取った自由を嘆く血の結晶。自分の物だと?聞いてあきれるな」 「だから人間は愚かなのだ。口では何とでも言えようが・・・。命を懸けるというのなら、やってみるがよい。己の無力さに打ちひしがれて、貴様も石となるがいい!」 サイレンはハーロックと向かい合いに氷山の空洞に冷気の竜巻を起こし、さらに氷柱を操り彼を執拗に攻撃した。ホルスターから抜いたコスモドラグーンは悴んだ手から滑り落ちた。身体が凍り付きながらも攻撃を避けていたハーロックもさすがに息を切らし、岩陰に滑り込むと乱れきった息に胸を押さえた。凍傷寸前の身体が彼の自由を奪っていく。 |
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