第二章
8.鎮静
デスバードはクイーンエメラルダス号を追うことはなかった。所詮戦闘機一機、ワープできるわけでもなく、ジャスミンのいた衛星よりほど近い商業港惑星メタブラディへ向かった。瀕死のジャスミンを乗せているのであれば、一刻も早く医者を捜さなければと思うのが人の常というものだ。
惑星メタブラディ、さして大きな星ではないものの、赤色錆灰帯と青色水素帯に二分されたその惑星の片側、青色水素帯には大都市が広がり、医者を捜すなら好都合に思えた。この間にたとえ機械帝国の追っ手が来たとしても、D・ハーロックには恐れるに足りない、ただ、問題なのは金がないことだった。
「ジャスミン、食料と医者を捜してくる・・・お前はここで休んでいろ。苦しいだろうが・・・すぐに戻る」
「安心してください・・・私は・・・水さえあれば大丈夫です・・・」
結局デスバードを売った金で粗末なホテルに宿を取り、ベッドに寝かしたジャスミンの傷を水で拭った。さして清潔でも無さそうなタオルしかなかったが、水と体温の損失を防げる布団さえあればあとは何もいらなかった。
「D・・・私は・・・生きています・・・今、生きている喜びを・・・噛みしめている。貴方に感謝します」
「惜しくない命などない。お前は生まれるべくしてこの世に生を受けた・・・精一杯生きろ。生きられる限り。お前の歌は人の心を和ませる事ができるだろう?お前の歌は人の心を変える事ができる・・・俺はお前に救われたようなものだ。俺こそお前に感謝している」
D・ハーロックは優しい微笑みをたたえながら、ジャスミンの光を失った瞳から止めどなく流れる涙を拭い部屋を後にした。
「ここは貿易港。た〜くさんの人間が出入りするが、常駐している連中はみんな客商売だけだ〜」
「医者ぐらいいるだろう」
「あんたもわからんお人だな。今時人間の治療する医者なんぞもぐりかなんかしかおらんて。医者のかっこしとるヤツはおるが、ぼったくられるのが関の山だよ!だいたい見たトコ金も無さそうだしな!」
D・ハーロックはフロントで医者がいないか訪ねたが、係の男はめんどくさそうに答えた。一番人が出入りする中央ホテル周辺の酒場街まで足を運んだD・ハーロックだったが、どこも『生身の人間お断り』の看板を掲げた店ばかり。道行く人々も地球以上に機械化人が多い。だが、さほどここで生身の人間の蔑視は酷く無さそうだった。しかし、誰に聞いてもフロントの男と同じやりとりが続く。
「くそ・・・・らちが明かない・・・」
こうしている間でも、ジャスミンは痛みに苦しんでいるだろう。そう思えば焦りを禁じえない。さんざん歩き回ったせいで入り組んだ裏道にまで到達していた。裏道は惑星を二分した赤色錆灰に近く、大気もそれほど良くない。人通りは少なく、むき出しの大地を道とし、建物の外壁も機械はおろか丈夫な金属ではできていない、木材がと石が混ざった土壁の建物が並ぶ。二重太陽に守られたこの星では日が沈むことがない。つねに灼熱に照らされた状態から身を守るべく、生身の人間達は地下に店を構えている。一角の店の入口を臨む階段に差しかかったときだった。
ズガァァァーン!!
突然酒場に響いた銃声と悲鳴、そして爆発音とともに酒場にいた客達が飛び出してきた。
「ア、アグリモニーだぁぁぁぁ!賞金稼ぎアグリモニーが来たぞーーーー!」
客達はいちもくさんに逃げていく。あっけに取られたD・ハーロックはかすかに身の危険を感じて数歩後ずさると煙に巻かれた地下から一人の男が転がるように出てきた。そのすぐ後ろに長身の女が長い黒髪を靡かせて追ってきた。
「ちょっと待てといっとるが!俺はお前とはやらん!だいいち俺の首にかかった賞金なんぞたかが知れとるだろーが!!」
「だれも貴方の首を取ろうなんて言っていないわ。デスシャドウは何処へ行ったのか聞いているのよ。トチロー!言いなさい」
「俺は知らんよ。アグリモニー、悪いことは言わん。彼奴を追うのはやめとけって。お前の腕が立つのはこのマゼランのだ〜れもが知ってる。俺も認める。もう充分だろ・・・なぁ〜」
アグリモニーという女賞金稼ぎは背中にしょった巨大なレーザーボウガンの先を道に腰掛けたままのトチローに向けた。艶やかに輝く彼女は、一瞬エメラルダスを彷彿させるほど美しい女だったが、その口ぶりは彼女以上に厳しい。まして、エメラルダスは男の首根っこを片手で掴んで持ち上げたりはしないだろう。
「ゾバークにいるとでも?あなた、私の気配に気づいてゾバーク星を避けてここへ来たのでしょう?」
「く、くるしいって・・・」
アグリモニーはボロ布を身体に纏い、弾痕だらけの帽子を深々とかぶったメガネのチビ、トチローの胸ぐらを掴んで鼻面を押しつけて睨んだ。トチロー・・・・そう、プロミネンスの大河を臨む、植民惑星でエメラルダスが目撃した小男の事だ。
「居場所を言わないのなら、このままずっと貴方につきまとうわよ」
「いやぁ〜〜〜お前さんみたいな美人が傍にいてくれるなら願ったり叶ったり・・・イッシッシ」
この二人のやりとりは滑稽だった。片や狙われているにもかかわらず、危機感を感じていない男、片や賞金目当ての筈が一向に戦う事もしない女。D・ハーロックは物陰から目をまん丸に見開いてこのやりとりを見ていた。が、しかし。
「ハーロック!ハーロック!」
だいぶ遅れて酒場からのこのこと大きな黒い鳥がD・ハーロックに向かって突進してきた。この鳥はほとんど飛べないのか、隙間だらけの羽根をばたつかせて涙を流してD・ハーロックに抱きついた。
「な、何!」
目前の二人が驚いたようにD・ハーロックを凝視した。トチローがポカンと口をひらいた。
「はぁ〜〜〜〜?」
「ハーロック!そんな所にいたのね・・・今度こそ逃がさないわ・・・銃を抜きなさい」
D・ハーロックな何の事やら分からない。ハーロックと呼ぶ以上自分のことを知っているのかもしれないと思ったが、まったく身に覚えがない。さらに銃を抜けといわれても今の彼には武器は一切持っていない。しかし、ボウガンを向けられたために条件反射で身構えた。鋭い閃光が彼の瞳の奥に走った瞬間トチローが叫んでアグリモニーの腕を掴んだ。
「違う!違うぞアグリモニー!ハーロックじゃなぁ無い!!」
そう叫んだトチローをD・ハーロックは凝視した。トチローの顔がD・ハーロックの脳裏に残るある男の姿を映し出した。
(敏・・・郎・・・)
眠りにつくと必ず彼の夢に現れるアイボリーホワイトの荒野、轟く爆音、そして今、彼の耳にこだまする。
----死ぬな・・・ハーロック!----
冷や汗が彼の額を伝い、震えだした脚、そして胸が激しく痛み出す。焼けるような熱さに胸を押さえてその場に崩れた。トチローが駆け寄り、彼を支えて振り向いた。
「おい!どうした!しっかりしろ!お前も手伝えアグリモニー!お前医者の娘だろ!!」
「えぇ?」
「胸が苦しいのか?ちょっと見せて見ろ・・・」
「触るな!!」
トチローがD・ハーロックの服に手をかけたとき、野獣のような叫び声をあげてトチローを振り払った。危険を察したアグリモニーが反射的にボウガンを構えたが、一瞬早くトチローの重力サーベルがD・ハーロックのみぞうちを殴打した。飛ばされたD・ハーロックは腹を押さえていたが、それでも二人を睨み続けている。トチローが掴んで引っ張ったせいで彼の服の胸元が裂け、『D』の刻印が露わになった。
「貴方、『特殊人材』・・・!機械化帝国軍が追っている『D』!」
アグリモニーが叫んだ。同様にトチローの小さな目が大きく開いてD・ハーロックの胸を見た。脈打つようにぴくぴくと動き、真っ赤に腫れ上がった刻印が瓶底メガネの向こうの豆粒のような目に飛び込んでくる。
「いかん!伏せろアグリモニー!」
トチローの合図でアグリモニーが身をかがめて道脇に横転すると同時に脇をにD・ハーロックが突風の如く通過した。二人が振り向くとこちらを睨んで仁王立ちしている。鳥がわめき声を上げてドタバタと走り回った。
「・・・・敵じゃない!落ち着け!」
「言ってもむだよトチロー・・・『特殊人材』は見境を失うと、血の最後の一滴を絞り出すまで・・・止めないわ」
D・ハーロックと二人のにらみ合い。彼らの間を荒野の風が吹き抜けた。それと同時に、風に乗って歌が聞こえてきたのだった。D・ハーロックの後方、遙か向こう、赤色錆灰帯から吹き込む生臭い風と灰を受けながら、ゆっくりと近づく女達がいた。傷ついた身体を深い蒼のワンピースに身を包んだ女に支えられながら、歌い続ける女。
『海原へ・・・貴方の立つべき舞台・・・月の光に灯され・・・往くは自由の海・・・夢のために生き・・・戦いのために生き・・・たとえ・・・骸となろうとも・・・掲げよ旗を・・・自由の旗を・・・』
彼女の歌がD・ハーロックの意識に語りかけ、混濁した精神状態を鎮静した様だった。動きの止まったD・ハーロックにワンピースの女の手から放たれた鞭が舞う。急に全身から力がぬけ、意識を失い道に倒れた。砂塵から現れた深い蒼のワンピースの女がジャスミンを倒れたD・ハーロックの元に連れて行った。
「D、なかなか戻らないので心配しました・・・私は大丈夫・・・もう・・・大丈夫です」
ジャスミンを支えていた女はそのままトチローとアグリモニーの前まで進んで軽く会釈をするとトチローが呟いた。
「メーテル」
「トチロー。貴方の真友が希望の旅に出ました。きっと貴方の力を必要とするはずです」
トチローはこれ以上ないほどまでの笑顔を浮かべた。
「そうか!ついにやったか!!・・・あ、しかし・・・あの男・・・」
「アイアンデアーが追っている『特殊人材』の生き残りです・・・あの方を頼めますか?トチロー」
「大テクノロジアに連れて行くのか?」
メーテルは悲しげに首を振った。
「・・・まだ・・・大テクノロジアにお連れするには危険すぎる・・・本当のことを知ったとき・・・彼がどうなるか私には分かりません。真実を告げられるのは彼を作り上げた方だけ・・・ですが、その方は彼を抹消すると言っているのです」
そう言いながらメーテルは数メートルに伸びていた鞭をボタン一つで手元の鞘に縮めて納めた。メーテルの言葉を受けて、嬉しそうにしていたトチローの顔が険しくなる。
「やはりな・・・。しかしなぜ俺が?」
「あの方の名はディーバイン・ハーロック・モリエンテス・・・。彼の遺伝子番号の最後はXXXYY-GSP-JJ-2002。これだけ聞けば、貴方にはおわかりになるはずです。もう一人・・・真実を告げることのできる人物を」
「それでハーロックと似ていたというわけ・・・・・?」
メーテルとトチローの会話を見つめていたアグリモニーが突然声をあげた。彼女も元々は医師の端くれ、この番号が何を意味しているか分かっている。
「アグリモニー・・・貴方は彼女の治療をお願いします。私が最低限できる限りの事はしました・・・しかし手術が必要のようですから・・・・それでは」
メーテルはそう言って彼らの前から去っていった。乾いた赤色錆灰の向こうから、程なくして汽笛の音が響き渡る。ジャスミンはつと立って、汽笛の聞こえる方向を向きメーテルの旅の無事を祈った。
「この男・・・あんたの歌を聴いたら動きが止まったな」
「私の歌が・・・彼に組み込まれたDNAの覚醒拒否反応を沈めるのだとメーテルは言っていました。いつ、どのようにして私の居場所が分かったのかは存じませんが・・・あの方は、この世の何もかもを知っている様」
か細い声でジャスミンは呟きながら、すこし辛そうに息を吐いた。
「見たところ、具合が悪そうだが・・・大丈夫か?」
トチローが心配げにジャスミンを覗き込むと、半分酷いケロイドにまみれている盲目の彼女の顔に息を呑む。
「貴方の傷、私が治してあげるわ。私はアグリモニー。あなた・・・メーテルの知り合い?」
「あの方のお姉さまの知り合いです。私はジャスミン・・・」
「メーテルには姉がいたのか?初耳だな。まぁあまり話をしたこともないんだが・・・相変わらず謎の多い女性だ」
ジャスミンが今一度D・ハーロックを抱き起こすと先刻まで真っ赤に腫れ上がっていた彼の胸の刻印が元に戻っている。トチローはアグリモニーに向き直った。彼の目は真剣だ。
「アグリモニー・・・おまえに頼みがある。この男と彼女をドクター・ゼロのラボへ連れて行ってくれないか?おいおい後を追う」
「父のラボへ?」
「待っててくれたら・・・デスシャドウごとハーロックを連れて行く。それでいいだろ?あとは何も聞くな」
「キャプテン・ハーロックに会えるのは良いけど、彼と会わせるつもりなの?・・・知らないわよ」
トチローはD・ハーロックに近づき、ぐったりしたその手を握って顔を見つめた。
「この人物がいなければヤツはいない。この人物を構築しているDNAが無ければ・・・今のハーロックは存在しなかった。真実を告げられるのはお互い辛いだろうが、何としてでも覚醒させてやりたい。たとえ危険が伴ってもいい。これも俺と彼奴の旅の試練だ。運命とは何が起きるか分からんものだな」
「トチローさん・・・」
「ジャスミンだっけ?アグリモニーのオヤジは名医だ。きっと何とかしてくれるさ。じゃぁな・・・また会おう!」
トチローはそういうと小走りに去っていった。アグリモニーはトチローの胸ぐらを掴んでいた時とはうって変わって、柔らかい微笑みをたたえながらジャスミンの頬を撫でた。
「私の船を近くに止めてあるわ。小さいけど、父のラボのある惑星までさほど遠くはないから。さ、行きましょう」
>まだ意識が戻らないD・ハーロックを抱きしめ、ジャスミンは頷いた。
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