第二章
7.炎河
エメラルダスは覚悟を決めた。まだ赤く張れた頬にかかる髪を軽くはらうと、険しい瞳で前方を見据える。
[エメラルダス・・・本当に良いのですね・・・]
「迎合するような人ではない・・・私は分かっていたのです。私が知る限り、真の男とはかくあるのだということを。D・ハーロックも・・・ヴェルセルークの様に・・・かつて私の前に現れた男と同じ・・・いえ、私自身が変わらなければいけないのです。機械帝国の設立によって、私の絶え間ない戦いがはじまった。私も、彼らのようにならなければ、この戦いに先は見えません。私たちには、そのためにやらなければならないことがあります。クイーンエメラルダス号、私は貴方を完全にするための旅を・・・途中で止めるわけにはいかない。己の悲しみに暮れている時間はありません。Dはそれを気づかせてくれました・・・私の頬を打った彼の手は・・・暖かかった。私はもう・・・泣きません」
その言葉を受けてクイーンエメラルダス号の動力炉は激しく回転を始めた。轟音をたたえて白鯨へと突進を始めるクイーンエメラルダス号。同様に白鯨も衝突覚悟で進行してきた。
「このままでは衝突が避けられません!」
悲鳴を上げる兵士達をよそに、ヴェルセルークはじっと前を見据えたまま艦長席から動くことはない。ゴーツが唸り声を上げた。
「ここで退くは宇宙戦士の名折れじゃ!それでも逃げたいヤツは逃げろ!!」
機械化人達はきょろきょろとお互いの顔を見合わせたが、微動だにしないヴェルセルークと、額から落ちる汗を拭うことなく舵を握る老兵を見て着席した。たとえ、機械化されてもバルザック人の彼らは、多くが他の星へと移住する中、祖国を守るためにこの艦に乗った。その気持ちに偽りはない。覚悟を決めた誰かが叫んだ。
「艦内乗組員に告ぐ!衝突に備えよ!」
ぐんぐんと近づく二つの戦艦。エメラルダスは艦長席に深々と座り、肘掛けをぐっと握った。
(本気なのですね・・・ヴェルセルーク・・・私は、怖くありませんよ)
(エメラルダス。白鯨と衝突したらお前の艦の方が不利なのだぞ。分かっているのか・・・!)
お互い一向によける気配はなく、いよいよ艦首がぶつかるその時だった。
「右に切れ!」
艦長席で突然ヴェルセルークが立ち上がりマントを翻しながら右手を大きくはらった。直進するクイーンエメラルダス号が白鯨の左舷の装甲板を剔るように衝突し、そのまま側面を深々とこすり合わせながら白鯨の艦尾まで進行した。お互いに激しい振動によって投げ出されたが、怪我をするほどの事ではなかった。よもや避けるとは思わなかったエメラルダスはすぐに白鯨へと通信を入れた。モニターの向こうで衝撃によるダメージから、ゴースに支えられたまま片膝をついているヴェルセルークが苦笑していた。
「ヴェルセルーク!なぜ避けたのです!白鯨ならこの艦を止められたはずです!」
[お前が避けないことくらい承知の上だ。とはいえこちらが避けて無傷でいれば機械帝国に怪しまれる・・・多少の傷は覚悟の上。行け!エメラルダス!私はフェアでない勝負はしない。今度我々の前に姿を現したときまでに・・・その艦を万全にしておくのだな!]
「・・・・貴方という人は・・・」
[一つだけ教えてやろう。アイアンデアーはすでにマゼランへと進行している。行くならプロミネンスを超えて手練れのたむろすゾバーク星へと行け!私には出来なかったクイーンエメラルダス号を完全なものにする者がきっと見つかる。その艦ならプロミネンスは超えられるはずだ]
「貴方はどうするのです!」
しかし、ヴェルセルークはニヤリと笑っただけで答えることは無かった。クイーンエメラルダス号は白鯨と、朽ちてゆく衛星を背に猛スピードのままこの宙域を後にした。

時を同じくしてデスバードは噴煙の中で、迫り来る白鯨艦載機隊との戦闘を経てジャスミンのいる衛星へと降り立った。視界を遮る灰の中でなんとか遠くを見渡し、ジャスミンの姿をさがす。呼吸もままならないこの状況では声を出して呼ぶことも叶わず、たとえこの衛星が小さいとはいえ彼女を捜すのは至難の業。衛星を取り巻く噴煙によって白鯨の艦載機が足止めを喰らっているのが唯一の救いだった。しかしそれもいつまで持つか分からない。地響きが激しく、地割れした道に足を取られないように進むのは危険極まりない。何度か足を滑らせ、灰の中に転倒しつつもD・ハーロックはジャスミンが歌っていただろう湖に向けて歩いていた。
ほんのちょっと前・・・ここは美しい茉莉花ののが広がり、甘く安らかな芳香が漂っていた。死んでいたはずの小火山の噴煙でそここそは電気を帯びて青白く光る。セントエルモの火・・・それは、むき出しになった荒削りの大地に着陸したデスバードから降りたD・ハーロックもそうだった。
「花の輝きの代わりか・・・美しいが・・・あまりに惨すぎる」
干上がる寸前の湖の畔で横座りになって項垂れるジャスミンもまたセントエルモの火によって輝いていた。D・ハーロックの気配に気づいて上げた彼女の顔は、噴煙と泥と止めどなく流れる涙とによって、白かったはずのドレス以上にぐちゃぐちゃに汚れていた。そして、彼女の瞳はD・ハーロックを探していた。
「D・・・・そこにいるのですか・・・・?」
「迎えにきた。もう充分だろう。ここを離れるのだ、ジャスミン・・・?」
ジャスミンの肩を握り、もう一方の手で彼女の頬にかかる泥を拭うと、そこでD・ハーロックは気づいた。彼女の瞳に以前の輝きはない。目の前にいる彼を、懸命に捜しているジャスミンの瞳は瞳孔すらも白くただれ、そして、泥に隠された顔の片側はぶよぶよになった血混じりの皮膚があった。
「・・・・砲撃の巻き沿いを食ったのか・・・!」
ケロイドにまみれた人間は数々の戦渦をくぐり抜けてきた彼にとって恐れる物ではなかったが、今、目前にいるジャスミンは直視するにはあまりに悲惨だった。ついさっきまで、茉莉花に負けぬ美しさをたたえた彼女は、砲撃を受けた衛星とまさに同じ状態にある。
かける言葉を失い、震えているジャスミンをきつく抱きしめるD・ハーロック。
「エメラルダスは・・・?彼女は無事ですか?・・・まだこの近くにいるのですか?」
「いや・・・あいつはもうすぐ此処を離れる・・・こんな状況になってしまっては・・・もう二度と此処へは来られないだろうな。お前とも・・・会うことはあるまい」
「そうですか・・・よかった。無事ならば・・・それで良いのです」
D・ハーロックはジャスミンのドレスの裾を破って手足に受けた傷の止血をすると両腕に抱きかかえた。彼女はぐったりと彼の肩にもたれかりながら呟く。
「初めて分かりました。死というもの恐ろしさを。とても・・・とても・・・怖かった・・・」
「本当は弱いくせに・・・どいつもこいつも強がりとかっこ付けばかりで・・・あきれたものだな。近くの星へ行って医者を捜そう・・・手当をしなくては」
「エメラルダスも強がりでカッコつけてばかり・・・?」
優しい笑顔をジャスミンに向けるD・ハーロック。
「女など、裏を返せば皆そうではないのか?少なくとも俺はそう思う。だが、エメラルダスはまだまだ強い・・・お前より遙かに強い・・・」
やや小走りにデスバードへと向かう二人。上空は噴煙渦巻き、その向こうでエメラルダスがどうしているのかなど分かるすべはない。歩ける地表も激しく熱を帯び、灰が足にまとわりつく。
「この星の花達はどうなりました・・・?まだ・・・美しく咲いていますか・・・?」
デスバードのコクピットへと運ばれたジャスミンは、暗闇しか見えなくなったためにそう訪ねた。
「あぁ・・・美しく咲いている・・・真っ白い花が、咲き乱れている・・・」
しかし、そこは一面、黒い砂漠と化していた。ジャスミンは力無くだったが笑った。
「D。あなたは優しい人・・・私のために嘘をついてくれるのですね。たとえ目が見えなくなっても・・・花の香りが灰の臭いに変わってしまったことくらい分かります。・・・でも・・・ありがとう」
たとえ、ジャスミンの瞳に光が失われ、顔に火傷を負い、この衛星のごとく醜い姿になってしまっても、彼女の瞳の向こうに、そして心にはまだ茉莉花は咲き続けている。

クイーンエメラルダス号はゾバーク星へと近づいていた。ゾバーク星に降り立つには二つの大きなリスクと戦わなければ到達することはできない。惑星の極から拭き上がる強力な重力の作用によって表面に幾重にも重なる大河、人はそれを火の河・・・プロミネンスの大河と呼ぶ。何万度という高温の炎の河が激流の如く渦巻き、生半可な装備の艦では此処を抜けることはできない。仮に抜けられたとしても、次ぎに待つゾバーク星の重力圧に負けてしまえばそれでおしまいなのだ。
「いよいよですね・・・クイーンエメラルダス号・・」
[この川の向こう・・・ゾバーク星は、とてつもない恐ろしい世界をくぐり抜けた艦を操る者だけが降り立つことの許される星・・・。それだけの艦を建造することの出きる者が集うのです・・・・]
「ヴェルセルークは、それを知っていて此処へ来るように言ったのですね・・・クイーンエメラルダス号を直せる者が・・・いるかもしれない・・・」
エメラルダスは胸が締め付けられるようだった。ヴェルセルークが自らの危険を顧みずに、敵となってしまったエメラルダスにこれを伝え・・・そしてD・ハーロックが、甘えていた彼女の気持ちを断ち切った事に。
「植民惑星でしばらく体調を整えます・・・それくらいの時間はあるでしょう」
エメラルダスはそう言うと進路をゾバーク星近くの植民惑星にきった。
多くの旅人はその近くの植民惑星でプロミネンスを渡っていく艦を眺める。河越を失敗した者の船の残骸がこの植民惑星に流されてくるため、それで商売しようという輩が常駐しているのだった。この大河を渡った者は英雄として崇められ、多額の賞金を手にする。エメラルダスはひとまず近くの植民惑星に降り、茉莉花のワインを元手に食料を到達した。たとえ女であっても、戦う前の腹ごしらえはしなければならない。
買えるだけの食料と水を艦に積み込むと、一人、深々とフードを纏って賑やかなバーへ赴いた。バーのモニターでは今日もプロミネンスを行く艦の行く末を眺める者達でごった返している。
「馬鹿なヤツだ・・・たかだか女のためにあの河に飛び込もうなんざ・・・。まぁあんなチビで不細工なヤツさ・・・そうでもしねぇと女にもてねぇのかねぇ〜〜〜」
カウンターでしずしずと食事をとるエメラルダスの隣で男達が、これから大河へ挑む者の話をしていた。
「頭悪いんじゃねぇか?ははは。賞金を手に入れたら結婚してやるとか言われたんだろ?チビだから脳味噌も小せぇんだきっとな」
「チビじゃ結婚しちゃいかんのかね」
エメラルダスの隣で話をしている男の後ろをそう言いながらすたすたとカウンターの隅へと向かう男がいた。弾痕の空いた帽子を深々とかぶり、ボロ切れのようなマントに身を包んだこの男もまたチビだった。話をしていた男達はこの小男には目もくれなかった、否、視線にも入らなかったのかもしれない。だが、エメラルダスはこの奇妙な流れ者風の男が少し気になった。
「入ったぞ!」
誰かがそう叫ぶと一斉に客達がモニターに殺到した。エメラルダスは後ろを振り向いて、遠くから見ていた。
「だめだ・・・!もうあんなに発火してやがる!仮に超えられたとしても丸焦げだぜ!!」
壮絶な情景だった。エメラルダスには、その艦の中で、噂されていたそのチビの男が苦しみもがきながら灰と化していくのが分かった。大河を抜けた艦は破壊こそしなかったが、ゾバークの重力波に乗って植民惑星の方にむかって押し流されている。誰も、あの艦を操舵する者などいない。エメラルダスの身体に鳥肌が立った。
「言わんこっちゃねぇ!ホントに馬鹿なやつだ!」
客達は口々に艦の男の悪口を呟きだした。するとさっきカウンターの隅に腰掛けていた小男がいつの間にか客達の近くへ立っていた。
「だったらお前らは飛び込めるのか?」
「バカ言うな!そんな必要がどこにあるっていうんだ!」
エメラルダスはこの男達のやりとりを眺めていた。
「そんなら黙ってろ!今、一人死んだばかりなんだぞ。・・・・たとえ嘘でも、好きだと言ってくれた女のために・・・命を懸けた男が・・・たった今、死んだばかりなんだぞ」
小男は涙ぐみながらそう言い放つと店を出ていった。艦に戻ったエメラルダスは、涙ぐみながら店を出ていった小男の事が気になっていた。いままで出会ったことのない奇妙な風体のこの男の言葉に、心を打たれたと言っても過言ではなかった。植民惑星に滞在する短い間、エメラルダスはあの男を何気なく捜してみたが、何処にも見つからなかった。
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