第二章
5.白鯨
クイーンエメラルダス号が立ち寄ったジャスミンの星であるこの衛星に向かって、猛スピードで航行する戦艦があった。まるでその戦艦はこの衛星を飲み込んでしまいそうなほど大きい。流線型のフォルムに純白パールの輝きをたたえたその戦艦を人はこう呼ぶ。漆黒の宇宙に一際目立つ白亜の巨大戦艦「白鯨」と・・・。銀河系からほど近い、地球から19万光年の彼方にある、冥王星ほどの小さな星。資源に恵まれず、周囲にもそれといってめぼしい星もなく、細々とではあるが、由緒ある歴史を刻む誇り高い惑星・バルザックの主力戦艦「白鯨」。それが多数の機械化兵を乗せて現れたのだった。
「初の仕事が・・・エメラルダス相手になるとは、いささか私も運が悪い・・・」
「お気持ち、お察しいたします」
艦橋を眼下に望む艦長席に座る者。戦艦に負けぬほどに白いローブを纏い、その中には白銀の甲冑を着込んだ騎士風の男はまだ血の通った生身の身体。青白い肌にマリンブルーの瞳を持つ、正真正銘のバルザック軍人・ヴェルセルークだった。ヴェルセルークは脇に立つ同族の兵士と思しき老人に愛酒を勧められたが、手を挙げてそれを断った。
「お気をお鎮めになられた方がよろしいかと・・・」
「ゴーツ、私に気を遣うな・・・アンドロイドにやらせればいい。お前は艦橋に降りて操舵に専念せよ。まだ慣れぬ兵士の補佐を頼む」
ゴーツと呼ばれた老兵は残念そうに肩を落とすとヴェルセルークの愛酒であるブルーワイン『エターナル・フレイム』を給士アンドロイドに手渡し艦橋へと降りていった。アンドロイドが無造作にグラスへワインをそそいでヴェルセルークの前に突き出すのを、艦橋からゴーツが口惜しそうに見上げた。
(世が世なら・・・あのような不憫な思いはさせぬところを・・・)
老兵ゴーツ。バルザック星軍人貴族のヴェルセルーク家を三代に渡って守ってきた。期せずして現れた機械帝国の存在と、バルザック女王の降伏は引退を控えていた彼にとって不幸以外の何ものでもない。だが、バルザック人特有の肌も所々シミと皺でくすんではいるが、威厳をも感じる灰色の口ひげと太い眉の向こうに輝く瞳は往年の闘志を秘めている。
「将軍。ヘビーメルダー方面より機械帝国軍巡洋艦がワープアウトしました!」
兵士の一人がそういうと、白鯨の後方を挟み込むように2隻の戦艦が現れる姿を巨大スクリーンへ投影した。同時に白鯨へと通信が入る。
[我々は機械帝国軍巡洋艦である。マゼラン宙域における貴艦の援護を命じられている]
「この白鯨は銀河協定違反者の取締を命じられているが、機械帝国軍独立艦隊としてアイアンデアー元帥より交戦権も与えられている。巡洋艦である貴艦に援護されるまでもない!お引き取り願う」
ヴェルセルークは艦長席に座ったままだったが、語気強くそう伝えた。この巡洋艦は援護など表向きで、本当は監視艦として白鯨の行動の自由を奪うため現れたに過ぎないことなど、容易に推測できるものだった。
[銀河協定はもはや機械帝国軍支配下にあることは貴殿も承知の筈。純粋な機械帝国軍である我々の申し出を断るはアイアンデアー様の申し出を断ることと同じ事と心得られよ]
巡洋艦の通信者はそう言い放つと一方的に通信を切った。ヴェルセルークの眉がぴくりと動き、同時に腕で目の前のワイングラスをはらう。グラスの割れる音が艦橋に木霊し、その音を聞いたバルザック兵は拳を握りしめて怒りを抑えるのに必死だった。
「誇り高きバルザック主力艦隊旗艦「白鯨」がたかだか巡洋艦に舐められるとは」
レーダー席に腰掛けている機械化人がそう呟くと、コントロールパネルをダン!とたたき、吐き捨てるようにゴーツが唸り声を上げた。
「機械化人になった貴様に何が分かるんじゃ!」
「ゴーツ!やめろ。・・・この艦内でのもめ事はゆるさん!・・・少なくとも・・・この艦に乗る機械化人は元バルザック星人だ。たとえ外見が変わろうと・・・同胞であることに違いはない。ここでもめ事を起こせば・・・我が故郷バルザックを消滅させられる・・・」
またしてもゴーツは肩を落とさざるえなかった。この艦に乗るべき乗組員はヴェルセルークと自分とわずかな人数の兵士を除いてすべて機械化された元バルザックの民間人だ。軍人の多くは地球と同様に戦争によって失い、王家一族が白旗を揚げた頃には白鯨を除いてほぼ全滅だった。満身創痍のヴェルセルークと白鯨がバルザック星に戻った頃には、女王は気を病み、民は永遠の命につられて機械化人となり、白鯨を待ち受けていたのは太陽系へ進軍せんといきまくアイアンデアーだった。
「私は・・・バルザック星と女王の無事と引き替えにアイアンデアーの配下に入ることを選んだ・・・。所詮、愚か者の私には、たかだか巡洋艦にでも援護されるのがお似合いなのかもしれぬな」
「ヴェルセルーク様!」
艦橋に降り、ため息混じりに話しかけたヴェルセルークをさも叱るようにゴーツは怒鳴ったが、彼の瞳は下唇を噛んで屈辱に耐えている主人の姿を捕らえていた。

一方、ジャスミンの惑星からクイーンエメラルダス号が離陸するところだった。見送りにやって来たジャスミンは艦が発するエネルギー圧によって吹き上げられた茉莉花の花びらの中で、艦底ハッチにたたずむD・ハーロックを見つめていた。
「どうしても残るというのか?この余命幾ばくかの星に・・・・。エメラルダスが此処に寄ったのは商売だけのためだったとは思えない。お前を迎えに着たのではないのか?」
「分かっています、D。でも、私はエメラルダスの近くにいてはいけないのです。彼女は守るべき者のためならば、その命までも惜しまない人。私が彼女の近くにいたら、きっと彼女は何もできない私を・・・それでも守ろうとするでしょう」
「あれほどキツイことをお前に言っていたというのにか?」
ジャスミンは小さく頷いた。
「お互い、似たもの同士。図らずして孤独の縁に身を置く女として・・・彼女の貴方への気持ちは分かります。彼女はああ見えてとても心優しい人。そして、男の中の男に惚れる女。ですが、私は彼女に、彼女自身のために生きて欲しい・・・。誰かのために命を懸けるのならば、永遠に愛すべき人のためにだけに・・・そう思うのです。たとえ、寂しさに苦しもうと・・・真に命を懸けるべき人物が見つかるまでは、ずっと孤独の闇をさまよい歩くのが彼女の宿命なのです。誰も、彼女の傍にいることは許されません・・・貴方でさえも」
ジャスミンの言葉は、D・ハーロック自身に強く突き刺さった。深く突き刺さり、彼の中の何かがはじけていく様だった。しばし黙ってただD・ハーロックを見つめているジャスミンの心の奥には、表では悪意とも思える、慈愛に満ちたエメラルダスへの愛と友情がある。
「D・・・お願いがあります。エメラルダスは戦士として宇宙に生まれついた者。貴方が何故にクイーンエメラルダス号に乗っているのかは存じませんが、彼女の・・・孤独に耐えなければならない彼女の心を・・・まどわす様な事はなさらないでください」
ジャスミンにはジャスミンの、エメラルダスにはエメラルダスの、そしてクイーンエメラルダス号も含め、彼をとりまく彼女たちは少なからず辛い決断を迫れている。
「クイーンエメラルダス号のような事を言うのだな・・・。俺とて好きで乗っているわけではない。ただ・・・ある人物に会わせると言うから便乗させて貰っただけだ」
D・ハーロックは寂しげな表情だったが、ジャスミンが思いも寄らぬほど厳しいことを言ったために少しムキになって答えた。そのとき、ハッチが閉まりだす。ジャスミンは少し悩んだように下を向いていたが、意を決したように叫んだ。
「・・・銀河超特急で旅する女性をお探しなさい。時の水先案内人・・・彼女ならば、何でも知っています」
そう彼に伝えると一歩一歩後ずさり、きびすを返して走り去っていくジャスミン。茉莉花の花びらと共に、彼女の流した涙が舞い上がった。
「ジャスミン!待て!」
しかし、クイーンエメラルダス号のハッチは完全に閉じられた。
[D・ハーロック・・・私たちは皆、苦しんでいる。私はエメラルダスが悲しむことを恐れます。あの方が悲しむことは、他の誰かの悲しみより辛い・・・ジャスミンの言っていることは正論です]
「俺は元来、人に居場所を作ってもらうのが苦手な人間だ。この旅でそれがよく分かった。俺のすべき事くらい分かっている」
エメラルダスはクイーンエメラルダス号とD・ハーロックの心の会話など知る由もなく、出航準備を整えて艦を発進させた。表層大気の薄いこの惑星はちょっと離れればもう宇宙空間へと突入する。茉莉花の輝きをたたえた小惑星を背に、大マゼランへ向けて舵をきる、その時だった。
【クイーンエメラルダス号へ告ぐ。貴艦は銀河協定が定める自由貿易法の規定を逸脱し、某惑星において銀河連邦軍輸送船を撃墜し、乗組員をはじめとする乗員を死に至らしめた疑いがある。よって、管理者エメラルダスはすでに許可証を取り下げ、指名手配中である。大人しく出頭すれば良し、さもなくばこの場で処刑する】
クイーンエメラルダス号へ向けて警告通信が発せられた。
すぐ目前の空間が歪み、その中からわき出るようにして白鯨が現れたのだった。突如として緊急事態を知らせる警告ブザーが鳴り響く。クイーンエメラルダス号の速度に機械帝国艦隊が追いつくことは考えられなかったのだが。
「まさか追っ手がもう近づいたというのですか!・・・は、白鯨?・・・なぜ!」
宇宙空間にその姿をとけ込ませる潜宙機能。これはレーダー反応から隠れるステルス機能に似ているが、戦闘時に姿を悟られてしまうステルス機能よりも遙かに優れた技術だった。白鯨の影に潜んでいた巡洋艦が両脇に一隻ずつ移動し、クイーンエメラルダス号の進路を妨害した。エメラルダスが艦長席の肘掛けに備えられたパネルスイッチを押し、通信回路を開くと、白鯨から強制的に発信された通信が入り込んだ。これができるのは、かつてクイーンエメラルダス号に乗ったことのある人物でなければできないはずだ。
「ヴェルセルーク・・・」
「エメラルダス・・・まさか最初の仕事がお前とは・・・残念だ」
モニター越しに向かい合う二人。しかし、そこに感傷に浸っている時間など与えられなかった。
「我々は自由貿易法違反者を捉えるために機械帝国軍より特命をうけた独立艦隊だ。大人しく我々の召喚を飲めば命は保証する」
「やはり、バルザック星も機械帝国の支配下に落ちたのですね。だから・・・」
ヴェルセルークはそれには答えなかったが、一目瞭然だった。見るからに彼は巡洋艦を引きつれているようではあるが、白鯨の後ろにまとわりつく巡洋艦は明らかに白鯨を監視しているように思われた。エメラルダスはそんな状況を察し、これ以上、挨拶代わりの昔話を続けることは避けた。
「私は輸送船が襲撃されたのを目撃しただけです。どこから私が襲撃したなどという話が出てきたのですか?」
「輸送船の最後の通信を元にあの宙域を航行していた船を調べた結果だ。輸送品は全て没収となる故、艦内を調べさせて貰う」
話し合いの余地など無いとばかりに巡洋艦から割り込みの通信が入る。煉瓦の星で起きた状況があまりにも身に覚えのない事に変わっているために、エメラルダスは憮然とした表情で艦長席を立ち上がった。エメラルダスの表情が一際厳しくなり、モニターの向こうのヴェルセルークを睨んだ。思うにD・ハーロックを追っているようではなく、純粋に彼の言うように違反者を捉えるためだけに航行しているようだった。
「ここは銀河系ではありません。協定無視については認めます。しかし、勝手に艦内を調べる事は拒否します。協定違反なのであれば許可証のIDを抹消すればそれですむでしょう。私は指名手配者になっても恐れはしません」
「罪人の分際で過ぎた口をきくと処刑するぞ!輸送船を襲撃して積み荷を強奪した疑いもかかっておる!」
巡洋艦の機械化兵がそう言いはなつがヴェルセルークがそれを制すようゴーツに指示した。しかし、それを聞き入れる様子は無く、ゴーツはむかついた様子で通信パネルを叩いた。ヴェルセルークはそれに目もくれず、エメラルダスをじっと見つめたまま、彼女の答えを待っていた。
「ヴェルセルーク・・・貴方は煉瓦の星へと行ったのですか?もしや・・・あの星を・・・」
「銀河総督府の連絡だけでは分からぬため、機械帝国軍に召集されたときに独自に確認をしに行った。・・・あそには何もない。あるのは輸送船の残骸だけだった。それ以外、私は何も目に入らなかった」
冷めた瞳をエメラルダスに向けたまま立っているヴェルセルークは表情一つ変えずにそう伝えた。エメラルダスはヴェルセルークの瞳の向こうに真実を探した。彼は煉瓦の星へと行った、デラモースや山賊達に会った、一命を取り留めた民間人達を確認した、赤砂の荒野に立っている墓を見た・・・しかし、彼は何も見なかったと、そう機械帝国軍に報告していたのだった。
「しかし、クイーンエメラルダス号は明らかにあの宙域をうろついていたのは機械帝国軍も既知の事。疑わしきは調べねばならぬ。輸送船の襲撃、乗員の抹殺の罪が立証されれば処刑だ。出頭にしばしの有余をあたえる。答えを待つ」
ヴェルセルークの瞳にうつったエメラルダスが歪んで見えるのは、彼の瞳が潤んでいたからだった。機械帝国軍の手に落ち、意志のそぐわぬ中で生きている彼の無念さがエメラルダスには痛いほど伝わっていた。
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