第二章
2希望
メーテルは千年女王の存在、そして、自分が背負っている苦しみのことをファウストに伝えたことを少し後悔していた。人は時として「やってみなければわからない」と言い、無謀なことを思いつく。「後悔なら歳を取ってからすればいいのだ」と。壮大な夢を描き、血気に燃える者ほどその意志は固い。若くして博士になり、次々と新しい研究を展開していった星野博士=ファウストもまたその一人だった。人間は無限の可能性を秘めている。故にメーテルはこの先どうなるか分からない不安を抱えつつも、今目前に迫る希望への危機に対処するためならば、たとえ意見の食い違いが発生しようともファウストの意志を尊重するべきなのだと判断した。『悲しみの耳には素直な言葉こそ入りやすい物、天使にも似た悪魔ほど人を迷わす物はない』かつて偉大な人物はそう言ったが、メーテルにとって、ファウストがその悪魔でないことをただ祈りながら・・・。
「アイアンデアーを阻止することさえできれば、大テクノロジアを守ることができると・・・そうお思いなのですね、ファウスト」
「それが可能であればの話です。残念ながら、今この船にそのような装備はない・・・。戦う意志がないわけではありません。千年女王であるプロメシュームがかつて抱いた夢。苦しみを、痛みを、病を、飢えを・・・拭うことができる機械の身体。永遠の命。平和の内にそれが達成されるのならば私は何でもしましょう」
メーテルにはファウストが理解できないわけではなかった。母の抱いた夢は壮大だった・・・しかし、この結果がいずれどうなっていくのか・・・。彼女には否定的な答えしか見つからない。
「なぜ、そうまでして母の意志を?」
「私もまた、そのように考えていたからです。技術さえあれば・・・それを実現するだけの意思はありました。妻も、幼い息子もまだ地球にいるのです。彼らに、苦しみのない平和な世界をもたらすこと・・・それもまた、私の希望であり、義務だと思っています・・・違いますか?」
ファウストがそこまで考えていたなどと、メーテルの予想を遙かに超えていた返答にとまどいは隠せず、不安げな表情で彼を見つめた。
「奥様と息子さんを地球に残して・・・自分を死んだことにしてまで・・・。そうまでしてあなたは意志を貫こうとしているのですか・・・?」
「大戦さえ起こらなければ、いくらでもこんな希望をもった者はおりました。私は一人、逃げ出したのも同然。しかし、死んでいった多くの同志達の意志を無駄にするわけにはいかないのです」
メーテルは少し考えてから、すと立ち上がり歩き出した。やはり、彼女の前にいる頑固者はどうあっても自分の考えを変えない男のようだった。結論のでないまま歩き出したメーテルを不安げに見つめるファウストは、出口に向かって歩いていく彼女に向かって声をかけようと立ち上がった、その時だった。
「この宇宙で、アイアンデアーに立ち向かえる戦艦を知っています・・・」
悩んだ末にぽつりとメーテルは呟いた。
「そんな戦艦があるのですか?一体誰が?」
「建造者は放浪の旅の途中、いま何処にいるのかは分かりません・・・しかし、その戦艦とそれを操る人物ならば」
ファウストの目は輝いてはいたが、それでも懐疑心に満ちてメーテルを見つめた。
「私が知る限りでは・・・その船は蟹座星雲の先に向かっているでしょう。ここからそう遠くはありませんが、とても恐ろしい場所です」
蟹座星雲の先がどうなっているかは、ファウスト自身行ったことが無いため良くは分からなかったが、噂に聞けばそこは船の墓場と言われる場所。銀河系のバミューダトライアングルとでも言うべきか。そこに入ったら最後、無事に抜け出た者はいないという。
「なぜそんな恐ろしい場所へ向かっているのですか?」
「お教えできません。それに、たとえ貴方がその人物に会えたとしても、それでアイアンデアーに立ち向かうかどうかは彼次第。私には何の保証もできません。それでも貴方が向かうというのならば・・・」
メーテルはそこでいったん黙ってしまった。その船の持ち主の名前と船の特徴を教えると、そう言いたかったのだが。
「向かうのならば・・・何なのです?」
「『D』を撃たぬと約束できますか?これは条件です。・・・『D』を撃たぬのならば、その人物の名前と船の特徴をお教えします。無事にその船が蟹座星雲を抜けて来たところで出会って、私にその名前を聞いたと言えば・・・少しは話もしやすいでしょう」
もっとも、その船が蟹座星雲から戻ってこられるなどという保証は無いのだが、メーテルはさも確信しているようだった。しかしファウストは返した。
「・・・『D』はもはや主を失った殺人兵器に過ぎません・・・たとえアイアンデアーを阻止して大テクノロジアに機械帝国の手が伸びなかったとしても、『D』が大テクノロジアに降り立つことは、やはり許されない。会ってみなければ、結論はだせませんが・・・それでも彼はただのクローンではない」
ファウストにはD・ハーロックに人格が目覚めた事をリッケンバウアー博士の最後の通信で解ってはいた。しかし、思いはリッケンバウアーのそれとは違い、「改造が施された特殊人材が人格を形成するほど恐ろしいものはない」と考えたのだった。善人だけの人物などこの世にはいない。常に善と悪が背中合わせに共存している。多くは、悪は本能に支配され、それを理性という善によって抑制しているのだ。すなわち、ファウストは人格が解き放たれた『D』には抑制すべき善の力よりも本能にすぐれ、そしてそこに超人的肉体が存在することによって「獣」と化するのだと力説した。
「貴方の持つ強い意志と希望、そして勇気は素晴らしい・・・そう私は思います。ですが、なぜ自分の研究に対してそこまで卑劣になれるのか私には分かりません」
「卑劣になっているのではありません・・・。私が作り上げた物なのです。最後もこの私の手で葬ってやるのが筋というものでしょう。私とて辛い。しかし、大テクノロジアは人類の希望として守らなくてはいけない・・・。メーテルさん、私の気持ちは変わりません。リッケンバウアー博士が『D』に大テクノロジアを教えたことを否定する気はありませんが、私は自分自身の目で確かめるまで・・・『D』はやはり危険人物には変わりないのです」
「分かりました・・・お好きなようになさってください。しかし私は船の持ち主の名もその船の特徴もお伝えしません。それでいいですね」
ファウストは深く頷いた。彼のことだ、危険を冒してでもその船を探すだろう。その前に死の海を永遠に彷徨うことになるとしても、それはファウストの強運に任せるしかない。しかしD・ハーロックの身の保証を取り付けられない限り、その船の持ち主の事をうち明けるにはリスクが大きい。メーテルにとっては苦渋の選択だった。
メーテルはファウストが頷いたのを確認して戦艦を降りた。戦艦に張り付くようにして併走していた銀河鉄道本線、999号は内部に緻密なコンピューターが敷き詰められた蒸気機関車の汽笛を大きく鳴らすと、ゆっくり発車した。去っていく999号の客車から、徐々に見えなくなっていく戦艦をじっとメーテルは見つめ続けていた。見つめ続けながら、心の中で呟いた。
「人は大人になると、若者の頃とはちがう何かを考える・・・同じ無謀であっても、実はその裏に大きな計算が潜んでいる・・・。それを純粋が失われると言う人もいるけれど、私は信じたい・・・未来の希望のために、命を懸けようとしている人の事を」
だが、メーテルは分からなかった。この動乱の世がどうなっていくのか。そして未来を恐れないファウストが彼女には理解できなかった。理解できないが・・・それでもなぜか取り憑かれたかのように彼のことが心配でならなかった。
「メーテルさん」
客車で項垂れているメーテルに声をかけたのは銀河鉄道999号の車掌だった。まだ就任して間もないが、銀河鉄道管理局アンドロメダ絶対機械圏におけるあらゆるテストをパスしたエリートらしい。とうてい外見からはそんな風には見えない、ただの変わり者の様だが、その変わり者であるからこそ、常に行き先のはっきりしないこの列車の車掌にふさわしいのだ。
「車掌さん・・・」
「メーテルさんはあの戦艦に乗っている方の事が気がかりなのですね」
「どうなのでしょう・・・?分かりますか?」
車掌は後ろ手に組んで出過ぎた腹を引っ込めることもなくメーテルの座席の横に立つと、ちょっとおどけたように話し出した。
「きっとメーテルさんはその方に恋をされているのではありませんか?」
「まぁ、車掌さんたら。あの方は私よりもずっと大人ですよ」
「そうなんですか?でも、メーテルさんはあの方にお会いして以来、ずっとあの方のことを考えているような気がするんです・・・。私の思い過ごしでしたら・・・すみません」
メーテルは微笑んでいた。確かに、メーテルはファウストと出会ったとき以来、ずっと彼のことが頭から離れずにいるようだった。それを、死んでいった父の姿を彼に投影しているのだと、そう思っていた。だが、ファウストのいった「あなたが望むのならば、私はこの身を捨ててでも貴方のお母上の暴走を止めて見せます」その言葉に心が動かなかった訳ではない。
「平和なときにお会いしていたら、そうしたらもっと違っていたのでしょうけど・・・」
「じゃぁやっぱりメーテルさんはあの方のことを・・・。イッシッシ」
両手を口と思しき部分にあてて腰を振りながら笑う車掌。その姿にメーテルは笑わずにはいられなかった。
「もう・・・車掌さんったら・・・」
メーテルも車掌も笑っていた。乗客には事情はともあれ、重苦しい空気を背負ったまま旅をして欲しくない、もっと笑って欲しいと思う車掌の気遣いだった。この列車の乗客はメーテルしかいない。もうすぐ地球に銀河鉄道管理局の本社ができるようになれば、嫌でも乗客は増えるだろうが、いまはいない。
「いやいや、失礼いたしました、ハイ」
車掌がメーテルの笑顔に満足し、軽く敬礼してその場を去ってからまた、彼女は寂しげに窓の外を眺めていた。去りゆく星々など目に入らず、彼女の目にはその向こうの暗闇しか見えていないようだった。
自分に背負いきれないほどの苦しみだとはいえ、自分の母のことやその苦しみを少しでもファウストにうち明けてしまったことで、彼は予想外の行動をし始めている。彼にそうさせたは自分のせいだ。メーテルは、彼が地球に残してきた妻の姿を自分に投影していることも分かっていた。だから余計に辛い。
そして心に誓った。もう二度と、誰にも自分の事は話すまいと。まだ幼さの残る彼女の瞳は、徐々に強い輝きを増し、やがて一際厳しい眼差しへと変化していくのだった。

一方、メーテルがファウストに伝えなかった、蟹座星雲の向こうへと向かう戦艦の中は、暇をもてあました乗組員が居住区の廊下にでておのおのやりたいことをして時間を潰していた。そこに酒瓶が転がっていようが将棋盤があろうが、猫の缶詰が落ちていようが、だれもが自由に往来している。この戦艦の艦長であるヤング・ハーロックもその一人だ。しかしいつにもましてあまりに廊下に食べ物のかすなどが落ちているのが腑に落ちない。彼は器用に落ちている酒瓶をよけて歩くと居住区をぬけて環境へと向かった。
「やけに居住区の廊下が荒れてるな・・・あれでは緊急事態の時に転倒者がでるぞ」
「えろすんまへんなぁ、いま食堂がごちゃごちゃなんや。こないだ調理ロボットの調子が悪くてちょっといじくったら食いもん全部ぶちまけよったんや。せやかて掃除ロボットも調子悪くて掃除できへん」
副長のヤッタランが自分の席で相変わらず出来上がったプラモデルを眺めていた。ハーロックは艦橋内の計器に目を通しながらぼやいた。
「それで最近野菜炒めばっかりというわけか・・・。炊事担当とかの人員も考えないといけないな。いつまでもロボット頼りというわけにもいかん」
「ワイはべっぴんの乗組員やったら誰でもええで〜。んでもやっぱ掃除のおばちゃんもほしいなぁ」
「すみません、私、何もできなくて」
レーダー手のミーメが呟いた。もとより彼女にも炊事などというつもりは毛頭ない。彼女の口ぶりもまたそれを意味している。彼女はデスシャドウのレーダー手としてこの艦に乗っているのだから、それ以外の必要性は誰も感じていないのだ。
「ミーメはんかてべっびんさんやで〜〜」
ハーロックは鼻で笑ってヤッタランの元へやって来た。艦橋からは遠くに赤黒く輝く星雲がはっきりと見えている。
「もうすぐ蟹座星雲だな・・・」
「ほんまにメーテルゆ〜おなごはんのこと信用してええのんか?キャプテン。あの宙域に行くのは命懸けやで。命懸けで行って鉱石無かったら・・・」
「俺は信用しているよ。少なくともあの目は嘘をつかない。それに・・・何処かで彼女とは会っている筈なんだ。だが思い出せない」
ふ〜んとばかり口をとんがらせて頷くヤッタラン。
「しっかし、けったいなおなごや。きみがわるいで。何で鉱石の事を知っとるんや?んで、なんでワイらに教えたんやろか?第一なんで戦士の銃の事をしっとるんや?」
「さぁな。だが、蟹座星雲の向こうは秘境だ・・・何が無くとも行ってみる価値はあるんじゃないのか?」
ハーロックは笑っていた。メーテルが鉱石を探しているハーロックにその鉱石の在処を教えたのは、卑怯な海賊船が999号を襲撃していたところを助けた礼だった。しかし、そもそもハーロックが彼女を信用した一つの理由は、ハーロックが常に腰に下げている真友の作った銃、この宇宙に何丁も存在しないコスモドラグーンと呼ばれる銃の性能を見抜いたことからだった。そして、この銃や彼の乗る戦艦を見て、真の男でなければ使いこなせないと語ったからだった。
メーテルがどんな存在であれ、今のハーロックは鉱石の事で頭が一杯だった。コレさえあれば夢の実現に一歩近づく。希望に胸ふくらませながら、ハーロックは蛇輪を切った・・・。
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