第一章
8苦痛
混沌とした世界に名前さえ告げずに命を落としていく者達が大勢いる。今、一つの仕事を終えて眠りについた、名も知らぬ男の墓標があり、D・ハーロックは片膝をついたまま、その前にいた。輸送船の不時着によって出た民間人の犠牲者は、この男を含めて数名しかいなかった。あとは逃げ遅れたかあるいは射殺された機械化人達ばかりだった。跪いてじっと墓標を見つめるD・ハーロックの前にエメラルダスが一本のワインが差し出した。
「彼は満足そうに微笑んで死んでいました・・・あなたは彼の笑顔を見ましたか?」
「・・・あぁ・・・。不時着の衝撃で頭を打ち付けたせいか意識がもうろうとしてはいたが、気を失う前にコイツの所へ・・・だが、間に合わなかった」
「彼は勇敢な男です・・・。貴方の友人なのですか?」
「半ば・・・どうなってもいいと投げやりになっていた俺を奮い立たせて、この男は生きるためにあの輸送船の不時着を強行した。俺は土星防衛戦でこの男が率いる冥王星の部隊がまだ生きていることを知って・・・俺の船は戦列を離れて彼らを救出した。こんな事になるなら地球になど戻らねば良かった」
「たら、ればと結果が出てから言うことは可能です。でも時を戻すことはできません。その時はあなたにとっての最良の判断だったのではありませんか?そして、今回のことは事故・・・」
「だが、結果的に俺がこの男を殺したことには変わりない。挙げ句の果てがこれだ・・・俺は、この男の友だと言える資格はない・・・」
口惜しげに語りながら、D・ハーロックはエメラルダスから受け取ったワインを墓標に振りかけ、残りを飲み干すとボトルを勢いよく大地にたたきつけた。さらに彼はボトルの破片を一枚つまみ上げるとその破片を腕に突き刺した。
「何をしているのです!」
D・ハーロックは止めようとするエメラルダスの前に至って冷静にその腕を差し出すと深々とささった破片を引き抜いた。彼の腕から流れ落ちる血液は煉瓦の星の乾いた赤砂に吸収されすぐに同化してしまった。それと同時に彼の傷もまた、じわじわとふさがっていくのだった。
「人間は皆生まれるべくしてこの世に生まれてくるのだと誰かが言っていた。だが、俺は違う。俺は生まれてきたのではない、造られた・・・そんな俺が生きていく価値があるのかどうか俺はその答えを見つけたい」
エメラルダスは彼の手からボトルの破片をもぎ取って捨てるとふさがっていくその傷に手を乗せた。今、彼女にできることはこれくらいしかない。彼の問いに返せる明確な答えなど彼女は持ち合わせてはいないのだ。
「俺達が助けた連中は、死んでいった此奴らの分まで生きて新天地を此処・・・此奴らの墓標があるこの場所に築く約束をした。それが此奴らのために彼らができる最善の方法だと俺は思う。あんたの言ってることは俺にはよく分からねぇが、あんたもこの男の分まで生きて、腐った銀河なんちゃらとか機械帝国とかいう連中の鼻を明かしてやったらどうなんだい。え?」
デラモースがゆっくり近づきながらそう語った。デラモースは刻印のことも『特殊人材』の事も全く知らないがそれだけに彼は何の躊躇もなく正論を述べたのだった。D・ハーロックはデラモースに向き直って何か言いたげに睨んでいたが、結局何も言わずに歩き出した。
「何だってんだよ」
デラモースは太い眉毛を逆八の字ににらみ返しながら低く唸ったがD・ハーロックは背中を向けたまま答えた。
「俺は行くところがある・・・たとえ何があろうと其処へたどり着いてみせる。そして全てが分かったらもう一度ここへ来て改めてこの男の墓参りをする・・・だからそれまでちゃんと此処を守れ」
「言われなくたってそうすらぁな!」
去っていくD・ハーロックの後ろ姿にデラモースの声が響いた。
「デラモース・・・気を付けて」
「ああ。わかってるって。あんたも気を付けてな、エメラルダス。あの野郎ちょっとおかしいぜ」
エメラルダスは微笑んで踵をかえした。彼女が歩みを進めると同時にクイーンエメラルダス号がゆっくり上昇しはじめ、艦艇の巨大ハッチをひらいて帆船を下ろしはじめた。唸るような轟音と共に赤砂が舞い始め、D・ハーロックとエメラルダスが乗艦するころにはデラモースからは二人の姿は見えなくなっていた。
クイーンエメラルダス号の離陸はアガディール山の頂上にある山賊の砦でも確認できた。動ける民間人や山賊達、そしてデラモースの妹ラ・フロリーナが精一杯手を振って見送った。巻き上がった砂塵から巨大な艦隊が徐々に浮かび上がり、やがて急速浮上反転し、見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
「お姉ちゃーーーん元気でねーーーーー!また来てねーーーー!」
いつかまた、クイーンエメラルダス号は此処へ戻ってくるだろう。それがいつになるか分からないが、ラ・フロリーナは幼いながらもそれを確信していた。

暗黒の宇宙へと再び航海に出たクイーンエメラルダス号は進路を宇宙でも屈指の大商業地帯であり、エメラルダスの商業拠点でもあるマゼランへと向けていた。煉瓦の星で食料や物資のほとんどを分け与えてしまったために空に近く、当面必要な物資補給をしなくてはならない。自由貿易人の権利の剥奪が知らされているとしても、この宙域での商売では取るに足らない問題。そういう場所だ。
「其処にいたのですか・・・。この船は広いのですよ、なにも貨物室にいなくても・・・。それとも、貴方にお勧めした部屋では居心地が悪かったですか?」
「お前が俺に与えてくれた部屋では落ち着かない・・・。いや、美しい装飾品や家具、やわらかいベッド・・・どれも悪くはないが、俺はこ汚い処の方が落ち着くみたいだ」
エメラルダスはD・ハーロックに勧めた部屋に彼いない事に気づき、艦内の何処を探してもいなかったため、諦めて物資の確認に貨物室へと訪れた。D・ハーロックはずっと貨物室にいて、暖炉から持ち出した灰化した木片で空になった貨物箱の片隅に風景画を描いていた。
「絵がお上手なのですね・・・」
「時々無性に描きたくなるときがある・・・何を描いているのかは自分でも良くは解らないんだがな。・・・似合わないか?」
エメラルダスは首を振りながら笑顔で彼の絵を覗き込んだ。何処かで見たことのある情景の様な気がしたが、その絵が醸し出す雰囲気はどことなく寂しげで儚げでもある。エメラルダスの表情が曇った・・・その時だった。
ズゴゴゴゴゴ・・・!
「!、まただわ」
「どうした?エンジントラブルか?」
ゆっくり立ち上がる二人はクイーンエメラルダス号に響く妙な音に耳を傾けた。D・ハーロックが思うに推力が低下しはじめているようだった。この戦艦の外観においてもほとんど常に点滅しているライトが消灯し、宇宙の暗黒に飲まれ忽然と姿を消しているようにさえ見える。二人が向かったエンジンルームは貨物室からはさほど遠くは無い。クイーンエメラルダス号のエンジンルームはそれだけでも小型の戦艦ならばすっぽり入りそうなほど広い。中央に横たわるエンジンシリンダーから聞こえる苦しげな音がエンジンルームに響き、エメラルダスの心には「助けて」と訴えているのがよく分かった。
「時折起きるのです・・・」
「こんな事でよく宇宙一の守りを誇るなどと言えた物だな。修理をしたことはあるのか?」
「私自身も何とかしようとしたのですが、機械のことはさほど詳しくはありません。今までも何人かに頼んだこともあります・・・しかし、この戦艦は精神生命を有しているために誰もが恐れて直すまでに至らないのです。貴方なら直せますか?」
エメラルダスがそう語っている間、すでにコントロールパネルを触りまくり、メーターに目を通し、らちが明かないと判断したD・ハーロックは柵を越えてシリンダーに掛けられたはしごを登っていた。彼の肌に感じられる熱は異様なうねりを生じていた。この異様なうねりに体が溶けていきそうな感覚すら覚えたが、そこに恐怖感を感じてはいなかった。心に話しかけるこの戦艦を誰もが恐れて尻尾をまいて逃げてきたが、D・ハーロックにはむしろそれを期待していたのかもしれない。
「精神生命を有した戦艦など・・・俺も初めてだ・・・興味深い」
[D・ハーロック・・・・貴方には私を直すことはできません・・・。貴方はここにいるべき人物ではない]
「何?」
突然D・ハーロックに語りだしたクイーンエメラルダス号はエンジンシリンダーを振るわせているようだった。
[ですが・・・此処まで近づいたのは貴方が初めてです。・・・貴方は私を恐れない・・・。そう貴方は死さえも恐れぬ人]
「恐れなければどうだというのだ。このぱっくり開いた窓に引き吊り込んで食うか?この船に乗るべき人間ではないというのなら、いっそ此処で殺せばいいだろう」
熱であせまみれの彼はシリンダー上部に大きなのぞき窓があるのに気づき、その奥を覗き込んだ。底なしの銀河・・・その言葉がぴったり当てはまるような小宇宙がそこに存在しているのだった。しかし、その底なしの銀河に瞬く星々はどれも悲しげで儚げだった・・・。D・ハーロックの表情が曇った。
[かつて・・・はるか遠い彼方で・・・私の乗組員達は忽然と姿を消しました・・・とても強い意志を持って、大いなる希望、守るべきもののために戦いもがき苦しんで姿を消していったのです・・・そして私はただ宇宙を彷徨い続けてきた・・・ここにはあの方達の苦痛と悲哀が存在している・・・。貴方の存在は、私にそれを思い起こさせる]
「守るべきもののために戦いもがき苦しんで・・・・か」
「D!降りてください・・・室内温度が上がっています・・・これ以上其処にいては危険・・・D・・・?」
シリンダーに駆け寄ったエメラルダスが見た物は、一筋の涙を流し、項垂れているD・ハーロックの姿だった。涙はシリンダーにこぼれ落ち、しばらくして蒸発した。
「俺にお前を直すことはできない様だ・・・修理の技術以前に、この船の心の病を癒せる者、この船の心と同化し、慰めることの出きる者が必要だ・・・俺は・・この苦痛に満ちた心ではお前を「治す」ことはできない・・・此処に俺の居場所はないという訳か」
[・・・それでも、涙を流してくれるのですね・・・D・ハーロック・・・ありがとう・・・ありがとう]
D・ハーロックは抑圧していた何かから解き放たれたかのように涙を流していた。なぜ涙を流しているのかは自分自身でも分からない・・・ただ、できないという悔しさからではなく、自分はかつてこの船に乗っていた者達のように、希望のために戦い、もがき苦しんでいたような・・・そんな気がしてならなかった。D・ハーロックの流した涙のせいだったのか、エンジンルームの室温上昇が止まり、やがて推力が上昇しはじめた。胸をなで下ろしたエメラルダスはシリンダーから降りてきたD・ハーロックを笑顔で迎え、ともすれば抱きつきたいほどの思いだったが、彼は目も合わせずに部屋へと帰っていってしまった。エメラルダスは、D・ハーロックとクイーンメラルダス号とのやりとりを知らない。だが、彼が何かに気づいて、苦しんでいるのを感じながら、彼の後ろ姿を見送った。

彼の戻った部屋は以前彼が怪我から目を覚ましたときのように、ベッド脇のランプだけが灯った薄暗い部屋だった。ベッドの上で頭の後ろに手を組んでただじっと天井を見つめていると時々小さな明かりが通過するのは、銀河ローカル線の信号が点灯しているせいだ。そろそろ銀河鉄道路線が込み合ってきているのを示している。まもなくマゼラン宙域に近づいている証拠だ。混沌とした気持ちを吹っ切れず、瞼を閉じても先ほどのエンジンルームで沸き起こった感情に妨げられて胸が締め付けられる・・・。それを察したのか、衣擦れの音と共にエメラルダスが部屋に入ってきていた。
「ドアが開いていました・・・黙って入ってきて失礼かとは思ったのですが・・・」
D・ハーロックが声の聞こえた方に顔を向けるとシルクのナイトガウンを羽織ったエメラルダスが近づいてきた。ランプに灯されたまま、何も言わないD・ハーロックの顔をじっと見つめたまま、彼女はそのナイトガウンの前を開け、そして彼の枕元に腰掛けた。
「クイーンエメラルダス号のために涙を流したのは貴方が初めてです・・・でも、私は貴方に辛い思いをさせてしまったのかもしれない。心の奥にしまっていた苦しみに気づかせてしまった。貴方を傷つけてしまった。許してください」
「慰めに来たのか・・・俺を」
D・ハーロックがまだエメラルダスの肩に掛かっているナイトガウンを指先で軽く引っ張ると一糸まとわぬ彼女の身体が露わになった。ランプの明かりに灯されてぼんやり輝く乳白色の肌はD・ハーロックの視線を受けてよりいっそう艶っぽく輝く。
「女の一人旅・・・今までもこうして何人かの男と過ごしてきたのか?俺の傷を癒す以前に、お前自身の孤独を癒すために来たんじゃないのか」
「このひたすら広い船の中に・・・男と女二人だけ・・・。長い間一人で旅を続けている私は誰かと時を過ごす方法を知りません・・・ただ、それだけです」
「勝手に言ってろ」
そう言い捨てるとまた天井へと視線を戻したD・ハーロックの思いも寄らぬ行動にエメラルダスの表情が曇ったが、それでも彼女は足首まであるオレンジ色の髪を掻き上げながら、D・ハーロックに寄り添うようにベッドに横たわった。
「地球の軍人はセクサロイドという専用のアンドロイドが与えられたと聞いています。・・・生身の女はお嫌いですか?・・・それとも私では感じないのですか?」
彼が言った「孤独を癒すために来た」と言うのはあながち間違いでは無い。ただ、エメラルダスが気づきたくない、否、気づいていても自分の弱さを知りたくないがための虚勢。彼女はまだ本当に強い女にはなり切れていない。それをD・ハーロックは感じ取っていた。そして、打ちひしがれていた彼自身、久しぶりに感じる生身の身体の温かさを欲していない訳ではない。彼とて、この二人しかいない空間を埋める方法など他に思いつかないのだ。エメラルダスはうっすらと目を閉じながらD・ハーロックに顔を近づける。
「分からないヤツだな。恋人でもなし・・・・やめてくれ」
そう言って口づけを拒んだD・ハーロックはそれでも間近でエメラルダスをじっと見つめていた。エメラルダスは彼の金色の瞳の輝きによってまるで串刺しにされたような感覚に陥った。耐えきれず彼女はそんな彼を愛おしむ様に抱きしめるとお互いの心を癒すが如く、彼の髪をくしゃくしゃにして握りしめた。やがて、D・ハーロックが生身の身体の感触を思い出すように、舌で、手で、丁寧に彼女の身体を愛撫する。エメラルダスは彼の均整の取れた肉体を欲したが、上半身以外服を脱ごうとしないD・ハーロックは、ベルトにかかった彼女の手を振り払って強く抱きしめ、湧き出る泉を指に絡ませて敏感な部分を責め続けた。
「D・・・なぜ・・・私は・・・」
「黙っていろ・・・俺はお前の身体に触れているだけでいい・・・それだけで・・・充分だ」
室内にしばし艶めかしい音が続くと、エメラルダスは体中を走る戦慄に目を閉じ、程なくして彼の胸で二度三度と叫び声を響かせた。D・ハーロックは彼女が達するのを見届けてそれ以上何もせずにベッドを降りた。俯いたまま、自分の処理をするためにバスルームへと消えていく彼の後ろ姿にエメラルダスはまだ熱い体を起こして声をかけた。
「なぜ抱かないのです・・・。私はこんな事をして欲しくて・・・」
「俺の余計なDNAをばらまきたくない。それだけだ・・・」
エメラルダスは身体の充足感とは裏腹に心は空虚のままだった。エメラルダスの目前にぽっかりと開けられたD・ハーロックとの心の隔たりは、どれほど彼女が埋めようとしても敵う物ではない。むしろ、彼にはいっそうの苦痛を与えることになってしまったのかも知れない。そう思った。

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