第一章
7必然
エメラルダスはグラスをゆっくりD・ハーロックに差し出しながら、俯いている彼の顔を覗き込んだ。ハーロックがまだ見える右目をゆっくりエメラルダスの方へ向けたその時、彼女のコスチュームには見覚えのある印がプリントされていることに気づき、差し出されたグラスをつかみ取るとエメラルダスに向かって思い切り投げつけた。頭から水を浴びたエメラルダスは信じられないという表情ながら、発作的に腰の重力サーベルに手が掛かり、それを察したD・ハーロックが毛布を翻すとベッドから飛び降りて脇に置かれていたフルーツバスケットから果物ナイフをつかみ取った。
「貴様は輸送船を攻撃したヤツか!」
「何を言い出すのです。私は無力な輸送船など・・・ましてや民間人の乗船した船など攻撃はしません。それで何の得があるというのですか」
「その髑髏の印!あの戦艦も掲げていた・・・それではお前はあの戦艦の仲間か!」
重力サーベルと果物ナイフでは戦うまでもなく勝敗は決まっていたが、エメラルダスはD・ハーロックの気迫と思いも寄らない反応にとまどって重力サーベルにかけたその手をグッと握りしめるだけに終わった。
「どうした?お前はそのサーベルで何人も殺してきたのだろう・・・抜け!」
D・ハーロックは全裸のままエメラルダスにナイフを突きつけて歩み寄る。ジリジリと後退していくエメラルダスは目のやり場に困りながらも必死に訴えた。
「・・・あの輸送船を攻撃した戦艦はステルス機能を持つ地球型の戦艦だということだけが分かりました・・・たしかに髑髏の印はありましたが、それは私とは関係のないことです。自由を現すこの印を掲げる者はこの宇宙にはまだたくさんいます。私が攻撃をしたならば、どうして貴方を介抱する必要があるのです!それでも・・・それでも疑うのならば、そのナイフで私をお刺しなさい。私は構いません」
よく見れば目の前の女は自分よりはまだ年が若く、まっすぐにD・ハーロックを見つめる幼さの見え隠れする目に偽りは感じられなかった。彼が感じる限り、この船にこの女以外の人の気配は無い。D・ハーロックは窓際にエメラルダスを追いつめると、その窓の向こうにいくつかの墓標が並んでいるのが目に入った。朱の荒野に豆粒ほどにしか見えない墓標でも、他に何もない大地に立つそれが彼にとって、とても大きく見える。
「!」
「山賊達が、死んでいった名も無き人々の墓を数晩かけて作りました・・・。これでも・・・信じてはもらえませんか?」
果物ナイフを掴んだハーロックの手がゆっくり降り、やがてフルーツバスケットに積まれた林檎の一つに突き刺した。エメラルダスはホッと胸をなで下ろし、自分のマントを彼にかけた。
「・・・すまなかった・・・。治療までして貰いながら」
「いえ・・・いいのです。無理もありません、気が動転することは誰にでもあることですから。・・・貴方は
特別な治療が必要でした・・・だから此処に連れてきたのです。他の人々は皆、あの墓標を作った山賊達の砦にいます」
特別な治療という言葉に硬直するD・ハーロック。恐る恐る自分の胸にある刻印を覗き込むと顔が歪んだ。エメラルダスは用意しておいた男物の服ワンセットをベッドに置いて、俯いたままのD・ハーロックの方を向いた。
「これを着てください。此処に男性の服はそれしかありません・・・以前、知人が置いていったものです。貴方の軍服はとても着られる状態では無かったのですが、それでもあちらの方が良ければお持ちしますよ。これでも繕い物はできますから」
優しく微笑みかけたつもりだったが、D・ハーロックはニコリともせず憮然と返答した。
「いや・・・いい。アレはもう着たくない。他に着れるものがあるなら願ったりだ・・・」
エメラルダスがベッドに置いた服は黒の上下。身体に密着する詰め襟のスーツと細身のブーツ。恐らく、彼女のつきあっていた男が置いていった物だろうとD・ハーロックは推測した。それでも、今は亡き地球防衛軍の軍服を着ているよりは遙かにましだ。
「ディーバイン・ハーロック・モリエンテス・・・軍服にそう縫いつけられていましたが、貴方の名は、それで正しいのですか?」
「・・・名など無いのも同じだ・・・だが、もう長年その名前で生きている」
そう言うと彼は笑っていた。ふと、自分の名前を言うことで刻印に×印を刻まれたときのことを思い出したのだった。
「何が、おかしいのです?」
「名前など・・・馬鹿馬鹿しい・・・そう思っただけだ」
エメラルダスは服を着始めたハーロックに背を向けたまま、退出もせずに其処にいた。
「私はエメラルダス・・・そしてこの船はクイーンエメラルダス号」
D・ハーロックは彼女の話を聞いてはいたが、しばらく黙ったまま服を着ていた。どうやら自分の体型には少し大きいかもしれないが、さほど気にはならない。宇宙放射線から身を守れれば、べつに服など何でも良い・・・そういう質だ。
「特別な治療と言ったな。この刻印の意味を知っているのか?」
エメラルダスはどう答えて良いのかとまどった。彼女自身、本当に詳しいことまでは知らない。しかし、恐らくは彼が知っている以上に詳しい事は確かだった。それを今話すべきかどうかとまどったのだ。
「私はかつて地球防衛軍によって開発された『特殊人材』の存在は知っています・・・ですが、まさかまだ残っていたとは思いませんでした」
「なるほど・・・俺はなんのことだかさっぱり分からない・・・。そしてなんでお前が知っているのかもわからない・・・そういう意味ではまだ、信用はできない」
「今、無理に信用してもらおうは思いません。でも、これは偶然の出会いだとは私は思いたくありません・・・少なくとも・・・その刻印を知る者として、私は会うべくして貴方にあったのだと思いたい」
心配な面もちのエメラルダスは、D・ハーロックが着替え終わったのを見計らって振り向いた。窓からじっと朱の大地を見つめている彼に近づき、さっきナイフが突き立てられた林檎をとるとおもむろに皮を剥きだした。
「輸送船を攻撃した戦艦をご存じですか?」
「いや・・・。俺も今まで様々な戦艦と戦ってきたが、あんな戦艦は見たこともない・・・地球でも」
しばし無言の時が流れる。エメラルダスが差し出した林檎をかじるD・ハーロックは、ずっと窓辺に立ったまま黙って墓を見つめ、ただ、林檎を囓る小気味よい音が響くのみだった。
「貴方は貴方自身の事をご存じなのですか?聞けばかつて刻印の意味を知った者は自分で命を絶つこともあったと・・・」
「俺が死ぬために輸送船を攻撃するよう仕掛けたとでも言うのか・・・」
D・ハーロックは低く吐き捨てるように答えると水の注がれたグラスをとって一気に飲み干した。
「いえ・・・そういうわけでは」
「俺はただ・・・其処にいただけだ。機械帝国が『特殊人材』の事に感づいて俺を調べるために輸送した・・・それだけのことだ。俺は今まで自らの命を絶とうと思ったことはない、死んでも良い・・・そう思ったことはあったがな。俺の知っている俺自身とは・・・その程度だということだ」
「そう・・・・ですか」
エメラルダスはこれ以上質問することはしなかった。過ぎたことをあれこれ言うつもりはなかったし、彼が何処まで彼自身のことを知っているかなどはどうでも良かった。ただ、彼女は彼を連れて行かなければいけないところがあると、それだけを確信していた。するとまたD・ハーロックは軽く鼻で笑うと首を傾げるエメラルダスに向き直った。
「お前には感謝しなくてはいけないか?」
「え?」
「この船が現れたせいであの戦艦はとどめを刺さずに消えていった・・・違うか?」
「そうでしょうか?確かに・・・私はこの宙域に不振な戦艦がうろついていると知って、この辺りを調べていましたけど、つねにルートが違うために探すのに今までかかってしまいました。遭遇したのは偶然に等しいでしょう。それでも・・・クイーンエメラルダス号が現れたことで輸送船が撃沈されずにすんで、少しでも命が助かったのだとしたら、それはそれで嬉しいことです」
皮のむき終わった林檎をもう一つD・ハーロックに渡すと、彼は一囓りして呟いた。
「輸送船が消息を絶ったことが銀河総督府にはもう知れているだろう・・・」
「じき、機械帝国の追っ手が貴方を探しにやってくる。彼らは貴方を殺しはしない・・・でも、貴方をかくまったとなれば、間違いなくこの星に生きている人間を全て殺すか・・・強制労働施設送りになるかでしょう。その前に此処を出ます」
「俺を連れて出るというのか?それが何を意味するか・・・分かって言ってるんだろうな」
エメラルダスは深く頷いた。何人にも荷担することなく中立を保たなければならない自由貿易人の立場を捨て、宇宙のお尋ね者として生きねばならなくなる事に、彼女はいささかの躊躇もなかった。
「言ったはずです。私は会うべくして貴方に会ったと。貴方は行かなければならない場所がある筈です」
「お前は研究のことばかりか・・・ある場所の事をも知っているのか?」
「・・・・いいえ、場所は知りません。ですが、その場所を知っている人物ならば。何時会えるかは分かりませんが」
D・ハーロックはこのできすぎた話しにしばらく黙っていたが、エメラルダスのひたむきな瞳を受けて彼女の決心を感じていたが、今一度問いただした。
「その人物に会う前に追いつかれて攻撃されるかも知れない・・・。ましてやこの事がいまや全宇宙を席巻しようとしている機械帝国に知れれば、お前は生涯追われる立場になる。それでも連れて行くというのか」
「この星から出る手段は機械帝国の追っ手に捕まるか、この船で出ていくしかありません。このクイーンエメラルダス号は武器系統こそ小さいですが、守りはこの宇宙広といえどもこの船をしのぐ物はありませんから・・・ご心配なく」
「たいした自信だ。あきれた女だな」
小馬鹿にしたような口ぶりではあったが、女一人で大宇宙を旅しているだけはあると内心感心していた。それを知ってかエメラルダスは不敵な笑みを返して林檎の最後の一切れを彼に渡した。
「ん?」
怪訝な表情で窓の向こうを見つめる彼の視線の先を見た。デラモース達が酒や湿地帯でかろうじて咲いた花などをもって墓に集まってきていたのだ。
「行きますか?」
「ああ」

外銀河の宇宙放射線は銀河系無いより強い。星がまばらに点在するせいで遮るものが無いかららしいが、実際の所は良くは解らない、少なくともエメラルダスはD・ハーロックの身体を案じて耐放射線機能の付いた黒い布を彼に渡していた。煉瓦の星の赤砂は粒子が細かいため非常にやっかいで、ひとたび砂塵が巻き起こると体中にこびりついてなかなか取れない上、呼吸さえもままならなくなりそうだった。D・ハーロックは布を頭からかぶり目だけを出して墓へむかって歩いていた。大男が日焼けした顔から白い歯を覗かして彼らを待ち受ける。
「よぉ、エメラルダス、約束通り立派な墓を作ったぜ。そっちの檀那はずいぶんと元気になったみたいだな」
「デラモース、ご苦労様です。さぞかし大変だったでしょう・・・無事だった人々は?」
「みんな一命は取り留めたよ。あんたに貰ったたいそうな食料のおかげですぐに元気になりそうだ」
エメラルダスは微笑んだ。その後ろからゆっくりD・ハーロックが姿を現すとデラモースの顔が厳しくなった。
「お前が墓を建てたという山賊の頭か?」
「俺はデラモース。で?あんたは・・・」
D・ハーロックは立てられた墓を見渡し、そして再びデラモースの方へと顔を向けた。頭からかぶっていた黒い布を下ろすと、先日エメラルダスを襲った時と同じ、キャプテン・ハーロックによく似た顔を見ることができた。左右の頬を縦断する傷が付き、改めて見ると確かにそっくりだが、恐らくは数年後の彼にそっくりだと言った方が正しいようだった。そして、金色に輝く瞳は、デラモースの知るハーロックとは全く違う輝きをたたえ、ともすれば殺気に満ちてさえいる。
「ディーバイン・ハーロック、Dで構わない・・・・艦橋にいた男の墓は?」
「い、一番手前のやつだ」
デラモースはD・ハーロックのつっけんどんな物言いに少し顔をしかめ、何も言わずに男の墓に歩いていく彼の後をついていこうとしたがエメラルダスがそれを制した。
「貴方が会ったというハーロックという人物の事は彼には伝えないでください。混乱させたくはありません」
「どういうことだ?」
「これ以上は、貴方が知る必要はありません。・・・それより、輸送船が不時着したことが銀河総督府に知られたら、この星は危険ですよ。裏では機械帝国軍が絡んでいるのです」
デラモースは眉間にしわを寄せて「何で?」と訴えた。
「攻撃を受けるとでも言うのか?強制労働施設ってのはそんなに人間が必要なのか?」
「そうではありません」
エメラルダスは真剣な眼差しでデラモースを見つめた。それから、墓標の前に跪くD・ハーロックの姿をちらと見た。
「彼が生きている限り、機械帝国の何者かが血眼になって彼を捜すかもしれません。彼は私が連れて行きます。あなた方もこの星を離れた方が安全です。私の船にお乗りなさい」
「俺は意地でもこの星からは動かねぇ。せっかく命拾いした民間人達を今動かすのだって危険だろう?それに命が助かった連中も行く当てはないし帰るところもないんだ。なんで機械帝国があの男を血眼になって探すんだかわからねぇし、とばっちりを喰らうのもゴメンだが、俺はこの星に残る。命に代えてでも生き残った連中やあの墓を守るしこの星だって守ってみせる。俺は此処に来る前、機械化人の連中とやり合ったことがある、たいした連中じゃねぇ」
「デラモース・・・」
自由貿易人の立場を捨ててまでもやらねばならないと決心したエメラルダスが真剣なら、デラモースもまた真剣だった。しかし、彼は機械帝国軍の恐ろしさを知らないのだ。だがそれでも、きっと彼は此処に残るのだろうとエメラルダスは思った。
「俺はこの星を開発する・・・どれくらい時間がかかっても、そうすると約束したんだ。キャプテン・ハーロックとの男と男の約束だ。これ以上あんたの世話にはならねぇ」
「あなたも・・・頑固な人なのですね。戦士という者はおおかた頑固者が多い・・・貴方もそのようです」
不安で仕方がなかったが、この男なら大丈夫だと思ったのだろう、エメラルダスはデラモースの頑固な決意を知って諦めたようだった。デラモースは実際、D・ハーロックの素性が分からないために状況を完全には理解し切れていなかった。しかし宇宙での出会いの偶然は時として必然性を秘めいている。彼自身、キャプテン・ハーロックとの出会いは偶然であり、今思えば必然だったと・・・そう感じている。だからこそ、D・ハーロックとエメラルダスが出会ったのもまた必然だったのだろう。そして彼、デラモースとエメラルダスとの出会いもまた、そうであると思わざる得ない。それはいつか・・・もっと時が経った後に彼が知ることになるだろう。
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