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第一章
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| 6金狼 だだっ広いベッドの上で泥のように眠り続けるD・ハーロックは数日後になって夢を見ていた。それは遙か彼方・・・彼が一度も訪れたことのない様な場所で、出会ったはずもない者との話だが、妙に生々しく感じられた。彼の夢は、地球で機械化兵によってかけられた、遺伝子記憶再生装置のせいでもともと存在した本来の記憶が呼び覚まされた様だった。機械化人が自らの手でD・ハーロックを本当の人間にしてしまったのだとしたら、それは愚かしい行為だったと思わざる得ないだろう。 ----荒涼とした大地、照りつける太陽、何処を見ても一面アイボリーホワイトの世界が続く・・・。ここは戦地だというのに、今は何事もなかったかのように静まりかえっていた。昨夜の戦闘で多くの仲間が死んだ。仲間というのは少し違うかも知れない。ここは最前線・・・そこに立つ者の多くは、どこの国から来たのかも分からない傭兵ばかりで、ほとんどお互いに口もきかない。ただ、雇い主の言われた場所で、指示されたように闘うだけなのだから。戦地が、その戦争が、国家間のものであれ、宗教の違いであれ、何であれ、金になるなら戦うだけ。そういう道を選んだ者達が集まり、短い命を散らせてゆく。『金狼』と呼ばれる男は灼熱の太陽と激しい乾燥から身を守るべく、ターバンと、さらに大きなボロ布を頭からかぶり、砂塵よけのために顔を覆って岩陰に腰掛けていた。わずかに両目だけを布から覗かせ、しきりに絵を描いている。長い戦いの間で数枚の絵を描き続けたため、手に握られたHBの鉛筆は随分短くなっていた。彼は、かすかな人の気配を感じて脇に置いたコルトM16機関銃を構えた。 「誰だ!」 「・・・わぁ、撃つな〜。ま、ま、待ってくれ。敵じゃない。っつーか兵士じゃない!撃たんでくれ!」 「姿を見せろ。両手を頭に付けて、ゆっくり出てこい!妙な動きをしたら撃つ」 『金狼』はは銃を構えたままゆっくりと立ち上がって反対側の岩陰から出てくる人物を確認した。彼は思った、まるでイントネーションのなっていないアラビア語からして、人物は現地人では無い。この人物は気が抜けるほど小柄で、分厚いメガネをかけたガニ股の男。武器の代わりにカメラを持ち、かけたメガネは所々セロハンテープとガムテープで修理が為されていた。 「お、俺はフリーのカメラマンなんだ・・・んだから腕章も付けてないんだが、信じてくれ。敵じゃない」 『金狼』は黄金色の瞳を見開いてその人物をゆっくり観察すると機関銃を下ろした。 「こんな最前線に繰り出してくるとは、命知らずも甚だしい。・・・何のようだ?写真なら向こうのキャンプで撮ればいいだろう」 ここには『金狼』しかいなかった。岩のはるか向こうの部隊キャンプから一人馬に乗って来ていたのだった。人は彼の瞳を見て、多くは「邪眼」と噂し、彼に近づくものはほとんどいないのだった。だが、この男はまったく臆することなく、彼に近づいてきた。 「さっき訪ねた。俺と同じ日本人がいたんでな・・・。いやぁ、あんた、こんなところで絵なんか描いてるから気になって」 確かに、こんなところで絵にする風景など何もない。あるのはただ、白い荒野と岩と砂漠だけだ。『金狼』は元いたところに座って、機関銃の代わりにスケッチブックを膝に乗せた。 「目の前にある物を描くだけが絵じゃない」 憮然とした話しぶりで言ってはみたが、彼が人と話をするのはしばらく振りで、大山敏郎と名乗ったこの男が妙に人なつこいせいか、いろいろ話し始めていた。『金狼』は日本語は分からないが、この大山が英語がしゃべれたおかげで何とか話が通じた。それでも酷い英語だったが・・・。 「へぇ〜、スペイン人とドイツ人のハーフかぁ・・・てっきり現地人かと思ったぜ」 「スペイン人と言ってもいろいろいる。俺の母はアラブ系スペイン人だ」 それで瞳が金色なのかと大山は妙に納得していた。肌の色が少し褐色がかり、髪が真っ黒なため現地人と間違えたのだが、顔を覆っていた布をとると確かにヨーロッパ人とおぼしき顔立ちかも知れない。それも非常に良く整った美形だと思った。 「目が青かったら『アラビアのロレンス』だなぁ、あ、でもロレンスは何人かは俺は知らんけどな。まぁいいさな、人種なんて関係ねーさ。そりゃ俺も欧米で生まれてたらちったぁましな顔立ちだったりしてとか思うけんどもな」 『金狼』は大山のおどけた言いぶりに久しぶりに笑った。大山はハーロックの膝に乗っているスケッチブックを覗き込んだ。そこには見たこともない風景や建物、幸せそうに遊ぶ子供達が描かれている。 「何を描いているんだ?」 「未来予想図・・・かな。宇宙旅行をしてきた気分になって描いているだけだ。何処か知らない星で戦いのない世界があって、近代的な都市と緑に溢れた所に人々が幸せに暮らしている・・・。こんな絵を描いては妻に送っているんだ。もうすぐ生まれてくる子供のためにな・・・。俺にできることは金とこの絵を送ってやることくらいだからな」 大山は『金狼』に家族がいるのになぜ傭兵などをしているのか不思議に思ったが、それについて尋ねる事はしなかった。人にはそれぞれの理由がある。平和な日本で暮らしている自分にとってはきっと理解しがたい理由なのだろうと思った。そして、優しい笑顔を持ち、子供のために夢に溢れた絵を描く男が、戦地に立たなければいけない世界があることを悲しく思った。 「久しぶりに人と話しをした・・・自分の事ばかり話してしまったが・・・お前はなぜここに来た?」 「俺は・・・今の現実をカメラに納めておきたくてな。もうすぐ宇宙へとタイムカプセルを持っていくんで・・・」 「宇宙へ行くのか!」 『金狼』は身を乗り出した。 「ん・・・ま、まぁな。ちょっとジュースのおまけで・・・幸運にも当選してなぁ〜。俺はこの当選をただ浮かれて喜ぶだけじゃなく、世界中でわずかに選ばれた者として何かする事はないか・・・と思ってな。あちこちの戦地カメラマンの仕事をしてるんで来たんだが、できればこれが最後にしたいよ」 「宇宙へ行くのにこんなところで命を落としたら元も子もないだろうが。フリーでは身の保証が無い」 『金狼』はまじまじと大山を覗き込んだ。苦笑する大山敏郎。 「のほほんと暮らしとるのは性に合わん。今の世は狂ってる。ちっぽけな星でいがみ合ってるなんてな。地球外知的生命体がいるとしたら、こんなちっぽけな星でいがみ合ってる俺達を小馬鹿にしてるんだろうなぁ。だが、守るべき何かのために、命を懸けて戦った人々がいることを残しておく義務がある。いつか宇宙に放ったタイムカプセルを未来の誰かが開いた時に、ただ戦いたくて戦ったのではない・・・守るべき何かがあったから戦ったのだと分かってくれると良いんだが・・・そして、こんなふうに多くの命を失うような争いごとは無益だということもな」 『金狼』は大山が語気強く語った内容の半分ほどしか理解はしていなかったが、それでも何かやるべき事のために此処にいることと、それがタイムカプセルと関係があることが分かった。 「そうか・・・タイムカプセルを宇宙にか・・・。俺も自分のDNAをチップ化して軍に置いてある。なんでも人類が滅亡したときのためにとっておくのだとか・・・。俺はてっきり、俺が死んだら家族のためにクローンを作ってくれるのかと思ったが、どうやら近々それを宇宙に投じるらしい。興味深い話だが・・・」 「人間のクローンを作るのは倫理上反対意見が多い。実際できるかどうかも分からんしなぁ。俺は遺伝子技術に興味はあるが、自分のクローンはいらないよ。もっと格好良く生まれ変わるんだったら考えるがなぁ。な〜んてな。へぇ〜、宇宙にDNAをねぇ。人類が滅亡したときのためだなんて・・・随分悲観的なんだな、お宅の雇い主ってのは」 『金狼』は苦笑した。彼は科学だのにあまり詳しくはない、ただ、未来のためになるのなら・・・その思いを込めていたのは確かだ。いつ死ぬかも分からない自分としては、何かを残したい気持ちに駆られるのは当然のことだった。大山もそんな『金狼』の気持ちを察していた。 「・・・よかったら、その絵、一枚持って行かせてくれないか?タイムカプセルに入れたい」 「あぁ、もちろんだ。こんな物で良かったら。宇宙に俺の絵が行くなんて光栄なことだよ」 スケッチブックから先ほど描いていた絵をもぎ取ると署名をして其れを大山に渡した。 「そう言えば名前聞いてなかった・・・ハーロック・・・っていうのか?」 「アル・ディーバイン・ハーロック・モリエンテス。周りはディーブ・ザハビィーと呼ぶ。金の狼さ。俺の瞳が金色で闇夜に光る狼の目の様だから・・・そう呼んでいる」 大山は一生懸命に自分の頭脳からアラビア語辞典をひもとくと『アル・ディーバイン』は二匹の狼を意味するのだと分かり、大きく頷いた。しかし大山にはアラビア語特有の鼻と喉から抜けるような感じで発音するデとズの間のような音というのは非常に難しく、発音できずに困っていた。 「デ・・・ズ・・ズィヒ・・・あれ?ディヒ・・・デヒ?・・・難しいな」 「ハーロックでいい。誰もそう呼んではくれないが、俺は父の姓であるハーロックという響きが好きだ」 『金狼』はそう言うと懐にスケッチブックを収めた。大山はまだ渡された絵の署名を指でなぞりながら見ていた。 「ハーロックか・・・何処かで聞いたことのある名だ。いやむしろ懐かしさすら感じる。不思議だ」 「父の先祖は日本人と交流があったらしい。きっとどこかでお前の祖先と出会ってるかも知れないな。俺もお前と会うのが初めてでは無いような気がしてきた」 「うん、俺もだ。よし!ハーロック、こいつを宇宙に持っていくぞ。未来がこんな風になることを願ってな」 二人は微笑み合い、そして両手で固い握手を交わした。生まれも環境も境遇も違う二人が『宇宙』という言葉の元におおきな共通点を感じ始めた瞬間だった。しかし・・・一瞬にしてハーロックの表情が厳しい物に変わった。かすかな低いエンジン音が上空に聞こえたのだ。『金狼』の耳はそのエンジン音で機種を特定する。 「爆撃機だ!・・・伏せろ!」 突然二人のはるか後方で爆発音が響いた。爆風に飛ばされる大山に覆い被さる『金狼』は、転がった勢いで鉛筆が腕に刺さっていた。 「ハーロック!腕から血が・・・」 「敏郎、この岩陰から離れるな。動いたら攻撃されるぞ。じっとしていれば誰も殺しはしない。絶対に動くな!」 『金狼』は爆風の影響を受けたものの、無事だった馬をなだめると手綱を結んでおいた岩から外してまたがった。そして腕に刺さった鉛筆を抜き取ると大山にそれを放る。先端の芯が折れた代わりに肉片が付いていた。 「もう使い物にならん。お前にやる。・・・少しの間だったが楽しかった。宇宙へ行くまでにそのメガネ・・・直しておけよ」 「前線に戻るのか?」 馬にまたがった『金狼』は歯で破りとった布の一片で腕の止血をしてから手綱を思い切り引くと馬がいななく。 「敏郎!DNAの旅の一つ一つの積みかなさりによって、いつか我々の子孫が我々の希望や夢を爆発させるときが来る。俺はそう信じたい」 「俺だってそう信じている。だから人類は絶滅してはいけないんだ・・・。ハーロック、お前も俺とおなじ気持ちならなぜ戦いに行く!」 寂しげな笑顔を大山に送ると、片手に機関銃を構えて馬を走らせた。 「今の俺の生きる道はこれしかないんだよ・・・もう後戻りはできない・・・。さらばだ!敏郎!」 「死ぬな!ハーロック!絶対に死ぬなよー!」 大山の叫び声が荒涼としたアイボリーの砂漠にこだました。爆撃はとことんまで繰り返され、ついに市街地での戦車と兵士による攻防が始まったのだった。もうすぐこの戦争は終わる。追い込みをかけた最後の戦いに『金狼』は飲み込まれていった---- あれからどれほど時が経ったろうか。エメラルダスはベッドに横たわるD・ハーロックの腕がかすかに動いたのに目を覚まし、その手を握って顔を覗き込んだ。どっと汗ばんだ額に皺が寄り、うなされているように見える。 「もし・・・」 エメラルダスの問いかけで突然血圧が上がったのだろう、カッと目を開いて目前の彼女の顔を凝視した。驚いた勢いでエメラルダスをはね除けると上体を起こして辺りをきょろきょろと見渡す。 「ここは何処なんだ」 「ここは私の船。私は自由貿易人エメラルダス。輸送船がこの星に墜落していくところを見かけたので、後を追って来たのです。輸送船が不時着したのを覚えていないのですか?」 声の聞こえた方を見ると、D・ハーロックには今まで会ったことのない厳しい目つきをした美女、エメラルダスが立っていた。彼の寝ていた部屋は古風な彫刻があしらわれた家具が置かれ、やけに薄暗く、ベッド脇のサイドテーブルに置かれたステンドグラスの傘が付いたランプだけが灯っていた。 D・ハーロックの脳内に勢いよく血液が流れ込んだかのように、つい先日の記憶がどっと蘇ってきた。 「他の連中は?みんな無事だったのか?」 「数名は諦めるしかありませんでした・・・ですが、助かる見込みのある者は全て助け出して、この星の山賊が手当をしています・・・」 「俺と共に艦橋にいた男は・・・死んだのか?」 エメラルダスは寂しげに頷いた。自分にかかっていた毛布を悔しげに握って俯くハーロック。 「なぜ、俺だけここにいる?」 水差しからグラスに水を注いでいるエメラルダスはその言葉で動きが止まり、少しグラスから水が溢れてしまった。 |
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