第一章
5予感
煉瓦の星はまもなく一日を終え、それと共に山賊達も救出した民間人達の治療をようやく終えていた。手が空いた者達は松明を抱えて砦を降り、輸送船内で死んでいた者達の墓掘りを続けた。恐らく全員分の墓を立てるまでには動ける者達を総動員しても数日かかるだろう。デラモースは砦の岩がむき出しになっている彼の部屋で、松明の明かりだけがともされた原始時代のような空間には釣り合わない機械を使ってある船に信号を送っていた。特殊な暗号を持つこの信号は、全宇宙でたった一隻の戦艦にしか通用しない信号だが、それが届く範囲にその戦艦がいるかどうかまでは分からない。

「キャプテン、なんやデラモースはんから信号が入ってまっせ。あとちょっとで通信圏外や、今めっちゃ忙しいから無視してもいいんちゃうか?」
「気が変わったのかのかもしれん・・・いい、副長、つないでくれ」
デラモースの信号はその一隻の戦艦に届いていた。それも間もなく繋がらなくなるぎりぎりの距離だった。信号をキャッチした戦艦はこの宇宙の中でも最新鋭と言われる装備を施した巨大戦艦。深緑の艦体に所々古風な彫刻をあしらった模様を持ち、艦尾には帆船のごとくキャビンを持つ。人はそれをこう呼ぶ。大宇宙の若き獅子が乗る船『海賊船デスシャドウ号』と。
このデスシャドウ号の艦橋はそこだけでもかなりの人数を収容する広さをもつが、実際に行き来する者の人数は両手で余る程度だ。そして、この艦橋中央にブルーのコスチュームに身を包んで鎮座する、「キャプテン」と呼ばれる男こそ、宇宙にその名を知らしめんと航海を続ける海賊、キャプテン・ハーロックだった。
「デラモース。あまりに何もない星だったので嫌気が刺したか?」
[いいや、それは無い。楽しくやってるぜ。それよりハーロック、今日、銀河総督府の輸送船が攻撃されて、星に不時着したんだ]
爽やかな表情でモニターに映ったデラモースを見ていた彼の表情が一瞬にして厳しくなり、声のトーンも低くなった。
「それで?」
[民間人が取り残されたままでな、機械化人は残らずお陀仏だ、民間人の数人は諦めるしかなかったがほとんどが助かった。しかし、その輸送船を不時着させた男があんたによく似ててな]
キャプテン・ハーロックは怪訝な目つきでモニターを見つめながら腕を組んでいた。
[ちょっと立ち入ったことを聞くが・・・あんた、兄弟はいるか?]
「本当に立ち入った話だな。俺が知る限り兄弟はいないが・・・何が言いたい、簡潔に言ってくれ」
[いや、だから輸送船を不時着させた男があんたにそっくりで、・・・よく見りゃあんたよりは年を食ってるようだが・・・。名前が・・・えっと・・・ディーなんとか、ハーロック・・・かんとかテスとか言うヤツなんだ]
いよいよ話が分からなくなってきたため、眉間にしわを寄せたキャプテン・ハーロックは目を閉じてしまった。ため息こそでなかったが、デラモースはキャプテン・ハーロックを目の前にして、ほとんど歳の差はないにもかかわらず異常に緊張する質らしい。だが、キャプテン・ハーロックは山賊のくせに妙に生真面目で男気があり、きちんと約束を守るデラモースの事が気に入っている。
[す、すまねぇ・・・ただの情報だ。怒なんいでくれよ]
「デラモース、銀河総督府の輸送船を攻撃したのはどんな型の戦艦か分かるか?こういう言い方はしたくないが、輸送船が狙われることは良くある話だ・・・。俺からすれば許せない行為だが、さして珍しい事ではない。おもうに、銀河総督府か機械帝国に楯突く輩の仕業ではないか?」
[まぁな。俺もそう思う。だが、攻撃した戦艦はわからねぇ。俺が見たのは墜落してからだからな・・・でもエメラルダスとかいう自由貿易人の女が自分の船から見ていたそうだ。そう、あんたと同じ髑髏のマークをつけたヤツだった。えらく物騒な船を動かしてる]
「エメラルダス・・・?聞いたことがある名だな」
髑髏の印を掲げた戦艦はこの大フロンティアといわれる宇宙空間自由航行時代に入ってそう多くはなく、むしろ古くさいと言われている。この印をこよなく愛す彼にとって、同じ印を掲げている戦艦の存在はいささか気に入らない。だが、エメラルダスという名前をどこかで聞いたことがあり、どういうわけか彼は彼女の船に対してはすこしの苛立ちも感じなかった。
「その自由貿易人からはその戦艦の事を聞かなかったのか?」
[聞くも何も怪我人の救出やら治療やらでバタバタしてたしな・・・第一、俺はああいうキツイ女と話をするのは苦手だ・・・おっとここだけの話だがな]
お互いに苦笑した。
「キツイ女か・・・で?もう発ったのか?」
[まだいる。さっき言ったあんたのそっくりさんの治療をしてる。話すか?]
「・・・いや、・・・急ぎの用があるのでな、このまま航海を続けたい。通信はもうすぐ圏外だしな。同じ印を掲げているのであれば、いつかは出会うこともあるだろう」
[そうか。すまねぇな・・・足止めしちまって]
キャプテン・ハーロックは鼻で笑った。
「構わん。お前には大切な役目を頼んであるしな」
デラモースはノイズ混じりのモニター越しに頭をかいてばつが悪そうにしていた。
[星の再建には時間がかかりそうだが、がんばるさ。あんたとの約束だ]
「本当によかったのか?気が変わったらいつでも迎え入れるが・・・」
[いいんだ。俺は大地に足が着いてねぇと生きていけねぇ質だからな。妹もここが気に入ってるし]
モニターカメラはデラモースの隣で寝息を立てているラ・フロリーナを映し出した。
「ラ・フロリーナか。よろしく言っておいてくれ。それと、その輸送船を襲撃した戦艦については気になるからこちらでも調べてみる。だが、今はそれどころでなくてな」
[ああ、わかってるよ・・・航海の無事とあんたの夢の実現を祈ってるぜ]
「お前もな」
お互いに微笑み合うと通信を切った。
「どないするんや?キャプテン。もどってその輸送船を攻撃したやつってーの、襲撃するのんか?」
「いや・・・今戻ったところでこのデスシャドウ号の速さを持ってしても間に合わないだろう。強制労働施設行きの輸送船を狙ったのであれば、あの宙域をうろついているのだろうが・・・それでも探すだけ時間の無駄だ。それより鉱石の採掘を急ぎたい」
もう圏外に到達する。プラモデルの飛行機を指でつまみ上げながら副長がぼやいた。
「しっかし、デラモースはんも相変わらずやな〜。なんとかかんとかテス言うてもちっともわからへんちゅーねん」
「まぁそう言うな副長。ディーなんとかハーロックかんとかテスか・・・調べてみれば系図にでも載ってるかもしれん、もっともいい加減な系図だがな。それに何時の時代やら・・・」
副長と呼ばれる頭にバンダナを巻いた小太りの男はキャプテン・ハーロックの話を聞きながらもプラモデルを眺めるのに夢中のようだ。
「ほーでっか。ん?でも今おるんちゃうんかいな」
「そうだよ。だから気になるんだ。ひょっとしたら俺に兄弟がいるのかもしれないし・・・まったく俺と関係ないヤツかもしれない。宇宙は広い、同じ名前で似てるヤツなんて他にいたっておかしくは無いだろう」
「そうかもしれへんな〜。ブ〜ン!ダダダダダダ〜!」
「じゃぁな、後を頼む」
すこしあきれ気味の言葉を呟くと艦長室へと急いだ。膨大なデータベースを詰め込んだ彼の机でパネルを軽く叩くと三冊の古い本が出てきた。誇りまみれで今にもボロボロと崩れていきそうな分厚い本は、長く続く祖先から伝わる記録が書かれていた。それももう何度も書き換えられ、所々大幅に抜けて今に至るため、どこまで信憑性があるのかはキャプテン・ハーロック自体よく分からないようだったが、表紙の誇りをぱんぱんとはたくと一枚一枚剥ぐようにページをめくっていった。デラモースの言っていた『ディーなんとか、ハーロック・・・かんとかテス』という名のうち、「ディー」も「テス」もデータベースを探って出てきた三冊の本に幾つか見あたった。だが、『ハーロック』が中央に入った名前は一つしかなかった。正式には『アル・ディーバイン・ハーロック・モリエンテス』西暦2000年代初期のスペインにいた先祖で彼は中近東で消息を絶っている・・・ということが分かった。スペインでは母方の名字が父方の名字の後に来る。キャプテン・ハーロックの手元に残っている系図唯一のアラビア系の名を持つスペイン出身の名前だった。
「スペイン?無敵艦隊か!いや、あれは西暦2000年代初期じゃなかったな・・・?ん?2000年初期だと?ひょっとして・・・まさか・・・!」
一人、ぶつぶつ呟くと脇に置いてあったワインをグラスに注ぎながら、反対の手でバタンと本を閉じた。
「へ・・・ふぇっくしょん!・・・あ、あぁぁ!」
ほこりが舞ったために起きたくしゃみの勢いで身体が揺れ、ワインボトルがグラスを倒した結果、系図の本にかかってしまった様だった。まだ若く、片目も失われていない彼は、両目を見開いて大いに焦った。周りに誰もいなかったことが彼にとっての幸いだった。
キャプテン・ハーロックは細かい字の書かれた分厚い系図に目を通したのと、埃まみれになったことから目をこすりながら考えていた。考えたくもない話ではあった。噂でしか耳にしたことはなかったが、『D』の刻印を持つ者がどういう存在なのかは多少は知っていた。地球に愛想を尽かし、そして追放になった父でさえもそうであったように、彼も地球人の血を引く者として、決して地球が憎いわけではなかった。故郷であることに変わりはない。故にたとえどんなに太陽系を離れようと、地球の事を忘れたことはないし、いつも気にかけていた。それによってもたらされた情報は常に彼の心を苛立たせる物ばかりだったが、絶望的な地球において唯一の希望と言われる『特殊人材』の存在にまさか自分が関わってこようとは夢にも思わなかった。
深いため息が漏れた。まだ若い彼にやらねばならないことが山積みの中、一つ気がかりなことが増えてしまったせいだ。
「トチロー・・・お前なら分かるだろうか・・・?これが本当だとしたら・・・俺はどうしたらいい?為すべき事があるはずだ・・・教えてくれ」
彼は呟いたが、この部屋に彼以外の人物はいない。彼が生涯の真の友と呼ぶトチローはそこには居なかった。
二人の夢のために必要な鉱石や機械を手に入れるべく、お互い別行動を取るようになってしばらく経つ。時として大宇宙での「しばらく」とは短くもあり・・・そして永遠にさえ思えるときがある。今のキャプテン・ハーロックにとっては後者の方かもしれない。何とも言えない妙な予感が彼にのしかかり、そのために何度も何度も目の前の系図のページに目を通していた。其処に書かれていることが1000年以上前の事であるため、どこまで信憑性があるかも分からず、そして書かれている情報も無いに等しいが、それでも彼の心に湧いて広がる予感は一向にぬぐい去ることができずにいるのだった。
ピピ!彼の腕に巻かれた通信装置がなると聞き慣れた訛の声が聞こえた。
【キャプテン・・・忙しいんか?】
「いや・・・大丈夫だ、どうした?」
【べつにどうってことあらしまへんがな。ただ、ちょっと気になっただけやさかい。大丈夫ならべつにええんや】
キャプテン・ハーロックは苦笑した。特になんの連絡も入れていないし彼が自室に長時間こもることは珍しいことではない。だが、このとき副長は何かを感じたのかもしれない。普段からプラモデルに熱中して他に目もくれないような彼が、このデスシャドウ号で副長を務める理由は単に戦闘技術が優れているだけではないらしい。
「もうすぐそっちに戻る。レーダーに異常がなければ好きにしてて構わないよ」
【ほなワイはプラモ作るさかいにな】
「ああ、わかった」
通信を切ると机に残ったワインを一気に飲み干して立ち上がった。予感をぬぐい去れなくても、動くべき時はいずれ訪れるだろう。そう自分に言い聞かせて部屋を出た。彼の心の声は、かならず真友に届いているだろう・・・。
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