第一章
4驚愕
輸送船の内部は有毒ガスも火災もほとんどなくなってはいたが、電気系統がすべてダウンしているために、日陰の一つもないような外とは対照的に、艦内は何百年も前に忘れさられた廃墟の様にも見えた。至る所に機械の破片や死体が転がり、正体不明の船からの攻撃を受けたときの悲惨さを物語る。デラモース達が生存者を捜している一等・二等客室だったと思われる場所を抜け、エメラルダスが向かったのはブリッジだった。半開きになったブリッジの入り口を抜け、数体の機械化人の死体に躓きそうになりながら足を進めると、血まみれの操舵席が目に入った。辺りはショートしている機械化人ばかりだったために、一際その血まみれの操舵席が目立っていた。まだ新しい血痕がブリッジの端に向かって続いているのに気づき、その痕をたどると二人の男が折り重なるように倒れていた。おそらくは下で仰向けになって倒れている男は、不時着したことの安心からだろうか、顔に笑みをたたえたまま死んでいた。そして、その上にうつぶせに倒れている男は、ピクリとも動きはしないが、彼女の勘でその男がまだ生きていることが分かった。
「・・・もし・・・あなた・・・」
エメラルダスが男の肩に触れた。
「グアァァァァ!」
野獣の様な雄叫びと共に男は飛び起きてエメラルダスに襲いかかった。鮮血にまみれた男の顔に憎悪に満ちた瞳が輝く。それは、エメラルダスが今までに見たこともない、とてつもなく激しい輝きにも見えた。
突然の出来事に不意をつかれたエメラルダスは、サーベルに手が掛からず、そのまま床に倒され、首を絞められたために声さえ出い。男の顔から血が流れ、彼女の頬にぽたぽたと垂れる。息苦しさからエメラルダスの顔がゆがんだ。彼の力はその体型からは想像できないほど強い。
「エメラルダス!」
意識が遠のく寸前の彼女の耳に、ついさっき聞いたばかりのデラモースの声が飛び込む。
常に彼女が纏っている、警戒心という見えない鎧が今自分の首を絞めている男にとって殺気にすら感じられたのだろうとエメラルダスは思っていた。もしそうなのだとしたら彼はよほど戦うことに精通している者=戦士の筈だ。彼女の心の中に幾ばくかの不安がよぎったのは無理もない。しかし、彼女は心の中で叫んだ。
(デラモース!撃ってはいけない!)
だがデラモースはすでにトリガーを弾いていた。エメラルダスの首を絞めていた男の身体が仰け反り、中を舞って壁に身体を打ちつけた。
「危ねぇところだったな」
「なぜ撃ったのです!彼はこの船を・・・」
デラモースの手に握られていたのは衝撃銃だった。見れば男はぐったりとブリッジの壁に寄りかかるようにして気を失っているだけで、死んではいない。
「大丈夫か?あんた」
「心配には及びません。・・・服装を見る限り、彼は軍人の様だけど、この船の乗務員ではなさそうですね。恐らくそちらで死んでいる者も。いきなり襲いかかられて驚きましたが、気が動転していたのでしょう・・・」
だが、デラモースに彼女の言葉は届いていないようだった。呆然と彼は気を失っている男を覗き込んでいた。
「・・・キャプテン・ハーロック・・・なぜこんなところに?・・・ついこの間会ったばかりじゃねぇか・・・それともこいつは・・・ただ似ているだけなのか?」
ボロボロになった濃紺の軍服を剥ぐとその内側に『ディーバイン・ハーロック・モリエンテス』と名前が刺繍されている。エメラルダスもデラモースに近づいて倒れている男を覗き込むと息をのんだ。彼女の目には、剥がされた軍服の向こうの胸肌に痛々しく刻まれた×印の火傷痕、その向こうにうっすらと浮かび上がる『D』の文字。しかし、デラモースにはただの傷にしか見えていなかった。
「いや、こいつはキャプテン・ハーロックじゃねぇ・・・ハーロックには違いねぇみたいだがな。似てはいるが別人だ。だいいち胸にこんなどでかい傷なんか無かったしな。・・・なんてこった。兄弟か?いやぁそんなこたぁねぇ・・・じゃぁなんなんだ?」
ぶつぶつ呟きながらデラモースが立ち上がると顔色の悪いエメラルダスが間近に立っていたので驚いた。
「ホントに大丈夫か?あんた」
「彼を私の船に連れて行きます。特別な治療が必要のようですから」
エメラルダスはすぐさまD・ハーロックの軍服の胸元を閉じ、さらに彼の身体を自分のマントですっぽり巻いた。身体の線がくっきりと浮かび上がった彼女の姿に思わずデラモースの口からはよだれが垂れそうだったが、厳しい面もちで振り返った彼女の顔をみて正気にもどる。
「わ、わかった・・・手伝おう」
「それと・・・この船で死んでいった者達と・・・命を懸けてこの船を不時着させようとしたあの者の墓を・・・」
「ああ。もとよりそのつもりだ」
エメラルダスは微笑んだ。デラモースはD・ハーロックを抱えてエメラルダスが案内する方へと向かった。輸送船が墜落して砂塵が舞い続けていたために気づかなかったが、彼女の乗る巨大な飛行船型戦艦、クイーンエメラルダス号はすぐ近くの上空に停泊していた。そのあまりの巨大さと不気味さにデラモースはちびりそうにすらなり、さらにそれを悠然と降下させるエメラルダスを、以前会ったキャプテン・ハーロックに劣らぬ強さを持つ戦士だと思った。
「クイーンエメラルダス号・・・私の船。私自身です。救助した者を充分にまかなえる食料を積んでいます。お好きなだけ持っていってくれて構いません」
「そ・・・そうだな・・・遠慮なくそうさせて貰う。なにはともあれ、食料がねぇと生きて行けねぇからな・・・」
飛行船型の艦底につるされたゴンドラ船のハッチが開くころにはもうデラモースの周囲は闇に包まれ、ほのかに点滅する艦底のライトが満天に輝く星にすら感じられた。
「しっかしすげぇ戦艦だな」
「戦艦と言うにはまだ不備がおおいのです。これでも。よほどの手練れでなければこの船の修理はできないでしょう・・・あなた・・・戦艦についての知識はお持ちですか?」
デラモースは勢いよく頭を左右に振った。
「とんでもねぇ。俺は戦艦ってものに乗ったのはこの星に来るときが初めてだったんだ・・・。陸上に生きてる俺からすれば、おっかなくって触りたくもねぇよ。銃とかミサイルなんてのはだいたい分かるが船・・・しかも戦艦なんてとてもとても」
「そう・・・ですか」
うろたえるデラモースはそんな姿をみてエメラルダスが笑うと思ったが、彼女は一転して残念そうな面もちで頷いただけだった。デラモースは足を踏み入れたクイーンエメラルダス号の内部の巨大かつ緻密な作りを見てさらに驚愕したが、整然とした中に美しい造形の家具や装飾が施され、整理整頓の行き届いた様に彼女のこの船に対する深い愛情を感じていた。詳しいことは分からないが、おおかたトラブルに手を焼いているのかもしれない。深い愛情があるが故に、それを何とかできない残念さ無念さがデラモースを案内するエメラルダスの背中からにじみ出ているようだった。

デラモースは持てるだけの食料を呼び寄せたトラックに積んで船を後にした。ちょっとやそっとのことで驚く彼ではなかったが、よほど気味が悪かったと見えて、慌てて砦に帰っていった。彼らが出ていったのを見計からって、エメラルダスはクイーンエメラルダス号の艦底つるされたゴンドラ船を空洞になっている艦内へと収容し、完全に停泊する事に決めたようだった。
[彼は・・・彼の内にあるあらゆるネガティヴな感情と、本来あるべき彼の精神との闘いに疲れ、心は虚無となってしまっている。彼はとても混乱している]
エメラルダスの愛艦であり、彼女自身でもある戦艦クイーンエメラルダス号はいつ誰の手によって建造されたかを知る者のいない、精神生命を持った戦艦だ。戦艦自身の意識を持ってして乗る人間を判断し、戦艦自身の判断で、この船はエメラルダスの持ち物となった。外見は古い帆船を艦底に下げた飛行船型の戦艦で、その武器装備自体はエメラルダスが思うに、宇宙の大海原を戦い抜くにはまだ不足が多い。だが、クイーンエメラルダス号は言う、いつかこの船を完全にしてくれる者が現れるのだと。
「『D』の刻印を持つもの・・・私が知る限りでは、この宇宙で最も哀れな存在と聞いています」
[刻印の意味は貴方が調べている通りの筈。この宇宙であの刻印を刻まれた者は今は彼しかいない・・・。安全地帯へと逃れた人々とは異なる存在です・・・機械帝国にとっての危険な存在・・・]
「それでは・・・あの輸送船を攻撃したのは彼を殺すためだったということなのですか?」
[分かりません。彼の固く閉ざした心を私が知ることはできないのです・・・。古くは、あの刻印を刻まれた者達の中には・・・真実に耐えきれず、自ら命を絶とうとしました。しかし・・・それ自体うまくいかず、結局は誰かにそれを委ねて死した者もいたかもしれません。ゆえにこの宇宙で最も哀れな存在なのです。ただし、輸送船が攻撃された理由・・・それが機械帝国だと断言することはできない・・・ただ・・・言えることは、彼は危険な人物・・・そして彼はまだ生きている]
エメラルダスは戦艦艦橋にあたる、クイーンエメラルダス号艦首の、古い彫刻のされた大きな椅子から立ち上がった。
「クイーンエメラルダス号、あなたなら、あの男のについて何か知っているのではないですか?はるか古来から宇宙を見続けてきた貴方なら・・・」
しかし、クイーンエメラルダス号は何も語ることはなかった。ただ、悲しみに打ち震えているようにエメラルダスは感じた。それを感じ取ったエメラルダスもまた、何も語らずにその場を去っていった。

デラモースの助けでクイーンエメラルダス号に連れてこられたD・ハーロックはゲストルームのベッドへと寝かされ、泥のように眠っていた。ベッドに横たわる彼の身体は、連れてきたときに比べると驚くべき速さで回復しているように見える。胸の火傷もほとんど薄くなり、余計に刻印が浮かび上がってすら見えた。細かい傷は全てふさがり、残っているのは不時着の衝突で操舵席に打ち付けたためについた顔の傷。ガラスの破片が骨まで刺さっていたために左右の頬から顎までの大きな傷跡になっている。それでも深い眠りについているようだった。
「まるで・・・死んでしまったかのように静か・・・」
そう呟いてD・ハーロックの漆黒の髪を撫でた。右頭部が分厚い手ぬぐいのような物でぐるぐる巻きにされているために安定感が無く、仕方なく彼の頭を持ち上げるとゆっくり手ぬぐいの結び目を解いてゆっくりと外していった。彼女の膝に乗ったD・ハーロックの頭の重さがじわじわと彼女の心に染み渡る。男をこうして介抱したのは初めてではないが、これほどまでに安らかな気持ちでいるのは本人としても不思議だった。指に絡まる髪に、久方ぶりの人間の感触を覚え、その手を手ぬぐいの取れた左目にかかる前髪へと滑らせて掻き上げた。
「!」
慌てて彼の前髪を元に戻す・・・。ぽっかりと陥没した瞼。その向こうの眼窩に眼球が存在していないことがすぐに解った。
「貴方は・・・こんな思いまでして・・・」
エメラルダスの瞳が潤んだ。D・ハーロックの頸動脈を流れる血は確実に脈を打っているのがエメラルダスには感じ取れた。グローブをはめていても尚、強く伝わってきている。彼女は思った。物言わずに彼女の指に伝わる血潮は、激しく、生きていくことを訴えているのだと。もし、自分自身を悲観して自らの命を絶とうとしたならば、やはりクイーンエメラルダス号の言ったように、彼は何者かによって死のうとしていたのだろうか・・・?彼女にはとてもそうには思えない。膝に抱いた彼の頭や顔を一通り撫でてから、その手を、余分なものが一切付いていない、たくましい彼の胸板に深く刻まれた『D』の刻印へと滑らした。

このクイーンエメラルダス号にエメラルダス以外の人物が乗ったのは初めてではなかった。今までもこういう形で彼女は、男女問わず傷や病気で倒れた者を介抱してきた。しかし・・・ここまで彼女の心を激しく揺さぶる事はなかった。エメラルダスは、彼の胸に刻まれた刻印の意味の全てを知っているわけではなかったが、特殊な存在であることは間違いなく、そしてそれはこのクイーンエメラルダス号でほんの一時でも彼女と時を共にした過去の男達とは全く違う存在であることもまた、確かだった。それが余計に彼女の気持ちの中に、いまだかつて感じたことのない“特別な”ものを産んだ。それに気づいたのだろうか・・・エメラルダスは突然我に返ったようにハーロックの頭を枕に戻し、自分はベッド脇にある椅子に座って胸元を押さえた。
[この者は・・・・貴方が探している者とは違うのですよ・・・エメラルダス。なぜ動揺するのですか?それは、この者に対する同情に過ぎません・・・それを・・・愛情とはき違えてはいけない]
「分かっています・・・クイーンエメラルダス号・・・分かっています・・・」
寂しい女だった。宇宙の海は広い・・・そして彼女の傍に常に存在しているのは彼女の船であるクイーンエメラルダス号であり、その意志のみに過ぎない。エメラルダスは時として人の温もりを求め、そして一人の人間として語り合える者を求めてしまう。揺るぎない信念と彼女に科された運命の元、たとえ孤独であっても旅を続けなければならない・・・それでも、ただひたすらに戦う女であっても・・・時には抱きしめられたいと思うこともある。それが人間なのだ。D・ハーロックの出現は、彼女が自分で自分の肩を抱きしめ、目を閉じて、じっとその孤独と戦い、いつしか孤独という平安を産むようになった矢先の出来事だった。
しばらくして、彼女も少しうつらうつらとしてきた。ここのところのマシントラブルに手を焼いて、ろくに休んでいなかったからだ。そのままベッドに突っ伏して寝てしまった。


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