第一章
3騒乱
銀河総督府輸送船が間もなく銀河系を出ようとしていた。それは移民船を兼ねた、戦闘装備もないそまつな旧型の船で、装甲板は薄く、所々さび付いている。
それでも船内は一等客室、二等客室が備えられ、それ以下の客室は船底の貨物室がその代わりを成していた。当然のごとく一等客室は機械化人が、二等客室は金のない機械化人や機械化を希望するヒューマノイドなどがごったかえし、貨物室では輸送物資とともに銀河系外の惑星開拓のための強制労働施設へと連れて行かれる老若男女が肩を寄せ合って座っていた。D・ハーロック・・・彼もその中の一人として、見たこともない虫が時より身体に這い上がってくるようなこの貨物室の窓際にもたれかかっていた。あれから随分長い時が経ったように思えるが、彼のの胸と瞳は今でもうずく。そして眼球をもぎ取られた左目にはまだ分厚い包帯が巻かれたままだった。長い眠りから覚めたD・ハーロックはちらと窓の向こうに悠然と広がる星々を見た。一つの星が激しく瞬いているように見えるが、彼にはそれが美しくも醜くも思えず、また目を閉じた。
「まだ・・・まだ生きているのか・・・俺は」
輸送船に連行されて以来、思考というものが無い様に思えた彼にとってようやく口をついて出た言葉だ。傷の痛みも空腹にももう慣れていたが、寝過ぎで気分が朦朧としてしまうのは今までにない経験だった。ふと自分に向けられた視線を感じる。こういった感覚ももう長いこと気にとめてはいなかった。まだ、視線は強く感じられ、仕方なしにそちらを向くと、かっぷくのいい角刈りの男がじっとD・ハーロックを見ている。その時だった。
ズガァァァン!
急に輸送船が激しく揺れ、貨物室の積み荷が崩れ落ちた。周囲にいた数人はその下敷きとなり、即死した者も少なくない。積み荷の箱が壊れて食料らしきものがあたりにぶちまかれたが、空腹に飢えた者でさえそれよりも今起きた緊急事態にあわてふためいている。けたたましい警報が鳴り、なおも船は大きく揺れた。
「艦長!正体不明の物体よりの砲撃です!レーダー反応はありません!」
[機関室被弾!うわぁぁ!]
「お、俺は死にたくねぇ!!!」
ブリッジでも悲鳴はとどろき、パニック状態に陥った。
「一等、二等客室の機械化人を避難艇へと誘導しろ!我々も急げ!この船はもうだめだ・・・乗り捨てる・・・」
「艦長!貨物室はどうするんですか!」
「ドアをロックせよ!この船は輸送船だ。避難艇とて限りがある!」
「し、しかし!」
「強制労働施設行きの連中など何処で死んでも同じだ!」
心ある者達はこの卑劣な艦長の言いぐさに反論したが、その場で命を落とす羽目となった。
崩れた積み荷から這い出たD・ハーロックは荷物が無くなったせいで見通しの良くなった窓に人々が押し寄せている、その隙間から外を見た。旧型ながらステルス機能を装備した戦艦が次第に姿を現し始めたところに、誰かが叫んだ。
「海賊だ!海賊がこの船を攻撃してる!やっぱり宇宙に海賊がいる噂は本当だったんだ!」
目前に姿を現した黒い艦体に大きな白い髑髏の印が描かれた戦艦がこちらに向けていたぶるような砲撃をくわえている様にだれもがぞっとしている。主砲をくらえば一巻の終わり・・・ついに、来るべき時が来た・・・そうD・ハーロックが思った瞬間、ドアの方ではべつの騒ぎが起きていた。
「ドアが開かねぇ!誰か!誰か助けてくれ!俺らを見捨てる気か!」
見れば脱出艇が輸送船から一機また一機と飛び立っていく。しかしそれすらも戦艦の餌食となって宇宙の塵と化した。呆然とそれを見つめるD・ハーロックはやがて戦艦が宇宙の闇に消えていく様をただただ立ちつくして見ているしかなかった。おかしな事に、とどめを刺さずに黒い海賊船はまた宇宙の闇へと消えていってしまったが、大きく進路を外れた輸送船は艦内の火災とブリッジの退去によってバランスを失い、徐々に近くの惑星へと引き付けられているようだった。
「オイ!あんた!」
D・ハーロックに声をかけたのは先ほど彼をじっと見つめていたかっぷくのいい男だった。
「オイ!聞こえてるのか!あんた軍人だろう?え?」
胸ぐらを掴んで正面を向かせたこの男、ハーロックには何処かで会ったような気がしていた。
「あんた、覚えていないかもしれねぇが、俺はあんたを覚えている。忘れもしねぇ、冥王星で・・・」
「空間騎兵隊・・・?」
「そうだ・・・挨拶している時間はねぇ、このままだとあの星に衝突しちまう・・・なんとかしてくれ!」
D・ハーロックは眉間にしわを寄せながら男の腕を胸から放した。
「何とかしろだと?いったい俺に何ができる・・・」
「バカヤロウ!てめぇ軍人ならこんなボロ船動かせるだろう!助かりたくねぇのか!」
男の一喝をくらってD・ハーロックはドアの方を見ると、力のある男達がドアに向かって体当たりを加えている。此処には武器はない。当然所持している者もいない。片隅では女子供が肩を寄せ合って震えている。強制労働施設に送られるだけあってまだ体力が残っている者達ばかりだったのが幸いだった。最後の追い打ちをこのかっぷくのいい男が加えるとドアは破られた。
「何ぼーっと突っ立てやがる!」
D・ハーロックは何も答えず、代わりに男がパンチをお見舞いし、さらに腕を捕まれてドア付近まで引きずられていく。けたたましい非常ベルの音が鳴り響く廊下は既に煙が立ちこめていた。
「あんた俺に言ったことを忘れたのか!前線に取り残されて自決を覚悟した空間騎兵隊にあんた言ったろう!死ぬ勇気があるなら生きろ、生きていつかまた人類の希望のために戦えって!わざわざ命令に背いてまで俺達を命がけで助けに来てくれたあんたのこの言葉を、今の今までずっと忘れずに屈辱に耐えて生きてきたんだぞ!オイッ!しっかりしてくれぇ!」
D・ハーロックは思い出していた。銀河総督府が機械帝国に降伏し、各惑星基地の破壊を命ぜられたと知ったとき、冥王星に取り残された空間騎兵隊を救出に向かった時のことを。その時すでに自分はこうなることをある程度は承知していた筈だ。たとえこうなろうとも、人類のために戦い続けた彼らを見捨てることなどできなかった。
「俺も手伝う。頼む、不時着させてくれ!艦長さんよ!」
男の必死の訴えに、D・ハーロックの脳裏に冥王星での一件が浮かび上がり、瞳が徐々に輝きを帯びてきた。彼は大戦以来、時々自分ではコントロールできない感情が沸き上がることがある。体中がそれを訴えるのだ。なぜそうなるのかは自分でも良くは解らないが、おそらくは軍において人工的に植え付けられた精神と、人間としてもともと彼が有すべき精神との大きな違いによる物だろう。これが、リッケンバウアーの言っていた「人格」なのだ。地球防衛軍は機械帝国に立ち向かうための楯として彼をどんな状況でも生き抜く軍人にした。しかし、さらに彼の中ではそこに鋼の如き意志を秘めた人格を目覚めようとしていいたのだった。機械化人の手を焼くのはこのような強い意志を持つDNAを有する物に他ならない。
D・ハーロックは叫んだ。
「生きたいと思う者は船の上部後方へと移動しろ!なるべく安全な場所まで避難するんだ!」
ブリッジまでの道のりは長かった。道すがら起きる爆発や有毒ガスの流出に度々足止めを喰らい、それでも二人はブリッジへ向かった。男は常にハーロックを庇うようにしながら先に急がせ、二人が到達したときにはすでにくすんだ紅色の惑星が目前まで迫っていたときだった。故意に殺された数人の船乗り達が床に転がっている他は、このブリッジには誰もいなかった。
「俺達は完全に見捨てられたって訳か・・・くそ、出力がどんどん落ちてやがるぜ」
「機関部がやられたんだ、もう引力圏に入る。・・・いいか、垂直メーターの数値を読みとってくれ。何とか艦首を持ち上げて胴体着陸できるようやってみる」
「数字くらいは俺にも読めらぁな!」
男はD・ハーロックを庇ったために受けた傷など物ともせずに笑いかけた。D・ハーロックもうっすらと笑みを浮かべるとパネルが粉々になっている操舵席に腰掛けた。動かせる限りのパネルを叩き、緊急着陸用のレバーを握る。大気圏に突入してすぐに甲板に大きな火災が起きた。輸送船は黒鉛を上げたまま、赤砂渦巻く大地へと降下する。わずかな出力を利用して逆噴射を起こし、一気に砂塵を巻き上げて胴体を大地へと打ち付けた。そのまま滑りながらやがて艦首を荒野にめり込ませるようにして止まる。舞い上がった真っ赤な砂が輸送船に降りかかったおかげで外部の火災は鎮火し、勇気を出して上へと避難した者達はなんとか生きていた。貨物室に残った者がいたとしたら、それは諦めるしかない。

輸送船が不時着したこの惑星を、人は「煉瓦の星」と呼んだ。度重なる開発によって水資源を失い、今は赤砂が広がる荒野以外に何もない小さな惑星。かつては水見恵まれた美しい星だったが、銀河系の境に位置した為に軍の駐屯地として使われ、度重なる戦いの末に資源を使い果たして荒野となったなれの果て。そこに再び人が住み始めたのはついこの間の事だった。
「ボス!ボス!てぇへんですっ!」
唯一わずかな湿地帯となる場所にアガディール山と名付けられた岩山がある。蟻の巣の如く入り組んだ岩山の内部を利用して、そこに砦を築いた若き者達。彼らは自らのことを山賊だと言う。ボスと呼ばれた筋骨隆々の大男が部下の叫び声を聞いて砦の上部に姿を現した。『お頭』と呼ばれるにはまだ若く、そのために仲間内には『ボス』と呼ばせているらしい。
「どうした!何なんだいまの地震は」
「銀河総督府の輸送船が墜落したんでさ」
双眼鏡を私ながら部下が伝えた。双眼鏡の向こうに映し出された輸送船は、わずかな黒煙を上げたまま、それ以上動くことはなかった。ぶっとい眉毛を逆ハの字にして目前の情景を食い入るように見つめていた。
「ひどく攻撃を受けたようだな。どこのどいつだ・・・ったく」
舌打ちする『ボス』の足下で幼い妹がぴょんぴょん跳ねて双眼鏡に両手を伸ばしている。
「ラ・フロリーナ!お前は危ねぇからあっち行ってろ!」
「嫌よ、見せて!おにーちゃん、見せて!お船が見たい!」
ぷーと頬を膨らます妹にあきれ顔で双眼鏡を渡すと抱き上げて外の様子を見せた。
「ねぇ、人が出てきたよ。ケガしてるの、かわいそう」
「何?」
「ボス!民間人です!」
「何で民間人が輸送船に乗ってるんだ!」
妹の双眼鏡を奪い取ると再度覗いた。輸送船から傷ついた民間人達が一人また一人と出てきてはよろけながらも船から離れようと走り出しているのが見えた。
「オイ、本当に民間人なら放って置くわけにはいかねぇ。救助だ!」
「ヘイ!」
山賊達はそれほど多くはなかったが、おのおの武器と薬をもって砦を降りた。一番後ろをラ・フロリーナが走ってついていく。道なき岩道を器用に走り、湿地帯を抜けると輸送船が墜落したせいで真っ赤な砂塵が巻き上がっていて天まで赤い。だが、彼女はその赤い空の向こうに一瞬おおきな影が通過したのに気づいた。
数台のトラックに乗り込み、輸送船に向かう山賊達。ボロ布で顔を覆ってはいるが、細かい赤砂は容赦なく、時折咳き込む者もいる。まだ彼らがこの星に到着してさほど経っていないため、この星の気候に慣れるまではしばらくかかりそうだ。
「いたぞ!やっぱり民間人だ!」
「てめぇら!一人残らず命ある者をこのトラックの周辺に集めろ!薬はあるか!」
「ヘイ!」
「よし・・・このぶんじゃ貨物室はぶっつぶれてるな・・・なんか食料でも見つけられりゃ良いんだが」
部下の数人が武器を抱えて集まった。
「入ってみやすか?中に機械化人がいるかもしれねぇから、武器の準備はしてありやすぜ」
『ボス』は頷いた。長い髪を束ねたヒモを締め直し、顔に巻いたボロ切れを頭に巻くとショットガンと衝撃銃を受け取った。見上げるとかなり大型の輸送船だったが、そのあまりの様に声が出ず、困惑顔のまま歩き出した。
一方、ラ・フロリーナはといえば、トラックから降りてすたすたと輸送船に近づいていた。宇宙船を見るのは初めてではないが、彼女は大きな船に特別な思い入れが有るようだった。何か、もしくは誰かを捜しているかのように、輸送船に開いた大きな穴を覗き込もうとした時だった。
「およしなさい。貴方のような子供が入っては危険ですよ」
厳しい女性の声にビクッとして振り向いた。ラ・フロリーナの前に立っていたのは黒いフード付きマントを羽織った美しい女性だった。腰には重力サーベルを下げ、ボディラインをくっきりと浮かび上がらせた朱のコスチューム、その腹の部分にはラ・フロリーナが探している、あるマークがプリントされていた。じっと厳しい眼差しで見つめているその女性に臆することなくラ・フロリーナは近づこうとした。
「コラ!ラ・フロリーナ!何やってんだっ。トラックの中にいろ!ケガするぞ」
砂塵の中から姿を現した兄に驚いて足が止まった。女はちらと姿を現した山賊達を見やる。
「あなたの子供ですか?幼い子をほったらかしにするとは軽率だわ」
「妹だ。だれだあんた?この船の人間か?・・・機械化人じゃ無さそうだが・・・」
女はフードを取りながら話した。
「この輸送船が攻撃を受けて、墜落するのを見かけたので後を追ってきただけです。機械化人は全て退去したようだけど。私の船からでは、内部は微弱なヒューマノイドの反応しか確認していないません。あなたは?」
「けっ、船乗りか。俺はデラモース。この星の住人だ。とりあえずな。まだ中に民間人が取り残されてるかもしれねぇから俺達は救出にむかう。見物なら邪魔だからあっち行っててくれねぇか?」
女はデラモースと名乗った自分とさほど歳の変わらぬ、山賊の若い『ボス』が、ただの山賊ではないと思えた。最近ではあまり見かけることの無くなった『心ある者』・・・たとえ赤の他人だとしても、命を大切にしようとする者・・・そしてそのそぶりからして勇敢な男だと。
「おにーちゃん、この女の人、ハーロックとおんなじ模様のお洋服きてるよ」
「あぁ?キャプテン・ハーロックと?」
ラ・フロリーナが小さな指で女のコスチュームの腹の部分を指した。デラモースの表情が硬くなった。
「おめーさん、海賊か?」
「私はエメラルダス。ただの自由貿易人・・・」
「まぁイイ。こんなところでくっちゃべってる場合じゃねぇ」
海賊も貿易人もどっちでもたいして変わらねぇが・・・といった目つきでエメラルダスと名乗った女を見るとすぐさま仲間に「中へ入る」の指示を送って船へ乗り込んでいった。
「おねーちゃん、キャプテン・ハーロックとお友達なの?」
「・・・キャプテン・ハーロック?さぁ・・・名前は聞いたことがあるけど・・・会った事はないわ。いいえ、きっとずっと昔に逢った事があったかも知れないけど・・・よく覚えていないの。あなたおいくつ?」
「あたち・・・5歳位だっておにーちゃんが言ってた。よくわかんない」
エメラルダスは自分を見て恐れることなく近づいてきた幼い彼女が気に入った。彼女の兄であるデラモースも今まで数々の星で見てきた、エメラルダスが思うところの「おろか者」とは全く違う人種であると思った。そしてキャプテン・ハーロックを知っていると言う者は、たいていがこういう根性の座った者達らしいことも分かった。
「ラ・フロリーナ・・・といったわね。ケガをしている人達を介抱してあげなさい。私は中に入るから・・・良いわね」
「うん」
ラ・フロリーナは頷くとトラックの有る方へと走っていった。
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