第一章
2退廃
D・ハーロックが目を覚ましたとき、彼は薄暗い病室にいた。恐らくそのまま放っておけばもっと眠ってしまっていたかもしれないが、彼が目を覚ましたのは彼を治療している器具の音があまりに甲高く響いたせいだった。粗末な病室にはピンセットや皿、レーザーメスとちょっとした薬しか無く、治療ロボット等というものは既にさび付いて動いてはいなかった。ベッドから半身を起こした彼は、自分の左目に大きな手ぬぐいのようなものが巻かれていた事に気づく。そして眼球をもぎ取られた事を思い出し、震える片手でその手ぬぐいを触れた。ベッドの脇に立つ白衣の男は血まみれの手をふき取りながらそんなD・ハーロックの仕草をじっと見つめていた。明らかに白衣の男は機械化人。それもグレードとしてはかなり下位に位置する「簡易的処置」の機械化人のため、顔には大きなメーター以外顔の部品らしい物もなく、さほど良い部品でもなさそうだった。そんな彼は見てくれからは見当もつかないほど、優しく落ち着いた声でD・ハーロックに話しかけてきた。
「私はリッケンバウアー。ここは私の治療院だが、銀河総督府に君を引き渡し、もうすぐ強制労働施設に向けて出航する輸送船に乗せるよう言われている。その前に話ができて良かった・・・私の声が聞こえるかね?」
「ああ。貴方は医者・・・か?」
「見ての通りだ・・・もっとも機械化の進んでいる昨今、人間を治療する施設は此処しかない。片目がないのは不自由だろうが、痛みの無いように処置してある」
そういうと、D・ハーロックにより近づき、ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けると静かに、さも耳打ちするように話した。
「君は明日、集められた強制労働施設行きの者達と共に地球を離れる。あそこは地獄だ、皆、使い捨ての道具にされて飢え衰えて死んでいく・・・だが、君は死なない・・・それは君自身がよく分かっている筈だ」
突然の事にD・ハーロックは息をのんだが、彼の顔を覗き込むの機械化人医師リッケンバウアーが彼のことを良く知っているように思えて仕方がなかった。
「リッケンバウアー・・・と言ったか?俺のことを知っているのか?」
しかし、リッケンバウアーはすぐには彼の問いには答えようとはせず、ただ、今話さなければならないことを一生懸命に思案していた。
「君が戦列を離れたのは予想だにしなかった。もし戦列を離れてさえいなければこんな事にはならなかっただろうに・・・」
---土星基地に集結した地球防衛軍前衛艦隊は旗艦20数隻で2000以上の戦艦を従えて迫り来る機械帝国軍本隊を待ち受けていた。しかし機械帝国軍本隊に対してあまりにも少ない戦艦に乗船している乗組員は数隻の戦艦の指揮官以外は全てアンドロイドだった。これ以上の犠牲者は出せない。さらに軍艦を操れる人間などこれ以上いない所まで追いつめられていた地球が最期にできることは、人類の希望というものを地球から脱出させる以外に方法は無かった。次々と迫り来る機械帝国軍艦隊の攻撃にあっけなく撃沈されていく防衛軍艦隊・・・しかし数隻の戦艦・・・『D』と呼ばれる艦隊だけは最後まで敵の手を煩わせる。それは機械でプログラムされた動きではなく、生身の人間の鋭い勘、卓越した技術を持つ選ばれた者達が指揮する戦術だったからだった。しかし・・・そこから一隻の駆逐艦が離脱した。再三の命令無視勧告にも関わらず、その艦は戦渦をぬってワープした。それがD・ハーロックの乗艦していた駆逐艦だった。
冥王星地球防衛軍駐屯基地。氷の張りつめるこの星に、離脱する手段を失って機械帝国軍に占拠されていた空間騎兵隊が取り残されたままだった。彼らのS.O.S通信をわずかに傍受したD・ハーロックは駆逐艦を氷原に残し、単身、駐屯基地へと潜入していった。たった一人の軍人が数百の機械化人とガード用のロボットをいかにして始末し、生き残っていた十数名の空間騎兵隊を救出したのかの詳細は上空を旋回するパトロールロボットによって機械帝国軍本隊へと送信された。そこに映っていた映像は、目にも留まらぬ速さで前進し、次々と機械化兵を倒し、撃たれても戦い続ける鬼のような形相のD・ハーロックの姿だった----
「君は死を恐れない・・・そう育て続けてきたからね」
「どういうことだ?なぜそんなことを言う?」
リッケンバウアーは声を小さくするように合図すると、彼の顔に突き出たメーターは悲しさを現していた。顔の半分はあろう楕円形の緑色のメーターに浮かび上がった波形が激しくも柔らかい波を打つ。その波形はD・ハーロックの顔に反射して彼の目に巻かれた手ぬぐいをぼーっと浮かび上がらせる。反対側の瞳はなおも「問いに答えろ」と訴え、ついにリッケンバウアーは決心をしたようだった。
「私はかつての地球防衛軍の科学者だった・・・。太陽系最後の望みだった前衛艦隊・・・蓋を開ければ司令官以外はアンドロイド・・・もう戦う余力の無かった防衛軍は、それでも「君達」を行かせなければならなかった。君達の捨て身の攻防は・・・・機械帝国本隊の足止めを見事にやってのけてくれた・・・」
「あの機械化人が言っていた科学者とは貴方のことなのか?「君達」とは・・・俺以外にも『特殊人材』がいたということなのか?」
「彼らは皆・・・機械帝国本隊と共に散った・・・生き残ったのは戦列を離れた君だけだ・・・残りの者達は皆、機械帝国に寝返った銀河総督府によって始末されたよ。たとえ死を恐れぬ人材に育てとはいえ、同じ血の通った人間だ。まさか同じ人間である銀河総督府が彼らをいとも簡単に始末するとは思わなかった・・・だが、それが今の実状だ。もっとも銀河総督府は『特殊人材』のことは一切知らない。知っていたら、帰ってきた君を街へと送り出すような事はしなかった筈だ」
まじまじと残った片目でリッケンバウアーを見るD・ハーロック。
「前衛艦隊は・・・銀河総督府に全て始末された・・・?」
「機械帝国の手を焼くものは全て始末する・・・そう命じられれば彼らはそうせざる得ない。地球・・・いや、太陽系をはじめとする銀河系を守るためならばそれも致し方ない、そう言っている」
「それは奴らの面目を立てるための言い訳に過ぎない。これ以上金と労力を使うことに疲れただけだ。地球は小さい、しかし、宇宙に飛び立ち各地で新世界を築いたのは生身の人間だということを彼らは忘れている。それが証拠に、俺が見た街の情景は最悪だった・・・。なぜ生身の人間が虐げられねばならないのか俺には分からない」
リッケンバウアーは頷いた。
「だが、もはや何を言っても強大な力と権力に立ち向かうことはできないのだよ・・・。弱肉強食の世界は常に存在する。そして、己をかわいがる誰もが永遠の命にあこがれ、可能ならばそれを手に入れたいと思うだろう。だから銀河総督府はすぐに機械帝国の制圧下に落ちた。機械化人は卑劣であるが故に強い。我々がもっとすぐれた軍事技術を持っていたのならば、まだ勝算はあったのかも知れないがね」
「軍事技術が無いから・・・だから『特殊人材』を造ったというのか?最終兵器として・・・。貴方が」
D・ハーロックはリッケンバウアーの白衣の胸元を掴んだ。
「私ともう一人の博士によって発案された計画だった。だが、我々が思っているほどの時間の有余はなかった・・・。よもや簡単に銀河総督府が機械帝国に白旗を揚げるとは思わなかったのでね。同じ生身の人間として・・・それを守り抜く決意をしているのだと信じていた。だが、期待は裏切られ、もはや地球防衛軍は存在しない。『特殊人材』はまだ試験段階で数もわずかだった・・・しかし、これが機械帝国の手に渡ったら、どんな恐ろしいことになるやもしれん。だから一人の博士は機械帝国軍が感づく前に「守らねばならない物」を持って地球を離れた・・・そのために君を含む前衛艦隊は時間稼ぎをしていたんだよ・・・だが、生かしてやることができなかった・・・私はこうして簡易的に機械化人になることで彼らの詮索の手を逃れ君達前衛艦隊が帰ってくるのを待っていたというのに」
D・ハーロックは突然のことに呆然とリッケンバウアーを見つめ続けた。
「前衛艦隊はその「守らねばならない物」のための人柱になったというのか・・・」
リッケンバウアーは頷かざる得ない。銀河総督府が前衛艦隊を始末しさえしなければ、決して人柱にならずに済んだ筈。リッケンバウアーは還ってくるはずの前衛艦隊を待つために、じっと耐えていたというのに。
「そして俺は・・・兵器にしか過ぎないのか」
「君は数々の戦いの壮絶な状況下で「人格」を生んでしまったようだ・・・いや、それは君が元々持っていた人格なのかもしれん。そもそも、『特殊人材』に選ばれた者は、強靱な意志を持つ者でなければならなかったのだから・・・紙一重というやつだね。そして君は戦列を離れた。「自分自身の人格による意志」で・・・。結果今のような状況になってしまったことをいまさらとやかく言ってもはじまらぬ。だが、一人でも生きていたことを私は嬉しく思う。待っていてよかった」
「待っていて良かった・・・?」
リッケンバウアーはD・ハーロックの肩をぐっと掴んで何度も頷いていた。もし、前衛艦隊が無事に帰ってきたときのために、こうしてなりたくもない機械化人になって帝国の目を盗んでいたには理由があった。
「D・ハーロック・・・君はある場所を目指せ・・・全ては行けば分かる。守らねばならないものが其処にある。生きて戻ったのなら・・・逃げ延びよ」
「何処なんだ・・・そのある場所というのは・・・」
リッケンバウアーは周りを見渡すと彼の目の向こうに埋め込まれた探知機で周囲の様子を伺った。遠くからザッザという機械化兵達の行進が聞こえる。すぐに機械化兵達は目のセンサーライトを点灯させ、半ばガレキに埋まっているようなところで、看板さえもはげ落ちた治療院を照らし出した。もう時間はない。
リッケンバウアーはD・ハーロックの肩をぐっと掴んで早口でしゃべり続けた。
「君が強制労働施設で生きていれば、地球防衛軍が行っていた極秘研究がいづれ分かると彼らは思っている・・・。彼らはこの研究がどういう物であれ知りたがるはずだ。君は立派に、同胞の命を救って帰還した男だ。私は君のような男ならば、意志を目覚めさせた君ならば、必ずたどり着けると信じている。君なら何とか出きると信じている・・・・目指せ・・・大テクノロジアを」
「大・・・テクノ・・・ロジア・・?」
リッケンバウアーのメーターは激しく悲哀を表現する。機械化人に成り立ての者は、たいがいまだ人の心を持っている。だが、痛みを感じない身体はやがて感情を卑劣にし、「人の心」というものも薄れて皆同じようになってしまうだろう。リッケンバウアーはそうなる前にD・ハーロックと出会えたことを喜びつつもとても悲しい気持ちでいっぱいだった。
「しかしどうやって!」
「大テクノロジア、我々地球人・・・いや、血の通った人間達の最後の望みだ・・・。私も場所は何処にあるか知らない・・・しかし、君ならば必ず到達できる筈だ・・・」
ダンダンダンダン!その時治療院のドアと機械化兵が激しく叩いた。
「囚人を連行する!至急引き渡しを要求する!拒否すれば射殺する!」
リッケンバウアーはD・ハーロックの両肩をぐっと掴み、機械となってしまった両目でじっと彼を見つめた。恐らく、血の通った人間ならば、彼の両目から涙が流れていたに違いない。しかし、それも伝えられなくなってしまったリッケンバウアーはことさら悲しくて仕方がなかった。
「どうすればそこまで到達できるんだ!方法は!」
リッケンバウアーがその問いに答えようとした時だった、バシュ!という音と共にこじ開けられたドアを破り、機械化兵達がなだれ込んできた。
「抵抗してはいかん!」
身をかがめて戦闘態勢を取ろうとしたD・ハーロックにリッケンバウアーが叫んだ。機械化兵は即座にリッケンバウアーを突き飛ばし、取り囲んだD・ハーロックをベッドから引き吊り下ろしす。突き飛ばされた勢いで、チリンチリンというむなしい音と共にリッケンバウアーの脚の関節のネジが抜け落ちた。
「ドブネズミの治療、ごくろうだった。これで部品の改良でもするといい」
一人の機械化兵が袋詰めの金貨をベッドに放り投げ、そしてD・ハーロックを連行しようとする。D・ハーロックはそれをわずかに残る力をこめて振り切ろうとするが複数の機械化人に掴まれては容易に身体を動かすことができない。ただ、頭を振り向かせて、床に倒れたままこちらを見ているリッケンバウアーの姿を確認することしかできなかった。遠のいていくD・ハーロックにリッケンバウアーは「すまない・・・許してくれ」と叫んだが、雷の音にかき消されてしまった。D・ハーロックはずっと首を返しながらリッケンバウアーの事を見ていたが、音がかき消されてしまったために、外見上口のない彼が叫んでいたことなどD・ハーロックに解るはずもなかった。
囚人輸送用のトラックに投げ込まれて去っていくD・ハーロックを見送ると、リッケンバウアーは足を引きずりながら治療院の地下室へと降りていった。暗がりにランプが灯されると、小さな通信機が片隅に置かれ、その隣には数枚のディスクと書類が積まれている。
「星野博士・・・我々は正しいことをしたのだろうか?本当にこれでよかったのだろうか・・・?確かに私はあの時、これで正しいのだと信じていました。しかし、たとえ作り物だと分かっていても・・・やはり彼らは生きていたのです。そして意志が、人格が・・・存在したのです。私は待っていた・・・彼らが生きて帰ってきて、また再び人類のために戦う日のために。だが、帰ってのはたった一人。そして今、彼は真に生きている・・・彼自身の精神を持って・・・。私は、人類の希望のためにとはいえ、これ以上貴い犠牲を払うことは辛すぎます。しかし、もはや動き出した時を止める事はできない。あとは、貴方にお任せします。星野博士・・・後を頼みます。私の役目は・・・もう終わりました」
リッケンバウアーは一枚の写真を手にとってそう一人で呟いた。写真には二人の白衣を着た男が立っている。一人はかつての自分、そしてそれより少し若く、髭を蓄えた男、星野博士と呼ばれた者だった。小さな古めかしい通信機で暗号をカタカタと打ち、微弱な通信信号としてそれをどこかに送信すると、脇にあったディスクと書類を大事そうに胸に抱えた。
その晩、リッケンバウアーの治療院は突然の爆発で粉々に倒壊した。落雷によって壊れかけた治療器具の電気系統が発火したのだと誰もがそう思い、何人もリッケンバウアーが自爆したなどと思う者などいなかった。
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