第一章

序文
大宇宙を旅するものは、それが長ければ長いほど多くの出会いと別れを経験する。大宇宙での出会いは偶然に等しく、また別れは永遠を意味する。ゆえに、心ある者はその出会いを愛おしみ、ひとたび気の合う者同志とあれば、別れをとことんまで惜しむものだ。そして人はその出会いを運命の巡り合わせと呼び、時にそれを、宿命による必然という。

狂える時に会い、私もまたみずから、
       時勢に従い、愚かしきわざを重ねた。
我々は、自分の過失についてはいつまでも自分を騙し続ける。
       そして最後には過失を徳と考えるようになってしまう。(ゲーテ)

西暦2000年、科学は進歩の一途をたどりその思いは宇宙へと向けられた。人々の夢は度重なる地球の災害、止まることのない戦争の最中でも大きく膨らみ、やがて自分たちの未来を宇宙の彼方へと託す。時に多くの若者達が、タイムカプセルと称してその想いを投じ、一部は自らのDNAを冷凍保存し、宇宙の大海原へと放った・・・。それはまだ見ぬ未来の夢のために・・・。あるいは、いつか人類が滅亡するかもしれぬという事への不安から、彼らの「生きる」ことに対する切なる願いが込められていたのかもしれない。そして彼らは、その後それがどうなったのかを知る由もなく、時は過ぎ去った・・・。

-----------------------------------------------------------------

1.混沌
アンドロメダを起点として広がった機械帝国の重圧は、既に銀河系へとその手を伸ばし、ついに彼らの言うところヒューマノイドの巣窟である太陽系へとたどり着いた。第三惑星地球は愚かにも故郷を自らの手で破滅へと追い込んだにもかかわらず、移住の地を他の星へと求めていた最中だった。他星の生命体からの侵略さえもはね除け、復興するもその技術力に傲り、結果的に小さな故郷である地球上での戦争が始まる。この愚かしい行為の連鎖を続ける地球人類を機械帝国が力でねじ伏せることはいとも簡単だった。部品交換だけすれば永遠に生きながらえるという甘い汁に、多くの地球人が飛びついたのは言うまでもない。だが、その結果生まれたのは善悪の転換と恐慌、平和と平等の一切の欠落だった・・・。

一つの大戦が終結を向かえたある日、一隻の駆逐艦が帰還した。地球防衛軍の前衛艦隊として出航したこの駆逐艦は、大戦の後に銀河総督府より即時帰還を命じられていたが、その命令を無視し前線で消息を絶った。さらに前衛艦隊自体も機械帝国へ寝返った銀河総督府の命により撃沈。今まで一隻も帰還はしていなかった。すでに機械帝国と結託した銀河総督府は地球防衛軍を支配し、地球は機械化人の支配下となっている。物々しい機械化人兵による警戒態勢によって取り囲まれたこの駆逐艦からは、ボロボロに傷ついた十数名の人間が発見されたが、この艦の乗組員でないことは周知であり、即座に強制労働施設行きを余儀なくされた者達が住まうそまつな人間居住区(ヒューマノイドエリア)へと強制連行された。そもそもこの戦艦の乗組員は一人を除いて全てがアンドロイドであり、そのアンドロイド達が発見されたときは全てがただの電池の切れたロボットと化していたのだった。
「元地球防衛軍D・ハーロック中尉・・・間もなく機械帝国特使が到着する。その前に此処を出て好きなだけ街を徘徊するが良い。死にたくなければここから離れることだ」
「ちょっと待て!俺の船はどうなる!救出した地球人は!」
「貴様が心配する必要はない。当局は貴様の生死の責任もとらぬ」
駆逐艦を操っていた唯一の生身の人間、D・ハーロックは数人の銀河総督府軍人に取り囲まれて引きずり降ろされたあげく、武器という武器をすべて奪われ、そのまま雨降る屋外へと放り出された。
大都会の喧騒は、D・ハーロックがかつて飛び立ったときと変わらぬ煌めきをたたえていた。しかし行き交う人々が機械化人となり、生身の人間に成り代わって楽しい日常をそこに築き上げている。多くの異星人も入り乱れ、方々で起きているトラブルに目をくれる者など誰もおらず、ただただにぎやかで無機質な町並みが続く。戦いの爪痕を覆い隠した虚飾の世界が彼の目前に広がっていた。性というものなのか、彼が自然と足を向かわせたのは薄暗い裏街道。そこら中に酔っぱらいや娼婦がたむろし、散らかりっぱなしの路肩でゴミを漁る生身の人間達。そしてそんな人間達をリンチに掛ける機械化人・・・こんなになっていても、まだ裏街道のほうが落ち着くのかと思うと笑いすらこみ上げてきた。何処をどう歩いたのか分からず、ふと足を止めたのは『LIVING DEAD GIRL's DANCING』と原色ネオンの輝く店の前。薄暗い裏街道の一角に突然現れたストリップバーだった。店内から激しい音楽が漏れ聞こえる。
「軍人さん寄ってきな。生身の人間はアルコールは自由に飲めるよ。ただしきめられた場所でだがな!あんたみたいな色男だったらサービス満点だぜ」
安っぽい風体の機械化人の客寄せがD・ハーロックに声をかけた。見れば機械化人にまざって数人の生身の男が入っていく。ポケットを探っても金はない、酒が自由ならと吸い込まれるように彼も店内に入っていった。
「『死せる女が踊る店』・・・か」
店内にでかでかと掛けられた看板に書かれた文字を読む。其処此処のテーブルやカウンターでは下着姿の女達が男の気を引かんと踊り狂っているが、多くは明日の命も分からぬ悲しき生身の女達、まだ此処で金を手にして生きていけるのなら・・・それはそれで幸せなのかも知れない。ただ、金のために激しい音楽に合わせて踊り続ける。身体が潰されそうなほどに低音が響く中、D・ハーロックはカウンターで差し出された酒を受け取って口を付けた。
「合成アルコール・・・どうりでただの筈だ」
どれほど安酒を飲むのに慣れていても、やはり合成アルコールは口には合わない。食事もろくに取っていないのと相まって、あまりのまずさに吐きそうだった。
「文句あんのかよえぇ?ただなんだからありがたく飲みやがれ。薄汚ねぇ野郎が!」
機械化人のくせにつばを飛ばしながら突っかかるバーテンにD・ハーロックは頭から合成アルコールを浴びせかけた。
「貴様!」
バーテンは腰に下げた銃に手を掛けたが、不気味に光るD・ハーロックの瞳に睨まれてそれ以上動けなかった。
「手が滑った、悪く思うな」
D・ハーロックはそう言ってグラスをカウンターに転がすと、きびすを返して「きめられた場所」という所をさがした。その時、中央のステージとおぼしき処に一際綺麗な女が現れ場内は歓喜の渦となり、カッとなって銃を構えたバーテンは何かを思いついてその銃を納めた。見ればステージの所々に血がこびりついている。女は白い人工的な肌をちらちら見せながら淫靡に腰を振り、物色するような目つきで見渡す。客の呼び込みをやっていた者のいう「きめられた場所」というのはこのステージの前を囲むようにして存在し、D・ハーロックも誰かに背中を押されてその場所へと連れられた。その他の場所を埋め尽くす機械化人達はこれから始まるショウに活気立つ。
「ようこそ、処刑の花園へ・・・」
音楽のビートがさらに激しくなり、客達はテーブル上の女に目もくれずステージに釘付けになっていった。ステージ上の女は確かに美しく艶めかしいが、何一つ暖かみの感じない機械化人。D・ハーロックにはすぐに分かった。なぜ生身の人間が無料でここに入れ、そしてここに集められるのか。毎夜誰かがこのステージでセックスショウの末血祭りに上げられる・・・落ちぶれたヒューマノイドの哀れな姿がここに曝される・・・機械化人はそれを楽しみに集まってきているのだった。それでも・・・それが分かっていてもここには生身の男達がいた。すでに目は死んでいて、もう、生きる気力など失った者達ばかりだ。長きに渡る戦いの末生き残ったのはほとんどが女子供ばかり。そして無力な男達はこうして、誰かが自分を始末してくれるのをただ待っているだけなのだ。
「其処の軍服の男!こいつが気にいらねぇ。ステージに上げてくれぃ!」
さっきのバーテンが声を荒げて叫んだ。
「ぶち殺せ!」
「男根を噛みちぎってやれよ!」
下卑た笑いと罵声の中、D・ハーロックの周りにいた機械化人が彼を掴み上げてステージへと放り込んだ。
「いらっしゃい・・・色男さん」
女はすり寄るようにD・ハーロックに近づいてステージ上に座ったままの彼の頬を、冷たい血の通っていない手で撫でた。つまらない余興でも今は良い時間つぶしかもしれないと思うと、自然とD・ハーロックはその女を手を取って指をしゃぶりだした。一斉に機械化人達から「もっとやれ」とけしかけの声が挙がる。D・ハーロックは馬鹿馬鹿しさを通り越していたせいか、女が彼に馬乗りになって腰を振るとわざともだえた振りをしてみた。
「いい子ね・・・好きなんでしょう?こういうの・・・さぁ・・・歓喜の渦に巻かれて地獄へとおゆきなさい」
女は舌なめずりしながら先ほどのバーテンが差し出したナイフを掴み、D・ハーロックの腕をとった。
「もう終わりか?どうせならやることをしてから刺してもらいたいものだな。もっとも機械化人じゃヤルことはできないか?」
「生意気なことを言うもんじゃないわよ・・・薄汚い生身の男のくせに!」
ナイフはD・ハーロックの腕に突きつけられ、ゆっくりと動かすと真っ赤な鮮血がにじみ出てやがてステージへと垂れだした。機械化人の客達はステージが血まみれになるのを期待してやんやと盛り上がる。一方ステージ周辺に座っていた生身の人間達、そしてテーブルで踊っていた女達も痛々しげに顔を背けていた。
しかし・・・D・ハーロックの腕から血液が数滴垂れたかと思うと徐々にその傷がふさがっていく様に機械化人の女が硬直した。
「どうした?もっとやれよ。俺の血が見たいんだろう?女に痛めつけられるのも悪くない」
「何なの・・・あんた」
D・ハーロックはニヤリと笑って腕にかすかににじんでいる血を一舐めする。そこに既に傷は無かった。
「化け物!」
女がナイフを両手で振り上げ、D・ハーロックの胸にめがけて振り下ろすと彼は身をねじってそれを避けた。だが、それに乗じて数人の機械化人が彼を取り押さえにステージへ上がってきた。
「殺れ!殺れ!やっちまえ〜〜〜!」
客に促されて、機械女は引きつった笑顔でナイフを握りしめ、D・ハーロックの心臓めがけて突き出そうとした瞬間だった。
ババババババ!!
場内に銃声と共に悲鳴がとどろく。ステージ上の機械化人達がショートしながらバタバタと倒れるなか、D・ハーロックだけが無事だった。彼の両目はパニック状態になりながら逃げまどう機械化人達の中に微動だにせずたたずむ、小綺麗な制服に身を包んだ機械化兵数名を捉えていた。しんと静まる店内に倒された機械化人のショート音だけが響く。

「アイアンデアー様。ディーバイン・ハーロック・モリエンテス。認識番号R-000-DH0999番。連れてまいりました」
D・ハーロックは街での一件からしばらくして、薄暗くネズミが徘徊する廃墟の狭い地下室へ機械化兵に羽交い締めに連れてこられた。壁は配管がさび落ちて水が滴り、辺りはカビと死臭にまみれている。さっきまで彼が徘徊していた高層建築地帯のはるか下方、汚染された大気のさらに下にそこはある。明日生きているのかすら分からぬ貧しいヒューマノイド以外、そこには誰もいない。彼は鼻をつく臭いに遠くを見ると、泥まみれになったヒューマノイド達が山積みになった所へ一人一人と放り投げられている。彼はそれを見て吐き気を覚えた。そのすべてが泥まみれだったのではなく、腐乱死体の山。普段、ここに人が出入りすることは無い、ただ、焼かれるのを黙って待つ、死体だけがここにある。多くは機械化人に逆らった者、あるいは行き倒れとなった者・・・。先の大戦以来、金や権力のない人間は次々と飢えや病で死している。
「元地球防衛軍前衛艦隊駆逐艦艦長・・・D・ハーロック中尉。私がが到着するまで貴様が無事でよかった・・・。もっともそう簡単には死ぬ輩ではないがね」
太陽系を巡って立て続けに起きた侵略戦争は、結果的に多くの死を産み、前線に立つのは皆うら若い者達ばかり。いつの時代もそれは変わらない。羽交い締めにされ項垂れているこのハーロックの中尉もまた、戦火の中で死線をくぐり抜けた末に与えられた称号だった。既に階級章をはぎ取られた濃紺の軍服は所々穴が空き、雨の中引きずり回されたせいで汚れきっている。
「銀河総督府の命にそむくとは、もはや機械帝国に背くも同じ事。だが、貴様のおかげで・・・地球防衛軍が極秘研究していた事が見えてきた・・・感謝せねばならんか?」
小綺麗な朱の軍服を着込んで鞭とも銃ともつかないスティックを手に持ったこの男が機械帝国の者であることはすぐに解る。おおよそ機械帝国特使というヤツだろう。顔こそ血の通った人間とさほど変わらないが、まるで表情がなく、そして頭のあちこちにメーターのような部品が見て取れた。D・ハーロックは項垂れている頭を上げることもなく、ぼさぼさの前髪の隙間から上目使いにこのアイアンデアーを睨んでいた。
「何のことだ・・・俺はただ取り残された地球人達を救出して帰ってきただけだ」
「冥王星で我々の同胞を虐殺してな!・・・その様たるや壮絶だったと聞いている。そう、貴様は噂に聞く『特殊人材』・・・地球防衛軍が研究していた最終兵器・・・・」
「何を言ってるんだがさっぱりわからんな」
その言葉を受けて機械化人がハーロックの腹に蹴りを一発食らわせる。長期の絶食によって胃液すらでないハーロックの表情は苦しげに歪んでもなお、彼を押さえ着けている機械化兵を睨んだ。彼らはムキになればなるほど力強くD・ハーロックを押さえ込んだ。
「貴様の創造者は何処にいる?」
彼のスティックはボロボロの軍服のボタンを一つ一つはじき取って胸元を開けると、そこに突き立てられた。D・ハーロックの胸には焼き印にも似た『D』の刻印。
「この刻印を刻まれた者が他にもいたはずだ・・・。だがこの銀河総督府、いや地球上をくまなく探しても探すことはできなかった。貴様が連れて帰ってきた薄汚い地球人どもも皆この刻印の事は知らない・・・『特殊人材』・・・我々に楯突くためにおろかな科学者が作り上げた最終兵器というもの。だが、一説ではヒューマノイドの未来とかいうものを担っているとか・・・。どこの誰が造った、言え」
「俺も知りたいものだな・・・その科学者とやらがなんのために俺を造ったのか。ヒューマノイドの未来を担うだと?それがどうしたというんだ」
ビシッという音と共にD・ハーロックの胸を突いていたスティックは彼の頬を打った。しかし彼は不敵な笑みを浮かべたまま、じっとアイアンデアーを見つめていた。傍にいた部下とおぼしき機械化人が耳打ちする。D・ハーロックは何度拷問にかけようと、脳を調べようと何も出てこなかった。出てくる情報は彼らの見たこともない情景ばかりでとうてい理解できるものではく、ほとほと手を焼いているようだった。本当に、彼は何も知らないのだと思わざる得ない。
「我々に楯突く者は全て消滅させる・・・どんな手を使ってでも」
「殺せ・・・それほどやっかいならば俺を此処で殺せ。所詮俺はお前達機械帝国の圧力にひれ伏して手先に成り下がった下素どもの実験材料にしか過ぎないのだからな・・・俺は喜んで死んでやる」
「特殊人材『D』・・・貴様は唯一我々の手元にある手がかりだ。そうやすやすと殺すわけにもいくまい・・・だが、いけすかない男だ、虫ずが走る」
機械化人でも虫ずというものが走るのかと妙な納得をしている場合では無かったが、実際D・ハーロックはどうでも良くなっていた。もはや、この地球上に残された人類は二つの選択しかない。機械化人になるか・・・機械化人の言いなりになるか。刃向かえばどのみち処刑される。人類滅亡寸前とも言えるこの状況になんの危機感もなくただ時が流れていくこの地球に、彼にとって守るべきものは何もなかった。案じられるのは、まだ地球人類としての誇りを捨てずに生きようとしている者達・・・しかしそれはもうD・ハーロックになにができるわけでもない。自分自身の事すらハッキリ分からない彼にとって、もう、本当にどうでも良いのだった。
「『D』・・・か。貴様の名前と同じだな・・・」
機械化人がそう呟くと、スティックのスイッチを入れた。先端がほのかに明かりが灯ったと同時に緑色の閃光を先端に蓄え、じりじりとD・ハーロックの左胸を貫いて骨までも焼きながら、ゆっくり刻印にバツ印を焼き刻んでいく。彼の表情は歪んだが、それでも叫び声一つあげることは無かった。あたりに肉の焼ける臭いが立ちこめ、激しい痛みがハーロックを襲う。仰け反る彼を脇の機械化兵がさらに押さえつけると伸びきった漆黒の髪の隙間から憎悪の念がこもった視線を向けるD・ハーロック。さも面白そうにアイアンデアーがニヤニヤと刻印に傷を付けていたが、彼の視線を見るやいなや表情が硬くなる。彼の視線は、感情がほとんどない機械化人ですらも恐怖感を覚えるほどの光を放っていたのだった。
「その、金色にギラギラと光る目が気に入らぬ・・・!」
アイアンデアーの手が彼の顔に近づいていたが、それ以後の記憶はD・ハーロックには無かった。
copyright©2002 dokuro-an Ryu-tan All rights reserved