最終話
最終章
ここに、大きな意志と信念を持った者が眠る。彼に託された使命はまだ果たしてはいない。そして、彼の果たさなければならない義務はまだ続いていくのだ。ハーロック3世・・・彼はまだ・・・生きている。

リヴァイアサン艦尾のキャビン、ハーロックの寝室に静かに音楽が流れていた。西暦1800年という年に、地球の、彼の生まれた土地ハイリゲンシュタットで作曲されたベートーヴェンという人物が作曲した「月光」というピアノ曲。ハーロックは生まれたときからこの曲を聴いて育った。この曲が流れ出すと、ベッドから立ち上がってゆっくりと日が暮れていく惑星ラーメタルの大自然をじっと眺めていた。
何がどうなって、どこからどのようにして彼がここに戻ったのか、彼自身には解らなかった。長い眠りから目覚めたとき、そこにはいつものように、大きな口に瓶底メガネのトチローがいて、いつものように出された食事にがっつき、そしていつものようにハーロックにワインをすすめた。ただ、違うのは、ワインと食事を持ってきた人物がアルバに代わっていたということ。それを見て、自分の身に起きたことの全てが現実だったのだと改めて認識する程までに、深く長い眠りだった。ただ、今まで決して味わうことのできなかった生暖かい感触・・・彼が生まれて以来、ずっと求め続けていた母のぬくもりだけが彼の心と身体に染み渡っているようだった。
今・・・静まりかえった寝室で、自分が生きていることを噛みしめながら、惑星ラーメタルの天に輝く星々を見つめる彼の瞳には、かつて惑星ヘレスに旅だったときの、銀河ローカル線のデッキにしゃがみ込んで外を眺めていたあの時の、甘えの残る少年の影は無い。
「アルバ、コスチュームを」
「・・・はい」
傷だらけの裸体を曝したままのハーロックにアルバが丁寧に折り畳んであった真新しいコスチュームを広げてハーロックに袖を通させた。彼のコスチュームが入っていたボックスには、もう一枚、大きな黒い布が折り畳まれている。

「本当に大丈夫なんですか?トチローさん。この状態で航行続けるのは不安ですよ」
「あのな、広。お前がちゃっちゃか修理すれば済む話だろうが。俺はまだやらねばならんことが山ほどあるんだ。なにしろ処女航海ではいくつかの不備があったからな。もっともそれは俺の知識不足だが。あ〜くそ、そう思うだけで自分に腹が立つ!」
「お腹空いてるんじゃないんですか?」
リヴァイアサンの見取り図を見ながらぼやく広を後目にアルバのいない戦闘席でトチローが小さな手のひらほどの機械をいじくっていた。よく考えてみれば、プロメタリアとの決戦前から何も口にしていなかった。
「ワシにやることがあったら言ってくれ、多少の機械だったらワシにも解るぞ」
「ドクターはミーくんとトリさんのお世話をしててください。ホセさんは機関室の修理が忙しいし、私もレーダーの復旧作業にてんてこ舞いなんですよ今」
珍しく艦橋に姿を現したドクター・シン・雨森がミーくんとトリさんを引きつれてうろついていた。ミーくんが艦橋で作業を進めていたホセにすり寄り、かわいい鳴き声を上げた。
「すまんのぉミーくん、ワシもまだ忙しゅうてな。もうすぐ終わるから、そしたらいっぱい遊んでやるぞ」
ホセがミーくんの頭を撫でながら抱き上げるととドクターが受け取った。
「ま、これが終われば祝杯が待っとるが、無理するなよホセ。お互い年寄りは身体をいたわらんとな」
「そうじゃのぉ〜。じゃが、このジジイもまだまだ身体も頭が働くもんでな、のんびりできんわい。フォッフォッフォ」
しばらく振りに笑い声が艦橋に響いた。トリさんはトチローの方へと突進して相変わらずトチローの帽子をつついて存在をアピールしている。
「ガァァァァァ!」
「おいこら!やめろって」
なにやら必死に押さえているトチローの帽子が取れた。帽子の中に隠してあったカップ麺が転がり落ちた。
「あぁ!トチローさんずるいですよ!」
艦橋にいる者は皆、抜け駆けだとトチローを冗談交じりに非難する。その時だった。
「艦橋で飯を食うなと言っておいた筈だぞ!」
まるで時が止まったかのような瞬間だった。先ずはじめにホセが目を輝かせて振り向いた。そしてトチローの周りに集まっていた者達が一斉に振り向くと、艦橋入口には寄りかかって腕を組んでいるハーロックが立っていた。胸に髑髏のプリントをあしらった漆黒のコスチュームに身を包み、そして、足首までる大きな黒いマントが肩から下がっている。ニヒルな笑いと共に、艦橋にいた全てのメンバーに目を通してゆっくり歩き出した。
「なにをぼさっと突っ立っている。ヘビーメルダーまでの航路をチェックは終わっているのか?機関部の復旧は完了したのか!」
マントを揺らしながらつかつかと艦長席にハーロックが歩み寄ると、とたんにせわしくなる艦橋だった。
「航行経路のチェック完了。おおむね50時間は武装エネルギーの存在はありません!」
「強化シールドは80%復旧完了、航行に支障はありません!」
「機関部内圧バランスは良好。出力も通常航行に支障無しじゃ」
以前鉄郎が座っていた副長席に手を伸ばし、トチローに微笑むアルバ。トチローはばつが悪そうにカップ麺をトリさんに渡して戦闘席の隣の副長席に腰掛ける。アルバが戦闘席に腰掛けると意気揚々と声を上げた。
「主砲、副砲共に復旧完了!パルスレーザー及びその他各火気機関の復旧は80%。航行中に修理完了します。」
「中枢コンピューターは良好だよ。この状態なら海賊島までの航行は問題なし。多少のトラブルがあっても充分対処可能だ」
トチローがふり返ると、ハーロックはギラギラと瞳を輝かせ、艦長席から立ち上がった。ゆっくり操舵輪に近づき、そして手をかける。
「メインエンジン点火!大気圏離脱エンジン出力70%・・・・。離脱角度30度!」
リヴァイアサンの低く唸るようなエンジン音がさらに激しく惑星に響き、ゆっくりと垂直上昇をはじめた。
「目標・・・ヘビーメルダー!リヴァイアサン号・・・発進!」
メインブースターが火を噴き、反転しながら大気圏へと突入していった。
リヴァイアサンはラーメタルを離脱した。ヘビーメルダーに残しておいた海賊島へ、そしてハーロックとトチローが、大山博士の墓の前で誓った約束を果たすために・・・。

久しぶりにホセの歌声がリヴァイアサンにこだましていた。一段としわがれた声で、満身の力を込めて放たれる老人のエネルギーは何時になく力強くそして明るさに満ちていた。
---若者よ・・・旅立つ者よ・・・迷う事なかれ・・・大海原に星が輝くようにお前の瞳も・・・若者よ・・・旅立つ者よ・・・振り向く無かれ・・・お前の先に光が輝くようにお前の心も・・・希望という名の灯をともそう・・・お前は我々の希望・・・まだ見ぬ闇に輝かん真実の灯---
ヘビーメルダーまでの航行は順調で、艦内の修理必要箇所も大部分が終了している。一息入れるためにキャビン上甲板にいたハーロックとトチローは過ぎゆく星々を眺めていた。
「ハーロック、どうするんだ?これから・・・」
「これから?・・・お前はまだやることがあるだろう。中枢コンピューターはもう頭脳はあるが心臓を失ったようなものだ」
「マヌエラの炎も無くなった今、リヴァイアサンはただの戦艦になった。俺はこの旅で随分と自分の知識の甘さ、技術の未熟さを思い知ったよ。これから本当の意味で俺の頭脳と技術が試される」
「俺達が出会って、この旅で様々な事を得た。少なからず俺達は様々な力と人々に助けられ、一つの旅を終えることができたんだ。プロメノイドの存在は俺達に科された宿命の旅のほんの序章に過ぎない。俺達はまだまだ未熟・・・そしてまだ先は長い。我々の旅も・・・そして・・・俺達自身の命も・・・絆も」
ハーロックはトチローに向き直った。爽やかな笑顔でお互いが見つめ合うと、強化シールド内に吹く風によってマストに翻る髑髏の旗を見上げた。旗と共にハーロックのマントが、トチローのローブが靡く。二人の脳裏にはこの旅で出会った人々の顔が巡った。
「父は自由と、そして守らねばならぬ新たなる時代のために戦った。今、俺は俺の信じるがままに、この船と乗組員、そしてお前と共に航海を続ける。俺達はただ気ままな旅がしたくてこの宇宙に出たのではない・・・ゆっくりでいい、だが確実に、この宇宙の大海原で、何を前にしても揺るがぬ存在に俺はなってみせるさ。そして、守るべき自由と、新たなる時代と命ある存在のために戦い続ける。・・・そうなるべくして・・・生まれてきたのだからな」
ハーロックはいつものように優しい微笑みをトチローに送ってマントを翻し、そして歩き出した。トチローは、以前にもまして一回りも二回りも大きく見えるハーロックの背中を眺めながら、まだひび割れているメガネの向こうで涙をにじませながら何度も頷いていた。
髑髏の旗を掲げた赤黒い巨大戦艦リヴァイアサン号の存在が大宇宙に広まった事より、これから幾多の戦いが彼らを待ち受けるだろう。リヴァイアサンは再び、煌々ときらめく星々が散りばめられた宇宙の大海原へと飛び立った。

この世には、人知を超えた存在が無数に存在する。宇宙空間にはまだまだ、知り得ない不可思議な存在が無数にうごめく。ヘルブラディとマヌエラの炎はその一面に過ぎないのだとある者は言った。そして長く時の環を旅する者ならば、何時かそれを理解することができるだろうと。男は、宿命の名の下に、闘いの場へと旅に出た。決して戻ることのない日々も、決して変えることのできない過去も、全てを受け入れた今・・・、本当の自分を受け入れた今・・・一つの旅を終え、そしてまた再び、新たなる旅立ちの時を迎えた。それぞれがいるべき所で、やるべき事のために選んだ場所へと向かうだろう。おのおのが科された宿命の名の下に、歩むべき道を定め、そしてまた時は巡る。運命の絆と、それに託された何かの為に、人は生まれ・・・そして生きていく。永遠に続く命の環はいつか時の環の接する処へとその者を導き・・・宿命の血と共に再び新たなる命の環を紡ぐだろう。生ある限り・・・意志ある限り・・・そして、信念の存在する限り・・・。

「宿命の血と共に・・・」完

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