第六章5
新世界
いつの世も、永久の命への憧れを抱き、苦痛や恐れから逃れることができるのならばと願う者がいる。多くは巨万の富をもってその身を機械の身体へと変え、あるいは、機械の身体をタダでくれるという星へと旅立つ・・・。しかし、機械の身体を持つ物の多くは、人間であった頃の記憶さえも故意に忘れ去り、人が人としてあるべき「心」を失う。ハルヴァルドーは思った。機械化人は永遠に長らえるだけで、其処に何も生産しないのだと。この宇宙には、意志とは無縁に病魔に脅かされながら苦しみもだえ、愛する者との絆を残せずに、この世に生を受けたことをことさらに憎む。夢さえ抱くこともできずに・・・。かつて彼にはそのように苦しむ恋人がいた。ラミア・・・プロメタリウムの地下深くにある、巨大養卵場の奥に眠る美女。そして今はプロメタリウムの中枢を司るエネルギー体。今、養卵場を守るがごとく両手を広げてたたずむ、彼女の棺の上にそびえる像がある。生前の彼女の姿だ・・・。そしてそこにアグリモニーはいた。
「愛とは時として恐ろしいものね。ハルヴァルドーは貴方を愛して止まなかった、なのに貴方は自ら命を逝ってしまって・・・貴方に捧げていた彼の愛情は屈折してしまった。それが彼をプロメノイドの研究に駆り立てたんでしょうね。貴方はそんな彼の気持ちをどんな風に理解しているのかしら・・・」
ハルヴァルドー以外出入りすることのできないこの空間に幽閉されている彼女は、静かにただ棺の中のラミアに話しかけていた。塔の頂上から下る巨大なチューブはこの巨大養卵場で終わっている。ハーロックが思ったように、塔そのものが人間の身体のような仕組みになっているようだった。さしずめ生殖器にあたる養卵場は生暖かく湿り気を帯び、医学知識を備えているアグリモニーには、ここが子宮のようにさえ思えた。プロメタリウムを構成している宝石のような都市や洗練された建築物とはまるで対局のように、ここは妙に生々しい場所なのだ。
「屈折した愛情は私も一緒だけど・・・ね」
アグリモニーは此処に連れてこられる前にハルヴァルドーと話したことをを思い出していた。
---「かつて私にも、身も心も捧げてくれた恋人がいた。不幸にも多異種混血性細胞疾患・・・つまり君と同じ身体でね。私のことを受け入れることができず、苦しみに満ちていた。私はその苦しみを拭うためになんとかして彼女を機械の身体にしようと試みたが・・・彼女は私との間に子供をもうけたいと望み機械の身体を拒み続けたまま、その短い命を絶ってしまったのだよ・・・私は、彼女を今でも愛している・・・」
アグリモニーはだまってハルヴァルドーの話を聞いていた。なぜ、彼がプロメノイドの研究を始めたのか、その理由が知りたかった事もあったが、それ以上にハルヴァルドーはよりヒューマノイドに近い感情を抱いているのだと驚いたからだ。
「私は彼女の生命エネルギーをカプセルに収め、彼女の遺体を永久保存した。そして私自身の身体を研究対象に改造を重ねたつまり私が人方プロメノイドのプロトタイプ。後にメタノイドが軍事組織へと変貌していく最中、私は彼らの科学技術をさらなる物にするために研究者として任務に就き、いつか、死に怯えることなく生き続け、生殖機能を持ち、誰もが愛し合い生きていくことのできる世界を夢見た・・・。そしてメタノイドの軍事組織をバックボーンに・・・ここを作ったのが始まりだ・・・」
「そして、その研究の結果がこれだと?」
養卵場でふ化した卵の残骸を指さすアグリモニー、恐らくそこには数々のプロメノイド達が眠っていたに違いない。
「私の精子とDNA・・・そしてラミアのエネルギーを融合させる技術・・・それがプロメノイドを産み出す。産みの苦しみ避け、量産するにはこの方法が最適なんでね」
ハルヴァルドーに詰め寄るアグリモニー
「人間は産みの苦しみと育てる喜びによって愛をはぐくむのよ。それを省略したせいで貴方の産み出したプロメノイドには「心」が無いのよ」
「私はラミアの複製を作るために実験を繰り返した。君も知っているだろう・・・トール、パメラ、セイラ・・・彼女たちは所詮試作品・・・と言うよりは、私からすれば不良品だったかもしれない。やはり、機械化人ができなかったように、「心」というものを育てるには・・・手間がかかるのだ。母親となるべき存在に心という物が無くてはならないのに・・・ラミアのエネルギーにはそれが無い。悲しいことに、自ら命を絶ったときに、人としての心も意志も消滅してしまったかのようだ・・・」
「貴方のことを愛していた頃の?」
「そうだ。そしてメタノイドの軍事科学研究所で彼女の生命エネルギーを増幅させたために起きたちょっとしたトラブルが起きた。彼らが私の研究と彼女のエネルギーを軍事エネルギーに使おうとしたのだよ。迷惑な話だ」
「その腹いせにメタノイドを・・・」
ハルヴァルドーは薄気味悪い笑いをたたえながら頷いた。
「彼らは所詮強大な力には立ち向かえぬおろかな無機生命体。そして私は私の研究に泥を塗った者は許せない・・・。だが、おかげで彼が誇りとする軍事組織と、兵器としても使えるラミアの生命エネルギーをこの手に入れることができたのだから、それはそれでよかったのだ」
プロメタリウムとは、ハルヴァルドーが作り上げたプロメノイドを支持するメタノイドとそれに反旗を翻したメタノイドのいわば内紛によって作り上げられた都市だった。そんな面影は何処にも感じられない外観・・・それはハルヴァルドーの内に燃える激しいエゴを覆い隠す美麗な容姿そのものなのかもしれない---
「それはそれでよかった・・・それでお前の気が済んだというのか?」
ハーロックは低い声で淡々とハルヴァルドーに問い返した。ハルヴァルドーはアグリモニーに話したのと同じようなことをハーロックに聞かせていたのだ。
「済んだわけではない・・・、ただ、心ある者が・・・身体を蝕まれていながら強く生きる意志のある者が見つかったのでね、これで私の研究が完成に向かわせる事ができる。卵でしか産み出すことができなかったプロメノイドを、ヒューマノイドと同じように体内で新しい生命をはぐくむ・・・よりヒューマノイドに近いプロメノイドの誕生だ」
「アグリモニーをその母体にしようという魂胆か・・・。たいしたエゴイストだな」
「病に苦しむことなく、死にも脅かされず、子孫を産み、育て、この宇宙に新世界を築くという私の夢だ。プログラミング次第で嫌なこともすぐに忘れられる、好きな時代を好きなだけ生きることだって可能なのだよ。永遠に少年でいることも、永遠に若く美しいままでいることもできるのだよ。素晴らしいとは思わないのかね?」
ヴェルセルークは恐らく彼の考えを、彼の夢というものを初めは素直に受け入れたのだろう。たしかに実現すれば、それはそれで素晴らしいのかもしれない。だが、その頂点に立つ者が存在する限り、平穏が訪れることは無いのだ。支配者が存在する限り、そこに自由は無い。ハーロックには分かった、プロメノイドがハルヴァルドー無くして存在し得ない種なのであれば、そのプログラミングの執行権限を牛耳る筈。
ハーロックは組んでいた脚を解き、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「俺は“神”という存在を信じようとは思わないが、存在を否定することもしない。お前は人の言う・・・神をも恐れぬ傲慢な男だ」
「そうかね?・・・プロメノイド化した君とアグリモニーをこれから始まる新世界のアダムとイヴに迎えようとしたのだが」
「断る」
「・・・・残念だな」
ハルヴァルドーはハーロックの睨みを利かせながら放った彼の答えを聞くと同時に、脇にあった電子パネルを叩いた。同時にリヴァイアサンへの攻撃開始を指示する。
「君が此処にいるということは・・・リヴァイアサンも容易にこちらを攻撃できまい。そんなことも考えずに一人で乗り込むとは、やはりヒューマノイドはその程度か」
だが、ハーロックはニヤリと笑ったまま、じっとハルヴァルドーを見据えていた。

プロメタリウムの都市を支える惑星部のクレーターにわずかな動きがあり、リヴァイアサンの探知レーダーには明らかに武器エネルギーの動きを察知し、激しくメーターが点滅している。
「ど〜やら決別に終わったようだなぁ。ま、分かってたことだがねぇ〜」
トチローは間の抜けた拍子でそう言い放つと被っていた帽子を艦長席の背もたれに掛けるために後ろを向いた。横で見ていたホセには、そんなトチローの表情が硬くなっているのがすぐに解る。
「んじゃ、ココは若い輩に任せて、ワシは機関部で陣頭指揮を執るとするよ。まだまだ完全復旧には至っとらんよてな」
ホセはおもむろにクレーンチェアから降りるとトチローに微笑みかけていた。広、鉄郎、アルバ、ラ・フロリーナを初めとする艦橋のメンバーが一斉に振り返る。彼らの驚愕の表情は、ハーロックが乗り込んだままのプロメタリウムに攻撃を仕掛けるつもりなのかという抗議を意味している。
「キャプテンやアグリモニーさんが中にいるんですよ!どうして交戦態勢を!」
「ハーロックは100も承知で出ていったんじゃぞ。それくらい解らんでよくここの乗組員が務まるもんじゃな!」
ホセは一喝と共に後ろ手に腰をトントンと叩くと彼らに向き直った。トチローは久しぶりにホセの口からキャプテンではなく「ハーロック」と言うのを聞いた。
「ワシは惑星ヘレスでトチローとハーロックが出会って以来、ずっと見てきた。何処に行くのも一緒、しょっちゅうつまらん事で喧嘩したり、馬鹿な話をしとった頃からずっと見てきた。二人ともこの旅で少しずつ成長してきたんじゃ。海に生きる男としてな。お前さんらは最近二人があまり言葉を交わさなくなったのに気づいておったか?男はな、言葉を交わさんでも解る時があるんじゃ。それでこそ、真の友なんじゃ。そして、真の友はな、どんなに離れていようと、心は一つなんじゃ」
何時になく、彼らの前のホセは大きかった。ホセは言い終えると満面の笑みと共に機関部へと消えていく。その後ろ姿をトチローはじっと見つめていたが、艦橋の扉が閉まると同時に、何かを振り切ったかのように前方へと振り向く。攻撃態勢突入を知らせるブザーが艦内に響き、全ての乗務員がおのおのの持ち場へと急いだ。
「使える砲門はすべて開け。ドラゴンブレイド、ゲートオープン!両舷加速200%!目標、敵母星、プロメタリウム!」
トチローは操舵輪を力一杯握りしめた。思っていたより遙かに重い舵に改めてハーロックの操縦技術を感じる。
「行くぞ!」
プロメタリウムの数々のクレーターが開き、閃光が放たれるのと同時に、リヴァイアサンの両舷エンジンは激しい轟音を鳴り響かせながらその艦体を赤黒く光らせ発進した。都市から発せられるレーザー砲は大きく弧を描きながらリヴァイアサンに降りかからんとし、クレーターからの閃光は予想を遙かに超えた巨砲のため、脇を通過するだけでも大きな振動波の影響を受ける。
「有効射程距離まであと5万宇宙キロ!これ以上近づくと敵主砲の振動波でかなり揺れます!」
「構うか!」
リヴァイアサンは降りかかるレーザー砲を迎撃しながら突き進むしかなかった。トチローはプロメタリウムの後方を大きく次元断層が囲っていることを見逃してはいない。たとえ、巨大な惑星からの攻撃であっても、こちらには勝算があるのだと信じている。だが、心配なのはハーロックがまだあの惑星に居ることだ。

ハルヴァルドーとハーロックは巨大スクリーンに映し出されたリヴァイアサンを見つめている。ちらとハーロックの表情を伺うが、彼は余裕の表情でただ見つめているだけだった。
(なぜだハーロック・・・なぜお前が囚われの身でありながらお前の船は我々に攻撃を仕掛けることができるのだ・・・?そしてなぜお前はこうも落ち着いていられるのだ?)
その時だった、微弱だがイレギュラーな振動をハルヴァルドーが覚えたのとほぼ同時に緊急事態を知らせる警報が軍事エリアに鳴り響く。程なくして側近があわてて部屋に走り込んできた。
「ハ、ハルヴァルドー様!」
「何事だ」
「無礼をお許し下さい!しかしながら、地下養卵場に爆発が起き、炎上!壁を伝って燃え広がっております!」
ハルヴァルドーは持っていたグラスを床に落とした。グラスの割れる音が響き、ハーロックはニヤリとハルヴァルドーを見た。
「どういうことだ・・・アグリモニーは武装解除してあった筈では・・・」
「・・・消火に向かった兵士達からの連絡によりますと、幽閉中の女を取り逃がしたと・・・」
「ばかな!」
ハーロックはこの二人のやりとりが少し滑稽に思えて笑い出しそうだった。女には一つ余計にポケットがあると言ったのはアグリモニーだ・・・恐らく、小型爆弾を仕込んでいたのだろう。かつて煉瓦の星でデラモースが体内にコスモドラグーンを隠していたのと同様の、特殊シールドに包んで。
「アグリモニーはどうやらプロメタリウムがリヴァイアサンへの攻撃開始を察して動いたようだな。女を甘く見ると恐いぞ、ハルヴァルドー」
「何!・・・貴様、囚われの身でありながらその余裕の表情・・・。リヴァイアサンは貴様が此処にいるのを知っていながら攻撃を仕掛けるというのだぞ!」
余裕の表情を浮かべたハーロックの瞳には取り乱しかかっているハルヴァルドーの姿が映し出される。
「リヴァイアサンは俺の船・・・俺と、意志を分かち合った者達が集う船だ。リヴァイアサンへ攻撃を仕掛けることはすなわち俺に攻撃を仕掛けるも同じ事・・・許されざる行為だ。そしてこれが俺のやり方」
「何だと・・・?我々に立ちふさがる「戦士」という輩・・・なぜお前達はそうなのだ!お前達こそヒューマノイドの代表のようなつもりでいる傲慢な者達ではないか!」
かつてはハルヴァルドーもヒューマノイドだった筈。そして自らの身体に改造を施し、改造を繰り返し自らもプロメノイドになった。それはひとえに、ヒューマノイドの救済なのだという信念からだった。だが、彼の信念が万人に受け入れられない苦しみからヒューマノイドへの憎しみが生まれた。
「俺は決してヒューマノイドの代表などという傲った考えは持ってはいない。お前とは違う。だが、これだけは言っておく。俺の船と乗組員達に、そして、我々が掲げた旗に牙をむく者は何であろうと俺は許さない。徹底抗戦あるのみ・・・これが海賊のやり方だ!」
同様を隠せなず、冷や汗が垂れるハルヴァルドーの表情は徐々に怒りに満ちている。それは平常心を失うことなくその場に仁王立ちするハーロックとは全く対照的な姿。
「どうあっても・・・我々と相容れなぬと言う訳か・・・」
「俺達の新世界は俺達自身の心にある。俺はキャプテン・ハーロック・・・。海賊は・・・そして俺の身体に流れる血潮は・・・何人にも屈することはない!」
語気強く語った。恐らく、このように自らの名を名乗り語ったのははじめてだ。偉大な父の血を受け継いだ者として、どうしても自分自身受け入れることができずにいたハーロックは、いつの間にか自らに課された宿命を真にその心へと受け入れた瞬間だった。
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