第六章4
ノクターナルフレイム
強化シールドの修理が完了したため、シールド内の酸素供給のために風が吹き、リヴァイアサンの甲板は装備無しでも歩ける状態にあった。ハーロックが向かった先は左舷艦尾カタパルト。しばらく立ち止まり、胸のジッパーを下ろすとすがすがしい顔ではためく髑髏の旗を見つめ、そしてまたゆっくりと歩き出した。胸元に吹き込む風が心地よい。ついさっきまで大きな戦いがあり、そして今、敵母星を前にしているとは思えぬほど、宇宙は静かであり、瞬く星々はじっとリヴァイアサンを見つめているように思えた。漆黒に白の髑髏を描いた大型戦闘機アルバトロスがハーロックの目前に鎮座し、その下にアルバが立っていた。
「アルバ・・・」
「整備・・・異常ありません。武器・弾薬の装填完了」
「ご苦労だった。艦橋に戻っていい」
アルバは二三歩前に進み出て、じっとハーロックの目を見つめた。ハーロックがなにか聞き返すかのようなそぶりをする。
「ん?」
「自分に行かせて下さい。貴方は艦長です。この船から降りることはできないはずです。アグリモニーさんを人質に取られたのは、自分の至らなさからです。責任を取らせてください」
いつになくアルバの物腰は堅く、その言葉じりも眼差しも真剣そのものだった。
「それは違うな、アルバ。お前はただアグリモニーを救出して、ハルヴァルドーと決着をつけるつもりでいるのだろう・・・だが、俺は違う。そこをどけ」
「何が違うんですか!」
「俺はこの目でプロメタリアを見る必要がある。本当に闘わなければならない相手なのかを見極めるために。そしてアルバ・・・ひとたび戦いが始まれば・・・お前はプロメタリアの滅亡をその目でしかと確認する必要がある。もし、このリヴァイアサンが白鯨ならば、ヴェルセルークは同じ事をするはずだ。何のためにお前に生きろとヴェルセルークが言い残したのか、よく考えるんだな」
ハーロックの言葉は、相手の出方次第では闘わずに終わらせる様にも聞こえるが、その瞳は決してそんなことはあり得ないだろうと語っている。アルバは頭を振った。目に涙をためながら、ハーロックの離艦を阻止しようと必死なのだ。
「それでも嫌です!」
ハーロックは心の中でアルバに訴えた。アグリモニーの事でアルバが責任をとる以前に、己自身が取らねばならない責任があるのだと。
「アルバ、お前のアグリモニーへの気持ちは分からんでもない。そして、その手でハルヴァルドーをしとめたい気持ちもだ。だが、今、リヴァイアサンの乗組員としてのお前の任務は艦橋へ戻り、ヘルブラディ砲を撃つこと。例え、何があろうと・・・だ」
「キャプテン・・・何を・・・何を言っているのか分かりませんよ・・・」
ハーロックは項垂れるアルバの肩を掴んで艦尾の旗を指さした。
「見ろ、あの髑髏の旗を。我々のバトルフラッグだ。俺達はあの旗に誓ったはずだ。共に生き、共に戦い、共に死す事を。あの旗がはためく限り、俺は信念を貫く」
ハーロックが穏やかな表情でアルバの横を通り過ぎ、コクピットへと乗り込んだ。アルバは振り向いて叫んだ。
「キャプテン!」
ハーロックはニヤリと笑うと親指を立て、コクピットを閉じた。
「キャプテン!必ず・・・必ず戻ってきてください!」
アルバの言葉がハーロックに聞こえているわけは無かったが、艦橋からアルバトロスの発進を見つめていた他の者達も皆、同じ気持ちだ。
「・・・まさか、こんな事になるとはな。俺も焼きが回った・・・」以前のハーロックなら面倒くさそうにそう呟いただろう。ホセは思った。ここのところ以前のようにハーロックとのんびり話をする事がめっきり減ってしまったが、あの男は惑星ヘレスで出会ったときから一回りも二回りも大きくなっているのだと。ヘレスの小屋の鍛冶場でムキになってサーベルを振っていた男の、そして初めてリヴァイアサンの艦長席に座ってとまどっていた頃の面影もほとんど消えていた。次第に口数が減り、瞳や背中でモノを語るようになった・・・かつてホセが乗っていたアルカディア号の長のように、心から笑うことさえ無くなりつつあった・・・そう思うと、彼の成長を嬉しく思いつつも、少し寂しいように思った。
ハーロックがそうである様に、トチローもまたそうだった。無邪気で呑気なところは変わってはいないが、以前にもまして思慮にふけり、一人で過ごすことが多い。まるで自らが建造したリヴァイアサンの構造の全てを、その小さな背中に負い尽くしているかのように。そして、トチローはその責任の重さを今一身に背負って艦橋に戻ってきた。だまって操舵輪に結ばれたスカーフをほどくと、それを握りしめ俯いていた。
「トチロー、お前さん大丈夫か?」
心配そうにホセが小声で訪ねた。
「ん?まぁな。あいつが一人で出ていくことくらい分かってたさ。あいつは決めたら何を言っても聞かんからな〜」
ぽしゃりと艦長席に腰掛けたとき、艦橋からアルバトロスの発艦を見守っていた者達が心配げな表情でトチローを見た。
「な、なんだなんだ〜俺が此処に座っちゃいかんのか?あいつが動かさないんだったら俺が動かすしかないだろーが。ったく、俺がこの蛇輪を握るのは最初で最後だ。二度とやらんぞ!」
ラ・フロリーナがくすっと笑った。皆が心配げな表情をしていた本当の理由はトチローにも分かっていた、それは背が低いから蛇輪が掴めないだろうだとか、近眼じゃ航行できないだろうとか、そんな理由ではない。誰よりもハーロックの身を案じているのがトチローだということを分かっている故の表情だった。トチローはそんな心配を振り切るように握りしめたスカーフを手首に巻き付け、そして艦長席を蛇輪に近づけて椅子の脚を固定させるとやおら椅子の上に立ち上がり、蛇輪の握りやすい状態を確保した。さもおどけてやって見せていたが、いざ目前に蛇輪がくると、真剣な眼差しでただじっとそれを、祈るように見つめていた。
(ハーロック・・・無茶はするな・・・)

「敵艦より戦闘機が発艦しました。かなり大型の戦闘機が一機・・・それ以外は動きがありません。一体のヒューマノイド反応があります。撃墜しますか?」
(たいした自信だな。単身乗り込んでくるつもりか・・・ハーロック)
軍事エリアの司令席に座るハルヴァルドーはモニターが捉えた漆黒の戦闘機を凝視した。金モールと朱のカーテンで彩られた豪華な司令席の下ではプロメノイド兵がそそくさと戦闘配置に着き、上官であるモノ・プロメノイド達がハルヴァルドーに状況を逐一告げに上がってきている。
「放っておけ、たかだか戦闘機一機相手にしたところでエネルギーの無駄だ。誘導してやるがいい」
「はは!」
ハルヴァルドーはスクリーンに向かってニヤリと笑いかけた。兵士達がアルバトロスに誘導電波射出の準備に取りかかる。細い光線がプロメタリウムから射出され、軍事エリアの滑走路に連なる電気パネルが次々に点滅した。
「誘導電波・・・?ふん、味なことをしてくれる」
ハーロックはたった一人、ブラック・アルバトロスの中で呟いた。
一方、リヴァイアサンの艦橋に戻ってきたアルバは、いよいよ視界から遙か遠のいていくアルバトロスをじっと見つめ続けていた。
アルバトロスが誘導された地点はプロメタリアの中心にそびえる塔の中央付近。ヤマアラシの背にも似た数々の棘のようにせり出した滑走路とおぼしきトンネルの一本だった。せり出したトンネルの全てから水のような液体が流れ出し、塔の麓に広がる都市へと降り注ぐ。それも都市に達する頃には霧状になって都市を包み、独自の大気を生み出しているのだ。上空から見下ろすその景色は、霧に包まれた青い宝石の山の様だった。リヴァイアサンから眺めたときは全く無機質な都市に見え、霧の存在すら気づかなかったが、間近で見たプロメタリウムとはかくも美しい都市なのかと、ハーロックは心にかすかな感動を覚えた。
誘導電波に導かれるままにトンネルを抜けると、其処には塔の頂上から各トンネルへと接続されたチューブが渦巻く。中央の太いチューブはそのまま底なしのごとき地下へとつながっている。恐らくこれがラミアのエネルギーにつながっているのだと考えると、まるで塔自体が人間の大脳からつながる神経中枢に思えた。
ホールに出てそんな思いを抱いた瞬間、軽いめまいと共にアルバトロスはその空間から軍事エリアへと転送されていた。
「瞬間物質輸送装置・・・!くそ、どこから出ていいのか分からなくなってしまった・・・」
『行きはよいよい帰りは恐い・・・恐い物なら通りゃんせ・・・』彼が子供の頃に養母だったユウキが時々歌ってくれた歌。古来より伝わる童歌という物を思い出していた。あまりに意味深で暗い歌に、子供ながら違和感を覚え、いまだに覚えていた自分を笑った。
「キャプテン・ハーロック!ハルヴァルドー様がお待ちである」
アルバトロスから降りてきたハーロックの前に現れたのはハルヴァルドーの側近だった。武装している感じもなく、ハルヴァルドーと似て美しい顔立ちと優雅なコスチューム。辺りを見渡せばプロメタリア兵として今まで見てきたメタノイドの変種とは明らかに異なる人物が数人見て取れた。
「モノ・プロメノイドか?」
「・・・そうだ。ハルヴァルドー様直属の配下である」
長い廊下を進む途中、階下には多くの見慣れた兵士達が働き蜂の様にせかせかと動いているのが目に入った。彼らのいる機械だらけのフロアと自分の居る空間とは全く異次元にさえ思える程、絢爛豪華な装飾によって彩られた道が続く。
「ハルヴァルドーは古代地球人が愛した文化に興味があるのか?懐古趣味は悪くないが・・・俺の思っていたイメージとは違うな」
「文化?文化というモノは知らぬが、イメージが違うとは?」
「いや・・・いい」
ハーロックは宇宙から見えた無機質な都市をそのまま投影していたに過ぎない。中に入れば宝石の如く美しい。その様を見て既に納得はしていた。

何処をどう進んだのか検討がつかないほど長く入り組んだ自走廊下を抜け、よやく軍事エリアの一室へとたどり着くと、ハルヴァルドーは燭台が置かれた大理石作りの様なテーブルの向こうに悠然と座り、ハーロックを迎えた。側近はすぐさまブルーワインをハーロックに進め、その場を去った。
ハルヴァルドーがハーロックの腰元を探るような視線を送った。そこにはあるはずの銃は無く、それを確認したハルヴァルドーはニヤリと笑って手を差し出し、席に着くよう促した。
「コスモドラグーン・・・とやらが揃ったようだね。今頃君の船では祝杯を挙げているのかな?」
「祝杯は全てが終わってからだ」
ハーロックは席に着くとテーブル周り、そして壁や天井を素早く見渡した。
「驚いたかね?美しい都市だろう?君は懐古趣味があると思ったのでね、ヴェルセルークが好んだこの部屋に案内させて貰ったよ」
「いつの世にも昔を懐かしみ、尊び、こういった装飾を施すことはある。ヴェルセルークもそうだった。だが、地球人とは、いや、この世の生命体とはまったく異なる種のプロメノイドがまさかこんな趣味があろうとはな」
ハルヴァルドーは感情のない笑顔を浮かべると手元のパネルスイッチの一つに触れ、スクリーンにリヴァイアサンの姿が映し出された。
「リヴァイアサン。君の船も変わった趣味だな・・・。退廃的・・・とでもいうのかな?旗を掲げ、そこにはいかがわしい髑髏の印。古めかしいタイプの戦艦・・・その色も、形も、そしてその名も・・・私からすれば・・・悪趣味だ」
ハーロックの眉がピクリと動く。
「その悪趣味な戦艦こそがお前の狙っていたヘルブラディの姿だ。なんと言われようと俺は構わない。だが、髑髏の印を蔑むようなヤツにヘルブラディは所詮、使いこなすことなどできない事が分かった」
「だからこそヴェルセルークのような者が私には必要だった。彼ならばヘルブラディの封印が解けると信じていたからね。だが、私とは考え方が少し違っていたようだ・・・」
ハーロックはブルーワインに口を付けた。芳醇な味わいをその舌で確かめると最後に激しい苦味が襲ってくる。深く、静かで透き通ったワインの色を見つめた。
「そのワイン、ヴェルセルークが好んで飲んでいた。ノクターナル・フレイムという銘柄だそうだ。よく、一人にこの部屋で飲んでいたよ・・・私の好みでは無いのだがね・・・」
ノクターナル・フレイム・・・闇の炎。まるでリヴァイアサンの中枢コンピューターで灯り続けるマヌエラの炎の様でもある。ヴェルセルークはマヌエラを知っていたのだろうか?だとすれば、封印を解ける可能性はある・・・。そして、何を想い、一人でこのワインを口にしていたのか・・・もはや、それを知る手がかりは無い。ただ、ハーロックはこのワインが気に入った。後味の激しい苦味が・・・ヴェルセルークの口惜しさを物語っているようでならなかった。
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