第五章7
開戦前夜
「ト、トール様・・・惑星が!惑星ラーメタルが消えます!」
リヴァイアサンの後方で巨厚な暗黒雲を伴ったラーメタルが徐々に遠のき、まるで煙に吸い込まれるかのようにしてその宙域から姿を消した。艦内の兵士達が動揺の声をあげている。
「うろたえるな!所詮はなんの取り柄もないただの次元航海惑星・・・我々の敵ではない。どうでもいいこと。それより前衛艦隊はどうしたのだ!なぜ攻撃を止めた」
通信装置からは前衛艦からの痛烈な悲鳴が聞こえている。
「それが・・・惑星が消えたにも関わらず次元磁場が激しく、攻撃をしていた艦隊が飲み込まれているようです!」
惑星を取り巻いていた暗黒ガス雲は激しい渦を至る所に発生させて近づこうとする物を飲み込んで砕く。ラーメタルへ進軍していたトール率いるプロメタリア軍前衛艦隊はラーメタルから離脱してきたリヴァイアサンを返り討ちにするつもりだったが、暗黒雲が発生させた磁場に巻き沿いをくい、後退し遅れた戦艦が渦に飲まれてしまったのだ。その中を悠然と、赤黒い戦艦リヴァイアサンが姿を現した。旗艦艦橋のトールが立ち上がった。
「この磁場の中を切り抜けてくるとはこしゃくな・・・。ふん、だがそのうち悲鳴を上げるだろう。全艦攻撃態勢を整えアステロイド帯へ布陣せよ!」
前衛艦のほとんどを失ったプロメタリア艦隊はそれでも800隻を下らない数でリヴァイアサンの前に立ちふさがった。リヴァイアサンとプロメタリア旗艦の間はラーメタルの次元ワープのせいで引き寄せられたアステロイド(小惑星帯)が無数あつまり、視界を不快なものにしていた。

ハーロックは艦橋で腕を組んでただ目を閉じてうつむいていた。シールドが張れなかったためにあちこちの装甲板に損傷が出、いったん停止したのだ。リヴァイアサンの目前には天の川の如くプロメタリア艦隊が並列している。誰もがただそれをじっと見つめているだけだった。ラ・フロリーナが負傷のために広がレーダーで敵の旗艦を探している。
「キャプテン・・・トチローさんのコスモサーチが指しているのはかなり奥の巨大戦艦です。あれが敵の旗艦とみて間違いないですね。でも・・・まだこちらのシールドが復旧できそうにありません」
「・・・・」
「キャプテン?」
ハーロックは向こうが攻撃を仕掛けてくるまでここで停止する事を指示していた。向こうも間を詰めてくる様子は今のところ無い。集中砲火を食らったら、おそらく強化シールドを張れない今のリヴァイアサンでは厳しいだろう・・・そのためにも、こちらから動くより、相手の有効射的距離ギリギリのところで様子を見ることを選んだのだ。組んでいた腕をほどいて、踵を返して去っていくハーロック。その不機嫌な様子に広は眉間にしわを寄せて首を傾げた。同時にトチローが立ち上がる。
「広、なにか動きがあったら連絡を入れてくれ。それまでは休んでいて構わない・・・しばらく戻らん」
「あ、分かりました・・・」
トチローはハーロックが艦長室に向かっていったのを分かっていた。物言わずとも、トチローはハーロックが彼に何を求めているのか分かっていた。いつもなら煌々と明かりが灯り、アグリモニーが酒をテーブルに並べているはずの艦長室は薄暗く静まりかえっていた。ハーロックは艦長室のシャンデリアのスイッチをすべてオンにして自分の席に着くと、飲みかけのワインの栓を歯で抜き取って吹き捨て、喉に流し込んだ。
「飲むか?トチロー」
「いいや、遠慮しておくよ。・・・それより、俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
トチローは艦長室の奥まで進むとキャビンの出窓に腰掛けてハーロックの方を向いた。
「ああ、そうだ。俺とお前の間に隠し事は無しの筈だ」
「無論・・・隠してもいづれ分かるだろうしな・・・。だが、俺は約束したんだ。アグリモニーとな。約束は守らにゃいかん。メーテルは反対していたみたいだが」
「俺に黙っている事を約束したというのか」
トチローはなにもハーロックだけに黙っているという約束ではないのだと説明した。だが、一番黙ってなくてはいけなかったのは彼であることも付け加えて。そして、アグリモニーの身体のことをうち明けた。
「許せ、ハーロック。本当のことを言っていたら、お前、場所も選ばずアグリモニーをこの船から降ろしていただろう。あいつもそれは分かってた。でも、それでも船に乗っていたかった。俺にあいつの居場所を奪う権利はない。残り短い命が尽きるまで、お前の役に立ちたかったんだよ、あいつは」
「俺の役に立ちたいだと?・・・おおきなお世話だ!」
ハーロックは唇を噛みしめてうつむいた。そしてトチローのいるキャビンの窓に近づくと拳で窓を激しく叩く。ラーメタルに到着する前のあの時、アグリモニーの腕を掴んだ時、一瞬身を引いた彼女の事を思い出した。
「ばかな・・・!」
(気づかなかった俺の責任だ。俺はあいつに甘えていた・・・。広やアルバがあいつのことを母親のようだとよく言っていたが・・・それは俺もそうだったのかもしれない、そしてそんな自分が許せなくて・・・あいつを玩ぶ様なことを)
内心、ハーロックは自責の念に駆られていた。だが、トチローに返した返事は一言だけだった。それでもトチローは彼の表情をみれば、だいたいの見当はつく。そしてトチローはハーロックの母に甘えたい気持ちがどれほど屈折したものか理解に苦しんだ、それは彼の父であるハーロック2世も予測はしていなかっただろう。
「ハーロック、アグリモニーはもうこの船に戻れないだろうと思ってるに違いない。無事でいてくれるといいんだが・・・」
「ただで死ぬようなたまじゃない。あいつはそんなやつじゃない。リヴァイアサンの乗組員である以上、そんなことであってはならない」
強がりの向こうの弱さまで、気づいてやることができなかった・・・気づいていたら、きっとリヴァイアサンには乗せなかった、たとえそれが彼女の不幸であったとしても、苦しませずにすんだのだから。ハーロックはまだ、大宇宙を航海し続ける男としては成長しきっていないのだと痛感せざる得ない。そしてトチローも。だが、起きたことに後悔しても始まらない。ハーロックは拳を強く握りながらただキャビンの外を睨み続けていた。戦いを予見するような激しい次元嵐が遠くに広がる。その向こうに、アグリモニーが連れて行かれたというプロメタリウムが近づきつつある。

医務室ではほとんどの乗務員の傷の手当てを終え、各担当地区へと送り出していた。自分の手当を終わらせていたラ・フロリーナがアグリモニーの代わりにドクターのアシスタントを務め、なんとか最後の乗組員の手当に取りかかっていた。
「お前さん、無理させてしまった、もう安め」
「平気ですよ。私はこう見えてもタフな血筋ですから。それより・・・アグリモニーさん・・・心配」
「あいつのことだ、心配にはおよばんだろ」
全てを知っているドクターは何も知らないラ・フロリーナに余計な事を言うまいと、空元気ながらもにっこり笑っていつもの調子で答えた。
「それよりアルバの方が心配だぁな」
「アルバ君・・・ええ、そうですね」
アルバは今にも消え入りそうな面もちで爆発の被害をかろうじて逃れたコスモ・エンジェルの下で膝を抱えてしゃがみ込んでいた。白兵戦のメンバーのセッティングが終わった鉄郎はふと気になってアルバの様子を見に来ていた。そして、ゆっくり近づいてアルバの肩を軽く揺すった。
「元気出せよ。君のせいじゃない」
「分かっています・・・でも、このままじゃあんまりです。速く助け出さないと。くそ!僕があの時エンジェルを発進させられたら、こんな事には・・・こんな事には・・・アグリモニーさん・・・!」
マリンブルーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「やめるんだ!アルバ!」
鉄郎が太腿を何度も叩いて悔しがっているアルバの手を取って怒鳴り声をあげたが、アルバはそんな鉄郎をにらみ返した。だが、鉄郎はあくまでも優しい瞳でじっとアルバを見つめていた。その瞳がアルバの心をなだめた。
「君は、特別な感情を彼女に抱いているんだね・・・」
アルバにとって思いがけない事を鉄郎は言った。だが、鉄郎の言ったことが正しいのだとその時になって気づいた。

「まだ、敵は動かぬようだな」
プロメタリア艦隊旗艦艦橋でトールはじっとモニターを見つめていた。
「我々の出方をうかがっているようです。前衛艦隊有効射程距離圏外ぎりぎりの地点です。いかが致しましょうか?今ならば敵艦も満身創痍の状態、こちらには好都合です」
「ふん、だがヘルブラディの詳細位は知って置かぬとな。セイラからはまだ何の連絡も無いのか?」
「・・・先ほどリヴァイアサン艦内中枢コンピュータールームに潜入したという連絡を受けました。場所はこの辺りです」
兵士はリヴァイアサンの3D画像を艦橋内に投影すると、中枢コンピュータールームに赤い点滅があることをトールに説明した。
「何のために我々が此処で待機していると思っているのだ。使えぬヤツ!」
そう、セイラはリヴァイアサンの中枢コンピュータールームに忍び込んでいた。セイラは無理やりこじ開けるまでもなく、コンピュータールームへと忍び込んでいたのだ。リヴァイアサン内のセキュリティー装置に不審者の信号は出ていない。爆発の騒ぎの間、自分の身体を使ってメイン機器にアクセスすればセキュリティーシステムを変更できる・・・この作業が思ったより手間取ったようだった。しかし、今、巨大な繭状の中枢コンピューターの前にいた、そして中央に灯った青い光をじっと見つめていた。
「ヘルブラディ・・・あれがそう。あの炎さえ手に入れれば、この船はただの鉄の塊にすぎない」
マヌエラの炎、ヘルブラディのエネルギー源である炎は弱々しい光を放ちながら揺れている。揺れながら、それに近づこうとしているセイラを見ているようだった。セイラは一歩一歩炎に近づき、ゆっくりと手を伸ばした。指が炎に触れると、ちりちりと音を立て、慌てて手を引いたがセイラの指は黒く焦げていた。驚愕の面もちで後ずさる。
[・・・可哀想な人・・・]
「誰!」
[私は・・・貴方自身。貴方の中にいる私]
セイラは自分の頭の中で別の人間が話している事に気づいて総毛立った。
[貴方はセキュリティーシステムを変更するためにメインコンピューターにアクセスした・・・貴方自身の体を使って・・・だから私は貴方の身体の中にいる・・・私は・・・]
「や、やめて!」
セイラは頭を抱えてしゃがみ込んだ。手を見るとさっき黒く焦げた部分が増殖し始め、身体全体を浸食しようとしている・・・そんな幻覚が起きはじめた。
ひとたびエネルギーに身体を委ねた者は、マヌエラにその遺伝子の一部を与えてしまうことを、セイラは知る由もない。バグ・・・そう、プロメノイドには決して起こり得ない筈のバグが起きてしまったのだとセイラは解釈した。それは彼女にとって身の破滅を示す脅威。細胞分裂を繰り返すヒューマノイドとは異なる。かつてカルナがそうであったように、自分自身を失う。青い炎は序序にふくらみを見せ始めた。

艦長室のテーブルに置かれたボトルの底に残ったワインに妙な波紋が出ている。トチローは辺りを見回し、なにやらいつもと違う感覚に落ち着かない様子だった。
「なんか、妙な振動が起きてないか?」
「ああ、さっきから気にはなっていた・・・通常の震動とは明らかに違うな」
それは艦橋のホセも感じていて、機関室にチェックを入れたが何の変化も起きていないという。だが、ハーロック、トチロー、ホセ共にこの震動は身に覚えがあった。銀河系を出るときに・・・。トチローはいちもくさんに中枢コンピュータールームを目指す。同様にハーロックも走った。
「いかん、ハーロック、セキュリティが!パスワードが変更されててドアが開かん」
「どけ、トチロー!」
ハーロックがサーベルを抜いてロックパネルを破壊した。それでも完全に閉じられたドアを開くのは男二人の力でも簡単なことではない。二人してなんとか開いた隙間にサーベルをねじ込み、ハーロックが足と腕に満身の力を込めて開くと彼の下をトチローが滑り込む。
「あ、あぁ!!!!」
悲鳴ともつかないトチローの声がコンピュータールームに響く。中枢コンピューターの繭の麓で頭を抱えながら狂い踊るセイラがそこにいた。かつて知ったる彼女の顔は、急激な老化を起こしたかのようにしわがれ、今にも崩れ落ちそうになっている。ヒューマノイドを模倣した表の皮が剥がれ、本当のセイラの姿、すなわちトールと寸分違わぬ容姿の姿が露わになった。しかしそれすらも狂気に満ちた姿で、身体の穴という穴から異様な煙様のものが染み出ていた。
「ひ、ひひひ・・・・!ヘルブラディは私の物・・・私の物・・・プロメタリアの物!あははははは」
「・・・狂ってる」
青ざめたトチローは声を震わせていた。
「貴様!どうやって此処に入った!」
「私はセスキ・プロメノイド・セイラ!そう、万能完全なるプロメノイド・・・ふふふ・・・」
完全に狂ってしまっているセイラがまともにハーロックの問いに答えるはずもなかった。ハーロックはコスモドラグーンを抜いて目前の敵に照準を合わせたが、最後の力を振り絞ってセイラは中枢コンピューターにしがみついた。雷が落ちたような、激しい音と光が室内に放出され、リヴァイアサン内にとどろくほどの悲鳴と共にセイラは粉々に飛び散った。爆風と電磁波が吹き荒れる。ハーロックはトチローに覆い被さろうとしたが、そんなハーロックをトチローが突き飛ばし、爆風をもろに受けて転がった。リヴァイアサン内のいくつかの機械もブーンという音と共に出力がフェードアウトしていった。
「トチロー!」
爆風に飛ばされ、床を転がりそのまま壁に身体を打ちつけたトチローは鼻血を出しながらもひびの入ったメガネを拾ってかけ直す余裕はあった。ハーロックがトチローを抱き起こす。
「大丈夫だよ。コレくらいど〜ってこたぁ無いって。お前こそ・・・怪我は無いか?お前が倒れちゃ戦いには出れんからな」
「お前ってヤツは・・・」
苦笑するハーロックにトチローは鼻血を垂らしたままニッカリ笑ってみせた。
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