第五章2
ラーメタル上陸
ラーメタルまでの航海は順調だった。パメラとセイラが何かしらの連絡をプロメタリアに入れていることが考えられるため、敵が布陣している可能性は充分に考えられる。だが、メーテルはあえて次元断層が在ると言われるアンドロメダ星雲間近にラーメタルを移動させ、敵の手薄な宙域でリヴァイアサンを待った。
「次元断層に入り込んだらえらいことになる。とはいえ、さすがはメーテルだ。これなら敵のレーダーを撹乱できるなぁ。」
「こちらのレーダーもですけどね。様々な次元が交錯して頭が混乱しそうです。断層に入ったらどうなるんです?」
「アンドロメダ近隣で起きた様々な時代の出来事がいっぺんに入り込んでパンクするか、虚無の空間を彷徨うか・・・違う時代へと飛ばされるか・・・いずれにしても良いことはなぁ〜んにも起きないさ。たぶんな」
「わ〜、こわ〜い」
ハーロックは艦橋での会話を聞きながら苦笑いをしていたが、その手に掴んだ蛇輪は確実な動きをもって次元断層ギリギリのラインを航行していた。突然、軽い浮遊感を覚え、目前が真っ暗になる。とたんにトチローは厳しい顔をして広のレーダーに走り寄った。ラ・フロリーナのレーダーにはラーメタルの存在が確認され、点滅を始めている。
「キャプテン・・・ラーメタルは前方100万宇宙キロ」
「トチローさん、暗黒雲もかなりの厚さです」
「まだ次元断層が増殖してる。暗黒雲を航行し終わるまで気を抜くなよ」
「大気圏航行エンジンへ切り替え準備完了、メイン出力50%」
ハーロックが蛇輪を微調整しながら動かし、レーダーの反応を頼りに暗黒雲を航行した。
「広、対閃光シャッターを。暗黒雲から出たら目つぶしをくらうぞ」
「了解。対閃光シャッター作動させます」
リヴァイアサンの窓という窓にシャッターが下ろされ、外の状況はモニターでの確認のみとなった。艦内はしばらく緊張状態が続いていたが、トチロー一人、なぜか徐々にそわそわしだしていた。
「間もなく暗黒雲を突破します」
「エンジン出力80%、大気圏突入角40度。突入後垂直下降で湖に停泊する。・・・・ん?トチローどうした。さっきからそわそわして」
トチローはうきうきの様子で落ち着かずに艦橋を歩き回っていた。
「やだな〜トチローさん、少しは大人しくしてくださいよ。まるで初めて宇宙に出たときの俺みたいだ」
「そわそわせずにいられるか、この!あぁ〜速く着かないかな」
リヴァイアサンは暗黒雲を突破し、ラーメタルの大気圏へと突入した。ついにトチローは大きな口を開けてぼんやりしだす。どうやら想像の世界へとシフトしたようだった。ホセがクレーンチェアでトチローに近づいた。
「トチロー。たしかにメーテルさんは宇宙一のべっぴんさんじゃからなぁ〜分からんでもないが・・」
「ホセ〜。そんな事じゃない!ラーメンだよラーメン!」
「ラーメン?」
艦橋にいた一同、声をそろえて言った。
「あそこはな〜。俺が5歳の頃おふくろと食いに行ったラーメン屋があるんだ。不幸にも俺はそのことを覚えておらんが・・・その後もメーテルに何度か連れて行ってもらった。うんまいんだ、これが」
艦橋をうろついていたトリがトチローに大声で鳴いた。
「そんなにうまいラーメンなら俺達も食いたい!な、アルバ」
「あの、ラーメンって何ですか?」
「お前知らんのか!人類が作り上げた至上の食い物だ。よく覚えておけ。ラーメンだ。チャーシューは3枚がいい。ゆでタマゴをつけて食うんだ。くぅ〜たまらん。よだれが出る」
ハーロックが静かに笑っていた。彼が本当に嬉しそうに笑うのはしばらく振りだ。
「それほどトチローが興奮するなら俺もそのラーメン、食ってみたいな」
一同が固まった。ラーメンを食べるハーロック・・・どう考えても想像が付かない。ホセ、広、ラ・フロリーナが腹を押さえて笑いをこらえた。アルバが不思議そうな顔をした。
「キャプテンがラーメン食べるのはおかしいんですか?」
「こら、ばか!アルバ!し〜っ!」
「俺がラーメン食べてどこが悪い」
ハーロックはすね顔でトチローを見た。
「そうすねるなハーロック。一緒に行こうぜ、ラーメン屋。その前に箸の使い方マスターしとけよ。フォークなんぞで食ったらゆるさんぞ」

一方医務室ではパメラ、セイラから採取した唾液を元にドクター雨森とアグリモニーで調査が続けられていた。
「うむ、DNAはヒューマノイドのそれと同じ様だが・・・通常ヒューマノイドのは多少の欠陥を持っておる、だがこれには何もない。完全なるDNA・・・というかただの細胞の核だな。ある時点で止めたまま、死ぬことも成長することもしないでヒューマノイドの欠点を完全にしたクローンの様なモノだ。表層はおそらくメタブラディで人体実験された者の誰かのだろう。・・・しかし、これはカムフラージュにすぎん。エネルギーの中枢を知るためには、本人達を解剖でもせんと判らんな・・・残念だ」
「完全なクローンともあれば、私たちヒューマノイドとは全く違うと見て間違いないわ。メタノイドでもない。プロメノイドだという確証は持てなくても、アルバがああいう以上、ほぼ間違いないのね」
ドクターはオトガイを指でぽりぽり掻きながら納得いかないおもむきで顕微鏡を見つめ続けた。
「このあいだトチローと調べたプロメノイド兵には、とうていこんな事が出来るような身体ではなかった。ただ、メタノイドの素材を変えた程度だ。・・・アルバの言っていたセスキ・プロメノイドっていうヤツだとしたら。つまりは、そもそもの身体が無いのかもしれん。ホレ、ラミアとかいうエネルギー体が親なら納得がいくだろう」
「そうね。アルバは、ラミアのエネルギーをハルヴァルドーによって人体化するような事を言っていたものね。まぁ、憶測らしいけど」
顕微鏡から目を離したドクターはアグリモニーが渡した酒を一口ラッパ飲みし、おおきなため息をついた。
「あんなに弱々しい乙女を・・・スパイだなんて思いたくはないが、後わずかでラーメタルだ。アグリモニー、警戒を厳重にな」
「分かってる」

リヴァイアサンはラーメタル上空からゆっくり巨大な湖に着水した。惑星を揺るがすような轟音で辺りの山々から鳥たちが飛び立つ。小高い丘からメーテルが長い髪を靡かせ、リヴァイアサンの到着を眺めていた。着水してしばらくして、飛行艇が丘に向かって飛来する。意の一番に出てきたのはやはりトチローだった。短い足で必死にメーテルに駆け寄るトチロー。その後をゆっくりハーロックが追う。
「トチロー!・・・まぁ、こんなに立派になって・・・」
メーテルはトチローの顔や身体を撫で、抱きしめようとした。
「お、おいおい止めてくれよ・・・恥ずかしいじゃないか。ハーロックが見てる」
メーテルははと気づいたように立ち上がると、目前にハーロックが立っていた。ラーメタルの湖畔に吹く風に揺らぐ黒いローブ。風は丘の草を撫でると同時にハーロックのフードを脱がし、髪を撫で、頬の傷と眼帯が露わになった。
「ハーロック。素晴らしい船ですね・・・貴方のお父様に負けない立派な船だわ」
「貴方に会えて光栄だ・・・アグリモニーに聞いてはいたが、こうして会えるとは思わなかった」
メーテルはすこし寂しげに微笑んでハーロックを見つめた。トチローが割ってはいる。
「メーテル、鉄郎は?あいつは無事に到着したんだろ?」
「彼なら中華料理屋さんのお手伝いをしているわ。覚えているかしら・・・あのラーメンのおいしい・・・」
トチローは嬉しそうに笑っていた。
「覚えてるとも!じつは速くあのラーメン屋に行きたかったんだよ〜」
「まぁ、ラーメン好きは変わっていないのね。じゃぁさっそく行きましょうか?」
「うん、行こう行こう!」
トチローが旨いといったラーメン屋はラーメタルのリトル・ホンコンという地区にある。地球の20世紀初頭の中華街をそっくりそのまま作ったような、騒々しく、薄汚くもあでやかな町並み。屋台も並び、蒸気が道々にあふれ出している。星籍不明の人々がにぎやかに行き来し、此処を歩くメーテル立ちは完全に異色だった。路地を入った奥にある『唯物園』というこじんまりした中華料理屋。粗末な作りの店内に三人が入っていくとカウンターの向こうから威勢のいい鉄郎の声が響いた。
「らっしゃい!・・・あ!トチローさん!ハーロック!」
「鉄郎!久しぶりだな」
「こんなところで再会するとはな〜。メーテルも粋な計らいをしてくれるな」
『唯物園』に来ている客はハーロックの名を聞いても何のリアクションも無い。ここは他の銀河と違い、ごくごく平和であることを物語っている。
「ラーメンライス、チャーシュー三枚にゆで卵ですよね」
「そうそう!なぁんだよく分かってるじゃないの!」
「鉄郎もこの店のラーメンのファンになってしまって、あなた達が来るまでこうしてアルバイトをするっていってね」
鉄郎は此処に三人しか来ていないことを確認すると、他のメンバーが艦内にいることを悟り、30人前のラーメンを作れないか店主と相談した。トチローがカウンターに乗り上がって声をかけた。
「おい、無理はするな鉄郎。いくら何でもそれはどうかと思うぞ」
「いいえ、ちょっと味は落ちるかも知れないけど・・・瞬間冷凍で作れます。せっかく来たんだからみんなに食べて貰いたいし」
「ホント、やさしいやっちゃな〜」
三人は席について、運ばれたラーメンを食べ出した。トチローの訓練の甲斐あって、ハーロックも何とか箸を使いこなしている。
「アグリモニーはお元気?まさか、リヴァイアサンに乗っているとは思わなかったから、驚いたわ」
「・・・あぁ。俺も、貴方と知り合いだったと聞いて驚いた。そんなことは一度も聞いていなかったからな」
「彼女とは古い知り合い。親友よ」
「後で船に来てくれれば会うことが出来る。ちょっと訳があって船外に出せない」
「そうさせてもらうわ。みなさんの分のラーメンを持っていかなくちゃいけないしね」
トチローはずるずるとラーメンを頬張りながら頷いていた。

リヴァイアサンの食堂では其処此処にラーメンの旨そうな匂いが立ちこめ、乗組員達はみな舌鼓をうっていた。初めて食べるアルバも箸の扱いに悪戦苦闘しながらその味に感動していた。アグリモニーはパメラとセイラの監視をラ・フロリーナに任せ、甲板で待つメーテルの元へ歩み寄った。真夜中のラーメタルは人工光の少なさから、昼間の美しい自然は肉眼で確認することができない。だが、それでもメーテルはただ、じっと夜風に吹かれて甲板から外を見続けていた。
「メーテル!もう会ってくれないと思っていたわ」
「アグリモニー・・・あなた・・・随分やつれてしまったのね」
メーテルはなおも寂しげな表情でアグリモニーを見つめ、彼女の頬にかかる髪をそっとなで上げた。メーテルとアグリモニーが会ったのはまだトチローが10歳にもならない頃。彼女はすでに賞金稼ぎとして名をはせ、元気はつらつとした女性だった。美しさは失われてはいないが、その時からは想像が付かないほど彼女は薄命な姿を漂わせているようにメーテルは感じた。メーテルが何か言おうとするのを阻止するかのように顔を伏せ、アグリモニーは甲板から湖面のきらめきを眺め始めた。メーテルもただうつむいて、同じように湖面を見つめていた。
「鉄郎と・・・愛し合った?メーテル」
「・・・ええ・・・」
「そう。良かったわね。うらやましいわ、愛する人との絆が残せるなんて」
無言の時が流れ、アグリモニーの瞳に涙が浮かび、真夜中の湖面に反射するキャビンの明かりのきらめきが歪んで見えた。メーテルはそれを察して話し始めた。
「貴方は言った。身体には無数の異星人の血が混ざっている。いつ死ぬかも分からないどうしようもないヒューマノイドだと。いつ死ぬかも分からない・・・だからこの船に乗ったというの?彼の傍にいることが貴方にとってどれだけ辛いことになるか・・・」
「言わないでメーテル。私は・・・必要とされている限り、此処にいたい。求められるままに・・・彼の傍にいたい。後悔はしたくないもの」
「貴方の身体の事は誰か知っているの?」
「ドクターとトチローが・・・それだけよ。トチローは優しい。貴方の優しさを貰ったせいね、きっと。彼より先に出会っていたら、私はトチローを愛したかもしれない・・・それでもやっぱり、だめだったかな」
メーテルはアグリモニーを抱き寄せた。彼女の肩が震えている。メーテルの前のアグリモニーはいたいけな一人の女だった。
「私は貴方に、辛い旅をさせてしまったかもしれない。あのまま、この星にいさせてあげれば良かった・・・許して、アグリモニー」
「いいえ、メーテル。たとえそうであったとしても、やっぱり私は彼に会っていた・・・避けようがない、これが私の運命なのよ・・・きっと」
耐えきれなくて、アグリモニーはメーテルの胸の中で声をあげて泣いた。展望室でラーメンを食べ終えたホセが後ろのどんちゃん騒ぎから一人抜け、夜風に当たるためか、甲板にふらふら現れた。ずっと遠くではあったが、なにやら重苦しい雰囲気の彼女たちを不安げに見つめていた。事情は分からないが、酔いに任せてかいつもの歌を歌い出した。
“どれほどの大きな苦しみを持って・・・私は祈り続ける・・・この心の苦しみを和らげて下さい・・・お前は私を求める・・・私はお前を求める・・・・己の苦しみを永遠に無くなるようにと・・・私は祈り続ける・・・お前の望みにかなわぬなら・・・死んでしまうようにと”
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