第五章1
メーテルとの再会
惑星ラーメタルは暗黒ガスに包まれた無限軌道惑星。その位置を知る者はもはや、その星に生まれ育ち、永遠に時の環を旅する時の魔女の一人、メーテルしかおらず、メーテルの人生を見つめ続け、彼女の成長と宿命を見つめ続けた、銀河鉄道999のみがこの星に降り立つことを許され、そして999に選ばれた者のみこの星に永遠に降り立つことが出来るのだと人は言う。戦艦リヴァイアサンへ通信を放った999は今、ラーメタルステーションで一つの旅を終えたかのように、ひっそりと停車していた。全ての電源がオフにされ、機関車は眠りにつく。今回のたった一人の乗客、星野鉄郎は車掌の見送りと共に長いプラットホームを走った。牧歌的とも言える懐古な作りの駅の改札を抜けると、広い階段がある。階下に止まる小さな車から黒い装束の女が現れ、階段を駆け下りる鉄郎を見守っている。黄金に輝く髪をなびかせ、優しい眼差しを鉄郎に向けていた。
「メーテル!メーテル!」
鉄郎は息を切らしながら彼女の前まで走り着くと、帽子を脱いで目前の女性に微笑みかけた。彼女は嬉しそうに微笑みながら目を潤ませた。メーテル・・・かつては鉄郎の母の身体をコピーした、機械化母星の女王ラー・アンドロメダ・プロメシュームの愛娘。彼女はいまだに変わることなく、鉄郎が少年時代に初めて彼女にあった時と寸分変わらぬ姿でそこにいた。
「お帰りなさい、鉄郎。無事で・・・無事で良かった」
メーテルは鉄郎を抱きしめ、彼も強く彼女を抱きしめた。
「ごめんよ。遅くなっちゃって・・・。でも君が元気そうで良かった」
「私は平気よ、さぁ・・・行きましょう」
「あぁ」
二人を乗せた車の外は美しい湖と緑豊かな山々が並ぶ。ついこの間までいたメタブラディに決してみることのない豊かな自然の情景がずっと続いている。この星の存在する物全てが平和で、淡々としていた。鉄郎が最後に訪れたときはまだ機械化人との戦いの爪痕が残り、多くの血が流れていたが、今はその欠片を巨大墓地のみに残し、平穏な時を刻んでいる。
少年時代・・・ここラーメタルでメーテルと別れた鉄郎は退廃しきった地球の復興に精を出し、その後999で銀河の旅を続けた。すっかり成長した鉄郎は、いつしかメーテルと再会し、ラーメタルで共に暮らすことを望んだが、それを叶えることは出来なかった。メーテルも鉄郎と共に地球で暮らすことを望んでいたが、姉エメラルダスに引き留められ、メーテルはエメラルダスの託した息子トチローを育て、彼がラーメタルを旅立つその時まで、999は決してラーメタルに停車することは無かった。メーテルの前に現れた鉄郎は最後に彼を見たときよりも一段と大きくなっていたが、それでもメーテルには星野鉄郎であることに変わりはない。
「プロメタリアはアンドロメダ星雲にその本拠地を置いて、勢力をその外へと向けつつあったわ。トチローが大きくなって、この星を離れた頃だったかしらね・・・。私にはもう、どうすることも出来なかった。だから、その子孫に希望をゆだねるしかなかったの。エメラルダスもハーロックももう・・・」
「辛いときに、傍にいてやれなくて・・・・」
メーテルはただ、優しく微笑みながらずっと鉄郎を見つめていた。申し訳なさそうな顔でうつむく鉄郎はそんなメーテルに気づいて見つめ返した。
「立派に・・・なったのね。ハーロックやエメラルダスから聞いていたわ。一人で旅を続けていたって」
鉄郎は頷いて、それ以上は何も言わなかった。話せば長い物語・・・メーテルは鉄郎が何も言わなくても、全てを承知しているかのようだった。
「いろいろあったけど、アグリモニーが時々助けてくれた。君のことは彼女から聞いていたよ。トチローさんの事、キャプテン・ハーロックの事、彼女は何でも知ってるからね」
「そう、約束をちゃんと果たしてくれたのね・・・今は何をしているのかしらね、彼女は・・・」
鉄郎はすこし首を傾げた。
「メタブラディでまた彼女に助けられたんだ。今はハーロックの船にいるよ」
「ハーロックの船に乗っているの?」
メーテルはすこし驚いた表情で訊いた。そんなメーテルに鉄郎も驚いていた。彼はすっかりそのことを知っていると思っていたからだ。鉄郎が頷くと、メーテルはなぜか少し悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。

メーテルの家はラーメタルでもかなり景色の良い湖の畔にある。かつて幼少の頃に彼女が過ごした宮殿のすぐ近くに広がる花畑の中にあった。木々で鳥がさえずり、鉄郎を迎える。質素な作りの家にメーテルは鉄郎を迎え入れた。家にはおいしそうな匂いがただよう。鉄郎の到着に合わせてメーテルが食事を作っていたのだと思うと鉄郎はとても嬉しくなった。
「自分の家の様にくつろいで構わないのよ鉄郎。お腹空いてる?それともお風呂に入る?」
「・・・・ふ、風呂にでも入ろうかな」
メーテルは小さく声を挙げて笑った。
「な、なんだよ。笑うこと無いだろう?」
「いいのよ、無理しなくて。貴方がお風呂嫌いなのはよ〜く知っているわ。大人になって変な気の使い方を覚えたのね」
「そうじゃない。今は・・・風呂にはいることが時間の無駄だと思わないだけだよ。いろいろあって疲れもろくにとれらずに此処に向かったからね」
メーテルはクローゼットから真新しい黒のバスローブを持ってきた。いつ此処に鉄郎が来てもいいように用意してあったものだ。
「貴方ががどれほど成長するのか把握できないほど、時が経ってしまったものね。新しい洋服は今此処にはないの。これに着替えて。洋服はすぐにお洗濯するわ」
「う・・・うん。分かった」
鉄郎はバスローブを受け取って、マントと帽子をメーテルに渡すとメーテルの案内でバスルームへと入っていった。上着を脱いだ鉄郎の背中には、見覚えのある傷が大きく残っている。しかし、その傷が刻まれた背中は、メーテルが知っている少年・鉄郎とくらべてずっと広く、たくましい。“背中流そうか?”そう言おうとした彼女は、彼の広い背中をみて少しとまどい、その場を去っていった。
「あんまり変わっちゃったから・・・驚いたかい?」
烏の行水で風呂から上がってきた鉄郎は先ほど渡されたバスローブを来て食卓へと付いた。メーテルはごちそうをテーブルに並べながら首を振った。席に着いたメーテルは食事を上手そうにたいらげていく鉄郎をじっと見つめながら昔を思い出していた。999の食堂車ではしゃぎながらビフテキを頬張る鉄郎の姿が脳裏をよぎる。
「俺はもうあのころには戻れない、でも・・・気持ちは変わっていない。それでも、もう、だめかい?」
「人は成長して当然。心も、身体も。たとえ鉄郎がどんなに歳をとっても・・・私はあの時のままの私・・・そんな自分にとまどいを覚えたのよ。・・・仕方のないことだものね。さぁ、食べなさい、鉄郎。お代わりしても良いのよ」
それからメーテルは日が沈むまでラーメタルでの事を話していた。鉄郎が去ってから、ラーメタルで生き残ったパルチザン兵と共に死んでいった者達の墓を作り、緑を増やしたこと。トチローをエメラルダスから預かったときのこと。幼いトチローの事。エメラルダスがラーメタルに到着するのが遅れ、ついに息子トチローと会うことが出来なかったこと。そして、昔話も。二人の話は尽きることなく続いた。

暗黒雲に包まれた孤高の星ラーメタルは外からでは何処にあるか分からないほどに暗闇が続くが、その大気の中を小さな太陽が昇沈して一日を刻んでいる。鉄郎が寝室に入ったのはその太陽が間もなく昇ろうというときだった。
「何だか、たくさんおしゃべりしたから疲れたんじゃない?せっかく疲れを癒すためにお風呂にまで入ったのにね」
「疲れるわけないだろ。君と一緒にいると時が経つのを忘れるよ。まるで昔に戻ったようだった」
「そうね」
鉄郎はベッドに腰かけていたが、メーテルがベッドの枕を整え始めたため、鉄郎は少し距離を持つように窓辺へ歩み寄って外を眺める振りをした。鉄郎は、窓に映ったメーテルの姿があまりに寂しそうに見えて、うつむきながらぼそっと呟いた。
「メーテル。俺が君と初めて999で旅をしたとき・・・別れ際に君が言ったこと覚えているかい?」
「え?」
「あの時君は・・・次に会うことがあっても、俺は君に気づかないだろうって。また違う身体に乗り換えてしまうからと。でも次にあった時、君は元のままだった。アグリモニーが言っていたよ。『女は、愛する者のために、愛する者が望む姿でいようとするもの。永遠に・・・』と。そして、君は今もまだあの時のままだ・・・」
メーテルは窓辺に立つ鉄郎の後ろ姿を見つめて立ちつくしていた。今にも泣きそうな表情で、胸元でぐっと拳を握りしめた。
「一緒に暮らせるものなら、私はそうしたかった。貴方がそう望むなら。でも、私は分かってたわ。貴方には真の戦士の血が流れているんだものね。どこかで戦士の存在を脅かす戦いが起これば、貴方はきっと私を置いて旅に出る・・・。私はそれを引き留めることは出来ない。だってそれが鉄郎の宿命だもの・・・そして、貴方を宿命の旅に出してしまった私は・・・そんな鉄郎を愛してしまったんだものね。でも生きてさえいれば・・・こうして会うことが出来る。私はそれでいいと思っていたの。アグリモニーの言ったことは正しいわ。私は、貴方の事を愛してしまった以上・・・もうこの身体を違う物にしたくなかった」
エメラルダスは、幼子トチローをメーテルに託さねばならなかった為に、鉄郎と共に地球へ行こうとするのを止めざる得なかった。メーテルは決してそれでエメラルダスを恨むことはなく、ただ、運命の赤い糸が鉄郎と結ばれ続けていることを願っていたのだと話した。
鉄郎はいまだにメーテルが自分のことを愛しているのだと聞こえた。そして、自分もそれを信じて生き続けていた。
「君はずっと俺のことを・・・。俺の気持ちが変わるかもしれないって思わなかったのか?」
「貴方はもう立派な大人ですものね。違う誰かと愛し合うかも知れない・・・思わなかったとは言い切れないわ。でも、それでもいい。貴方の心の片隅に・・・私の名前だけでも残っていれば。私はそんな風にしか生きられない女ですもの」
鉄郎はメーテルに向き直り、彼女の目を見つめた。もともと背が低い鉄郎は、トチローほどではないものの、やはりメーテルを見上げるような形で近づいた。
「メーテル・・・俺はずっと信じてた。君が待っていてくれると。俺にも・・・君しかいないんだ」
鉄郎からすれば、母の身体を持つメーテルは母親のような存在だったはずだ。だが、かつての旅の終わり、彼の心の中にはその微塵もなく、彼にとってメーテルは一人の女として存在し続けている。
「鉄郎・・・」
鉄郎は震える手でメーテルの頬を撫でると、そのままメーテルを抱きしめ、口づけた。彼女の唇はとても温かい。メーテルは身体の全てを鉄郎に委ね、鉄郎はしっかり彼女を抱きしめた。
(貴方はハーロック達がラーメタルに到着したら・・・また戦いの旅に出なくてはいけない。・・・だから、私は、貴方と・・・永遠に消えることのない絆を残したい。許されるのならば。残り少ない時の間・・・ずっと貴方に抱かれていたい)
美しいメーテルの顔に涙が伝う。鉄郎はこらえきれない感激と共に、彼女の身体を力を込めて抱きしめた。ぎこちなくはあったが、深く、長く、熱い二人の口づけはいつまでもつづいた、長い時を掛けて思い続けたその想いを確かめ合うように。
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