第四章9
ラーメタルへ
乙女二人を乗せたまま、リヴァイアサンはラーメタルへの航行を続けていた。航行の間、数隻の戦艦とおぼしき船をレーダーは捕らえていたが、どれも攻撃を仕掛けてくる様子はなく、返って逃げ出していくような船ばかりだった。乗組員が思うよりも速く、広く、戦艦リヴァイアサンの存在は大宇宙の各地に知られているように思える。
「そういえば、トチローさん、ちかごろアルバを見かけませんね。あいつなにやってんだ?」
「あぁ。俺の作ったアンドロイド相手にサーベルの稽古だ。ヴェルセルークから教わったことを無駄にしちゃもったいないからって、ハーロックがな」
「サーベルならお前さんが相手になってやれば良いだろうが」
ホセはサーベルならばトチローの方が上手い事を良く知っている。
「俺はリヴァイアサンの改造で忙しいんだよ。い〜だろ。アルバはハーロックのかわいい部下さ」
「かわいい・・・ねぇ」
アルバはここのところほとんどの時間を艦内の軍事演習室で過ごしている。隣の巨大演習室ではアグリモニーが新入乗務員の銃の腕を確認していたが、それもそろそろ終わろうという頃ハーロックが姿を現した。二つの演習室を見下ろすコントロールルームのガラス窓から腕を組み、階下で汗を流すアルバを見ている。ハーロックの動きをプログラミングしたアンドロイド相手に余裕すら伺える。さすがはヴェルセルークの愛弟子だと感心していた。
「アルバなら今日も早くから此処にこもってるわ。これじゃ艦内で起きていることに疎くなりかねないわね。・・・そろそろ、やめさせても良いんじゃない?」
「そうだな」
ハーロックは襟元のスカーフを取ってアグリモニーに渡し、胸元のジッパーを下ろしながらエスカレーターを降りていった。外のにぎわいは演習室には聞こえてこないが、演習室の入り口に到着したところでハーロックがコントロールルームを見上げるとどこから湧いたのかあっという間にギャラリーに埋め尽くされていた。
「熱心なのは良いが、艦内の状況がどうなっているかくらい確認はしているのか?」
「すいません。ここのところ全く・・・飛行艇を収容したという事くらいしか・・・」
ハーロックは鼻で笑っていた。かつてサーベルの修行に熱中していて何も目に入らなかった自分を思い起こした。
「・・・・立派なサーベルを作っていただいて、ありがとうございました」
「ヴェルセルークのを模倣してトチローが作った。礼ならあいつに言うんだな」
「戦闘機にサーベル。僕だけこんなにいろいろな事をしていただいては・・・」
「勘違いするな。必要性があってそうしているだけだ」
そう言うとハーロックは自分のサーベルをホルスターから抜いて一振りし、アルバに向けた。
「来い!訓練の仕上げをしてやる。どちらかが倒れるまで無制限マッチだ。手抜きはしない」
「もとより・・・そのつもりです」
アグリモニーは演習室の明かりをほとんど落とした。バルザック人のアルバは闇でも目が利く。ギャラリーのうっとうしさを感じさせないためと、案にペナルティを与えるためだ。アルバはハーロックに突進した。強力なつばぜり合いでハーロックの足は少し後ろへと引かれたが、不敵な笑みを浮かべてアルバを突き飛ばした。
身軽なアルバは、まるで踊っているかのように宙を舞いながら隙のない攻撃を続ける。だが、彼の動きを見越したかのように確実にアルバの脇をハーロックのサーベルがかすめる。耳元をかすめる風と電子音にアルバは時々恐怖感を覚えた。ハーロックはアルバを壁際に追いつめた。弱いスポットライトに二人の姿が浮かび上がり、ギャラリーは思い思いの声を挙げている。よく見ればアルバの身体のあちこちに切り傷があり、血がにじんでいた。アルバは必死につばぜり合いに抵抗していたが、押されてハーロックの足下に崩れた。アルバに馬乗りになってもなおつばぜり合いを止めないハーロック。かなりの力で押し返しているが、あまりに冷静すぎるハーロックの瞳に恐れを感じ、ついに目をそらしてしまった。ハーロックは立ち上がりホルスターにサーベルを納めた。
「ずいぶん腕は上がったようだが、詰められて集中力が欠けるようではまだまだだな。どんなときでも相手から目をそらすな。それくらいのことは承知しているはずだ」
アルバはうつむいてしまった。コントロールルームのアグリモニーは事情を悟って深いため息と共に演習室のライトを元にもどした。床には点々と血が落ちている。
「医務室で傷の治療をしてもらえ」
「はい」
「・・・アルバ!・・・・お前のいいところはいつでも落ち着いていることだ。冷めた一太刀が相手に大きなダメージを与える・・・ヴェルセルークも・・・そうだった・・・」
「ありがとう・・・ございました」
アルバは深々と頭を下げ、医務室に向かって走っていった。アグリモニーもその後を追う。一人演習室に残ったハーロックは脇腹を押さえ、壁に手を付いてうつむいた。彼が唯一受けた傷は深手だった。医務室へ向かって廊下を走っていたアルバは艦内をうろつく二人の乙女にぶつかった。勢いで二人は廊下に倒れ、艦内を案内していたラ・フロリーナが慌てて抱き起こした。アグリモニーが後ろからやってきた
「危ないじゃないよ!廊下は走っちゃダメ!・・・ど、どうしたのその傷!」
「うるさいな!何でもないよ!」
「アルバ!落ち着いて。ラ・フロリーナ悪かったわね・・・・でもココは居住区じゃないから、二人を連れて歩いてはだめよ」
アルバはパメラとセイラを凝視した。二人もアルバを見てお互いに顔を見合わせた。慌てた様子でパメラがしゃべった。
「ご、ごめんなさい・・・すぐに部屋へ戻ります。・・・行きましょうセイラ」
二人は小走りに今来た廊下を戻っていった。乙女二人の背中にラ・フロリーナが声をかけた。
「あ、だから廊下は走っちゃダメだって・・・も〜う」
「ラ・フロリーナさん・・・あの二人は?」
「この間収容した飛行艇に乗っていた人達だけど知らないの?。や〜だ、アルバ君遅れてるぅ〜」
アルバの表情が何かを思いだしている様に歪んだ。アグリモニーはそんなアルバの背中を押して医務室へと急いだ。

医務室でアグリモニーがアルバの傷の治療をしていた。ドクターは酒を飲みながらミー君とトリ相手にご機嫌だ。
「かすり傷ばかりじゃ、大したことはないじゃろ〜。なんじゃそんなしけたツラをしおって。キャプテン相手じゃ負けて当然じゃ、そんなに落ち込むこと無かろ〜が」
アルバは確かに落ち込むような事じゃないのは判っていた。しかし、負け方が悪かった。そして何より、今気になっているのはあの女二人だった。
「やっぱりあの二人、どこかで見たことがあります。!そう、・・・プロメタリウムで」
「ちょっとまって。彼女たちは生体スキャンではまったくのヒューマノイドだったのよ」
「血液は?DNAとか・・・」
アグリモニーもドクターもそこまでする必要は無かったと答えた。だが、ハルヴァルドーがどこまで研究を進めていたかは未知なだけにヒューマノイドを偽装する事は可能だったはずだ。アグリモニーはしばらく考えてこれ以上話をふくらませることをアルバに口止めし自室へ戻らせ、この事をトチローにだけ伝えておくよう指示した。
一方、居住区のパメラとセイラは焦っていた。まさかアルバがこの船に乗っていようとは思わなかったのだ。食事の時間だとラ・フロリーナが二人を呼び、食堂に向かう間も周りの目を気にし、食堂に集まった乗務員達を見て怯え続けている。
「さ、好きな物何でも食べてね!もう〜緊張しないで。みんな噛みついたりしないから。ね!」
同様にハーロックの自室でも食事の準備を始めていた。彼が傷を負ったことを察知してアグリモニーが寝室へと運んできていたのだ。
「随分めちゃくちゃな縫い方ね。また自分でやったの?それともトチロー?」
ベッドに横たわるハーロックが無言でトチローを指さした。すでに食事にがっついているトチローがしゃべた。
「寝不足で足下がふらついて受けた傷だ、それほど酷くない。すぐに治る。しっかしアルバの成長ぶりには脱帽だな。あいつは良い戦士になる。うんうん」
アグリモニーは頷きながらリネンに薬をしみこませてハーロックの患部に強く押し当てた。悲痛な声を挙げたハーロックは勢いで彼女の手を掴んだが、いつぞやのお返しよとばかりに彼女の押し当てた手に力が入る。
「艦長になって少しは自己管理ができるかと思ったら、昔とちっとも変わってないじゃない。今度怪我をしたときはきちんと私かドクターに診せるのね。いい?」
「分かったからその手を離せ!」
トチローは肩をひくひくさせながら、ベッドでじたばたするハーロックを笑った。
「だからいわんこっちゃ無い。俺に傷の手当てさせる方が悪いんだよ。ハーロック」
「ねぇ、それよりトチロー・・・ラ・フロリーナが彼女たちの食事に付き添ってるの。隙を見て食器か何かをドクターに渡すわ。そこでDNAでも調べてみればすぐに結果は出ると思うけど」
「アルバの言うとおり、彼女たちがセスキ・プロメノイドだとしたら、いい情報が手に入るってもんだが・・・よりによって敵さんも無防備な連中をよこしやがったな。これじゃ袋の鼠だろ〜が」
トチローが食事のプレートをベッド上のハーロックに渡した。傷を負ったとはいえ、食欲は変わりないが、出血を危惧して酒には手をつけなかった。
「はなからあの女達は信用していなかった。だが、艦内の情報はもう漏れているだろうな」
「ヒューマノイドに化けるなんて、大した奴らだよまったく。天使みたいなツラして、皮を剥いだら悪魔か?」
「あの二人は純粋すぎるんじゃ無いかしら?まったく悪意は感じられないもの。汚れきった私とは正反対の純潔な乙女・・・そんな感じがするわ。誰かに命令されたことをひたすら実行しているだけ」
「あの女達もまた、命がけか。たいした連中だ。だが、我々の情報収集をしたければ真っ向勝負をしてくれば良いものを。妙な小細工を仕掛けるとは、気にいらん」
ハーロックは表情こそ変えないものの、その不機嫌さのオーラが立ち上っているようにトチローは感じた。
「どうせラーメタルまで後少しだ。恐らく俺達の現在位置も敵に漏れているだろう。いつでも戦闘開始出来るようにしておくよ。お前は少し休んでろ。メタブラディ以来ほとんど寝とらんだろーし」
そう言ってトチローはハーロックの寝室を後にした。アグリモニーは全く食事を食べるそぶりのないハーロックを見てプレートをテーブルに戻し、ゾバーク・ウォッカのプロミネンスをワンショット喉に放り込むとベッドに腰掛けてハーロックを見つめた。彼はただ、憮然とした表情で天井をみている。
「先の分からない戦いを前にピリピリするのは分かるけど、戦士はこういう時こそ眠るものよ」
「言われなくとも分かっている。どいつもこいつもうるさ・・・」
ハーロックの言葉が終わる前に、アグリモニーは指でハーロックの唇をふさぎ、そして「一杯だけ」と言葉を付け加えながらゾバーク・ウォッカのプロミネンスをワンショット、グラスに注いで彼に飲ませた。
「眠らせてほしい・・・でしょ?」
ハーロックは傷の引きつれるような痛みこそあれ、今はただ必要であれば自分のために何もかも脱ぎ捨てる目の前の女が傍にいることを望み、傍にいて、そして深い眠りにつかせてくれることを欲した。ゆえに、ハーロックはアグリモニーの腕をとってズボンのベルトに手をかけさせる。だが、アグリモニーは一瞬、何かに困惑の表情を浮かべて、少し身を引いた。
「どうした・・・?」
「・・・・ん・・何でもないわ」
アグリモニーは彼が促すままに、ただハーロックの太腿の間に顔を埋める。彼女の喉元をウォッカよりも熱いモノが通過するのにそれほど時間はかからなかった。これが、後々彼女に不幸をもたらすことなど、彼は知らない。

「トチローさん!999からのダイレクト信号です!ラーメタルまでの最短進路が判りました」
艦橋で広が嬉しそうな顔をしていた。広の手元のパネルが点滅し、モニターに航海データがアップロードされていく。
「上昇角40度、右30度直進・・・・バラネード小惑星でさらに進路補正すればラーメタルまでの最短距離を保てそうじゃな」
トチローは立ち上がってモニターの航海図をチェックし始めた。ホセがエンジン出力の微調整を始める。艦橋には他にメンバーは居なかった。
「鉄郎は無事に到着したか。・・・メーテルは俺達のことも待っていてくれるだろうか」
「待ってますよ。きっと。あんまり遅いんで怒ってたりして」
トチローはラーメタルまでの航路が分かって嬉しさを隠しきれない反面、ラーメタルに到着するには少し問題を抱えてしまった事に幾ばくかの不安を抱いた。しかし、ホセがご機嫌な声で艦橋に自慢の歌を響かせ、トチローの気持ちが和んだ。
“夢ばかり見て・・・己の中の光・・・お前の両目はいつも遠くをみている・・・今度会ったら言ってやろう・・・なんて帰りが遅いんだと・・・夢見がちな瞳・・・希望の中の光・・・お前の心はいつも遠くに飛んでいく・・・次にあったらしかってやろう・・・なんて帰りが遅いんだと・・・かわいい息子よお前はいつも・・・遠くを見ている・・・我が希望の光”
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