第三章5
アルバの意志
リヴァイアサンはダラスの港から遙かに離れた谷の上空に停泊している。リヴァイアサンの周りに停まっていた飛行艇などは一切そこには居なかった。リヴァイアサンの真下、小高くなった丘の上でハーロックはドクター・シン・雨森と海野広を連れたトチローとおちあった。
「海野広・・・。トチローから聞いたよ。会えて光栄だ」
「こちらこそ。キャプテン・ハーロック。貴方のお父さんには随分お世話になりました」
「そうか・・・」
ハーロックと広は固い握手を交わした。トチローにも驚いたが、頬の傷こそ違え、ハーロックがあまりにも父親に似ているのに驚いた。
「さっそくだが、プロメタリアの様子をうかがっていたそうだが・・・何か分かったことがあるのだったら教えて欲しい。ダラスに数々の船が入港していたのが気にはなっていたんだが・・・」
「ええ、メタブラディがプロメタリアに占拠されているんです。あそこはもう、酸化鉄の浸食が酷くて、とうていヒューマノイドが普通に出入りできるような状態では無かったんですが、取り残されたヒューマノイド達がまだ・・・」
崖の上の岩に腰掛けながら広が話し出した。
「その中にコスモドラグーンを持っていた男がいるらしい・・・そういう噂を聞いたんです」
「噂?噂では当てにならんな」
「まぁそう言うなハーロック。プロメタリアがコスモドラグーンを狙っているのはマヌエラも、デラモースも言ってた事だ。それに、この噂、どうやら銀河鉄道がらみだそうだ」
ドクターがこしらえたにぎりめしをほおばりながらトチローが呟いた。
「誰がそれを?」
「アグリモニーだ。・・・酒場でたむろしてた連中が銀河超特急が廃線になったって言ってたのを聞いて、銀河鉄道管理局のメインコンピューターにアクセスしたんだが、何の応答も得られなかったそうだ」
昼間から酒をあおっている割には饒舌にドクターは答えた。ハーロックは腕を組んで黙り込んでしまった。
「今はあの宙域はプロメタリアの本拠地プロメタリウムから飛来した戦艦などがいて、とても通れる状態ではありません。妨害電波も酷くてメタブラディは完全に孤島です。」
「なぁ、広。プロメタリアの戦艦や武器の詳細は分からないのか?俺達はプロメノイドと直接遭遇した訳じゃない。奴らの生態すら未知だ」
広は首を振った。トチローはドクターの方を見たが、彼も同じように首を振っていた。ハーロックは思う。一人、プロメノイドと直接遭遇している人物がいることを。だが、その者がここに来るかどうかはまだ分からなかった。

「アルバ、ハーロックに会って、お礼を言ったらどうするの?」
アグリモニーはリヴァイアサンの停泊している谷の方に向かう道すがら、アルバに話しかけた。アルバがアグリモニーの事をあまり知らないのと同じように、彼女もアルバの事はあまり知らない。お互いの素性は本人が話すまで聞いたりしないのが銀河を旅する者の暗黙のルールであることを承知しているからだ。
「ヴェルセルーク様の事で・・・ききたいことがある。」
アグリモニーは不安だった。アルバのことだ、ハーロックに決闘を申し込むかも知れない。そうだとしたら、それは即刻彼の死を意味する。
「そう」
アルバは緊張しているようだった。ずっとうつむいたまま必要なことは話さない。
「ねぇ、ヴェルセルークって貴方にとってどんな人だったの?尊敬していたのはよく分かるけど、亡くなってもまだ、彼に忠誠を?」
「僕を大切にしてくれた人だ。親のいない僕を引き取って、軍人にしてくれた、親父みたいな人だった。生きていくために仕方なく、プロメノイドの言いなりになっていたときでも、僕を生体実験をしようとする彼らを決して近づけなかった。立派な人だったんだ。それなのに・・・」
アルバは拳をぐっと握りしめた。瞳には若干の殺意に充ちている。
「大切な人を死に追いやったハーロックが憎い?命を助けて貰っても・・・なお彼を憎いと思う?」
「分からない・・・僕には。ヴェルセルーク様はキャプテン・ハーロックがバルザックを滅亡に追い込んださとき、彼を憎んでいた。でもヴェルセルーク様は最後に僕に言った。『我々は滅ぼされたのではない。彼らに及ばなかった。髑髏の旗印を大宇宙で掲げる真の戦士に無限の敬意を払え』ってね。たしかにバルザックは自滅したも同然だったんだ。」
「キャプテン・ハーロックは必死に生きようとしている者達を滅亡させるような人ではない。息子である彼だってそうよ。・・・ヴェルセルークは、最後にハーロックをかばって死んでいった。鉱石の封印の解き方を教えてね。」
「かばって?」
「ええ、ハーロックはとても悲しんでいたわ。あんな悲しそうな顔の彼を見たのは初めて・・・。」
「彼は片目を失った事を恨んでいないのか?地球を攻撃したバルザック人を憎んでいないのか?」
「アルバ。恨み、憎しみからは何も生まれないのよ。彼はそれを良く知ってる。心の中に温かい思いやりを持っている。ああして冷たい目でこちらを見ていてもね」
いつの間にか丘の麓に到着していた。立ち止まって視線を上げると小さな岩の上にハーロックが寄りかかってこちらをみている。谷間からリヴァイアサンの巨大な艦橋が突き出ていた。アルバの身体は凍りそうだった。
「アルバ、本当に・・・いいのね?」
「ああ」
厳しい彼女の瞳がアルバを貫いたとき、アルバは大きく頷きながら返事をした。
「そこで待っていて」
アグリモニーは再び歩き出し、怪訝そうな顔でアグリモニーを見つめるハーロックに声をかけた。
「連れてきたわ。ハーロック」
丘を悠然と歩いてくる女とその後ろに少年の姿が一同の目に入る。
「アグリモニーさん!」
広が嬉しそうな声を上げたが、トチローがことさら嬉しそうにハーロックに歩み寄り、袖をひっぱって小声で話しかけた。
「おい、誰だ?あの美人。お前の知り合いか?」
「あまり言いたくない」
「はじめまして。アグリモニーよ。大山トチローね。」
ハーロックがトチローの耳元で小さくささやいた。
「俺とはくされ縁だ。この女には気をつけろよ」
「やぁ・・・どうも」
トチローはハーロックの言っている意味を熟知しただけに複雑な顔で挨拶を交わした。
「その格好の方がいい。」
一言、そう言いながらハーロックがアグリモニーの肩を叩いてそのままアルバの方へと歩いていった。
「体調は回復したみたいだな」
目前に歩み寄ってきたハーロックにアルバは深々と頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「礼には及ばない。当然の事をしたまでだ」
月並みな言葉でハーロックは答えた。体調が回復したアルバはハーロックを前に緊張こそすれ、怯えた気持ちは微塵もなく、ただ、目の前に立っている男が昨夜のたくましい身体を見せつけた者だと改めて確信した。
そして、ハーロックの背の向こうにそびえる赤黒い戦艦の艦橋には数人の人間がこちらを見ている事も彼の目はとらえていた。

「いかん・・・ヤツはまだ子供じゃぞ。本当に決闘なんぞしたら勝ち目はない。キャプテンは何を考えとるんじゃ」
「あらやだ、ホセ・・・私がせっかく夜なべして作った服が死出の服になっちゃうじゃない。そんなこと言わないでよ。決闘なんてするわけないじゃない」
大艦橋の窓から丘の上の人々を眺めているホセとラ・フロリーナだった。展望室では機関室から出てきた男達も不安げな表情で彼らを見つめている。それは丘の上の広、ドクター・雨森もそうだった。しかしながらトチローは不安げな顔一せず、アグリモニーをじっと見ている。銀河鉄道管理局に問い合わせをしたというこの女、どこかで見たような、会ったような、そんな姿を。
「何?トチロー。私の身体に興味でも?」
「い、いやぁ・・・(まぁ興味はないでもないが)」
「興味があるならいつでも相手になるわよ。」
「え?」
冗談っぽく笑うアグリモニーの目は半分本気の様にもとれた。だが、ハーロックとナニの兄弟になるのは避けたいわけで、トチローも冗談っぽく笑い返してみた。がっかり。

ハーロックとアルバはしばらく無言で向かい合ったままだった。ハーロックは何か言いたげなアルバを待っていたが、一向に話し出させずにいる事を察して口を開いた。
「ヴェルセルークは残念だった。・・・彼のことが聞きたいのだろう?」
「・・・・はい」
「俺は片目を、そして彼は左腕を失った。これで勝負はフェアだ。それで終わりにしておくべきだったが・・・彼は俺に命を投げ出した。俺をかばって鉱山の噴火口に潜む敵に挑んだ。この、俺のこの手は、彼の流した血を決して忘れはしない。 ヴェルセルークは偉大な騎士だった。出来れば、共にプロメタリアに立ち向かってみたかった」
アルバは悲しい顔のハーロックを見た。さっきまで殺意に充ちていたアルバの瞳がじょじょに冷静さを取り戻してきた。
「命からがら銀河を彷徨っていたとき、プロメノイドに助けられました。いいえ、助けられたのでは無く、捕獲されたと言った方が正しいかも知れません。命を助けて貰ったが為に、彼らの悪事の片棒を勝がされれるとは・・・・。そんな事なら、いっそのこと白鯨ごと要塞プロメタリウムを爆破してしまえばよかった!」
「命を粗末にするのはエリート軍人の悪い癖だな。ヴェルセルークはそんなことを教えたくてお前を育てた訳では無いと思うが。そんなヤツなら、酒場であんなたんかはきれんからな」
「!」
アルバはハーロックが昨夜の酒場での一部始終を聞いていた事に気づいた。
「生きる気力があるならば戦え。お前ならプロメタリアに立ち向かえる筈だ。」
そう言うとアルバの手に昨夜アグリモニーが渡しておいた、白銀に輝く階級章を握らせた。
「これは・・・」
「汚れていたのでな、磨いておいた。お前のものだろう。バルザックのエースパイロットに与えられる称号だな。お前が戦い抜いてきた唯一の証。ヴェルセルークがお前に与えた誇り高い証だ。粗末にするなよ」
そう言ってハーロックは踵を返して丘を登り始めた。アルバはまだ何か言いたげだったが、階級章を握りしめてそこから動けない。ハーロックの歩みと比例して、地響きと共にリヴァイアサンが浮上してきた。アルバが未だかつて見たことのない程の雄大な戦艦。そして巨大な髑髏の紋章。アルバは遠のいていくハーロックの背中をじっと見ていたが、意を決して走り出した。
「待ってください!キャプテン・ハーロック!」
リヴァイアサンに乗船する準備をし始めたトチロー達、そしてハーロックが振り向いた。
「僕を・・・貴方の船に乗せてください!プロメノイドはあなた方のコスモドラグーンを狙っています。僕なら、プロメノイドの事も、プロメタリアの事も知っています。どうか、力にならせてください!」
「復讐するために俺の船に乗りたいというのか?」
「・・・・いいえ、それは違います。僕は、多くのヒューマノイドを苦しめ、そして・・・あなた方のような真の戦士の誇りを汚してまで力を手に入れようとしている彼らが許せません。そして、僕はヴェルセルーク様の意志を貫きたいのです」
「ヴェルセルークの意志?」
「『髑髏の旗印を掲げる戦士に無限の敬意を払い、そして彼らのように自分の意志で生きろ』と最後におっしゃいました。ヴェルセルーク様が僕に託した、最後の意志、バルザック人の最後の生き残りである僕の今の希望です」
ハーロックはちらとトチローの方を見た。彼はピースサインを出している。そしてドクター・シン・雨森、広が頷いた。アグリモニーはほっと胸をなで下ろしているようだった。ハーロックはアルバの瞳をしばらく見つめてから、ぐっと両肩に手を置いた。アルバが想像していたより、大きく力強い手だ。

リヴァイアサン号は新たに海野広、ドクター・シン・雨森、アグリモニー、そしてアルバを収容し、反転して惑星ダラスを離れた。目標、惑星メタブラディ。
copyright©2002 dokuro-an Ryu-tan All rights reserved