第二章6
エメラルダスの肖像
ラ・フロリーナは一泣きして落ち着き、ようやく話を続けた。腕を組んだまま微動だにしなかったハーロックがとじていた目をゆっくり開き、彼女のまだ涙で濡れた瞳を見つめた。女が涙を流している姿を見ると、話はともあれ・・・とハーロックの若い力がむくむくと顔を出してくる。彼が理性を噛みしめる時、それは瞳を閉じるときだ。
「すいません・・・取り乱したりして」
「いや・・・かまわん。」
彼女は涙を拭うとエメラルダスと出会ったときの事をハーロックに聞かせた。
---煉瓦の星は今ほど開拓の進んでいなかった。荒れ地に点々と小屋の建ち並ぶ、まるでかつての惑星ヘレスのようだった。多くのけが人が至る所で苦しみに耐えていた。闘いの後に残る物、それは多くの血と涙だった。エメラルダスはゆっくり彼女の船、クイーン・エメラルダス号から降り、けが人の様子を見ながら、その者達のボスと思われる男と、それを介抱する女、ラ・フロリーナのもとへとやってきた。
「深手を負いましたね。デラモース。私の船で手当をした方が良さそうだわ。」
「なぁに、大したこたぁねぇ。こんなのかすり傷さ・・・それより、奴らは・・・仲間は大丈夫か?」
ラ・フロリーナの兄、それはかつてヘビーメルダーで機械化人に苦しめられた老若男女を守り、ガンフロンティア山の砦を死守した山賊だった。それでも対機械化人との極限の闘いはアンドロメダの機械化母星の消滅まで続いた。いつしかキャプテン・ハーロックと互角に勝負をし、その腕を買われてアルカディア号に誘われたこともあったが、砦の仲間達と共に移住の道を求めたデラモースは煉瓦の星のアガディール山に移り住み、星の開拓を進めようとしていた。しかし、またしても、生き残り機械化人達によって惑星を荒らされてしまった。今度は大艦隊を引き連れての予想を遙かに上回る闘いだった。
「お兄ちゃん、しゃべっちゃだめ。じっとしてなきゃ・・・。」
「あなた・・・戦ったこともないのに戦場に出てくるとは。無謀ですよ。命が助かっただけでも感謝しなさい。」
「エメラルダスさん・・・。お言葉ですが、戦いの経験のない者だって、戦わなければいけないときが有るんです。」
「だ、だまれラ・フロリーナ。誰に向かって口をきいてると思って・・・うぅっ。」
デラモースはこれ以上話を続けることは出来なかった。
「治療に人手がいるわ。あなた、大丈夫ならついてきなさい」
エメラルダスはデラモースに肩を貸し、クイーン・エメラルダス号に向けて歩き出した。ラ・フロリーナもその後を追う。デラモースは片脚を吹き飛ばされ、肩からも大量の出血をしていたが、それでも苦痛の表情一つ浮かべずに、路肩に横たわる仲間達をあんじていた。
デラモースの失った片足は、機械の部品を取り付けることを拒んだために、木の棒を取り付けられた。クイーン・エメラルダス号の設備を持ってしても、恐らく撃たれた肩から先は以前のようには動かないだろう。
「畜生・・・ハーロックに会わす顔がねぇ。」
「貴方はよく戦ったわ。そしてこの星と人々を守った。決して貴方をののしったりはしないはず。誰も。」
その時、エメラルダスは立ち上がり、何かを取りに行くそぶりで咳き込んでいるのをデラモースは見逃さなかった。口には出さなかったが、彼女の咳は彼女が唯一愛し、身も心も捧げた男が命を落とした病と同じであることが分かった。
「もう・・・長くはないわ。」
「エメラルダス・・・らしくねぇことを」
力無くほほえむエメラルダス。それを不安げにラ・フロリーナは見つめていた。エメラルダスは腰に差したコスモドラグーンを抜き、もの悲しそうにそれをじっと見つめながらデラモースへ差し出した。
「お、おい何をするんだ。こいつは戦士の銃のじゃねぇか!」
「貴方に渡しておくわ。私はこれからラーメタルへ戻らなくてはいけない。貴方がもし、『ハーロックという男』に会うことがあったら・・・これを渡して欲しい。必ず。」
「『ハーロックという男』ってどういう意味なんだ・・・?キャプテン・ハーロックの事じゃないのか?」
「この宇宙のどこかに居るはず。そして必ず現れるはず」
エメラルダスはそれ以上何も言わなかった。ただ、彼女の目は決意の念に満ち、そして、もう、彼女には間に合わない程までに時が過ぎてしまったのだと語っていた。
「エメラルダス・・・あんた」
エメラルダスはガンベルトもはずしてデラモースに渡し、踵を返して窓辺に歩み寄った。
「機械化母星は消滅した。しかし、まだ裏で動いている者が存在している。いつの世も、自由を束縛し、この世を支配しようとする者が居る。けれど、私に残された時間はわずかしかない。新たなる時代に意志を継がせることしかできません」---
「この後、絵描きだった私は肖像画を描かせていただきました。でも仕上がる直前にあの方は旅立たれました。何か、急いでいるようでした・・・。惑星ラーメタルになにか急ぎの用が有ったのだと兄は言っていましたが・・・」
ラ・フロリーナの話を聞いていたハーロックはカップに残ったお茶を飲み干し、ゆっくりカップをさらに戻した。
「ハーロック、という男・・・か。」
思いも寄らない視点の返事にラ・フロリーナの顔は呆気にとられたようだった。
「この話はもう一人聞かせたい男がいる。明日の朝、共にアガディール山に行く事になっているんだが、その際にこの先の話を聞こう。」
「お部屋に一緒にいらっしゃった方・・・ですか?」
「うむ。名はトチロー。この男の名を聞いたことは?エメラルダスが長年探していた男の名だ」
「兄から聞かされたことがあります。エメラルダスさんが身も心も捧げた方・・・でも亡くなったと」
そこまで知っているのであれば、ハーロックは彼女を疑う余地はないと確信した。そして、自分が何者なのかを話さなければいけない番であると。
「亡くなった・・・そうだな、だが魂は俺の父の乗っている船の心となって宇宙を彷徨っていた。」
「お父様の船?」
「あいつも俺も、彼らの子孫だ・・・。考えても見ろ、おまえが子供の頃に会ったハーロックが俺だったとしたら、今の俺はいったいいくつだ?」
ラ・フロリーナは恐らく自分と幾つも歳の離れていないだろうハーロックをまじまじと見て恥ずかしくなった。ハーロックの母、マヌエラの姉はダイバーランド人。恐らくそれまでもいくつかの異星人の血が混ざっているために成長が早いが、それでもまだまだ若い。
「父の行方もエメラルダスがどうなったのかも分からない。だが、それをいちいち考えているのは時間の無駄・・・いやいつか時間が解決してくれるだろう。俺はそう信じている」
「それでは、エメラルダスさんが『ハーロックという男』と言ったのは・・・」
ハーロックはニヒルに笑いながら立ち上がった。
「ハーロックを名乗る男はいくらでもいる。どうやらお前は本物を見抜く術は心得ていたようだ。だがいちいち自分のことを説明するのが面倒なのでな、話を全て聞くまで話さなかった。悪く思うな。」
立ち上がり、店の壁に掛けられたエメラルダスの肖像に手を掛けた。
「お持ち下さい。お部屋にいらっしゃった方は、エメラルダスさんの息子さんなのでしょ?」
ハーロックは頷いてラ・フロリーナが渡した肖像画を受け取った。

部屋に戻ったハーロックは肖像画をトチローに渡し、そしてラ・フロリーナの話したことを伝えた。トチローはじっとエメラルダスの肖像画を見つめたまま、だまってハーロックの話を聞いていた。次第にトチローのひび割れたメガネの隙間から涙が流れていた。話し終えたハーロックは、そのしなやかなかつ力強い手がトチローの肩をぐっと掴み、それに答えるようにトチローは何度か頷き、そして肖像画を撫でた。
「おふくろは信じてたんだな。いつか俺達がこの旅に出ることを。おふくろの残した手記に、病気のことは書かれていたよ。だが、手記にはこの星の名前しか書かれてなかった・・・きっとこの後、ラーメタルで養母に渡したんだろな」
トチローは人前で本気で涙を流すことはめったに無い。だがハーロックの前では違ったようだ。そしてハーロックはそんなトチローの涙からあえて目をそらしていた。ただ、ぐっとトチローの肩を掴んで、無言のままそれを受け入れていた。ラ・フロリーナの店にトチローを連れて行かなくてよかった。たとえトチローが、父と母の生き様をどんなに理解していたとしても、会ったこともない女に思い出話淡々と聞かされるよりはよかっただろう。
「・・・・ここまで話を知ってるんだ。その女信用できそうだな・・・」
「ああ」
「で?アガディール山には山賊がいて、そこにはラ・フロリーナの兄貴がいる、なぜならそいつは山賊のボスだから。」
トチローは立ち直りが速かった。いつまでもくよくよとすぎたことを振り返っているほど暇ではないのである。そしてハーロックもそれに従った。
「あの山な、ホセが言うにはメタノイドの反応とごく少数の人間の生命反応が出たそうだ。まだラ・フロリーナの兄貴っていうのが生きてるかもしれんぞ。」
真っ白な歯を見せて、Vサインをしながら笑っているトチローがそこにいた。ハーロックもそれに答えるかのようにニッカリと笑って見せた。
ホセが迎えに来るまでさほど時間は無い。その少ない時間で二人は仮眠に付いていた。だが、ただ目をつぶっているだけで考え事をしているといった方が正しい。二人は気になっていた。エメラルダスがデラモースに言い残した『裏で動いている者がいる』という言葉。エメラルダスの肖像画はただじっと、寂しげに二人を見つめていた・・・。
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