第二章3
煉瓦の星
リヴァイアサン号は銀河外周を航行した。ここまで何事もなく順調に航海出来たのはトチローの一案で完成した次元潜行シールドのおかげというべきか。銀河を瞬く星々の輝きと暗闇を利用してさも何もないかのように宇宙空間に外観をとけ込ませるのが次元潜行。それでもリヴァイアサン号の航行速度は地球からアンドロメダ星雲までを約1年ほどで進む銀河超特急より速い。もちろんある程度のワープ航法も否めない。銀河系外周は、無数の暗黒星雲の合間をぬって小さな球状星雲がぽつぽつと点在している。リヴァイアサン号はその中でもひときわ小さな星雲を抜け、エメラルダスの手記に「煉瓦の星」と書かれた、赤く輝く惑星に到着していた。
岩肌はもちろん、その星の空気すらすべてレンガ色にくすんでいる。大地はひび割れ、渇水した湖とおぼしきクレーターが随所に見られる。リヴァイアサン号は町と思われる場所を避け、まったく開拓されていないクレーターだらけの場所で大きなひび割れを発見する。こういった開拓惑星にはリヴァイアサンのような巨大戦艦が容易にその巨体を隠せる渓谷がひしめいているのだ。太陽系をひとたび離れると、こういった未開の開拓惑星にたどり着くことが多い。トチローもホセもココを訪れるのは初めてだったが、どことなく懐かしい雰囲気を漂わせる質素な星だ。
「町まで歩くのはこりゃ事じゃわ・・・なんか乗物でもないんかの?」
「誰かさんがリヴァイアサンの建造に熱を出しすぎてそこまで気が回らなかったんだそうだ。オイ、ホセ、これを着ろ。ここは有害な宇宙線放射が強そうだからな。それと金だ。トチローのやつ海賊島に金まで隠してあった」
ハーロックはそう言ってあらゆる宇宙放射線から身を守るガウンと金貨をホセに手渡した。ガウン・・それはトチローが常に身にまとっている、通常ボロ切れと言われるガウンと同じ素材でできた優れものだ。ハーロックも惑星ヘレスで纏っていた黒のローブをたっぷりと身体に纏い、前髪を深く下ろして眼帯を隠し、どうらんの様な物で頬の傷をうまくごまかしていた。
「ハーロック、お前さんは相変わらず黒か?好きじゃのぉ〜」
「このサーベルが入っていた髑髏の旗で作った。いいだろう」
「ほう」
目をまん丸くしてホセが感心の声を上げる。そこにトチローが小走りで駆けつけた。
「またせな〜。やっぱり足になりそうな乗物がないよ。あらかじめ海賊島から用意しておくべきだった・・・いやあすまんすまん。」
三人は肩をすくめ、ひとまず町とおぼしき場所へと突き進むことにした。ざらついた空気があたりに立ちこめ咽せそうになる。

町とは名ばかりの小さな商店街にたどり着いた。ここは発展途上の星だが、以前ハーロックが訪れたときよりずいぶん開拓が進んでいるらしい。人口がそこそこ増え、機械化人はもちろん、一山当てるのが目当ての開拓者達、無法者や賞金稼ぎのような輩も増えてきていると言う。
「で・・・この星に何があと思う?」
町にさしかかったところでトチローが口を開いた。
「前方に見える巨大な岩山はこの星で唯一山と呼べる程の大きさだな。アガディールと言うらしい。俺の勘ではあの山に何かあると思うのだが。まぁそれは明日でいい。ひとまずお前は腹ごしらえが必要だろう。買い出しもしたいしな・・・」
「当然。ま、ゆっくり行こうぜ。全くじゃないが、とりあえず宛ての無い旅さな」
「んでも、ワシの目の黒いうちに一区切りはさせて欲しいもんじゃな」
「バッカ!縁起でもないこと言うんじゃねぇよ」
その時、ハーロックが足を止めた。商店街の一角に「ペガサスコスチューム店」という店を見つけた。
「悪いが先に行って手くれ。ちょっとそこの店を覗いていきたい」
「はぁ?服屋ぁ?・・・まぁいい、買い出しを先に済ませて、その辺の酒場にでも入ってるよ。そのかわり待たんで先にやってるぞ」
「ああ」
トチローとホセは歩き出した。ハーロックは洋服屋に入っていった。
「なぁにが服屋だ。色気ずきやがってからに。」
「なに、ワシがハーロックとブリッジにおるときにな、あやつが艦長席に座るとぎこちないって言い出すもんだから、つい親父さんの事を話ちまってなぁ。ビシッとせ〜とか言ってしもたんじゃ。まぁ良かろう、どうせボロボロなんじゃし。お前も服くらい新調したらどうじゃ。いーっつも同じ服で、風呂も入らんと・・・」
「男は中身で勝負だ!服なんか股に穴が空くまで変える必要は無い。風呂だって時間の無駄だ」
「・・・まったくお前はいつもそうじゃ〜。」
その時ハーロックは服屋へ入り、迷わず黒のコスチュームが並ぶ所へと足を進めていた。と・・・
「ガァァァ〜」
奥からカラスともアヒルとも付かない鳥の声が聞こえ、ハーロックの元へとやってきた。彼の膝丈ほどもある黒いトリだ。首が異様に細くて長く、痩せているにもかかわらずその羽は極端に大きい。だがしっかりした短い二本足でばたばたと歩み寄るあたり、このトリはどうやら飛べないらしい。
(なんだ?ここはトリが店番をしているのか?)
トリは嬉しそうにハーロックを見つめている。くちばしの付け根には飼い主の好みか、ピンクの水玉があしらわれた小さなスカーフが巻かれている。恐らく人間の頭を丸飲みにしてしまいそうな程に大きいくちばしを必要以上開かせない為なのだろう。
「ガァァァァァ〜!」
ひときわ大きく鳴くと、レジカウンターの奥から女が駆けだしてきた。ところどころ白髪が見えるがまだまだ若い、歳はハーロックとさほど離れていないような感じだ。
「ご、ごめんなさい、お客さんが来ていたなんて気が付かなくて・・・」
「あ、ああ。」
「この店にお客さんが来るのって珍しいので。すいません。」
まさかこの無法地帯の町で女の店員がいると思わなかったハーロックはすこし唖然とした。
「黒をお探しですか・・・?えっと・・お客さんに合いそうなコスチューム・・・・ワンピースタイプでお探しですか?きっとその方が似合うと思いますよ。」
「あ、ああ。」
「・・・ごめんなさい・・・ココにはお客さんのサイズに合う物が無いですね・・・いまちょうど作っているのがあるんですけど、それならきっと合うと思います。あの・・・お試しになりますか?」
「あ、ああ。」
ハーロックは店員に促されるままカウンターの方へと進んでいった。思えばさっきから「あ、ああ。」しか言っていない。それを知ってか、どうも調子が狂ってしまった自分に首を傾げていると、カウンターのバックに見覚えのある女の絵が飾られていることに気づいた。
(エメラルダス!)
肖像画の女性は、髑髏のついたピンで長いオレンジ色の髪を留め、その美しい顔には頬を斜めに横切る深い傷跡、厳しいと言われていたその瞳はどことなく寂しげだった。
(なぜ・・・。やはりここを訪れたというのか・・・?)
「・・・・あ、あの・・・お客さん?」
店員はハーロックの顔をのぞき込んだ。
「あ、ああ・・・すまん。知っている女に似ていたのでつい見入ってしまった。」
「あぁ、この人・・・昔、私を助けてくださった方なんですよ。ずいぶん前の事ですが、この町に軍人が乗り込んできて、この町を吹き飛ばそうとしたところを助けてくださって。・・・お礼に描いて差し上げたんですけど・・・気が付いたらもう旅立たれたあとでした。だから、いつかまたお会いできるようにって、こうして飾ってあるんです。」
「・・・そうか」
エメラルダスの消息が分かるかも知れないと淡い期待を抱いていたハーロックは肩を落とした。
「あの・・・お客さんご存じなんですか?」
「いいや、きっと人違いだ」
「ンガガァァァ!」
トリはハーロックの嘘を見抜いていたのかも知れない。その小さな目がつり上がってハーロックを睨んでいるように思えた。人は、人を騙すことは出来ても動物を騙すことは出来ないものだ。

その後ハーロックはカウンターの裏から店員が持ってきたできたてのコスチュームを試着した。ガンベルトを脱いだローブにくるんだため、武器を身につけない状態だったが、身体にフィットしたワンピースのコスチュームは見事なまでにハーロックに似合っていた。鏡の向こうの自分に、希薄な父親像が浮かび上がり、目の前がすこし曇った。
「すてき!まるで戦闘機のエースパイロットみたい!」
店員はすこし大げさとも思えるリアクションでハーロックのその姿をほめた。トリはそれをたたえるように大声で鳴く。結局それを買うことに決めたハーロックだったが、店員からまったがかかった。
「あの、ウエストをもう少しつめさせてください。それと・・・・少し手直ししたいところがあるんです。今夜中に出来るのでお持ちしますけど・・・旅の方・・・ですよね」
「ああ、・・・はす向かいのモーテルに宿を取るつもりだ。名前は・・・羽黒だ。フロントに言えば分かるようにしておく。なるべく急いでくれ」
ハーロックは偽名を使った。これまでも度々こういった星に来るときは偽名を使う。ハーロックという名前は他にもいるかもしれない、だが彼の顔を見、腰に下げたサーベルとコスモドラグーンを持っているハーロックと聞けばすなわちキャプテン・ハーロックその人しかいないのだ。キャプテン・ハーロックが若者のあこがれであり、それを知っている今のハーロックには、それに応えるだけの自信が無かった。だから眼帯も、傷も隠す。不本意ではあるが、それが今の彼の心情だった。また、キャプテン・ハーロックはいまだに銀河系全体で指名手配中であり、その手配写真が今だにあちこちに張り巡らされている。したがって、こういったか弱そうな女に恐怖感を与えないためのハーロックのせめてもの配慮だった。
「羽黒・・・さん?分かりました。今夜遅くならない内にお持ちします。お代金はその時で構いませんから。あ、私はラ・フロリーナっていいます。ココの店長兼店員・・・って一人でやってるだけなんですけど」
ラ・フロリーナは久しぶりの来客にすこしはしゃいでいるようだった。
店を出たハーロックを何度も頭を下げながら見送るラ・フロリーナ。その横でトリも見送っていた。ハーロックは店のはす向かいのモーテルに部屋を取り、それから足早に商店街を突っ切った。すると、比較的大きな酒場の入り口で買い出しの荷物を抱えたホセが立っているのが見えた。ホセに向かって少し速度を上げたその瞬間、店の入り口からトチローが吹っ飛んでハーロックの前に転がった。
「いてててて、ちっくしょうめ。」
「あ〜あぁ、大丈夫か?トチロー」
ホセが地べたに身体をたたきつけたトチローを抱き起こした。トチローは戦うつもりはまるでなかったと見えて、その手に武器らしき物は何も持っていなかった。新調のメガネにひびが入り、その上地べたにたたきつけられた面はレンガ色の砂が付いてはたいてもなかなか落ちない。トチローの顔面は見事に酔っぱらったような色に染まっていた。その時酒場の奥で無法者とおぼしき輩の嘲笑がハーロックの耳に入った。
「あんなチビメガネ野郎が銀河を旅してるだとよっ。お笑いぐさだぜ!」
「ああいいう乞食みてぇなヤツと同じ空気も吸いたかねぇぜまったく」
カウンター越しにいたバーテンは両開きのスイングドアをゆっくり開けて入ってくる男を見て腰が砕けそうになった。すごすごとカウンター端に寄り、目だけ出して様子をうかがった。こういった光景は未開拓の銀河では日常茶飯事だ。男はそのまま奥のテーブルまで入っていった。
「おい、お前達、今、俺の親友を嘲笑しなかったか?」
酒場の奥でテーブルに向かい合った男二人に歩み寄ったのはハーロックだった。二人はちらとハーロックに目をやると口含んでいたオリーブの種を吐き出して答えた。
「だからどうした?」
ハーロックは無言でローブの前を開いてガンベルトに手を掛けた。男達は鼻で笑いながら銃を抜いたが、一瞬速くハーロックのサーベルが二人の銃を叩き落とした。重力サーベルの強力な圧力と熱光で二人は吹っ飛んだ。そのサーベルの素早さにおどろいた数人の客は酒を喉に詰まらせたような声を出してひっくり返った。二人の男の内一人は慌てて逃げ出そうとしたが、もう一人は往生際が悪かったらしい、足首に隠し持った小型の銃を取りだしハーロックをかすめた。しかしながら一瞬速くコスモドラグーンの閃光が男の眉間を緑の閃光が貫く。相方が空気に吸い込まれるかのようにゆがみながら消えてしまったのを見て、逃げだそうとした男は泡を吹いて倒れてしまった。
悠然とその酒場を後にしたハーロックは、男二人が乗っていたと思われるジープのような車のエンジンを吹かし、トチローとホセを乗せてもう一件の酒場へと走らせた。
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