第一章8
白鯨
「ヴェルセルーク様。例の小型飛行艇です。我々の艦と平行して飛行していますが、相当な速さです」
「うむ」
「あの飛行艇が向かっている先、惑星ヘレス。・・・・閣下、やはり鉱石がねらいでは?」
「・・・おのれ、あの鉱石に指一本触れさせるわけにはいかぬ」
ヴェルセルーク・・・かつてハーロックに決闘を申し込んだ男。元バルザック太陽系艦隊を指揮していた男。彼の乗る戦闘艦は、ゆっくりと銀河系に入ってきていた。艦隊がアルカディア号に敗退し、ちりぢりになったなれの果て。ヴェルセルークは残存艦を修復し、自らの身体も機械に変えて宇宙の海をさまよっていた。彼の艦はかつてバルザック軍が銀河を支配していた際に「白鯨」と謳われた美しい戦闘艦だった。かつては白く輝いていたその外壁を深い蒼に変え、銀河にとけ込ませている。
彼が鎮座する艦橋の天井には巨大パネルには猛スピードで銀河系に飛び込んでいく、一見トンボのようなトチローの小型飛行艇が映し出されていた。
「ヴェルセルーク・・・あの飛行艇、以前アンドロメダ近郊で我々の艦をかすめた物と同型だわ」
ヴェルセルークにもたれかかるように淫靡なドレスを着た青い髪の女が座っている。女はこれまたブルーのワインともいうような飲物をヴェルセルークの手にあるグラスに注いだ。
「マゼラン宙域を航行しているときもヘビーメルダーあたりで見かけた。そうだったなアルバ」
「は!おっしゃるとおりでございます」
アルバと呼ばれた男は青白い顔と区別が付かないほど薄いブルーの髪を肩まで伸ばし、青銅色の瞳は少年の輝きを残している。さしずめヴェルセルークの側小姓といったところだろうか。艦橋ではどれもみなによく似たロボットのような者達が整然と座り、それぞれの仕事を進めている。人間というよりはアンドロイドのような生き物というべきか。
「あの飛行艇を追尾しろ」
「何もあのようなトンボ、放っておけばよいのではないかしら?」
「お言葉ですが、カルナ様・・・あの小型飛行艇からは微弱ではありますがヒューマノイドの反応が見られたのです。それに、動力がはっきりしません。動力がはっきりしないばかりか・・・ヘビーメルダーでは我々の目の前でワープを・・・」
「うるさい!おだまり!・・・・アルバ。私はヴェルセルークに話しかけたのだ!この出来損ないのヒューマノイドが。ヴェルセルークの側近でなければ即刻殺してやるところを。」
「も、申し訳ございません」
ヴェルセルークはアルバに去るよう指示し、アルバはすごすごと艦橋の一番下まで駆け下りていった。カルナは冷たい目でアルバが艦橋の端にたどり着くのを見やった。
「ふん、まったく、小僧が艦橋の管理者だとはね。それにアンドロイド!まったくプロメノイドを乗せぬとは愚かな」
「もはや我々はバルザック軍人ではない。バルザックは自滅を余儀なくされのだ。・・・この苦しみ、プロメノイドのそなたには分かるまい」
ヴェルセルークの低く厳しい声はカルナに言った。
「バルザック女王があんな宇宙海賊を執拗に追撃しなきゃ、いつだって復興できたのに・・・ヴェルセルーク、あなたが太陽系になんか行ってなかったら軍事衛星がやられたとしても、女王まではやられずにすんだかも知れなかったのに。おろかな指導者を持ったばかりに・・・残念だったわね」
「かもしれなかった・・・などという話は聞きたくない。私も、アルバもはもはや軍人ではなく、所詮落ちぶれたヒューマノイドにすぎぬ」
「それでも貴方はプロメタリアの絶対権力者デ・プロメノイド・ラミア様に忠誠を誓って・・・こうして身体の半分を機械化したではないか。そなたがプロメノイドとして生まれ変わる時は、あのアルバも一緒にと私からお願いしてやってもいいのよ」
「アルバはまだ若すぎる・・・」
ヴェルセルークはそう言うと機械の瞳で艦橋をながめた。艦橋でてきぱきとアンドロイドに指示を出すアルバがそこにいた。
「アルバ・・・あいつのおかげで俺は気楽でいられる。話し相手が女だけではいささか面白みに欠けるからな」
カルナはキっとヴェルセルークを睨んでからすたすたとその場を離れていった。ヴェルセルークはゆっくりと立ち上がり、ベルベットのローブをゆらしながら艦橋の先端で指揮をとるアルバへ歩みよった。
「閣下、思うのですが・・・ひょっとしたら、アレは星の光圧を帆に受けて航海している帆船なのかもしれません。そうだとしたら・・・」
「さすがはアルバ。博識だな。プロメノイドに劣らぬ立派な頭脳だ」
ヴェルセルークはまだ生身の残る右手でアルバの肩を掴んだ。ヴェルセルークの半身はメタノイド同様の金属製組織で構成されている。太陽系にてアルカディア号の攻撃を受けて以来、一命を取り留めたもののその身体は五体満足には至らなかった。それを機械で補い、また撃破された白鯨をここまで修復したのもアルバの頭脳のおかげだった。そしてプロメノイドのおかげだった。
[確認中の飛行艇の目標に浮遊大陸を確認しました。なお、その浮遊大陸では、たった今、銀河鉄道ローカル線が飛び立ちましたが、銀河鉄道管理局メインコンピューター上では現在この付近での運行は認めていません]
レーダーの前に座っているアンドロイドがアルバに向けて通信を送ってきた。
「惑星ヘレスか・・・不本意だな。この白鯨が鉱石の運搬をさせられようとは。余計な情報を漏らしたことを・・・今更後悔しても致し方ないが」
ヴェルセルークはヘルブラディ鉱石を白鯨に乗せてプロメノイドの要塞惑星プロメタリアへと運ぶ、彼としては不本意な任務を担っていた。プロメノイドはバルザック軍の敗北によって宇宙を彷徨っていた白鯨と彼らを収容し、そしてヒューマノイドを知るために権力者によって特別な計らいを受けていたためにプロメノイドの命令は絶対なのだ。アンドロメダ星雲を拠点にその権力を拡大させつつあるプロメノイドはヴェルセルークの身体を半身メタノイド化し、いずれはプロメノイド化する約束をしている。
「ヴェルセルーク様・・・不本意ならばなぜプロメノイドにおなりになる決意を?」
「さぁな。時代の流れには逆らえぬ。私はそういう生き物だ。お前はいい、充分に成長するまで私の側でヒューマノイドのままでいろ」
アルバは小さく頷いた。
「加速200%。両舷全速!あの飛行艇を追うのだ。ワープができぬギリギリの場所まで追い込み、威嚇射撃を見舞ってやれ」
「かしこまりました」
ヴェルセルークの戦闘艦は急速にトチローの小型飛行艇を追い、惑星ヘレスに向けて降下しようとしたところを見計らって宇宙の歪みから、まるで鯨が海面に浮かんでくるかのように姿を現した。蒼い艦体は徐々にダイオードの様な光を発しはじめ、エンジンを吹かしてトチローの小型飛行艇の後を追った。もちろん、この動きはトチローにも確認ができたはずだった。
「な、な、なんだなんだ!こんな近くに戦艦かよ。ふざけるな!名を名乗れ名を!」
慌てて計器を調べながら後を追ってくる戦艦をコンピューターにはじき出させた。小型飛行艇のコンピューターは戦艦の構造や動力などに若干の違いがあれ、それが「白鯨」であり、銀河の歪みに姿を隠して航行する潜宙艦であることを突き止め、その形状を映し出しててトチローに訴えた。
「こ・こいつはバルザックの残存艦じゃねぇか!は、は、「白鯨」だぁ?・・・・潜宙艦!ヤバイ。油断しすぎたぜ」
その時だった。無数の閃光がトンボのメガネと羽をかすめた。ビシィという音をたてて飛行艇内の圧力が変化する。片側10門あるビーム口から発せられる閃光は確実にあらゆる弧を描いてトチローの小型飛行艇を攻撃するが、対象があまりに小さい事が助かってそうやすやすとあたらない。また、トチローの腕もなかなかだった。
「ちくしょ〜め。粒子ビーム砲だと?このトチロー様を舐めてもらっちゃこまんのよ!エンジン全開〜!」
旋回して粒子ビーム砲の間を縫いながらの見事な飛行テクニックを見せつけた。こうなっては容易に惑星に着陸することはできない。そうふんだトチローはヘレスを通過してどこかの小惑星帯にでも紛れ込むつもりでいた。それは惑星ヘレスを守るためでもあり、ヘレスの近くに潜伏させた人工惑星の存在に気づかれない為でもあった。
「あのような小型飛行艇など打ち落としてしまえばいいものを。」
カルナは艦橋の後ろでモニターを眺めながら毒ついた。

「トチロー・・・・トチローが近づいているわ。」
「なんじゃ急に。・・・帰ってきたんじゃろが。ど〜れどれ、ドッグの方に迎えに行ってやるかの」
「違うわホセ、トチロー・・・とても心が乱れているわ。何者かに攻撃を受けている」
ホセとマヌエラはいつものように小屋の地下の鍛冶場にいた。そしてホセをじっと見ていたマヌエラが突然立ち上がったのだ。見る見るうちに顔色が悪くなっていくマヌエラをみてホセもすこし不安げな顔をした。寂寂としたヘレスの荒野も不穏な風が吹きはじめ、ドッグの前にたたずむハーロックもなにやら嫌な予感がしていた。
「ハーロックに知らせなくては・・・」
慌てて小屋の入り口へと走っていくマヌエラをホセが走って止めた。
「い、いかん今はまだ昼じゃ。お前この炎天下に出たら死んでしまうじゃろが!・・・マヌエラ、ワシが行って来る。アイアンロックの方じゃな」
マヌエラは大きく頷いた。
そのころ、ハーロックはトチローからの通信を受信していた。通信装置・・・トチローがサーベルの訓練用に渡した小型機械がそれだった。だが飛行艇が攻撃を受けた事と、大気の不安定によりキレイには聞こえていない。
<・・・・ク・・・ハ・ロック!・・・応答・・>
「トチロー!・・・トチローなのか?今どこにいる?おい!・・・くそ、こいつどこに話しかければいいんだ・・・通信機だなんて聞いていなかったぞ」
ハーロックは手の中で小型機械をくるくる回してどこから声が聞こえてきたのかを確かめた。また通信が入る。
<ハーロ・・・敵・・・攻撃され・・・急いで・・・>
「急いで何だ!おいトチロー!敵ってどうしたんだ」
だんだんハーロックの表情が硬くなってきた。何かあったに違いない。その時ホセが汗をかきかき走ってきた。炎天下の中走るのは老体のホセにも少し無謀だったのか、息があがっている。
「おぉ、おおい!ハ、ハーロック。大変じゃ。・・・トチローが大変じゃぁ〜」
「ホセ!今トチローから通信が・・・だが電波の具合が悪いようだ。ほとんど聞きとれない」
そう言って小型機械をホセに手渡した。ホセも両手でころころと転がしながら調べたが、どうして良いのか分からずハーロックに返した。ハーロックは空を見上げた、この空の上で何かが起きている・・・打つ手のないハーロックはもどかしさから荒野の開けた部分に向けて走り出した。
「くそ〜何のためにあの機械を置いていったと思ってるんだ!このばかばかばか!・・・・え?」
目の前の計器を両手の平でバンバンと叩くトチロー。さしずめ「バカ」は自分に対して言ったに違いない。艇尾から煙を噴きはじめた小型飛行艇は徐々に高度が落ちてきた。気がつけばエネルギーがLOWぎりぎりにさしかかっていた。この小型飛行艇はエネルギー補給を必要としない、アルバが睨んだとおり、星の光圧で航行しているため自家発電機能を搭載していない飛行艇だった。しかしながら、離陸と着陸にはそれ相応のエネルギーが必要とされる。ましてや戦闘が始まった場合はその動きを俊敏するため、また防御シールドを張るために多少なりともエネルギーを必要とする。他の星の調査からの帰り、惑星ヘレスに到着する前に彼の作った人工惑星にいったん寄って離陸用エネルギーを補給しようと考えていたのだ。トチローは甘かった。
「お・・・落ちるじゃねぇかよ」
トンボは真っ逆さまに惑星ヘレスの大気圏に飲み込まれていった。その時ハーロックの持つ小型機械から大声が聞こえてきた。
<ハーロック!落ちる!落ちる!落ちる!落ちる!>
「落ちるって、どうしたんだトチロー!」
<敵の攻撃を食らった、白鯨だよ白鯨!まだいきていやがった>
(・・・・白鯨・・・・)
ハーロックの表情がさらに厳しくなり、小型機械を握りしめた。そこから息苦しそうなトチローの声が漏れ聞こえる。
<だ・・・脱出・・できねえ。ゲホッ。煙が・・・ハッチが開かねぇ>
どうやらトチローの意識がもうろうとしてきているようだった。小型飛行艇のコクピットは煙が充満している。薄れていく意識の中、トチローの目は豆粒ほどのハーロックの姿をとらえていた。
「脱出できないとはどういうことだ。ハッチが開かないのか!オイ!トチロー!」
「ハーロック!あれじゃ!」
さすがは老人、遠くの物がよく見える。ホセが指さした向こうに、一瞬まぶしい光を放って白い飛行艇がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。後ろから煙りを吐き、今にも火がつきそうな状態にホセもハーロックも息をのんだ。ハーロックは振り向く。このままでは背後のヘレス鉱山に激突する。
「トチロー!高度を下げろ!俺に向かって降下しろ!」
<な、なに・・・言ってやがるんだてめぇ〜>
その時新たな旋律がトチローをおそった。白鯨が轟音と共に大気圏の手前から執拗に粒子ビーム砲の砲門からトチローの飛行艇に向けて新たな攻撃がふりそそいだ。大地が小刻みに揺れては止まる。にわかに鉱山から地割れが伸びてきた。
「い、いかんハーロック!大気圏から戦艦が攻撃をしとるんじゃ!・・・・主砲クラスの攻撃をされたらこの星は終わりじゃぞ・・・」
「伏せろ!ホセ!」
ハーロックの叫び声はホセの小屋で二人の帰りを待つマヌエラにも聞こえた。そして轟音と共に振り注いでくる白鯨のビーム砲を目の当たりにした。思い立ったように階段を降り、自分の部屋に駆け込んだ。彼女のベッドの脇に置かれた小さなカプセル。その中にコスモドラグーンが納められている。
粒子ビームは煙を吐いて大気圏を降下するトチローの飛行艇の艇尾をかすった。それが原因で飛行艇の急降下に拍車をかけた。
ハーロックは確実に自分に向けて落ちてくる飛行艇をその目にとらえた。トチローが気を失いそうになりながらもコクピットで操縦桿を握っているのが見て取れた。二人の目が合った。
「ホセ、トチローから目を離すな」
「な、なんじゃって???」
<ぐ、ぐ、ぐ、ぐあぁっぁぁぁあ!>
ブゥイィィィン!
ホセには一瞬時が止まったように見えた。ハーロックが宙を舞い、そのサーベルをもって飛行艇をまっぷたつに割ったのだ。半分に割られた飛行艇はそのまま左右に割れて荒野に激突、白煙を上げた。トチローは、荒野にしりもちをついて伸びかかっているホセの胸にもたれていた。
「いたたたたた!これぇ、年寄りはいたわるもんじゃぞ!」
「わ、わりぃ」
「トチロー!大丈夫か!」
「てんめぇこのやろ!俺を殺すつもりか!この!この!」
ホセの胸から飛び起きたハーロックの腹に軽いボディブローをかます。トチローは元気だった。しかし瞬時のその表情を真剣そのものに変わる。
「ハーロック!白鯨だ。見た目はずいぶんかわっちまったが、まちがいねぇ。・・・・どうやら潜宙して俺の動きを監視してやがったんだ・・・」
「トチロー!ハーロック!とにかく、小屋に戻るんじゃココにいてはいつ狙われるかわからん」
3人は小屋に向かって走り出した。轟音が近づいている。ハーロックには感じていたのだ。白鯨・・・間違いなくヴェルセルークがそこにいることを。そして惑星はにわかに地殻変動を迎えているようだった。小刻みに大地が揺れている。
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