第一章7
寂然の想い
ギャザ地区から程なく離れた荒れ野に大きな岩がある。この周辺は鉄が良くとれる事で時々村人達が行き来していたが、近頃では全く人出がなく、工具が放置されたままの状態が続いている。これは惑星ヘレスに住む人間が減ったことを意味している。カイザ地区にある小屋は吹きさらしの状態で黄砂に埋もれそうな状態だった。そんな中、ぽつりとランプを灯した酒場からホセとマヌエラが出てきた。ホセは店主から酒瓶を何本か受け取り、マヌエラは軽く頭を下げて薄暗い家路をゆっくり歩きだした。
「もう、ホセの歌も私のギターも必要とする人はいなくなってしまうのね」
「うむ・・・いたあしかたあるまい。わしとてツライ。皆、何にもないこの星に無理矢理連れてこられ、働かされ、血反吐を吐きながら生きてきたんじゃ。鉱山にはメタノイドがおって墓参りにも行けん。だがな、もはや余命わずかのこの星にいる必要はないんじゃよ、マヌエラ。生き残った者は、残り少ない命を大切にせなあかん。そして、子孫がある者は、そのもの達にこの惑星ヘレスが存在したことを語り継がねばならん。それが死んでいった仲間達へのせめてもの追悼じゃ」
「ホセは・・・列車に乗らないの?」
「これ、分かり切ったことを言うな、マヌエラ」
「だって、地殻変動が始まったら・・・生きていられる保証はないわ」
オレンジ色の長い髪を指先で払いながら、すこし意地悪げにホセに話しかけた。
「う・・・うむ。その前にトチローが帰ってきてるれる事を祈るよ。まぁワシぐらいの歳になるとな、このままぽっくり逝ってもいいかの〜・・・・なんて思ったりもしてな・・・」
ホセは深いため息をついて黙りこくってしまった。二人はしばらく無言で歩いていた。そこから見えるホセの小屋は誰もいないのか真っ暗だ。
「ホセ、お酒一本貰うわ。悪いけど、ギターを持って先にかえっててちょうだい」
しばらくしてマヌエラは立ち止まり、ホセに抱えられた酒瓶から一本引き抜いた。代わりに彼女が持っていたギターをホセに預け、走りはじめた。
「え、う・うむ。・・・・お〜い!飲みすぎるんじゃ無いぞぉ〜」
ホセの呼びかけは誰もいないギャザの家々にこだました。
マヌエラは荒野を走り続けた。行き先はギャザから少し離れた所にある、もはや使う物は誰一人としていない鉄の採掘所アイアンロック。そこにある大きな岩の麓にトチローの仮ドックへの入り口がある。マヌエラは少し手前で立ち止まる。そこには煌々とたき火が焚かれ、夜空を見上げるハーロックが座っていた。トチローがいなくなってしばらくしてから、ハーロックは毎晩のようにアイアンロックへ来てはたき火を焚いて夜を明かした。誰もいなくなり、暗黒の地と化した惑星ヘレスに、いつ何時トチローが帰ってきても良いよう目印としてたき火を焚いて待っていたのだ。マヌエラはこっそりこっそりハーロックの元へと歩みだした。
「終わったのか」
「・・・・ホセは小屋に帰ったわ。酒場のマスターがお酒をたくさんくれたの。一本持ってきたわ。どうぞ」
ハーロックは酒瓶を受け取って、さも水でも飲むように喉に流し込んだ。マヌエラは微笑みながらハーロックの隣に座り、ハーロックが飲み終えた酒に少し口を付けた。
「ローカル線はもうすぐ飛び立つ。これが最後の便になるかも知れない・・・。みんな乗り込んでるわ。残ったのはホセと・・・私たちだけ。」
「トチローもいる。ま、帰ってくるか分からぬが」
マヌエラは横目で仮ドッグの入り口を見やった。完全に岩で閉ざされ、外からでは何かあるなどとは分からない。ゆっくり頭の後ろに手を組んで、そのまま岩にもたれかかるハーロック。マヌエラはだんだんこの男の変化に気づいている。ハーロックはヘレスに来てからというもの、サーベルの訓練こそすれ、以前の殺気だった雰囲気が薄れ、徐々にのんきになってきている様に思えた。時々、何を考えているのか分からなくなる・・・かつて彼女が身も心も捧げようとした男に近づいている。
「貴方もローカル線には乗らないのね。・・・・鉱石が採れなかったらどうするの?トチローの飛行艇でココから脱出するつもりなの?」
「さぁな。あいつの小さい飛行艇じゃ俺は乗れないからな・・・宇宙遊泳でもしてどこかの星にたどり着くって言うのも悪くないだろう。いずれにしても俺は約束した。あいつが帰ってくるまでここにいると」
「男の約束ね」
「お前こそどうするつもりだ?ふん、俺の守護者ぶるなら、あの年寄りと一緒に宇宙遊泳で俺についてくるのか?」
「どうだって・・・いいじゃない」
人を小馬鹿にした言い様のハーロックに少しばかり苛立ちを覚えて、薪を一本火に向かって投げた。その時、彼女の気持ちに呼応したかのように大きな音を立て薪がはじけ、火の粉が舞った。瞬時に二人はたき火から顔を逸らしたが、どうやらはじけた薪のかすがハーロックに向かって飛んだようだ。すぐさま酒瓶を掴んで顔に掛ける。
「ハーロック!」
「・・・・ああ、大丈夫だ」
「動かないで・・・見せてちょうだい。左目に飛んだのね・・・あぁ、ごめんなさい」
マヌエラはハーロックの顔を両手で押さえ、充血した左目をのぞき込んだ。火傷はしていない様だったが、まだ少し灰のような物が浮かんで見えた。マヌエラはそのままハーロックの左目を包み込むように口を近づけた。それを制しようとマヌエラの両腕を掴んでみたが、思ったより彼女の力は強かった。
「大切な左目よ。まだ・・・灰が付いてる・・・」
そう言って柔らかい舌を使って目の汚れを拭いだした。生暖かい感触がハーロックの瞳と瞼を潤す・・・官能的な香り、女の匂いがハーロックに伝わってくる。彼女の両腕を掴んでいた手をゆるめて、そのまま話し始めた。
「俺をからかってるのか・・・。俺は親父の代わりはできんぞ」
マヌエラの動きが止まった。止まって、ハーロックの顔をじっと見つめた。彼女は苦悩の表情を浮かべていた。
---アルカディア号の船尾キャビン。艦長、キャプテン・ハーロックの艦長室がそこにある。この日は一度も艦橋に姿を現すことなくそこにいて・・・明かりも灯ることはなかった。鑑外ではイルミダス軍事惑星からの戦艦による攻防が続いており、閃光が走り、轟音が響いている。アルカディア号の主力エネルギーをメインコンピューターに総導入しての、たった一隻攻撃は、数々のメタノイド戦闘空母を前にして一進一退だった。
暗がりにはキャプテン・ハーロックの他に、ホセ、マヌエラ、そしてカプセルの中で永眠につくマヌエラの姉、そしてその横の小さなベッドには・・・轟音鳴り響く中ですやすやと眠りにつく、生まれて間もない男子が横たわる。
「出来上がったのか・・・」
「・・・ホントに、よかったんだろか。キャプテン・・・」
「あぁ・・ごくろうだった」
キャプテン・ハーロックは首を傾げるホセの肩を叩くと、惜しげもなくサーベルを抜き取り、ホセのが新たに彫刻を施したつかを装着した。それからマヌエラの姉が眠るカプセルに掛けられた真新しい髑髏旗を剥ぎ、それでサーベルとそれを納めるベルトを包んだ。カプセルで永眠する女はマヌエラより優しげな表情で、今にも目を覚ましそうなおもむきすら感じさせる。
「マヌエラ・・・。お前の姉は俺によく尽くしてくれた。その証に・・・これほどまでに丈夫な男子を俺に授けてくれた。俺は生涯で多くの女を犠牲にしてきたが・・・これが最後。・・・もう、たくさんだ」
「ありがとう、ハーロック。貴方は充分に姉を愛してくれた。きっと喜んでいるわ」
マヌエラの顔は今にも泣きそうだった。キャビンの窓の向こうで敵艦載機が爆発をおこす。にわかにキャビンは明るくなり、キャプテン・ハーロックの潤んだ瞳がマヌエラを貫いた。マヌエラはハーロックに駆け寄り、その胸に飛び込み、こらえきれなくなった涙を流した。ホセもうつむいたまま、両手の拳を握りしめて涙をながしている。
ハーロックは力強くマヌエラの肩を握りしめて引き離すと、天使のような寝顔の幼子を抱き上げ、マヌエラに渡した。
「俺の血を分けた大切な息子だ。・・・俺と同じ名を授けた。・・・後を頼む」
「貴方もまた・・・一つの星になる。大山博士と共に、そして私の知らないうちに、あなた方の理想郷へ旅立つのね」
ハーロックは何も言わず、キャビンの外を見た。先ほどより艦の振動が大きくなってきているが、まだ戦況は変化がない。そのままつぶやいた。
「ホセ、マヌエラ。今すぐ退艦しろ。間もなく戦況が変わる。」
「キャプテン!ワシも残る!最後まで一緒に戦わせてくれ」
「バカ者!誰が最後だと言った!このアルカディア号は不滅だ・・・。お前にはお前の任務がある。どうか、子孫のために・・・・。地球に『ユウキ』という女が居るはずだ。そのサーベルを渡せば全てを理解してくれるだろう。行け」
ホセは無言で涙をのんで頷いた。そしてしばらくの後、ホセとマヌエラを乗せた飛行艇は戦火をぬうように戦火の中飛び立っていった。キャプテン・ハーロックは髑髏の旗の下、甲板から彼らの船出を見送った。爆撃を続ける艦載機はアルカディア号から発せられるパルス砲で粉砕される。さも艦が甲板に立つ彼を守っているかのように。
「トチロー・・・俺は少し歳を取りすぎたようだ・・・。そう思わんか・・・」
【いいんだ、これで。ハーロック、俺達の旅はまだ続くだろう・・・そして永遠に宇宙の海をさまよい続けるのさ・・・。1000年の時は間もなく終わりを告げる。次の1000年に向けて新しい命が芽生え、また新しい時代を築く。いつの時代もそうだった・・・。ハーロック、俺達だってそうだった。だが、今回はいささか時間がかかりそうだがな。さぁ・・・後は俺に任せてお前は少し休め】
中枢コンピューターはハーロックに話しかけた。伝説の怪人、大山トチローの魂はこの中枢コンピューターにある。真友であるキャプテン・ハーロックが愛したこのアルカディア号に魂を転送して以来、時は経った・・・---
マヌエラはキャプテン・ハーロックの面影を・・・目の前の男、彼の息子であるハーロックに投影していた事に間違いはなかった。
「私の双子の姉が貴方のお母さん・・・貴方を生んで、そして短い一生を終えた。私たちダイバーランド星人の一生は地球人では想像のつかないほど長い一生を歩むの、でも、新しい命をはぐくむと同時に寿命が来てしまう・・・そういう運命。双子だった私たちは、一人を命を宿すことのできる身体に、一人を命を宿せない身体にされた。それでも私と姉は一心同体。私は姉の聖性を守るべく生まれてきた運命。生まれながらに姉を守る運命を担ったの。姉を守るためならどんなことでもした。たとえこの身が汚されようと。でもね、あの方は、貴方のお父様はそんな私をアルカディア号に受け入れてくれた・・・。でもあの方の気持ちに答える事ができるのは・・・姉だった」
「・・・・二人とも親父を愛していたんだな」
マヌエラは立ち上がり、夜風にその髪をなびかせた。風は彼女の涙をもやさしく拭っていった。数々の異星人に出会ってきたハーロックにとって、100年生きようが1000年生きようがそんなことは取り立てて大きなことではない。彼自身、自分の身体にダイバーランド人の血が流れていることは既知の事。幼いハーロックを育てた「ユウキ・ケイ」が物心ついたハーロックに言って聞かせていた。マヌエラは続けた。
「『ユウキ』と名乗る女性が貴方を地球で育ててくれた。かつてアルカディア号の乗組員だった人よ。そして、キャプテン・ハーロック・・・ハーロック二世は、たとえどんなことがあれ、決して失われることの無かった美しい森、あの方が生まれた地、ハイリゲンシュタットで貴方を育てて欲しいと願っていたわ。彼は地球を見捨て、堕落していった地球人達を憎んではいたけれど、生まれ故郷は愛していたのね」
たき火の炎は一段と大きく燃える。炎はなおもマヌエラの気持ちに呼応して激しく、優しく燃え上がった。
「ダイバーランド人の一生はあまりに長すぎる。幼なかった貴方がここまで成長しても、私はあの時と何一つ変わっていない。そんな私は地球で生きて行くにはあまりに辛すぎる・・・そう思ってたわ。だから彼を捜し続けた。少しでいい・・・またあの方に会えるのなら・・・死んでもいい・・・そう思った。なのに・・・」
女の一人旅は過酷なものだっただろうとハーロックには容易に推測できた。かつて大宇宙を震撼させた女海賊クイーン・エメラルダスでもなければ無法者がのたまう世界を生き抜くことはできないだろう。マヌエラには、エメラルダスほどの強さは無い。たとえ心はそうであっても、戦い抜くすべは持ち合わせていないのだ。ただあるとすれば・・・その美貌と、無限とも思える包容力、そしてどんな男をも虜にしてしまう身体。
ハーロックの前の女は、その永遠ともいわれる命に相反して・・・あまりにもはかなかった。
「でも、トチローが持っていたあのコスモドラグーンが訴えかけていた。私にはまだ果たさなければいけない使命があると・・・。そして貴方が現れた・・・でも・・・貴方はあまりにもあの人に似すぎている・・・」
マヌエラは大粒の涙を流し、まるで誰かに許しを請うかのように、立ち上がったハーロックに歩み寄って彼の胸の中へ跳びこんだ。まるで緊張の糸がプツリと切れたかのようだった。・・・いままで、自分の感情を表に出すことなく、毅然とハーロックに接していたのは、女の弱さをひた隠しにするためだったのかもしれない。
「私は罪深い女。愛した男の死に殉じることもできない。姉の息子に愛した男の影を追って慰めを求めるような女。・・・・死んでしまいたい」
その時、マヌエラの細腕をハーロックが取ってひきよせた。首筋に顔を埋め、腰を強く抱きしめ、押し倒した。しばらく振りに抱きしめる女の腰は砕けそうなほど細い。
「私を・・・・殺して」
「俺は女を殺したりしない。だが、『死ぬような思い』ならさせてやる。それほど死にないのならな・・・」
いっそう勢いを挙げて炎をあげるたき火のもと、ハーロックはマヌエラとその身体きつく抱きしめた。彼女の身体を慰めるハーロックは若く、たくましい。マヌエラもハーロックの身体をむさぼり、彼の名前を叫び続けた。ハーロックには分かっている・・・本当は自分のことでは無いことを。それがよけいにハーロックの火をつけ、ことさらに荒々しく、力強く、彼女の身体に旋律を走らせる。何度も気を失いそうになりながら、マヌエラはかつて無い程までに自分が女であることを感じていた。
折り重なる二人の上を、銀河ローカル線が飛び立っていく。やがてそれは白い閃光となって急速に惑星ヘレスを離れていってしまった。
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