第一章6
隻眼の騎士とサムライ
ハーロックがローカル線でヘレスに到着してからずいぶんと時が経っていた。あれ以来ローカル線はまだヘレスには訪れていない。頻繁に起きる地震はこのところスパンが短く、そのために停車を見合わせているのだとホセは言っていた。
「ホセ・・・お昼できたわ」
「おぉすまんの、マヌエラ。そこに置いといてくれんか」
マヌエラ・・・彼女はヘレスの人間ではない。ハーロックはホセの小屋で彼女と会ったとき、すぐにそう思った。と言うよりは、彼の無意識の勘がそうさせた。ましてやホセの孫であるわけがなかった。彼女は地球人ではない。人口太陽が沈み、気温が下がりきってから外に出る日々を過ごし、ホセに連れられるまま酒場でギターを弾いている。マヌエラは日中外に出ることはない、一日のほとんどを地下の鍛冶場で過ごす。食事もせず、ただ地下で本を読んだり、繕い物や料理を作る・・・そんな日々を過ごしているのだ。この日もいつもの通り、鉄の工芸品をせっせと作るホセの為に昼食をつくって鍛冶場に持ってきていた。
「ハーロック・・・・」
彼女は輝きに満ちた目で数メートル先のハーロックを見つめた。パシュ!パシュ!という音と共に、宙を舞う野球ボール程の小型機械から電気エネルギーが発せられている。それを相手に修理の済んだサーベルのトレーニングを続けているのだった。一日、自分でも把握のできないほど長い時間を費やし、ハーロックの腕は日々上がっていた。そこには、ヘレスに着たばかりの頃の、ひょろひょろの痩せこけた姿は無かった。しなやかかつ固い筋肉が付き、伸びた前髪は完全に右目をおおっている。その向こうにはマヌエラがなめし革で作った眼帯があった。もはやハーロックの姿は、予想を遙かに上回る成長の速さによって、瞳が、その身のこなしが、かつてマヌエラが慕いつつも別れた男そのものになりつつある・・・そうマヌエラは感じていた。
「マヌエラ・・・お前、思い出しとるのか・・・」
「・・・余計なこと言わないで」
マヌエラは立てかけてあったギターを手にしながらハーロックをしばらく見つめた。次の瞬間「ピンッ!」と弦を弾く音が鳴り響く。音と同時に小型機械から発せられたビームが一瞬の隙をついてハーロックの腿をかすめていった。何気なく、小型機械から大口を開けて笑うトチローの顔が浮かんでくるような気がした。かすめた部分の服が破け、うっすらと血がにじんでいた。
「ふぉっふぉっふぉ。まだまだだの!ハーロック!腹がへっとるのと違うか?こっちきて飯でも食え!」
「・・・・」
サーベルを腰に納め、不服そうな面でホセの座る方に歩みだした。ギターを置いて、汗まみれのハーロックにタオルを差し出す代わりにハーロックの脱いだグローブを受け取るマヌエラ。彼女の瞳はいつものように厳しく、ハーロックを諌めるような視線だ。
「トチローが帰ってきたらきっと驚くわね。ずいぶん腕をあげたと。でも私のギターの音に惑わされるようでは・・・・」
「うるさい!」
トチローは突然いなくなる。かつて惑星ヘレスに上陸した際乗船していた小型飛行艇に乗ってどこかに飛んでいく。ホセ達の住む村から程なく離れた地中にトチローが作ったの仮ドッグにあり、夜な夜なそこからヘレスを離れるのだった。それは2,3日の事もあれば、1週間程になることもある。何処で、何をしているのかは誰も知らない。誰もそれを追求する者もいない・・・。
ハーロックは憮然とした顔でポンとタオルをマヌエラに投げ返し、ホセが手渡すワインを飲み干すと口元を手で拭って階段を上がっていった。階段上でグラスが割れる音がした。
「・・・短気は損気という言葉を知らん様じゃな、あやつは。トチローに負けたのがそんなに悔しいのかの。訓練に熱中するのは良いが、他に何も目に入らんようではなぁ。それにマヌエラ、お前すこし厳しくあたり過ぎじゃなかろかの」
深いため息と共に憮然とした顔でホセがぼやいた。
「男ですもの。それにまだ若い。真の男かどうか・・・運命に試されている・・・男なら、一度は通る、そういう時期。私には分かっているの。そして彼自身も。でも、時間がない」
「青年が真の男に成長する狭間か・・・。ふふ。確かに、あやつの親父さんもそんな頃があったのかの〜。・・・わしも、そうじゃったかもしれんの・・・ふぉっふぉっふぉ。」
ホセは白髭をさすりながら大声で顔で笑った。彼もまた、かつては戦士として銀河の星々を渡り歩いた事もあった。時にパルチザン兵、時にテロリストとして。そして海賊の一員として・・・。
オレンジ色の空が一面に広がり、砂塵がハーロックの頬をかすめる。小屋から少し離れた荒れ野まで歩き、胸の前で腕を組み、しばらく深呼吸をしてから空を見上げた。冷たくなりだした風が髪一本一本を包み込むように吹き上げる。ハーロックはしばらくその風に身を任せるように、目を閉じてまた深呼吸をした。焦りと苛立ちを沈めるように・・・。
---「おい。ハーロック。俺と勝負しないか?」
「お前と?バカな。勝負になるか!銃の照準もろくに合わせられないくせに」
「俺様を甘く見るなよ。お前、サムライって知ってるか?こう見えても俺はそのサムライの血を引いている。銃は下手くそでも剣は一流だぜ。」
「サムライ位知ってる。大昔に地球のある国にいた騎士の総称だとか・・・。おもしろい、受けて立とう」
トチローの目に嘘はないと、ハーロックには良く分かった。そして、男の勝負に手抜きはない事も。
「俺様特製の重力サーベルでござい」とばかり、トチローはローブの中から寸足らずの重力サーベルを取り出し、瞬時に倍のサイズに伸びた。面食らいながら、サーベルを抜いたハーロックに、少年の如くニッカリ笑って見せるトチロー。だが、その次の瞬間ハーロックの懐めがけて突進してきた。白昼の荒野に、サーベルが激しい音を立てて交わった。
「貴様!」
「俺はお前が抜くのを待ってたぜ!なんで斬りかかられる前に殺らねぇんだよ。見えてねぇのか!」
数回サーベルを交えつつ、つばぜり合いが始まった。トチローのサーベルのつかとは全く作りの違うハーロックのそれは太陽光に反射して玉虫色に発光する。それがトチローの目を襲った。目つぶしを食らったトチローはハーロックを蹴り飛ばしながら後ろに退いた。二人の視線がぶつかりあう。重力サーベルのエネルギーが二人の周りを対流し、砂塵を巻き上げた。もはや二人の闘いにルールは無かった。必要であれば蹴りも入れるし肘うちも食らわせた。
「甘いぞハーロックゥ!戦場にルールもくそもあるか。生きるも死ぬも腕次第・・・それがこの宇宙で生き抜く唯一の道よ。」
ハーロックは決して押されはしなかった。しかし、長時間にわたるトチローの攻撃に対して息切れを感じざる得なかった。
「なんだその体力は。鍛え方がなっとらん。エネルギーを無駄に消費してるぞ!」
時々叫ぶトチローの言葉にハーロックは返す言葉がなかった。惑星ダラスでの決闘も、先に息を切らしたのは自分だった。無駄な動きがあるためによけいなエネルギーを消費する。
トチローはわざと右目を狙った。相手の弱点を狙うのはフェアではない事は承知の上だったが、ハーロックの隙と無駄な動きを作り出す原因を彼自身に分からせるために、執拗に攻撃を繰り返した。二人はの闘いは立てなくなるまで続き、気が付けば日暮れを迎えていた。つばぜり合いを続けながら荒野を転がる二人、もはやとっくみあいのケンカにも見える。ハーロックが突進してくるトチローを受け身で避け、巴投げの要領で蹴り上げた。
「くっそ!やるじゃねぇか!その長い足は伊達じゃなさそうだな!さぁ、来い!俺はまだいけるぞ」
「うるさい!・・・サムライなら無駄口は叩くな!」
ハーロックは四つん這いになって息を切らすトチローに向かって斬りかかった。バシュ!・・・鈍い音がして、夕焼けに映し出された二人の影は重なって止まった。トチローは下方から切り上げる様にして止まっていた。・・・ハーロックががっくりと膝を落とし、そのまま前のめりに倒れ込む。
「安心しろよ。みねうちってやつだ。」
「なんで逸れた・・・?」
彼はトチローの攻撃が見えていた。見えていたにもかかわらず、避けることができなかった。
「右目、まったく見えてないんだろ」
ハーロックはトチローを睨んだ。痛いところをつかれたに違いない。自分でも分かっている。右目が見えなくなったために視野が変わり、思うようにねらえない。機械の部品を埋め込めば、元には戻らなくても「見える」様にはなる。だがハーロックはそれを拒んだ。・・・これは自分を戒める為に残しておくのだと、そう心に誓っていたからだ。
「早く「耳」で戦うことに慣れねぇと、銃だって使えなくなっちまうぜ。畜生!そんなんで、どうやってこの宇宙で生きてくつもりだ!自分を戒めるためだと?カッコつけてんじゃねぇよ!」
「よけいなお世話だ。そのうち、のたれ死んだってお前の知った事じゃない」
その瞬間トチローのパンチがハーロックを見舞う。
「俺にサムライのDNAがあるのと同時に、お前だって・・・お前だって誇り高い騎士としてのDNAが!・・・宇宙海賊キャプテン・ハーロックの血が!その薄っぺらな身体にながれてるんだろうがぁぁぁぁ!」
トチローの叫び声は夕焼けの荒野にこだまし、ハーロックの耳もこだました。トチローはそういいながらなぜか涙ぐんだ。屈辱で心がゆがんだハーロックを追いつめるような事をしてしまったと、後悔したのかもしれない。だが、仕方がなかった。ただ、「しっかりしろ」とそう言いたかっただけだった。
ハーロックもやけくそで心にもないことを口走ってしまったと自らを恥じた。
ハーロックもトチローもまだ青年にその手を掛けたばかりの若者だ。彼らの父親達は彼らの父・・・グレート・ハーロックとドクター大山の下、彼らの船で教育を受け、そして彼らの夢をはぐくんできた。しかし、今、ハーロックもトチローも物心つく頃には両親はそこには居なかった。そしてハーロックにいたっては、母の手にさえも抱かれることすらなかった。ハーロックにはまだ甘えがの残っているのだ。

その夜、トチローはしばらく出かけるといってハーロックを小型飛行艇が置いてある簡易ドッグへ呼び出した。二人はあまり目を合わせられずにいる。トチローは飛行艇のハッチの下でハーロックに背を向けながらぽつりと言った。
「俺、今度は少し長くなるから。理由は聞くな」
「勝手にしろ。いつもの事だ」
「いつ帰るか分からないんだぞ。・・・その前にローカル線が来たときは・・・俺の帰りなんか待たないで・・・出ていっていいんだぜ。・・・お前の用事はもう終わったんだし」
そう言い終えるととぼとぼとハッチに向かってはしごを登りだした。
「トチロー!」
ハーロックの凄味の効いた声が、肩をがっくり落としたトチローの足を止めた。
「・・・・お前用事はまだ終わってない。鉱石を手に入れなければ俺の用事も終わったとは言えない。共に船を造るんじゃないのか?」
トチローは目を輝かせて振り向いた。メガネの向こうに、少し、涙を浮かべながら。照れくさそうに笑ってみせるハーロック。
「じゃぁ、行って来るよ」
「あぁ」
トチローはパイロット席に駆け上がり、ウィンドウから両手で手を振りながら出ていった。少年の様に微笑みながら。ハーロックの手には、トチローの作ったサーベルトレーニング用の小型機械があった。----
薄暗い自室でコスモドラグーンを両手にとって見つめるマヌエラがいた。
「ハーロック。あなたは、自分が何者なのか分かっていている。その宿命も。それに見合う者なのか、確信が持てていない。でも・・・・恐れてはいないはず。時の環は廻っている・・・。」
風に吹かれながら、目を閉じるハーロック。寂寂の荒野に耳を傾ける。そしてトチローが出かけてから一年近く経過していた。
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