第一章4
約束
地下の鍛冶場。とても小屋の規模からは想像のつかないだだっ広い空間。昼間でも気温が低く、少ししめっていて、とても焼き鉄を扱うような場所に思えない。わずかな隙間から外の光が射し込むだけで、まるで墓地や教会のように肌寒ささえ感じるほどだ。鍛冶場の壁には戦艦のエンジンとおぼしき設計図、作業台の上にはかなり旧式の銃をモデルにした部品がたくさん散らばっている。どれもハーロックがあまり見たことのない様なものばかりだ。
「トチロー・・・ここは」
「ここはグランザイト施工所の跡地。かつてはこの惑星に幾つもあった工場だよ。鍛冶屋のふりしたホセは技術者の生き残りでしたとさ」
「お前の言っていた「用事」っていったい?」
「ん〜そうさな。・・・船の設計図を作ってる。あの鉱山にものすごい鉱石が眠っているんだ。俺はそれが欲しいからココにいる」
「鉱山のミイラ取りの話は嘘だったのか!」
「いやぁ、嘘じゃない。確かに鉱山に近づく事はできん。最近あそこはメタノイド兵がやってきては出ていく。俺の予測では間もなくあの鉱山にある鉱石をどこかに持ち出すんじゃないかと・・・それを狙ってるのさ。さっきの爆発は対メタノイド用の爆弾が誤発した音だ。もっとも此処の資材じゃ大したモンが作れなくてな・・・」
トチローはこの惑星の地殻変動が進み、まもなく宇宙の塵になるため、その前に鉱石をどこかに移す計画を立てているのだとトチローは語った。もはやハーロックを見てたじろがないのも、マゼランの話に驚かないのもすべて納得がいく。こいつは自分の想像を遙かに超えた何かをココで作ろうとしていたのだ。
「・・・むちゃくちゃだな・・・」
言葉に詰まっていたハーロックが結局思いついて出た言葉だった。
「そう、むちゃくちゃだよ。世の中なんてそんなもんだろ。銀河を渡り歩いてきたおまえさんなら分かるはずだぜ。俺がむちゃくちゃならお前だってそうさ。そうだろ・・・」
トチローはそう言いながらテーブルにかかっている布をはぎ取った。実寸大の銃の設計図。全長40センチほどもある、旧式のシリンダー銃をモデルにしたようなレーザーガン。遙か昔、地球で言われるところの西暦歴1851年頃、西部開拓時代のアメリカ陸軍騎兵が主に使用していた"コルト ドラグーンM1849"の軽量化モデルとして登場したColt M1851 Navyを原型とした銃が画かれていた。グリップには髑髏の印が彫刻されている。そして、設計図上にはそれと全く同じ実物が置かれていた。
「伝説の奇銃・・・コスモドラグーン・・・」
「こいつが何だか・・・分かるか?」
「ああ。・・・シリアルナンバー「3」!・・・これは、これは親父の・・・!」
ハーロックの目は、そのただれた右目も同様に大きく見開かれ、足はじりじりとそのテーブルに近づいた。トチローは確信した。今、目の前にいる男は、彼の父親が戦火の中生き別れ・・・長年探していた「同志」の息子、ハーロックなのだと。
「おまえの親父さんは「オオヤマ」っていう男の事を言ってなかったか?」
「じゃあ、やっぱりお前は「オオヤマ」なのか?俺の親父が書き残した手紙に書いてあった。「オオヤマ」という男が俺を待っているって・・・だが、俺がまだ生まれる前に・・・銃を作って親父に渡した男だと。俺の作った船に乗れと言い残して去っていった真の友。でもその魂は親父の乗っている船に転送したって・・・。」
「そう、それはおれの父親だよ。お前の親父さんが書き残したオオヤマは俺のことだ!やっぱり!・・・いつか会えるんじゃないかって思っていたんだ、ハーロック!お前は・・・俺が長年探してきたヤツだ。ずっと、ずっと・・・地を這い蹲りながら、いつかこの・・・お前の親父さんが残したこのコスモドラグーンが、お前と俺を引き合わせてくれるって、信じてたんだ!」
ハーロックは、父が最期の旅立ちまで手放さなかった戦士の銃・コスモドラグーンをその手に取った。両手の平に乗ったその中は、他の銃とは比べ物にならないほどの重さが伝わってくる。そして、主人を失ってもなお黒光りし、妖しげなエネルギーを放っているように思えた。
「お前の親父さんとは惑星ヘビーメルダーで会った。わからん、俺の親父が俺の意識にアクセスして、呼び出したのかもしれん。そして、その銃を俺に渡して行っちまったよ。俺の親父の魂を乗せた船と共にな。」
トチローは鍛冶場に差し込む一筋の光を見つめながら、ヘビーメルダーを放浪していた頃を思い出しながらハーロックに聞かせた。
---全長400メートルはあろう戦艦が頭上に停泊している。ヘビーメルダーの荒野に吹く風は容赦なく砂塵を吹き上げ、年老いた黒衣の海賊とまだメガネを掛けだして間もないトチローの間を行き交う。トチローのずっと後ろには、かつて彼の父が遭難した際に乗っていた戦艦デスシャドウが艦尾を残して砂漠に埋まり、幽霊船のごとく朽ち果てていた。夕焼けの逆光のせいでトチローには黒衣の男の顔が見にくかったが、頬に刻まれた大きな傷がはっきり見えた。黒衣の男の肩に掛かった、ぼろぼろのマントが翻った。
「行ってしまうのですか?どうしても・・・やっと会えたのに。」
「・・・・あぁ。」
黒衣の男はゆっくりトチローに近づいてきた。長年の闘いで両足は機械化され、ぎこちない歩きになっていた。一歩踏み出すたびに「ガチャッ」と鈍い音を立てる。どこか病んでいるのかもしれない、呼吸を保つのが困難なようだ。近づいてくる男の腰にはガンベルトすら無い。トチローは驚いた。この男の腰には、重厚なつかをもつガンサーベルと、伝説の銃コスモドラグーンが下がっているはずだった。男は力強く握りしめたその拳の中にある銃をトチローの前に差し出した、そして、トチローに渡した。
「いつかおまえが、俺の息子に・・・会うことがあったら、この銃のグリップと同じ髑髏の彫刻がされたサーベルを持っている。俺と・・・お前の親父・・・そして、かつてお前の母親が掲げた旗印と同じ紋章だ。・・・・この宇宙でこの紋章を掲げられるのは俺達しか・・・いない」
息苦しそうにそう言い終えると、黒衣の男は銃を受け取ったトチローの手をしっかり握りしめた。その力はトチローの小さな手が砕けてしまうほど強かった。
「息子さんは何処にいるんですか?地球ですか?それとも・・・」
「いつかお前の前に現れるだろう。・・・それがお前達の宿命。その銃が・・・・その銃が必ず引き会わせてくれる筈だ」
「・・・・・俺も連れていってはもらえないのですか?」
「足手まといだと言ったら、きっとお前の親父に・・・怒られるだろうな。・・・俺は、お前の親父と作ったこの船で銀河の旅を続けてきた・・・。時は・・・流れる、時の流れを止めることはできない。・・・だがな、俺達の生き様を子孫に受け継ぎ、そしてその子孫がまた次の子孫に受け継ぐ。これが永遠の命だと・・・・俺は信じている。たとえ・・・俺の・・この身が朽ちても、必ず息子がこの意志を受け継ぐと信じている。違うか」
「・・・俺もそう信じてます」
「ならば進め、お前の・・・進むべき道を。お前なら、時を堪え忍ぶ業を・・・心得ているはずだ」
トチローは涙を流しながらコスモドラグーンを小さな両手で握りしめた。涙が止まらなかった・・・。両手でしっかり銃を掴んだまま動かない。涙を拭うことなくじっと、両手に乗せた重金属の固まりを見つめていた。次の瞬間、低く大きな爆音とともに戦艦はゆっくり反転しだした。艦尾キャビンに黒衣の男はいた。その鑑に掲げられた髑髏の旗印の下で、じっとトチローが小さくなっていくのを見つめていた。
「いつか必ず。俺だって作ってみせる。アルカディア号に負けない立派な船を。そしてキャプテン・ハーロック。あなたの息子さんを乗せて旅立って見せます」---
ずる・・・・トチローは鼻水をすすった。ハーロックはまだ、じっと手元の銃を眺めていた。一筋の涙が左目から流れ、“3”と刻印されたシリンダーのシリアルナンバーにポタリと落ちた。
「親父は・・・死んだのか・・・・?」
トチローは無言のままだった。まだ分からない。だが、十中八九。最近のマゼラン宙域の荒れようを思えば、もう長きにわたって伝説の宇宙海賊は現れていない様に思われる。ハーロックは分かっていた。もう父はいないのだと。故に、宇宙は荒れきっている。
「その銃は恐ろしいよ。引き金を引く人間を選ぶ。まるで生きているみたいだ。そぐわないヤツが引き金を引くとそいつは見事に吹っ飛ぶ。マヌエラが言ってた。精神対応型エネルギーを有しているんだ。俺はこいつをお前に渡さなきゃいけないって思ってな・・・マヌエラが、お前がこの惑星に必ず来るはずだと言って・・・だからこの惑星にたどり着いたんだ。お前と俺の親父達が渡り歩いた場所をくまなく調べれば、いつかお前に会えるような気がしていたしな。」
「俺を・・・捜していたのか・・・。俺はお前を捜していた・・・」
「そうさ。それでいいんだよ。いつか俺達は会う運命だった」
その時、誰かが階段を降りてきた。マヌエラがそのか細い両手で、サーベルを持ってきたのだ。重力サーベル・・・・つかには見事な髑髏の彫刻が復活している。ハーロックの手にあるコスモドラグーン同様、妖しい輝きを放ち、持ち主の手に抱かれることを心待ちにしているようだった。
「貴方が来るのを待っていました。いつか、必ずココに来ると祈っていました。ハーロック、たとえまだこのサーベルを使いこなす勇気が無いとしても、決して手放してはならない。これは貴方だけの物。貴方のお父様が貴方に与えられた戦士の証」
マヌエラは愁いを帯びた瞳でハーロックを見つめながらサーベルのつかに口づけし、彼の腰に手を回してガンベルトとサーベルを装着させ、彼から、その手にあったコスモドラグーンを受け取った。
「貴方のお父様が、あなたに何も言わず、これを残して姿を消したのは、貴方への試練。貴方の宿命。・・・自由に宇宙の海を旅したいのなら、強くおなりなさい。髑髏の旗を掲げて生きたいのなら、宿命から目をそらしてはいけないのよ。あなたは、トチローの『戦士の銃』を持つにふさわしい男のはず。貴方が、あの方の意志を継ぐ戦士ならね・・・」
ハーロックはずっしりとした重みの加わった腰に手を当て、髑髏の刻印がされたバックルに触れた。
ハーロックはトチローの方を向いた。トチローは大きく頷いた。
「お〜い、トチロー!ハーロック!飯にするぞ!あがってこい!」
ホセが天井から大声を張り上げて二人を呼んだ。トチローは涙を拭ってよっしゃとばかり、階段を駆け上る。ハーロックは階段で一度立ち止まり、コスモドラグーンを抱きしめて寂しそうにうつむくマヌエラが、そのまま別の部屋に消えていくのを見送った。
鍛冶屋のホセは二人の若者をひび割れた壁の台所に迎え入れ、しわだらけの顔をさらにしわくちゃにして、マヌエラの作った料理をすすめはじめた。まだホセは多くは語らなかった。全ては過ぎ去った話だと彼は言った。
ついに時の歯車は、宿命の名の下に、二人を朽ちゆく惑星に呼びよせたのだった。
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