第一章3
鍛冶屋
じりじりと焼き付ける太陽光。大地に反射する熱が陽炎を生み出す。日中は容易に60度を超える日差しが数時間続く。もはや人口太陽の寿命が近づいているに違いない、そうでなければこれほど人間の過ごしにくい状況が放置される事は無いはずだ。
こういう日照りに肌をさらすのは自殺行為に等しい。薄汚い小男の帽子とポンチョのようなボロ布は荒野の熱も砂塵も寒さからも身を守る、じつに理にかなった服装といえる。ハーロックもローブを頭から着込み、その首をおおって熱さに耐えていた。小男は昨日来た道を遠回りに歩きながらハーロックに村を案内し、駅前の広場に出た。
小屋の日陰で涼をとるヘレスの男達は昼間から飲んだくれているヤツが多い。とっくの昔に色気を捨てたような巨漢の女達も、疲れ切った様子で軒先のネコに餌をやってる。太陽光の下、廃墟だった小屋の壁が真っ白に輝き、まるで白亜の城にさえ見えるほどだ。
昨日到着したローカル線に数人の男達が荷物を載せていた。銀河鉄道管理局のはからいで、この星で生き残っていた流刑者達の輸送目的で線路が引かれたが、結果的にこの星に残ると決めた鍛冶屋達が作り出す、民芸品とでも言うような鉄のランプや生活用品を輸出するルートとして使われることになった。ローカル線に乗せて近くの惑星で売りに出される。これがココ、不毛の惑星ヘレスで生きる人間達の食料となり、エネルギーと代わる。かつては軍人だった、銀河鉄道管理局銀河系外周支部を担う管理者のせめてもの償いだった。今回の便ではココを離れる人間達も多く乗り込んでいるように見えた。惑星ヘレスも寿命が近づいているのだ。あの小男の話ではここ最近の地震の回数や深さも尋常ではないという。
帽子を深々と被った小男の存在にきづいた駅員とも住人とも付かない浅黒い労働者風の男が大声を上げた。
「おぉい、トチローさんよー。出てくんなら今のうちだぜ!もうすぐこの列車、出てっちまうよ」
「あぁ、わりぃないつも。だがまだダメなんだよ」
そういうとハーロックを見上げてニヤリと笑って見せた。大口に真っ白な歯が妙にまぶしい。ハーロックはこの男の名前が<トチロー>であることがようやっと分かった。そしてこの名前に聞き覚えがあるハーロックは少し眉をしかめて考えた。
「おまえ、トチローっていうのか」
「ふん、言わなかったっけか。まぁいいだろ。お前も聞かなかったわけだし。だいたい、俺の名前なんぞどうでもいいやな」
つくづく妙な男だ。そしてそのトチローはすこし語気強く言葉を発した。
「おい、次の列車が来るのはいつか分からんぞ。ココに愛想尽かすなら今のうちだ。地殻変動が速まってるのは分かるな?こんどでかい地震が来たら・・・」
「おまえと同じで用事があるんだ、それが済まなきゃ何処に行っても同じさ」
「そうかよ。吠え面かくな。後で泣きみても俺らぁ知らんど」
少し憮然とした面で返事をしたが、メガネの奥はちょっとうれしそうだった。トチローはどうやらヘレスに長くいるようだった。年寄りばかりの村で同年代の知り合いを作るのは無理に等しく、ただただ日々、その「用事」の為に鍛冶屋と酒場を往復する。おそらく、吠え面かいたのも後で泣きを見たのも、当の本人に違いない。二人は歩き続けた。照りつける人口太陽光の下、白亜の村を抜け、カイザ地区の隣村にあたるギャザ地区に入る。・・・ちょうどそのころ、二人の頭上を例のローカル線が飛び立っていった。
ローカル線は銀河系外を目指した。惑星ヘレスは鉱山から大量のグランザイトを採掘した結果、数十年の間に幾度かの地殻変動を起こしている。惑星はヘレス鉱山を要に裾広がりの地形から、その外周にあたる部分に点在しているが、もはや生きた村と言えるのは中央のカイザ地区とギャザ地区くらいしかないだろう。
「かつてこの星で採掘されてたグランザイトで作られる重金属は今だにどの金属でもかなわなん耐久性をもってるがな、もうグランザイトを採掘しようなんて大馬鹿野郎はこの宇宙にはいないんだぜ。ミイラ取りがミイラになるって言うだろ?だから輸出されてる工芸品っていうのはただの鉄製品よ。ギャザ地区周辺をほっくり返すとな、鉄が良くとれるんだと。懐古趣味っていうのか?古い工芸品を好む金持ち連中がいるんだな。おかげでココの年寄り連中はなんとか生きていけてる。」
「元は軍事用の装甲盤を生産していたんじゃないのか?それがなんで民芸品なんかを」
「腕がいいってのは、なにもシームレス機なんかを作り上げるだけじゃぁ無い。つまりはよ、行き着くところはいかに心に訴えかける物が作れるかっちゅー事よ。ヘレスの男ってのはな、心を大事にする連中なんだよ。」
どうやら年寄りばかりの中で長く生活しているせいか、言うことが年寄りくさい・・・とりあえずハーロックはそう感じた。だが、かつてハーロックが養母の吹くオカリナを見て、その作りの古さから首をひねった彼に養母が言った言葉もそうだったような気がする。
しかし、ハーロックは少しがっかりしていた。グランザイトは宇宙でも屈指の鉱石。採れるものならいくらでも採ってそれを将来の夢のために使いたいと思っていたのだが、それは無理なようだった。
・・・・ズカーン!ガラガラガッシャーン!!キャァァァ!
「やろっ!またやりやがった!」
静かなギャザ地区にいかがわしい音と女の悲鳴が響き、いきなり騒々しくなった。さっきまでとぼとぼと歩いていたトチローが血相を変えて、弾かれたように走り出しす。ハーロックもその後を追う。二人が向かった先は煙が上がっている小屋。たぶんトチローはその小屋のだいぶ手前から「どけ」を数十回叫びつづけ、現場を取り囲む人混みの中に割って入っていった。ハーロックも割って入ろうとしたが、それより先に、彼の風貌を見て驚いた人混みが自然と散っていった。おかげで入り口まで難無く進むことができる。ホセの小屋も他と同じく度重なる地震によって、土壁にひびが入っていた。
「じーさん!じーさん!大丈夫か?おいこら、ホセ!」
「・・・・・いや〜ぁすまんすまん。またやっちまったよぉ」
煙の中から老人と女がとぼとぼ出てきた。二人とも肌が浅黒いのは日差しのせいなのか・・・それとも爆発のせいなのか、いずれにしてもハーロックにはこの二人が昨日酒場の片隅で歌っていた老人とギターを弾いていた女であることに気が付くのにしばらく時間がかかった。
「ごめんねトチロー、ホセがまた・・・」
「あぁ、マヌエラ、いいんだよ。無事で何よりだ。・・・・ふぅ」
煙が落ち着き、出口付近が明るくなった。そして、トチローが安堵のため息をついた時だった、老人の瞳がにわかに厳しく光り、そばにあったショットガンを構えた。マヌエラと呼ばれた女ははっとしたようにハーロックを見た。ハーロックは反射的に玄関のドア越しにしゃがみ込み、道ばたの砂を鷲掴んだ。武器にできる物はなんでも使う。トチローも反射的に、帽子を押さえて床に伏せたが、ショットガンの銃口が「連れ」の方を向いているのに気づいて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待った!ホセ!こいつは丸腰だ!俺の連れだよ」
「へ?・・・・おまえさん、連れなんぞおったかね。いやぁすまんすまん。顔に傷のある男だもんだからな、つい強盗か何かと・・・すまん」
トチローは2度目の安堵のため息をついた。ハーロックも軽く深呼吸をすると、爆煙で黒くなったマヌエラに促されて小屋に入り、ダイニングとはとうてい言い難い木製のテーブルセットに腰掛けた。次にマヌエラがハーロックの前にあらわれたときは、酒場でギターを弾いていた時のごとく、美しく愁いを帯びた姿だった。日に当たらないのか、肌は透き通るように白く、時折、金にもかがやくオレンジ色の長い髪が印象的な女性。ホセが自慢の孫だという。ハーロックにはとてもそうには思えなかった。マヌエラはハーロックから目をそらすように飲物を運んできてまたどこかへ行ってしまった。
「で、俺が連れだって・・・?」
「そうでも言わんとぶっ放されてた。いくらお前さんが強くてもな、真っ昼間から爆発だの銃撃だのは俺はごめんだぜ。他じゃまだしも、ココじゃぁな。ホセにもしものことがあって、俺様の用事が台無しになったら貴様どうしてくれる?え?」
「こっちは丸腰だったんだぞ!」
「だからっておまえさんが負けるとでも言うのか?・・・そりゃぁないと思うがな」
「知ったような口を・・・お、おい!貴様なにを・・・」
「やめろって。」
立ち上がったハーロックの腕をトチローが引っ張る。ホセがハーロックの持っていたサーベルをまじまじと見つめ、触りまくり、しまいにはベルトからぬこうとグリップに手を掛けたのだ。
トチローが言う、サーベルを扱えるヤツとはホセなのか。小屋の中は殺風景で、これといってめぼしい物はない、素朴な家庭といったところか。ましてやグランザイト鉱石を扱っていた痕跡も感じられない。だがトチローは、ホセを止めようとするハーロックを制し、やるがままにしておくよう、メガネの向こうで訴えた。
「こいつはずいぶんとこっぴどくやられたな。しかも古いサーベルじゃの〜、のう若いの」
「重力エネルギー圧縮パーツがゆがんで使えなくなった。それにつかが重くて思うように使えない」
「ん、そうか、どれどれ、わしも歳だからな頭はまだまともならなおせるじゃろ。な、トチロー。ふぉっふぉっふぉ。そうか!・・・このつかの彫刻・・・キャプテンの特注じゃった」
「!」
ハーロックの瞳に閃光が走った。
「はん、そんな目で睨まんでもよかろうが。お前もまだ青いのぉ。安心しろ。このサーベルのつか・・・ワシが彫った。ワシが彫って・・・地球に置いてきた。ん〜、こいつの持ち主はいい腕じゃった。よくオカリナでワシの歌に合うメロディーを聞かせてくれとったがな・・・そうか、おまえさんか。よく見ると、おぉ〜よぉ〜似とる。うん。うん」
ホセは目を細めて大きく頷いた。その目はすこし潤んでいるようにも見えた。ハーロックは強力なハーロック家の血筋を引いてはいるが、長年の歴史によって異星人の血が混ざっている。そのため実年齢は不詳であり、その成長ぶりも地球人のそれとは異なる。ホセが予想したよりも随分と速く父に似てきている事に彼は喜びを覚えていた。
「父を・・・知っているのか?」
「ふん・・・まぁな。おいトチローよ。こいつを直すまでしばらく時間がかかるて、気が散らんようどっか行っとけ。どうやらマヌエラの予言は当たったようだな」
(・・・あんなにでかくなりおって。長生きはしてみるもんじゃな・・・ふふ)
眉間にしわを寄せてこの話の展開に納得がいかない表情のままトチローに引きずられて階段を下りていくハーロック。トチローは小躍りしそうな気持ちを必死に押さえて階下へ向かった。来るべき時が来たのだと、喜びを隠せないその顔は、ほころびきって、涎が出そうなほど大口をニッかり広がっていた。
ホセがなにやらやらかしてしまったせいで、地下はまだ少し煙りが残っていた。だが、そこで何かが起きたとは思えないほど、ひっそりとしている。その向こうの薄明かりの下に黒い布の掛けられたテーブルがある。布は、ハーロックがまとっていたローブと同じように、髑髏が大きく染め抜かれていた。
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