第一章
人の世には、知らない方が幸せな事もあると人は言う・・・しかし、それを知ってしまったとき、男は宿命の名の下に、闘いの場へと旅をはじめる。決して戻ることのない日々を、決して変える事の出来ない過去を背負って。
その昔、地球はそれまでも多くの卑怯者の達の前にその未来も人生も売り渡し、制圧を受けてきていた。しかし、ある時、地球を制圧した機械化人に勇敢に立ち向かった少年がいた。そして少年は機械化世界を崩壊へ、そして地球の再生へと導いた。これは、それからさらに時を経た後の話である。
種の起源が違えば、その善悪はもちろん、その生き様も様々。宇宙にはあらゆる種が混在し、それが交わりまた新しい種を作り上げ、大宇宙に存在する生命体の存続を複雑にしていく・・・。大宇宙は種と種の弱肉強食世界。<プロメノイド>は金属生命体メタノイドが宇宙での絶対権力、彼らの言うところの宇宙の均衡と平和、調和と整合をもたらすために作り上げた高次元生命体。高純度のシリコンを細胞に持ち、おのおのの組織を形成する。結合組織、筋肉組織、神経組織、上皮組織。それらはヒューマノイドのそれと同じ形成をなしている。しかしそのDNAは無限の記憶力を持ち、決してミスコピーされることのない完全体なる細胞によって永久に生きると言われる生命体。しかしいつしかプロメノイドは独自の生態系を産み出し、彼らを創造したメタノイドはその飼い犬に手を噛まれることとなる。プロメノイドはその階級の上位をジ・プロメノイドとし、全ての生命体を手中に収める野望を秘めた。以下、セスキ・プロメノイド、モノ・プロメノイド・・・そしてメタノイド。そして人間型生命体<ヒューマノイド>は生きるにあたらず。不良細胞を製産し、宇宙の均衡を揺るがす癌。
プロメノイドは銀河の彼方で新たなる絶対世界の確立に向けて、少しずつ動き出してきていた。彼らはまだヒューマノイドの恐ろしさを知らない。
大宇宙は1000年周期で大きなうねりを生じ、闇が席巻する。まさにその時が近づこうとしていた・・・。
---少年・羽黒竜一は地球のとある小さな村に住んでいた。いつしか彼は酒場で働き、幼少の彼を育てた養母を養っている。度重なる金属生命体(メタノイド)と人間型生命体(ヒューマノイド)との内乱からその町は燦々たる状況となっていたが、それももうすぐ復興の兆しを見せていた。酒場からの帰り道、悲劇は訪れた。
メタノイドとの戦いからまだ弱り切っている太陽系連邦軍がそのころ銀河系をに移民せんとしていたバルザック星人によって組織された軍の手に落ち、彼の住む町もその制圧を受けることとなったのだ。
銀河ばかりか外銀河にまで移民が広がったために、銀河系への移民を計画していたバルザック軍にとって多くの子孫を生み出す地球人こそ生態系を狂わせる諸悪の根元だった。バルザック、彼れらもまたヒューマノイドであり、かつてはメタノイドから制圧を受けた種族でもあった。
その頃の地球は都市部を占拠していたメタノイドと生身の地球人との闘いが落ち着いていたものの、長く続いた内乱のせいで地球外へ対する軍事力は皆無だった。ただただ、地球人は無力だった。羽黒少年のような若くまだ働ける者は、彼らが住んでいた簡素な村から遠く離れた街の強制労働施設に収容され、奴隷として馬車馬の様に働かされ、内乱で滅びた町を建て直し、そこでバルザック軍の軍艦や戦闘機を造っていた。ある日羽黒少年は捕虜施設からの脱出を試み、かつて住んでいた養母の家に向かって走り続けた。食料の強奪を繰り返した。泥水さえも飲んで飢えをしのいだ。時には犬のまねをして食堂や酒場のゴミを食わされたこともあった。捕獲の手を逃れるために多くの軍人を殺した。たとえそれが女であれ、容赦はしなかった。彼の逃亡を手助けした者はもちろん、見せしめに多くの仲間達が処刑され死んでいった。
そして、彼がたどり着いた家には・・・白骨化した養母の姿。彼女は、何かを守るかのように大きく手を広げて、がれきの下敷きになっていた。その下には黒い布。その中には達筆な字で書かれた長い手紙・・・そして、剣と銃とを併せ持つ武器、彼が見たこともない古風なガンサーベル。
『我が息子・ハーロック三世へ
・・・・・いつか、お前がこのサーベルを手にしたとき、お前の旅が始まる。・・・・男なら、お前はお前の旗の下、自由に生きろ。・・・・そして、このサーベルは、男として生まれたお前を正しき道へと誘う道しるべとなるだろう。そして大山という男がお前を待っている筈だ・・・』
父親の記憶など、生まれて間もない頃に別れた羽黒少年にしてみれば思い出すことは不可能だった。ただ、頭の中を低い轟音と爆煙の匂いと共に飛び立つっていく戦艦がよぎった。そして・・・長いマントをまとった黒衣の男が。そして少年は体中からみなぎる力と、細胞の覚醒によって自分が何者なのかを確信するのだった。
「俺は、俺の故郷は・・・大宇宙。宇宙の海だ!」そう言って黒い布を勢いよく広げた。黒字に白く大きな髑髏が染め抜かれたぼろぼろの旗だった。
なんの当てもなかったが、もはや地球にいる必要は無かった。死んでいった仲間の為に祈りを捧げ、白骨化した養母をハイリゲンシュタットの森の木の根本に植え、その日の夜、バルザック軍の輸送船で密航を決行した。強制労働施設にいる間に戦闘機の作り方を覚えたおかげで軍艦までは行かなくても、部品が集まれば宇宙船くらいは造る自信があった。養母が彼が小さい頃から戦闘機に乗りたがるのを止めなかったのはいつか旅立つ日のためだったのかもしれない。
輸送船の貨物室の窓から見える宇宙は小さかった。青々と光る地球を見るのもこれが最後だと思うとすこし感傷にひたってしまう。そんなさなか、緊急事態を伝えるサイレンの音がやかましく鳴り響く。輸送船を護衛する駆逐艦が戦闘態勢に入った。
「緊急事態発生!正体不明の巨大戦艦が突然現れ攻撃を仕掛けてきました!」
駆逐艦艦橋はパニックとなっていた。よほど強力な戦艦に違いない。地球からもバルザック軍の前衛艦隊が出撃を命じられた。輸送船の横で、巨大戦艦とバルザック軍の闘いが始まったが、勝敗はいわずもがなだった。噴煙の中から巨大戦艦は輸送船に向かって突進してきたが、攻撃能力のない輸送船を戦艦は攻撃せず、そのまましばらく併走してから消えていった。少年は見た。正体不明の巨大戦艦に掲げられた髑髏の旗を。そして、そのマストに仁王立ちする黒い人影を。
「俺は逃げるんじゃない。戦いの旅に出るんだ・・・父さん・・・!」
どこから湧いてきたのか、少年・羽黒、否、ハーロック三世の口をついて出た言葉だった。---
屈辱の傷
「こりゃ金貨5枚がいいとこだな。それ以上はだせんよ。」
質屋のオヤジの手には使い古しのシリンダー式レーザー銃。軽量で銃身が短く携帯に適している面、飛距離も衝撃波も弱く、護身用にはまだしも戦闘には不向きな銃だ。
客の男は静かに頷いた。ここで10件目の質屋。バルザック軍の撤退後、新たに武装強化が始まった銀河系では、もはや古びた銃の買い取りをする店も少なく、裏街道を歩き回ってここが最後と飛び込んだ店がここだ。ここしばらく飲まず食わずで歩き回った身体はもはや限界に達している。惑星アミラーゼ・・・平穏な銀河系の中で最も田舎臭く素朴な星だ。銀河系にも無法者はいたもので、航行途中で攻撃を受け、乗っていた宇宙船のエンジントラブルをおこし、アミラーゼに遭難した。その際持ち物のほとんどは吹き飛んでしまった。めぼしい鉱石がとれる惑星を点々として、やっと作り上げた宇宙船だったが、その技術のほどは、ケンカの腕ほど長けてはいなかった。金もなければ修復の部品も手に入らない。唯一の救いは、銃の数倍ほどの重さがある重力サーベル、父の形見であるガンサーベルが手元に残ったことだった。腹が減っては戦はできぬ・・・低く落ち着いた趣の声も、もはや力を失いつつあった。
「・・・そうか。」
「そっちのでかいのは?古風な武器だねぇ。重力サーベルかいな。近頃じゃ全く見かけなくなったもんだ。珍しいじゃないか。第一、そのつかは見たことのない色じゃな実に美しい」
「いや・・・。これを売るわけにはいかない。」
「しかし・・・」
腰にかかった重力サーベル。つかに髑髏と古風な模様が彫刻され玉虫色に光る。これはレーザーガンと剣を併せ持ったような武器だが、その長さから携帯には当然不向きであり、また扱いこなすには困難極まりないことから、かなり昔から一般には使われていない武器だった。しかしながらそれはいまだに妖しくも美しい光沢を放っている。
「これは使い物にならない。中心にあるエネルギー圧縮パーツが変形して使えなくなってしまった。直せるヤツは知らないか?」
「・・・・うんにゃ、このあたりじゃまったく。それにこいつは古い型だし構造がよくわからん。ワシとて実物を見るのは初めてだ。こんなものを扱えるヤツなんているわけがない。だが、装飾品としての価値はありそうだ。」
男は先ほどの銃の金も受け取らずに、肩を落として店を後にした。黒いボロ切れの様なローブを肩からまとい、ゆっくりと店前の公園の噴水に近づいて顔を洗った。大きなため息をついて、それから水面に自分の顔を映し出す・・・前髪を掻き上げ、吐き気のしそうな右目を見た。神経もやられたせいで瞼もろくにとじられない。
ハーロック・・・彼の顔には羽黒と名乗っていたあのころの面影は失われていた。顔を斜めに横切るように額から顎にかけてある深い傷跡は自分で縫ったのか、不揃いに糸で縫い合わされていた。澄んだ左目は厳しい輝きに満ちているものの、前髪でおおわれた右目は瞳孔すら白く、ほぼ視力を失っている。すり切れて色あせた黒いシャツの胸元にもおそらく腹から繋がっていよう大きな縫い目。腕にも無数の傷跡を持つ。はじめて宇宙に飛び立ったあの時から年月が経ったことを、彼の体格が物語っていた。
---「犬は犬らしく四つ足であるけ!この地球人めが!」
「今は戦争中なんだ!お前みたいなガキにやる飯なんかねぇ。しっしっ!」
「地球人だって?どうせろくな育ちじゃないんだろうよ。犬みたいに何処でもヤリまくる連中さ。どこかで産み捨てられたのと違うかい?」----ハーロックの頭の中をこだまする。やがてうつろな目で遠くを見はじめた。乗り捨てた宇宙船は木っ端微塵に吹き飛び、自分も多少の傷を負っていた。こんな事が今まで無かったわけではない。強奪でも何でもして生き抜くことだってできる。金がなければアルバイトでも何でもしてためることだって可能だったはずだ。しかし、今の彼にはその気も起きないほど、ズタボロになっていた。まだ生々しい頬の傷。それを見る度、彼のプライドは失せはじめ、少年の頃のあの屈辱へと回帰していくのだった・・・。
----惑星ダラス。宇宙をさまよう無法者達が集まる開拓惑星、治外法権の惑星。そのとある道ばたでの事だった。ハーロックは重力サーベルを腰に下げていた事をきっかけに無法者に取り囲まれた。既に、素手のケンカで数人はのされていたが、他の数人は彼の凄味の効いたにらみに足が動かなくなっている。いつしか通りに面した店から顔を出して声援を送っていた野次馬達も静かになってきていた。その時・・・濃紺のベルベットローブを頭から被った大柄な男が出てきた。
「たいしたケンカっぷりだな、若いの。だがな、サーベルを下げる者ならば、無用のケンカは買わないものだ。小汚いなりをしてサーベルを腰に下げているとは・・・お笑いぐさだな。それだけの剣を身につけているのなら、正々堂々と剣で勝負をしたらどうだ。」
「なに?その顔を見せろ!」
「よかろう・・・」
ハーロックはその顔をみて身が凍った。ローブを脱いだその顔の半分は機械におおわれていたが、はっきりとそれが何者であるかハーロックには理解できた。忘れもしない強制労働施設での、一瞬の出来事。白鯨と呼ばれる戦闘艦が強制労働施設上空に停泊していた。太陽の光をうけて、その白鯨はなおも白く光り、まるで青空を悠々と泳いでいるようにすら見えた。白鯨から銀色に光るシームレス機に乗って現れた白衣をまとった騎士風の男。その男こそが、バルザック艦隊地球方面司令部を支配していた男。ヴェルセルーク。少年ハーロックは素手でつかみかかり、その白衣を泥にまみれさせた。軍人達に取り押さえられても、蹴倒されても、その目はじっと白衣の男を見据えていた。その強烈な視線をヴェルセルークはぞっとする気持ちで受け取ったのを覚えている。しかし、成長したハーロックを見て、それがあの少年だとは気づく由もなかった。ヴェルセルークは手袋を脱いでハーロックの目前へ放った。グローブを脱いだその手はまだ生身だ。
「抜け」
「・・・・上等だ」
二人はいったんサーベルのつかを目の前に掲げてから勢いよく下に払った。それが始まりの合図となって二人は目もくれぬ速さでぶつかり合った。ギリギリとサーベルが音を立てて擦れ合う。その摩擦でエネルギーが放電し、人口の磁場が発生した。にらみ合う二人の足下の砂塵が舞い上がる。何度か二人は宙を舞いながら、剣やつかを合わせては離れてを繰り返した。ヴェルセルークの力は強く、息の上がったハーロックを後目に涼しい顔で向かってくる。ヴェルセルークの剣は隙がなかった。ハーロックのそれは我流そのものだったため、動きに無駄があったのだ。一瞬の隙をついてヴェルセルークの剣から赤い閃光が発せられた。それに負けじと剣のグリップのトリガーを引いた。しかし・・・エネルギーは発光せず、ハーロックはたじろいだ。その時、ビュゥィ〜という音と共にハーロックの左顎から右額までを斬りつける。仰け反りながら宙を舞うハーロック。宙を舞った身体はすぐに大地へとたたきつけられた。両目は大きく見開かれ、呼吸が一瞬止まった。ヴェルセルークの剣先がハーロックの右目の上に位置した。
「残念だな。サーベルの手入れ不足か?・・・しかし、お前ほどの腕のある者、しばらくぶりに会った。せいぜいその腕を大事にすることだ。」
その言葉が耳に届く間もなく、ハーロックの耳はビュゥィという電子音を聞いた。赤い閃光・・・彼の右目が見た最後の光だった。---あの時、閃光の威力は極小まで絞られていた。通常、あの距離から放たれれば、間違いなく脳を貫通していたに違いない。たとえ、彼のサーベルのエネルギーが発光していたとしても、充分にハーロックに隙があったことは否めない。そして、相手に負けた上、情けをかけられた・・・。しばらく振りに味わった、強烈な屈辱だった。
「船を造るための資材を集め始めたばかりなのに・・・こんな事で・・・足止めをくらうとは・・・くそっ」
手のひらで水面に映る自分の顔を思い切りはたいた。あたりに水しぶきが飛び、ベンチでいちゃつくカップルが逃げ出す。
「お若いの・・・」
先ほどの銃器屋のオヤジが声を掛けてきた。
「お前はさっきの・・・」
「どんな理由があるかは知らんが、そうカッカするなって。船を造るって言っていたねぇ。・・・もし、死ぬかも知れない危険を冒してもいいというんなら、惑星ヘレスに行ってみるといい。」
「惑星ヘレス?聞いたことがない名だ」
「あそこはバルザック軍の駐屯基地じゃったが、今は銀河ローカル線もたまぁに出入りする様になった。あそこは鉄工芸が有名でな、なんでも軍艦作り用の鉱石も掘られてたって言うはなしもある。もっとも最近は地殻変動が酷くてな、ほとんど住んでる人間はおらんらしい。まぁ噂では風変わりな鍛冶屋にこれまた風変わりな銃作りの名人がおるっちゅー話を聞いたことがある。これ、銃器マニアの情報よ。めったに口外しない情報だぞ」
満面の笑みを浮かべてオヤジはそう話した。後ろ手にくんで髭を蓄えたメガネオヤジは赤い髑髏マークの刺繍がついた黒帽子をかぶっている。
「なぜ俺に?」
「・・・あんたの目、むか〜しあこがれた男の目に似てる。それにその古風なサーベル。その男もサーベルを腰に下げとった。あんたを見てたら、なんか昔を思い出してねぇ。もう戻れん、青春の幻影だよ。じゃあな、気をつけていけよ」
オヤジはそう言うと渡しそびれていた金貨5枚をハーロックに握らせ、手をひらひらさせながら去っていった。
(青春の幻影・・・か)
ハーロックは金貨5枚を握りしめ、黒いローブを翻しながら歩き出した。向かうはアミラーゼ中央銀河ローカル線の駅。ポケットに残った数枚の札とあわせてチケットを買う。行き先は、いくつかのローカル線を乗り継いでようやくたどり着く小さな星、星ともつかぬ浮遊惑星、惑星ヘレス。男はローカル線のデッキでローブにサーベルを包み、それを抱えたまま力無く座り込んで、ただ時が経つのを静かに見送った。その瞳の奥には、まだ少し甘えの残る青年が見え隠れした。瞳の奥に煮えたぎる闘志を浮かべ、心には、その限りを知らぬ雄大な夢が抱かれていた。自由を求めて旅を続ける・・・。そのためにやらなければならない事がある。大山という男の消息。
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