ワイド劇場第五話
第五話:呑気と静寂
真田のオフィスがあるビルの地下はおしゃれなレストラン街だ。もう閉店を終えてレジ締めに取りかかっている最中、真田のチームの一人である島がそそくさと自分の店でとんかつを揚げていた。
「あれぇ?店長、お土産ですか?」
レジ締め中の太田が鼻をひくひくさせながらカウンター向こうの島に声をかける。誠実そうな眼差しのまま淡々とカツを眺める島。揚げたてのカツにソースをたっぷり付けるとえも言われぬ芳香が太田の方へと流れてくるのだ。
「いい〜臭いっすねぇ〜」
臭いにつられてカウンターを覗き込むとソースにまみれたカツは大判のパンに挟まれ、さくさくと短冊状に切られていた。
「ヒレカツサンドっすか!ヒレカツはとんかつのホームラン王っすよね!!いいなぁ〜ヒレカツサンド」
調子のいい奴だ。どうせ一切れ欲しいんだろうと苦笑いした島はだまって恥じっこを太田に渡した。アツアツのカツが太田の口の中で踊る。
「これは真田さんへの夜食の差し入れだよ。ちょっとそこのキャベツ取ってくれ」
「はいはい。真田さん忙しいんですか?こないだ上のテラスで見かけた時はなんか美術品のカタログみて一人でうなってましたよ。・・・ひょっとして・・・また?」
テラスとはこのビルのちょうど表玄関にあたる野外スペース兼喫煙所。表側が南仏風のつくりのため、テラコッタ調の壁を観葉植物が彩り、都会の喧騒を忘れる事が出来る。このビルの中で一番静かで落ち着ける場所だと真田が言うのは、昼休み時間帯以外に利用者がいないということもある。
「あ、あぁ・・・美術品のね・・・ふぅ〜ん」
裏の仕事に関する事は太田は関与していない。一見お調子ものの太田ではあるが、島とは付き合いが長いせいか裏の仕事に関しては多少の情報は得ていた。しかし、島は多くは語らない。
「じゃぁ、これ届けて俺はそのままあがるよ。戸締まりよろしくな」
「了解しますたっ!店長!」
島はエプロンと制服、帽子を取って店を出た。ちょっと歩いた先のレストランのレジで見なれたカップルの姿を見かける。
ーーー古代・・・そうか、今日は雪とデートか・・・ーーー
微笑みながら先を急ぐ島。古代進と島は学生時代からの親友・・・親が飛行機事故で亡くなって以来、しばらく傷心の旅を続けてきた彼が暫く前に帰ってきた。兄である守が結婚し、すぐに妻を失った事になおさらいたたまれなくなった進はそのまま育ての親となっていた『沖田治療院』にころがりこんだのがつい最近の事。
「ま・・・これもまた人生か・・・」
島は呟く。進は裏の仕事は全く知らない。意気消沈している進を陰で支えてきた島も雪も、チームの事実上のリーダー守との約束でまったく口にはしていなかった。だが・・・ひょっとしたらもうすぐ知ってしまうだろうと予感したのだった。

長いエスカレーターを上がって駅にほど近い裏口の隣にゲームセンターがある。真田のオフィスに行くにはその裏口を背にしていかなければならないものの、自動ドアのオープンと共に、ゲームセンターの入り口でさわぐ男達の声が聞こえて足が止まった。ゲームセンターの入り口には最近流行りのゲーム『太鼓の超人』という曲に合わせて流れて来る譜面どおりに太鼓をたたくゲームが置かれている。
ドンドンドン!カカッ!ドドン!カッ!ドドン!
「連打ぁっっっーーーーーー!!!!」
「てめぇ!こっちは連打じゃねぇーんだよ!ちっくしょうつられちまったじゃねーか!」
レベルが上がるとプレーヤー1と2とでは流れる譜面が違うのだ。
「うるさいうるさい!気合いで叩け気合いでっ!」
「うるさいのはどっちだ!」
加藤と山本だった。曲が終わってスコアボードには二人の点数が出た。加藤99点に対して山本78点。大声で譜面を読んでいたのは加藤の方。
「仕事さぼってまた遊んでるのか?」
聞き慣れた声に同時に振り向く加藤と山本。悪びれる風もなく苦笑いするでもなく、当然の様にこう答えた。
「仕事なら終わったよ。加藤はどうだか知らんが」
「板長は肩書きだけだっていつもいってるだろ?何、仕事帰り?」
「真田さんのところへ差し入れだよ」
「ん〜〜〜いいにおいだねぇ〜」
加藤が島の持っているカツサンドの入ったビニール袋を奪い取るや否や、山本と二人で鼻孔を膨らませた。
「匂いだけで飯2杯はいける」
「それじゃ太田と同じだぞ。この間焼き肉のタレ嗅ぎながらどんぶり飯食ったって言ってたぜ」
「まじかよー」
島はそんな会話の二人についていけないとばかり辺りを見渡した。ゲームセンター横に野外の大きな階段と下りエスカレーターがあるが、その下に古代と雪の姿を認めて視線が止まった。彼等の中に初老の男が立っていたのだ。
「・・・沖田さん」
そう島がつぶやいて加藤と山本の表情が一転し、階段の下に目をやった。古代達の向かいに横断歩道、その先に走ってくる男を先に見つけて呟いたのはやはり島だった。島の視力はかなり良いらしい、ずっと先の暗がりからこちらに向かっている人物を特定した。
「あれは守さんだな」
加藤と山本が眼下の先の横断歩道からさらに先を目を細めて見つめた。まだほとんど暗がりながら、二人もまたその人物を認めた。
「古代の兄貴?よくは知らないけど・・・以前、チームのリーダーだったんだよな?」
「きっと、沖田さんの治療院に古代が転がり込んだことで、守さんと話し合いでもするんじゃなかろうか・・・」
島がそう推測する。緊迫した雰囲気にもとれる眼下の古代達はこちら側とは相反する静寂が流れているようにも見えた。それを感じ取った山本が力を抜いた手で加藤の肩を叩く。
「だったら俺達には関係の無いことだ。放っておこうぜ。俺腹へってきたし。加藤、おごれ」
「またか!」
しかし、そんな呑気な事を言っていられない事件が間もなくおころうとしていた・・・。