ワイド劇場第三話
第三話:ヘアーサロン:アクエリアス
三郎の寿司屋「虎の巻」を出て、駅ビルを超え、しばらくすると煌々とホワイトの照明が明るいガラス張りのヘアサロン「アクエリアス」がある。並びにあるコンビニとこのサロン以外は平日の昼にしか開かないそば屋やオフィスビルなどで、週末の8時頃ともなるとここのサロンはひときわ明るく輝いて見える。入り口にカットモデルやカラーリングモデルの写真と、三郎には読めない言葉で書かれた商品が並ぶ。地域密着形とはいえ、これほどしゃれた近代的作りのサロンははっきりいいって、この界隈では浮いて見える。
「いらっしゃいませ」
三郎はジーンズにぼろいT-シャツ、雪駄姿でいきなり入り口の待ち合いソファに座り、奥で接客している山本を確認した。
「ん〜〜、だいぶ痛んでるからなぁ。色、すぐに抜けちゃうかもね。しっかりトリートメントして大事にしてね」
「は〜い」
「じゃ、お疲れ様」
山本は鏡越しに客に微笑みかけるとその場を離れた。入り口を見て絶句。山本が気付いた時にはすでに新入りの揚羽が三郎に声をかけていた。
「今日はどのようにいたしますか?」
「散髪」
「へ?あ、あの・・で、当店はお客さまに担当の者を選んでいただくシステムなのですが・・・下からスタイリスト、ヘアアーティスト、アートディレクター、サロンディレクターと・・・」
ランクの書かれたメニューには下から千円ないしは二千円刻みで指名料が書かれている。三郎は揚羽の差し出したそのランクメニューに目もとおさずこういう。
「山本」
「や、山本ですか?ですとサロンディレクターですので・・・プラス6,500円になりますが・・・お、お客さまの髪型ですと・・・その・・・」
しどろもどろに相手をしている揚羽を見兼ねて山本がようやくやってきた。
「揚羽!」
「店長」
「お前いい、あっちのお客さんの会計たのむわ」
揚羽は困った様子で下がると山本が三郎の前に進み出た。
「散髪3ミリ、洗髪と整髪もな」
「俺の仕事じゃねぇ」
「客を選ぶな。腰にハサミが入ってるだろ」
三郎の前に立つ黒のタイトジーンズとブラウス姿の山本は彼専用のシザーやクシの入ったポーチを腰に巻き付けている。
「じゃぁあちらにど〜ぞ。ったく、3ミリのカットくらい四郎にやらせりゃいいだろ。こないだ通販で何か買ったって言ってたぞ」
「あ〜、あの掃除機につないでやるバリカンか?あれ、駄目。うるさい」
「そーかよ」
シャンプー台に座った三郎にエプロンを巻き付ける。
「あ〜それと洗髪剤は無臭のにしろよな。一応、寿司屋は化粧臭いのはいらない」
「無香料って言え」
「同じだろうが。あ、トリートメントっていったっけ?あれもいらん」
「そーゆーいらん言葉だけ覚えとくなっ」
山本はぶつくさいいながらシャンプー台に三郎を寝かせるとガーゼを一枚彼の顔にかける。
「ご臨終じゃあるめーし、なんなんだよこれ」
「いらないの?べつにいいけどさ。俺の脇の臭いそんなに嗅ぎたいか?オラ」
「わーかった!わかったよ。かけるよ。ったくめんどくさい!」
実に三郎がここにくるのは開店以来。二人は仕事以外で会う事はしょっちゅうだが、三郎がここにくるには何かあると思った山本。ただ、それを彼が切り出すのを待つ様に、だまってわしゃわしゃと髪を洗いだした。しばらくして三郎が一枚の写真をポケットから出すと、目もくれぬ早さで山本のポーチへと差し込む。
「・・・・やっぱ仕事か?」
山本がが加藤の耳元に顔を寄せて小声で訪ねた。
「頭に叩き込んでおけ」
「・・・了解」
急に山本の腕に力が入った。待ってましたと言わんばかりに顔がほころび、瞳は輝きに満ちていた。

さっぱりとした表情で帰宅した三郎。すでに店は閉店し、裏から格子戸の鍵を開けた。店こそ改装したものの、裏の家はいまだに古い日本家屋。薄暗い玄関から滑りの良い廊下を抜けると台所の電気がついているのに気付いて戸を開けた。卓袱台でそろばんを弾きながら売り上げを帳簿につけている四郎がいる。
「おかえり」
「まだ起きてたのか?」
「飯、作っといたから。魚チンして食べて」
三郎が台所の脇に置かれた夕飯にかかった手ぬぐいを取るとそこには焼き魚とみそ汁があった。
「明日の仕入れは?」
「明日は鶴見さんが坂本連れていくから」
「ふ〜ん」
三郎の気のない返事を背中に聞きながら四郎は帳簿をつけ終えて立ち上がった。炊飯器から飯をどんぶりに盛ると三郎に渡す。その目は少し、三郎を伺っているようだった。
「兄貴・・・仕事なのか?」
「みたいだな・・・」
あたたまったみそ汁と焼き魚、四郎の盛ったったどんぶり飯をちゃぶ台に乗せ、箸を手にかけて手を合わせるととたんにがっつきはじめる。
「みんな普通の生活をはじめたんだろ?山本さんだって・・・店が軌道に乗ってきたってときに・・・」
「黙ってろ。お前は店の事を考えてればいい。何のために俺が親父と同じ様に、遊びほうけてると思う?何かあって俺が死んでも、「あぁ、こいつはどうしょもないやつだったからな」って、それで済ませるためだぜ?山本も一緒だ」
加藤家の父親は裏の仕事で死んだ。それでもやはり三郎は父と同じ道を歩んだ。弟の四郎は全て知っていても、彼には絶対に裏の仕事には口出しさせない。残された店を守るのは、最終的には末っ子の四郎の役目なのだ。
「なぁに、大丈夫さ。真田さんのチームは結束がかたい。それに昔の俺と山本二人で活動していた盗人家業よりはまともな世界さ。金回りもいいしな」
「怪盗ブラックタイガーね・・・いたねぇそんな盗人コンビがぁ・・・」
泥棒ですら、その腕と人柄を買われれば、表の世界でも普通に暮らせる。それがエージェントのいいところ。三郎は決してこの世界に踏み込んだ事を後悔してはいない。