ワイド劇場第一話
第一話
都市開発によって、数年前まで寂れた駅だったこの周辺も、巨大なオフィスビルが立ち並び、駅のコンコースが広がり、自然と近代建築が一体化した駅にほど近いビルは、まさに地域住民とそこに集まるオフィス会社員の憩いの場でもある。ビル内には郵便局も歯科クリニックもあり、スーパーマーケット、数々のレストランやカフェ、紳士服店、24時間営業の出力センター、銀行などもある。そんなビルの最も小く目立たない一角に狭いオフィスが有る。ここが一番楽だと真田が借りているオフィスだ。もっともここが自宅と化しているのも確かだが・・・。
ブ〜〜〜〜ッ!ブ〜〜〜〜ッ!ブ〜〜〜〜ッ!携帯電話がぶるぶる震えているが、いっこうに出ないばかりか机に突っ伏して寝たふりの真田。
「所長・・・電話ですよ。所長・・・んもう〜〜!!真田さん!!!」
「あ?あぁ、なんだ雪」
「なんだじゃありませんよ。電話です!」
助手の雪が机から危うく落ちそうになっている携帯をつかみ取って真田に突き付けた。
「はい?イカルス探偵事務所です」
[・・・・・]
「もしもし?イカルス探偵事務所ですが・・・」
電話の向こうは何もしゃべらない。イタズラ電話?ふと思って携帯をみると「非通知」。しかし、ようやく聞こえてきた声に真田の顔に緊張の色に変わった。
[・・・失礼、まちがえた]
プツ、ツーツーツー。ピッと電源ボタンを押して電話を切る真田。聞こえてきた声は少ししゃがれた厳格な老人風の声だった。
「雪」
「はい」
「ちょっと下のスターブレイザーズコーヒーに行ってくる」
「コーヒーなら私が入れますよ」
真田はまったとばかり、手の平を彼女に向けると
、ラップトップパソコンを抱えて席を立った。雪の入れるコーヒーを飲むのは自殺行為だと仲間うちでの噂は本当らしい。
「はいはい、分かってます!どうせ寝てないんでしょうから、濃いコーヒーでも飲んできて下さい。暇ですしね」
「帰りにポピーシードパウンドケーキを買ってきてやるよ」
雪がにっこりうなずくと、真田は事務所を出てエレベーターホールへと向かった。エレベーターの中の真田は、今持って緊張した表情だった。脇に抱えたパソコンを握る手がやけに汗ばむ。

「エスプレッソダブルでお待ちのお客さま〜」
「あ、はい」
緑の縁取りをもつ黒い円の中央に、白い錨のマークのスターブレイザーズコーヒーは、最近若者にはやりのコーヒーショップ。吹き抜けのフロアにあるここは、数ある支店の中でもかなり広く、このコーヒーショップのファンには聖地とまでいわれている場所らしい。しゃれたスーツのOL達にまぎれてよれよれのスーツの真田が受け渡しコーナーに並んでいた。
「こちら、エスプレッソダブルです。・・・それと、期間限定のプレゼントです。このディスクからサイトにアクセスすると、映画の予告編が御覧になれますよ。割引チケットも当たります。どうぞご利用下さい」
「・・・どんな・・・映画の?」
「世界骨とう品店を舞台にしたアクション映画です」
この瞬間、真田は澪とネームプレートに書かれた店員の目をじっと見つめた。真田が頷くと同時に、店員はにっこり笑って去っていった。真田は隅の一人用の席に腰掛けて、ラップトップパソコンを開く。ポケットから小さなイヤホンを取り出して接続し、耳にねじ込んだ。
ーーーまさか・・・また動くのか・・・ーーー
店員に渡されたディスクをおもむろにパソコンの脇にあてがうと、自動的に飲み込まれ、映像ソフトが立ち上がっていく。モニタを自分だけが見えるように傾け、周りをさっと見渡してからエンターキーを押した。イヤホンから、さっきの男がながれはじめた。
『おはよう、真田君。しばらくぶりだな。これは・・・来週末に行われる骨董壷のオークションの出品リストだ。今から1000年以上前に使われていた天使の水瓶が闇ブローカーの手によって密輸され、このオークションに出品される』
次々とオークションに出品される品の画像がポップアップし、片側でそれにまつわる解説の文字の羅列が始まった。
『その水瓶は空港での調査の手を逃れるため、外形を変えてオークションにかけられる。作者不明のただの壷としてだ。目的はこの壷を落札した後、外形を取払い、天使の水瓶として世に出すということだろう。現時点での最低落札価格は15万円。天使の水瓶として出れば10億は下らぬ一品となる』
画面の中央に天使の水瓶を隠していると思われる壷の数点がクローズアップされた。どれも作者不明のたいした価値もなさそうな古い壷。真田は次々とモニターに現れる情報を頭に叩き込んだ。
『君はエージェントをそろえ、この水瓶を奪取。さらにこの品を落札しようとする者を捜査したまえ。いつもの如く、当局は君とそのエージェントの命の保証はしない。死して屍拾うもの無し・・・では、健闘を祈る。なおこのディスクは5秒後に自動的に消去される』
真田はエスプレッソダブルの蓋を開け、おもむろにマドラーで大きな円を描いた。同時に濃いコーヒーの香りとわずかな煙が周辺に立ちこめた。
「苦っ・・・」
エスプレッソを口に付けながら、ぼそっと呟く真田だった。彼の感じた苦さは、コーヒーの苦さではなく・・・忘れかけていた「仕事」を再開するにあたっての苦労に他ならない・・・。
つづく