昼メロ劇場 第八話
第八話:島の休日
『ラーメン徳川亭』は暇だった。島が非番の日は近所のホステス連中は顔を出さない。太田が奥で昼飯を食べていた。
「いらっしゃい」
しわがれた声で徳川が客を迎える。向かいのネイルサロンの店員達だ。
「あれ〜、今日は島君お休み?」
「そうだが」
「え〜聞いてない〜」
「わしじゃ不服か」
ぶ〜たれながら店員達はラーメンを注文した。
「ねぇオジサン。島君って彼女いるのぉ?」
「知らんよ」
「すっげ〜可愛い彼女がいたらしいですよ」
奥からしゃしゃり出てきた太田にむかって徳川がおたまを投げつけた。
「口動かしてる暇合ったらとっととメシ食って手伝わんか」
徳川は憮然とした顔つきで丼にスープを注いだ。島の恋人の事は徳川も知っているが誰も口にしてはいけない事だった。あまりにも悲しい出来事なのだ。

島は非番の日、昼頃に銭湯へと行く。特に夏場はそうしている。銭湯の帰りにゆっくり散歩をして、コンビニに寄り、ゆきかぜ荘へ帰るのだった。島が神田川にかけられた橋の中腹で川を覗きながらぼ〜っとしていたところ、配達途中の古代が通りかかる。
「おい島、今日は非番か?いいなぁ昼間から銭湯か」
「よぉ古代。配達中か・・・暑いのに頑張るな」
「家賃滞納してるからな。とりあえず稼がないとさ」
古代は島の抱えている風呂セットをのぞき込んだ。クリーム色の洗面器。
「・・・まだ、それ使ってるのか・・・まぁ、忘れろって言うほうが無理か・・・」
「あいつと出会ってもうすぐ一年経つよ。俺もいい加減忘れないとな、テレサの事は」
テレサ・・・突然『徳川亭』に現れた美少女だった。「私、ホステスなの・・・」と嘘ぶきながら毎晩のように現れた。いつしか島と同棲がはじまり、二人の愛は燃え上がった。
「あいつは冬でも俺が出てくるのを銭湯の外で凍えながら待ってた。彼女が抱えてたこの洗面器の中で、石鹸箱がカタカタ鳴ってたのを今でも覚えてるよ」
「俺が発見したのは銭湯の隣のおでんの屋台だったなぁ、あの時はマジで驚いたよ。可愛かった・・・まるで妖精みたいに純粋で」
島の頭の中にテレサとの短い思い出が走馬燈のように巡る。荘厳なテーマソングが流れる。
「よくこの川沿いを二人で歩いた。俺の緑の手ぬぐいをマフラー代わりにしてな。今思うとあいつは夏休み中に家を飛び出した家出少女だったんだと思う。結局、素性がよく分からないまま、たった半年で逝ってしまった・・・白血病だったなんて気づきもしなかった」
島は泣きはしなかったがクリーム色の洗面器をぐっと抱えて、思い出を噛みしめているようだった。古代が島の肩を掴む。
「俺の子が・・・腹の中に・・・いたんだ・・・」
「島・・・・」
古代にはこれ以上かける言葉が見つからなかった。
「すまん、古代。お前仕事中だろ。もう行けよ・・・俺もアパートに帰る。知り合いを待たせてるんでな」
「大丈夫か?」
島は頷いて帰路についた。古代も宅配バイクを走らせた。
「悪かったなぁ斉藤、もう準備しててくれたのか?」
「おう、待ったぜ。見ろよこの素晴らしいジオラマを!臨場感たっぷりだろ!コレでも親分の目を盗んで作ったんだぜ!」
ゆきかぜ荘の部屋には斉藤がいた。『徳川亭』にいると様々な人間が客に来る。その中でも斉藤は島と趣味が合い、時々彼の部屋を訪れていた。ついでに相原からゆきかぜ荘の全家賃取り立ての仕事も済ませていくのだった。四畳半という狭い島の部屋にびっしりと敷き詰められた線路。最新式のデジタルコントローラーが用意されていた。目を輝かせながら早速位置に着く島。畳敷きの床に正座し、姿勢を正す。
「発進!」
ガチャン!
ウィ〜ン・・・ではなくシャァ〜という音と共に列車が走り出す。そう、彼らの趣味とは「鉄道模型」だった。斉藤が作ったジオラマの駅や山を汽車が行き交う。先日発売された「銀河鉄道999」の汽車を忠実に再現した模型だ。
「ぽぉぉぉ〜!」
斉藤が汽笛の音を真似る。
「え〜次の停車駅は〜タイタン〜タイタン〜、停車時間は・・・」
「島よぉ、このジオラマ、タイタンじゃねぇよ、ヘビーメルダーだって」
「何処だっていいだろ」
「良くねーよ、俺が苦心して作ったガンフロンティア山を無駄にするな!」
「ぶどう谷にしとけよ」
「あんだとこのヤロー」
二人は睨み合ったが、ここで暴れると被害を被るのは模型のため、睨み合ったままで終わった。島は思い出す。寒い冬、暖房もないこの部屋で毛布にくるまりながらテレサと二人肩を寄せ合っていた事を。熱心に鉄道模型の事を語る島にまったく興味がないにも関わらず、微笑んでずっと耳を傾けていた彼女。テレサのことを忘れるのにあとどれくらいの年月が必要なのか分からない。今でも島は何処を見ても何をしても彼女のことを忘れることなどできないのだった。

つづく
次回予告:デスラーのホームパーティとは?そのとき澪子は・・・。