昼メロ劇場 第二十七話
第二十七話:別れの記念
「じゃぁ、澪子、行ってくるよ。今日は帰りが遅いから、先に休んでて構わない」
「はい。いってらっしゃい、あなた。お気をつけて」
「わぁぁ〜〜待って下さい!真田さーん!!」
ゆきかぜ荘から相原がパンををくわえながら階段を駆け降りて志郎の後を追う。にっこり笑って相原に手を振る澪子。いつもと変わらぬ朝が今日もはじまる。
「あれ?」
「どうした?相原」
「え・・・あ、いや何でも無いです」
相原はゆきかぜ荘から走って志郎の後を追う途中、見たことのある男のがいたような気がして振り向いたが、誰もいなかった。見間違いか?
「さてと・・・お義父さまは佐渡先生とリハビリに行っちゃったし、お掃除でもしようかしら」
玄関先で前掛けを纏う澪子。天気のせいかとても晴れやかな笑顔だ。簡素な格子の門を閉め、玄関へ手をかけた時、後ろで物音がして振り向いた。
「え?」
ゆきかぜ荘から小石が投げ込まれたのだ。石が来た方を向いて愕然とする澪子。つっかけに毛糸の靴下、エプロン姿の澪子を眺めて苦笑いしている男がいた。
「よっ!元気?」
階段の手すりにもたれかかって手を振っているのは山本だった。元気と声をかけた彼の顔は元気いっぱい微笑んでいるが、艶のない髪、やせた顔、どうみても元気には見えない。山本は真田宅の門前まで降りてきた。
「あ・・・・明君・・・皆心配していたのよ!どこに行ってたの!?」
「どこにも。支払い云々ややこしいから病院を抜け出しただけさ。加藤の所に戻ると怒られそうだから、お水やってるお客の家を転々としてた。もうあっちこっち長居できないからさー・・・最後にここへ来たってわけさ」
「家に・・・・泊まるの?」
山本はさっき志郎と相原が歩いて行った道の先をちょっと眺める。吹き抜ける風に揺れる髪。寂しげに微笑む山本。
「まさか。澪ちゃんの顔を見にきただけだよ」
「・・・・入って・・・ここじゃ人目に付くわ。・・・・すっかりやせちゃって・・・それにお風呂入って無いんじゃないの?」
山本のコートもスーツの裾も、すっかり汚れきっていた。客の家を点々としていたなんて嘘だ。きっとまた公園で日々過ごしていたに違いない、そう澪子は思った。門を開けて山本を家に上げると、最近売出し中の24時間給湯風呂が山本を迎える。
「きちんと食べなくちゃ・・・身体まだ回復してないんでしょ?」
風呂上がりの山本は志郎のシャツとズボンに着替えて出てきたが、志郎の身長は山本より10センチ近く高い。裾を折ったらなんとも情けない。
「ごめんなさいね、あとはお義父さまの浴衣しかなくて。スーツの汚れ、すぐに落とすわ・・」
「クリーニング出したら、何日かこのままでいなきゃいけないもんなぁ〜。澪ちゃんの旦那と鉢合わせはヤバいし」
朝食の残り物を温めてテーブルに並べる澪子の顔から血の気が引いた。
「冗談だよ。うっはー嬉しいなぁ。手料理なんて食べるの何年ぶりかな。それになんかいいねぇ〜、主婦ってーの?そのかっこ」
「そんなことより、ねぇ・・・明君。どうして・・・」
「詮索しない!こうして会いにきてやったんだから、文句も言わない!」
口振りはすっかりNo.2モードだ。ビシッと箸を澪子に向けてニヒルに笑っている。ホストは常連客には横柄になり、つっぱねる事がある。冷たくあしらわれることでかえって客の女心を掴むのだ。澪子は口をつぐんで隣のリビングで山本のスーツの汚れを取りながらアイロンがけをはじめた。しばらくして山本がやってくる。
「ごちそーさま。美味かった」
四つん這いに澪子に近付く。はだけたシャツの向こうに山本の胸が見えて澪子は慌てて顔をそらした。
「アイロン中よ。危ないからあっちに行ってて」
「なんか夫婦みたいだと思わない?」
「いいかげんにして!」
ガン!と台にアイロンを奥と明を睨む澪子。人の心配をよそに軽々しくふるまう彼に腹を立てた。しかし、山本は向き直った澪子の両肩を掴んで押し倒す。引きつる澪子の顔。首筋に顔を埋める山本。手を彼女のエプロンにのばした。
「やめて!・・・お願い・・・やめて明君!大声・・・だすから!」
「ちょっとでいい!・・・しばらく・・・しばらく、こうしていてくれ・・・頼む!」
無言の瞬間、台の上のアイロンが大きな音を立てて蒸気をはいた。澪子はずっと、震えていた。震えたまま、その手を山本の背中に回す。彼もまた、震えていた。
「明君・・・ごめんね。大けがをさせてしまったのは私のせい。私が黒虎になんて行かなかったら・・・・」
「一緒に・・・逃げないか?どこか遠くへ・・・誰も知らないところへ・・・」
おどろきのあまり震えの止まる澪子。時が止まったような気がした。返事は出来ない。すると、山本はガバッと起きあがる。
「な〜〜〜んちゃってね!うっそー。んじゃ、俺行くわ。悪かったな、おどろかせちゃって」
山本は志郎のシャツとズボンを脱ぎ捨て、アイロンがけの終わっていないスーツに着替えるとそそくさと出て行こうとする。
「待って!明君!ねぇ・・・加藤君のところへ戻るのよ!」
山本は何も言わずに早足で玄関を出た。道の途中で振り向くと、門の前に立ち尽くしている澪子に大きく手を振って去って行く。追いかけようとした瞬間、エプロンのポケットでチリンと鈴の音がし、立ち止まる。ポケットから取り出す澪子。
「・・・・これは・・・!」
宇宙怪獣バラノドンのキーホルダー。かつて山本が話のネタにと携帯電話につけていたもの。そしてもう一つ。戦闘機の彫刻されたジッポーライター。加藤とお揃いのものだった・・・・。

つづく