昼メロ劇場 第十七話
第十七話:久しぶりのデート
仕事では先見の明を駆使し、その頭脳を働かせている志郎でも、女心ともなるとこれがさっぱり。そんな志郎が澪子をデートに誘えたのは、ひとえに南部のデートマニュアルのたまものだった。高級ホテルのレストランでの食事の後には、夜景が一望できるスイートルーム。これも南部があらかじめチェックしてあった指定の部屋だ。
「しばらく振りだなぁ、こうしてデートなんかするのは・・・結婚して・・・初めてかもしれないな」
高層ビルの麓に輝く都会の夜景はまぶしく二人を包む。
「あなた・・・先日の件のことを気にして・・こんな事を?」
「澪子、もう忘れたよ。そのことは」
「でも・・・守さんが・・」
「澪子。警察に捜索願を出してあるから大丈夫だよ。それ以外、俺にどうすることもできない。たのむからもう言わないでくれ。せめて・・・今夜くらいは」
「すみません、あなた」
志郎は上着をクローゼットに掛けながら、そのポケットから小さな包みを出し、おもむろにそれを澪子に差し出した。
「結婚記念日もとっくに過ぎてしまったが・・・」
照れながら澪子に渡す志郎。ティファニーの小さなネックレスが入っていた。
「かわいい・・・」
チェーンをつまみ上げるとおもむろに志郎が澪子の首にそれをかける。志郎の器用な手が緊張から震えているのを澪子は感じていた。
----ネックレスをつけたらそれを見て「綺麗だよ」といって抱きしめる----
南部マニュアルが志郎の頭をよぎった。だが、先に抱きついてきたのは澪子の方だった。
「み、み、澪子・・・」
マニュアルにない事が起きたためか、志郎の心臓は口から飛び出しそうだ。歳の離れた幼妻は、何も言わずただ夫の胸にもたれかかり、夫に抱きしめられるのを待っているが、どうやら志郎のコンピューターがバグを起こしたのか、彼女の両肩をもって引き離してしまった。
「あなた・・・?」
(い、いかん、俺としたことが・・・逆のことを!)
「な、なぁ、のどが渇かないか?ルームサービスでワインでも取ろう・・・い、いや、それともジュースがいいか。ちょっと買ってくるよ」
慌てて訳の分からないことを口走っている志郎だった。たしか、南部マニュアルでは次のシーンは『シャワーを浴びてくる』の筈だった。これではまるでド素人だ。頭を冷やすとばかり、ルームサービスにもしないでホテルの地下にあるコンビニでジュースを買っている志郎。よくこれで結婚できたものだと志郎は内心思っていた。もっとも、二人の結婚には守が大きく絡んでいたおかげだったのだが。
「澪子〜、ジュースを買ってき・・・」
部屋に戻ってきた志郎は奥に進むなりコンビニの袋を落とした。
「ごめんなさい、あなた・・・あまり帰りが遅いから・・・先にお風呂にはいりました」
へこんだ志郎の前の澪子は、純白のバスローブ姿だった。洗い立ての髪がきらきらと輝く。
(一緒に入ろうと思っていたのに・・・)
----バスローブ姿の彼女を後ろから優しく抱きしめて、耳元で「愛してる」----
(そ、そんなことが今の俺にできるか・・・)
南部マニュアルの一遍を思い出す志郎。しかし、汗ばんだワイシャツの袖をまくり上げ、ネクタイをゆるめたままの所詮しがないサラリーマン姿の志郎とはあまりに対照的な一瞬だった。結局志郎はそそくさとバスルームに消えていった。
「あなた、コーラ?ウーロン茶?」
バスタオルを腰に巻いて頭を拭いて出てきた志郎の前で可愛く尋ねる澪子。ベッドに腰掛けてコーラを取ろうとしたが、げっぷが出るのを危惧してウーロン茶にした。澪子が志郎の背中を拭くと、何気ないこのやりとりに幸せを感じる志郎だった。
「澪子、ありがとう。俺は幸せ者だ。君と結婚して本当によかったと思っている」
「いやだわ、あなたったら。改まって・・・」
二人はベッドの上で向かい合った。まるで結婚初夜のようなこの雰囲気にいかんともしがたい緊張を感じている志郎。
(そうだ、こんな事もあろうかと!)
「ちょっと待ってくれ」
志郎はスーツの内ポケットから『波動砲』という強壮剤を取り出し飲み干した。しかし、一方、ベッドの上で志郎を待つ澪子は、できもしないのに妙に盛り上げようと気を遣っている志郎の事が気がかりだった。夫婦なのに不自然になってしまうのは、ホストクラブになど行った自分が悪いのだと責めた。志郎が振り向いたとき、澪子はベッドの上に横たわったって涙を流していた。
「澪子、どうしたんだ?俺が何かいけないことをしてしまったのか?」
「・・・ごめんなさい、あなた。本当に・・・ごめんなさい。私、貴方に優しくされる資格なんか無い」
「もう、その話はするなといっただろう?」
志郎は澪子を抱きしめた。
----子作り頑張って下さいよぉ〜〜♪----そう南部と相原に見送られてきた志郎だが、実際の所、複雑な心境だった、勝負する気など毛頭ないのに山本という男がどれほどカッコイイのか気になっている自分が許せない。だから、澪子には何も言って欲しくなかった。結局、澪子が泣き疲れて寝てしまうまで、志郎は彼女を抱きしめたまま。そして志郎の背中では白々と夜が明けていくのだった。

つづく

次回予告:守はいったい何処へ行ったのか・・・