昼メロ劇場 第十二話
第十二話:渦中(前編)
澪子の熱が下がり、目を覚ましたのは昼過ぎだった。夜型人間の加藤と山本からすれば昼というのは丁度起床時間。すっかり酔っぱらって眠り惚けていた佐渡も目を覚まし、台風一過の元、加藤は愛車ジャガーのエンジンを噴かした。彼らのマンションからはそう遠くない場所に真田家はある。だが、病み上がりの澪子を案じて車を出した。一言もしゃべらず食事も喉を通さぬ澪子を気づかって山本も乗ろうとした。
「おい、お前はいい。店の開店準備でもしてろ」
「そう言うわけにいかないだろ?いいよ四郎に任せときゃ」
「ばかやろう!これは店の問題だ。従業員のお前はすっこんでろ!」
助手席に座った山本が加藤に引きずり下ろされた。見かねて佐渡が大声を上げる。
「やめんか二人とも!昼間っから喧嘩するのは!はよ車をださんかコラ」
山本の胸ぐらを掴んだ加藤はその手を放し、歪んだ山本のスーツの襟を正して言った。
「事態の状況を見て・・・その時までお前は待機だ。今、お前が出ていっても話がややこしくなるだけなんだ。いいな、この事は他言無用だぞ」
加藤の厳しい視線で山本も頷かざる得ない。彼がなぜ店長に抜擢されたのか、山本はよく分かっている。ジャガーは山本を乗せずに真田家へと走った。真田家の玄関先に停まったジャガーの中、加藤の心臓は激しく鼓動を打っていた。そそくさと佐渡が澪子を車から降ろして平然とチャイムを鳴らした。予定ならばこの時間、雪が沖田の介護に来ているはずだった。しかし・・・
「し、真田君!」
驚きの声をあげる佐渡は目をきょろきょろさせながら車から降りてくる加藤に「来るな」の合図を送ったが間に合わなかった。
「澪子!何処に行っていたんだ!心配したんだぞ」
「あ・・・あなた!」
「佐渡先生まで、どうしたんですか」
志郎は台風で神田川が増水し家が浸水するかと案じて予定を早く切り上げ、朝一番の飛行機で戻ってきていた。これは佐渡には計算外だった。しかし、加藤は凛として玄関先で深々と志郎に頭を下げた。
「加藤・・・加藤じゃないか・・・いったいどうなってるんだ」
「ご無沙汰してます。真田さん。まさか澪子さんがあなたの奥さんだったとは」
志郎はかつて知っていた頃とはあまりに違う加藤の服装、そして青ざめた澪子、うろたえる佐渡を見渡して事態が掴めずにいた。
「あなた・・・ごめんなさい!」
「み、澪子!」
澪子は耐えきれず二階へと走り去っていった。
「すまん、加藤・・・沖田館長しかおらんとおもっとったんだが・・・」
「いえ、いいんです。修羅場は慣れてますから」
佐渡は加藤に耳打ちするとそそくさと沖田のいる居間へと入っていった。加藤はまだ頭を下げたままだった。
「昨晩、澪子さんが公園で倒れていたのを偶然見つけて介抱しました。もう熱は下がったようですのでお宅へお連れした次第です」
「中にはいらんか加藤、玄関先で立ち話など男のする事ではないぞ」
加藤が頭を上げると、其処には佐渡に支えられた十三が立っていた。
「か、館長!」
居間に通された加藤はベッドに横たわる十三に近況報告をし、土下座をしたまま頭が上がらなかった。
「守といい、お前といい、ワシは教育の仕方を間違えたようだ。まさかホストなどに成り下がっておるとは・・・ごほっごほっ」
咳き込む十三の背中を佐渡がさすった。加藤は高校時代、弓道部に在籍していたが、ある事件をきっかけに中退していた。沖田に会うのはそれ以来。弓道部の合宿所は天体観測部の合宿所と同じだったため、OBの志郎は守の後輩の古代、島、加藤の事は良く知っていた。
「じゃぁ・・・貯金通帳の残高が急に減ったのはお前の店に・・・澪子が行ってたのか」
「は、はぁ・・・」
「通帳を澪子に預けてあるんだが、たまたま留守だったので自分で金を下ろしに行ったんだ。どうも最近素行がおかしいとは思っていた・・・」
志郎は冷静に見えたが、青ざめた表情で澪子におかゆを作っていた。箸を持つ手が震えている。大きく深呼吸すると出来上がったお粥を持って澪子のいる二階へと行ってしまった・・・。心配げに志郎の後ろ姿を見つめる加藤。
「夫婦ののことだ・・・放っておけ。お前は澪子の事は知らなかったんだ。罪の意識を感じる必要はない」
「館長・・・・」

「澪子、起きれるか?お粥、作ったぞ。何も食べていないそうじゃないか」
澪子は布団にくるまったまま体を震わせ、泣いていた。
「澪子、俺は怒ってなんかいない」
「あなた・・・」
「仕事ばかりしていてお前を構ってやらなかった俺がいけないんだ。ずっと家に閉じこもって、お義父さんの世話をしたり・・・。構ってくれる人が欲しかったんだろう?辛いならなぜ辛いと言ってくれなかったんだ」
澪子は志郎のやさしさが怖かった。
「私、とんでもない事を・・・あなたに嘘をついていたばかりか・・・守さんとスターシアさんまで・・・、私・・・私どうしたらいいのか・・・分からなくて」
志郎には鳴き声で完全には聞き取ることはできず、ただただ泣きじゃくる澪子を抱きしめ、「大丈夫だよ」と声をかけることしかできなかった。澪子もデスラー宅へと行ったことが言えず、ただ「ごめんなさい」と泣きじゃくった。

「加藤・・・何かあったらいつでもワシの処へ来い。こんな身体になってもまだ・・・ワシはぼけてはおらん。そして、お前はいつまで経っても、ワシの可愛い弟子だ・・・いいか」
十三は加藤の目こそ見なかったが、真田宅を後にする加藤にそう呟いた。深々と一礼すると、加藤は愛車のドアに手をかけた・・・

つづく
次回予告:進との再会、そして黒虎にもう一つの嵐が・・・