CAPTAIN HERLOCK〜the Endless Odyssey〜イリタ外伝
第八話:家族
イリタが目を覚ましたのは、外宇宙へと向かう個人輸送トラック艦の中だった。ずっとスキャフォルド号で起きた惨事が頭を巡り、何度もうなされていたわりには着衣に乱れもなく、静かに眠っていたようだった。
「ママーー!」
目を覚ますまで、ずっと心配げにイリタを見ていた少年が、走って母親のところへと行ってしまった。傷の手当が施され手いることに気付き、重い頭を擡げるイリタ。が複雑な表情で視界の向こうを見つめた。
ーーーママ!?ーーー
ママという言葉に一瞬戸惑いを覚えたのは無理もない。女がいると思うと若干の抵抗を覚えた。きちんと傷の手当がなされたおかげでどうやら身体が動く。イリタは少年が走っていった方へと歩いていった。そこはトラック艦のコクピットにあたるところ。見たところ、トレーラー程度の輸送トラックだが、ここに住んでいるのは先ほどの少年とママと呼ばれた者だけのようだ。
ーーー俺は、正直初めてトミ子さんを見た時に一瞬絶句した。これは女か?否、男にはない大きな胸は間違いなく女だ。ママと聞いてひょろっこい女を想像した自分に苦笑いしたものだ。保安局のうだつの上がらない兵士なら、一網打尽にしてしまいそうな屈強な腕のそこら中にある傷跡、そのさばさばした語り口からして、この女は幾多の戦渦をくぐってきた様だった。その一人息子イチロー君はまだ10歳程度だったか。この子が俺を助けてやってくれと母親に言わなかったら・・・俺はあのまま宇宙の塵となっていたわけだから・・・命の恩人だ。それも、とても純粋で無邪気な・・・ーーー
保安管理局は外宇宙へ行き来する連中からすれば鬱陶しい存在に他ならなかったが、苦しんでいる者を見捨てておけない子供の心を尊重して助けたトミ子。さほど警戒心を持っていないように思われるのは、武器もない男一人だったら勝てるという自信からだったのだろうか?
トミ子は太陽系が散々な状況であったことはその目で見て分かっていたが、詳細は尋ねない。自ら話さない限り詮索無用という、これもまた宇宙を旅するものの暗黙の了解なのだ。一方、無邪気な少年イチローは戦艦や戦闘機といったものに憧れる普通の男児だった。
「おじさん、戦争してたんだろ?かっこいいなぁ〜〜!」
この時イリタはぐさっと胸に何かが刺さったような気にもなった。だが、無邪気な子供は普通にこういったものに憧れる。それは自分でもよく分かることだ。そして、その憧れだけを胸に、経験から何も学ばずに時だけが過ぎて・・・無責任な大人ばかりの時代になっていた。次代を担う若者に・・・そんな風にはなってほしくない。命はおもちゃではないのだから。
「いいか坊主。戦争なんてのはバカのすることだ。もし、どうしても戦わなくてはならない時は・・・一人で戦え」
ーーーそうだ・・・誰かを戦いに巻き込む権利など誰にもない。いったい過去の戦争でどれだけの人間が望まず命を失っていったのだろう。そして、今回それを率いてきた俺だけが生き残ったとは・・・ーーー
トミ子はイリタが多くを語らなくてもすべてを理解している様だった。イリタの言葉の端端から感じられる絶望と失望と孤独。軍人であろうがなかろうが、生き様を後悔している男というもののはどれも一緒だった。子供を産んで育てる女に比べれば、いたってシンプルなのかもしれない。でも、そのシンプルな者たちが徒党を組んで誤った道へと突き進むとき、その代償は女がそうしたときよりも遥かに高く、そして無惨でもある。
イリタがトミ子のトラックにいたのはそれ程長い時間ではなかった。ほんの少しの間であったが、イリタは家族というものの暖かさをこの歳になって垣間みることになった。
「イチロー、寝る前にちょいと肩もんどくれ」
ゲーム機に夢中だったイチローがしぶしぶといった感じで立ち上がったとき、イリタがそれを止めた。
「俺がやろう。それくらいなら俺にもできる」
一瞬、きょとんとした表情のトミ子は、そんな自分に気付いて苦笑いした。
「こりゃありがたいね!腕っぷしの強い大人の男に揉んでもらうなんざ何年ぶりかねぇ〜!ははは」
「ママ照れてるの?」
「いいからお前はあっちいって歯でも磨いてな!」
女手一人でイチローを守り、たった一人で育ててきたトミ子のパンパンに張った肩と背中。男と見間違えるほど逞しい。強い女の後ろ姿。そして、洗面所から戻った時、入り口で転けたイチローへ「またか」と言いながら、腹を冷やさないように上着をズボンに突っ込んでやる姿はやはり母親の顔だ。
「この子生む前に父親が戦争で死んじまってねぇ。イチローは父親に似て・・・おっとりしてるのさ」
「保安局員だったのか・・・?」
「さぁねぇ。なんだったかねぇ。ま、ただの鈍間さ。だから殺られちまったんだよ」
ーーートミ子はそれ以上何も言わなかった。もし保安局の者だとしたら、俺のような男を恨んでいるだろうか。戦争では中には彼女の夫の様に、戦いに不向きな者まで前線に立たされる・・・。俺は彼女がそれとなく俺を責めているのが分かった。自分に家族というものが持てていたなら・・・どうだったのだろうーーー
イチローは二段ベッドの上から、何か嬉しそうに二人を見つめていた。会話が聞こえていなかったのか、まるで仲睦まじい姿に見えたらしい。
「おじちゃん、ずっとママと一緒にいればいいのに」
大人の事情など分からないイチローは正直に自分の気持ちを伝える。トミ子の肩が一瞬びくりと動いた。イリタは返す言葉が見つからず俯き、一方のトミ子は呆れ笑い。
「バカなこと言ってないで、早く寝な!」
就寝準備をしていたトミ子がイリタにホットミルクを入れながら、「子供の戯言だから気にしないでおくれ」と呟いた。彼女にはイリタが生真面目で愚直な男だと分かっている。恐らく、彼女の夫もそうだったのだろう。そして、トミ子は息子に父親が必要なのは分かっていて・・・イリタの判断次第では、それも構わないといった風にも見えた。
ーーーだが、俺はこれ以上甘えることはできない。イチロー君に自慢できるような生き方など何一つしていないこの俺が・・・どうして彼の父親代わりになれようか。ただ、俺のような人間にはなって欲しくない気持ちだけは強く燃えていたーーー
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