CAPTAIN HERLOCK〜the Endless Odyssey〜イリタ外伝
第七話 髑髏は嗤う
「俺はやはり宇宙で死ぬのか・・・」
ヌーによって精神錯乱に陥った兵士達が同士打ちを始めた。戦艦が、艦載機が・・・そして兵隊同士が・・・。宇宙最大の規模を誇る大戦艦スキャフォルド号はたった一発の主砲を撃っただけで、もろくもその最期を迎えようとしていた。
「お前かーーーーー!!うわぁぁーーー!!」
方々で響く兵士達の悲鳴と銃声。恐怖によって潰乱状態にある自動小銃を構えた部下達を前にして、イリタはたった一丁の拳銃ではあったが、それでも彼等を撃ち殺さなければならなかった。艦橋でぼっ発した混乱から腕を撃たれた彼は、床にころがる無数の兵士たちの死体を避けるようにふらふらと歩く。炎上する内部各エリアから逃れるようにして、傷を負ったイリタが向かったのは見晴しのいい展望廊下の一角だった。酸素がどこまで持つのか分からないが、それほど猶予もなくなってきたのは、心肺機能の強いイリタの体が最も分かっていた。
ーーー俺はいったい何をした?あの場所に至るまでに目の当たりにした死体の山・・・そして展望室の外を流れてゆく骸の数々。どれも皆、俺を呪うように苦しい顔をしていた。どれだけの者達を一瞬にして地獄へと突き落としたというのだ。この時、ようやく俺は自分がしたことの罪過に気付きはじめていた。しかしまだ決定打ではない。どうせ俺もここで死ぬのだから・・・そんな甘えにも似た思いで座り込んでいた。こうなると、人は皆己が歩んできた道のりを走馬灯のように思い出すものなのだろうか。俺は、俺の記憶に残るものを脳裏に浮かべてみた。・・・悲しい事に、俺の幼少の記憶といったら・・・父親の葬式と地球に帰ってからの出来事だ。どれもみな、苦しく・・・憎く・・・悲しい・・・ーーー
「不思議と死ぬのが恐くない・・・」
すがりつきたいような過去が一つもないと思えば、イリタはこのまま死んでもかまわないと思った。イリタにとって、自分が死んでも本気で悲しむ者などおらず、過去は無情の産物に過ぎず、居場所も、帰る場所も失ってしまった自分にとって、どこにいても死人同然だと思ったのだ。何千人という兵士を死なせ、多額の予算によって作り上げた戦艦を一瞬にして使い物にならない状態にした責任は彼の背中には背負うにあまりある。目前に忍び寄る死を受け入れることだけで精いっぱいだったといっていい。
ーーー不思議といえば・・・なぜ俺だけが無事だったのか・・・ヌーによる錯乱状態を逃れることができたのか・・・それは分からない。ただいえることは。宇宙が・・・・俺のしてきた事を罰すために、あの現実を目の当たりにさせたようでならない。自分のことならなんでも分かっていると思っていた俺が、実は何一つ分かっちゃいなかったような気持ちになった。もういい・・所詮俺は・・・誰の記憶にも残らない・・・宇宙の塵にさえ満たない・・・つまらん生命体だ・・・ーーー
「それでも・・・・俺は・・・生きていた・・・か。奴はまだ・・・俺を覚えているだろうか・・・」
異様に静かになったスキャフォルド号の中で、イリタは壁に寄りかかって目を閉じた。静かに死が訪れるのを待つつもりだった。だが、何かの気配に再び目を開けた時、その先に見えたのは・・・
「アルカディア号!」
悠然とアルカディア号が太陽系へと姿を現した。捕縛計画の失敗をこの時知ったイリタの体に、薄れていたはずの血が再び煮えたぎるような感覚に襲われた。どうせ死ぬなら・・・いや、・・・まだ死ねない。
ーーー俺はあの瞬間、まだ俺の中に意地というものがあったことに気付いた。突き動かされるように立ち上がり、一心不乱に格納庫へと向かい、まだ動かせる戦闘機を探した。無謀なのは分かっている。しかし、どうやら俺は、彼奴のこととなると、理性を失ってしまうらしい。そうだ・・・俺の中の深い部分で・・・本当の俺自身の命そのものが動くのだ。そして、あいつだけには俺がこの世に存在したことを・・・覚えていてほしかった。たった一度だけ・・・俺に死ぬことの恐ろしさを感じさせた男・・・ハーロックにはーーー
スキャフォルド号格納庫からエンジンを吹かして宇宙空間へと飛び出た戦闘機は、そこら中に散っている艦の残骸をものともせず、アルカディア号艦主に向かった。どうせ死ぬなら戦って死にたい・・・保安局に入った頃からそう思っていたイリタの意地は、生涯の宿敵となったハーロックへと特攻を決意する。小さな戦闘機一機・・・迫りくる巨大戦艦を前に、恐れるものは何もなかった。
「撃て!」
ハーロックは台羽にそう指示し、主砲が戦闘機の横で炸裂する。ろくに戦ったことのない台羽に小さな戦闘機をとらえることなど無理だったのか・・・それともそれがハーロックの計算だったのか。命中はしない。しかし主砲がかすめた戦艦の残骸が、結果的に戦闘機へと激突し、イリタは宇宙空間へと放り出されてしまったのだ。
ーーーあの時・・・俺は見た・・・。艦橋で俺を見上げるハーロックを。そしてやつは俺に敬礼をしてきた・・・。その目は・・・その顔は・・「命の無駄使いはバカのすること。お前にはやらねばならないことがあるだろう」と嘲っていた。アルカディア号はそのままファタモルガーナのいる方向へと進路を向けてゆく。まさかと思った。ハーロックは宇宙の秩序を乱すためではなく・・・あの不可解な敵を始末するために宇宙に戻ってきたのか。・・・もっと早くに気付くべきだった。あの男は人類に危機が訪れたときだけ・・・宇宙にその姿を現してきたのだ。かつてマゾーンと戦ったのも彼等だった。その後姿を消して・・・再び現れた時・・・すでに地球は危機にさらされていた。俺は・・・そんなことにも気付かなかった。・・アルカディア号のメインマストは、悠然と俺の横を過ぎてゆきながら・・「お前は自分の犯した過ちのしりぬぐいもできないほど陳腐な男なのか。男なら骸となっても戦ってみろ」と嗤笑した。そうだ、その意味が分かるまでは・・・ここで死ぬことは全ての責任から逃げる事・・・俺は・・・ただ死ぬだけでは許されないのだーーー
イリタはそのまま太陽系にばらまかれた戦艦の残骸に埋もれるようにして太陽系の外へと流されていった。宇宙服にダメージを受けなかったことが幸いし、装備された自動SOS発信器が作動する。イリタはいつのまにか深い眠りについていた。保安管理局を出てからの壮絶な出来事を彼は細い身体に全て背負いつつ、次につながるわずかな人生を前にしたつかの間の休息だった。
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