CAPTAIN HERLOCK〜the Endless Odyssey〜イリタ外伝
第二話
小学科/中学科を経た後、エスカレーター方式で進んだ高等科。ここを出れば宇宙での実務が始まる。実務内容はその配属希望によるが、多くは警察庁にあたる保安局への配属だ。そこで培った経験と成績によって正式に中央管理局の一員として配属が決まる。保安局のどこへ配属されるか・・・そこで一生が決まるといっても過言ではない。高等科での成績は後々の配属にも影響する。生き残りは壮絶なものだった。
バシッ!ドスッ!!
訓練学校寄宿舎裏でのリンチ。イリタは抵抗することなく、打たれ、蹴られるがままだった。自分を厳しく律することがモットーとされる訓練校でさえ、時として教師達の目の届かない所で、学生たちが目障りな者を無理矢理ふるいの目へ押し込み、突き落とそうとする。うっぷんばらしに暴力をふるう輩も少なくはないのだ。
「おうおう!冥王星生まれのくせにでかいつらするんじゃねぇよ!」
「なんで俺たちがひょろひょろのお前と保安局で一緒になんなくちゃなんねぇんだよ!!頭がいいなら行政事務に行きゃぁいいだろ!」
「自分から辞退すりゃ・・・これ以上は許してやるぜ。くそまじめなガリ勉野郎!!」
寄宿舎裏の片隅に追いつめられたイリタは蹴り込まれた腹を押さえて立ち上がった。勉強のし過ぎで目が悪くなった彼の目には眼鏡がかけられている。衝撃でずれた眼鏡を整えながら、目前に現れた三人の不良たちを睨み返した。体は細いが一連の軍事訓練をこなせるだけの体力はある。そして、勘も忍耐力も、頭の切れも、そして・・・冷酷さも。
「・・・成績がよければ進路を自分で決める権利がある。俺は保安局を希望した!」
保安局はその名の通り、宇宙での安全を守るための役割りを担った組織。中央管理局内最大の組織であり、警察権合わせ持った軍隊とも言える。軍に頼らざる得ない管理局。よって中央管理局の生え抜きより、保安局を経た方が出世に繋がるのは当然の流れだった。イリタは出世もそうだったが、それ以上に自分の意志に則した成り行きを考えれば当然保安局にいくべきだと目標を定めていた。しかし、ただ出世のためにこの道を選ぶ者たちはもちろん多い。
「はぁ〜ん、ますます気にいらねぇな。おい、やっちまえ!ただし、先公に悟られないように・・・顔には傷つけんな・・・」
ーーー卑怯者はいつの時代にもいる。こうして真っ向からやってくるだけ増しだと俺は内心笑っていた。教科書を焼かれたり、靴を捨てられたり、給食に異物を放られたり、椅子に割れたガラスをばらまかれたりなんてことはしょっちゅうだった。力のないものは、影でこそこそつまらぬ噂をばらまき、いやがらせをする。ノイローゼになって辞めた者はもちろん、厳しい監督下における学校生活に疲れて自殺したものもいた。俺と仲良くなったものもいたが、どいつもさほど強い自己意志は持っていなかった。俺が励ませば、嫌みとなって・・・やがて、俺の前からいなくなっていった。そんな状況を目の当たりにしてきた俺にとって、何も恐いものなどない。全てが弱者か敵だったーーー
「うおーーーりやぁぁーーーー!!」
一斉に飛びかかる不良たち。しかし・・・イリタの体は俊敏に反応し、畳み掛かる攻撃を避けた。酸素の少ない冥王星で生まれた彼の心肺機能は汚れきった地球の大気で育った彼等より、優れていた。三人を相手にしても、ろくに怪我をせずに済んだのは、幸いというより、彼にとっては普通のことだったかもしれない。だが・・・ちょうど見回りにきた寄宿舎管理人がこの騒動に気付き、警笛を鳴らす。切羽詰まった不良たちがしたことは、小ぶりのナイフでイリタを刺して逃げることだった。
「く・・・くそ・・・」
僅かだったが脇腹に血をにじませ、地面に倒れるイリタ。逃げようにも逃げられなかった。
ーーー秩序を乱す奴は・・許さない・・・ーーー
この一件が原因で、イリタは保安局へと配属になったものの、そこは常に物資強奪を目論む盗賊の標的という恐ろしい配属先、輸送船の護衛艦へと着任することとなる。イリタを血祭りに上げようとした不良たちのその後は分からない。恐らくは退学か、仮に残れたとしても、倉庫勤務がいいところだろう。秩序を乱し、己を律することのできない輩はすべからく淘汰される。中央管理局の基本ルールに乗っ取り・・・彼らの一生はもうゴミくずも同然だという噂だけが流れた。一方で・・・現実はイリタの理想とはかけ離れていた。
「どいつもこいつも・・・俺は奴隷か・・・!」
護衛艦隊に配属になってはみたものの、厳しく統制された組織活動ならばともかく、新米を手荒く扱うことしかしない上官に疲れ果てることは必至だった。靴磨きに掃除当番はもちろん、攻撃が始まれば矢面に立たされるのはいつも新米だった。ただ命令を実行するだけの先の見えない組織の中で愕然となるイリタ。艦長といえば、見た目はひげを蓄えた威厳を醸し出しているが、口を開けばいい加減なことばかり。責任転嫁の得意な彼のお決まりの台詞はこうだ。
「上層部からの命令だから従え!」
そんな上の態度に若いイリタは内心怒りを覚えた。
「ここにいる連中は皆、自分というものを持っていない。目標も、生きる目的も・・・意志も・・・。上へのごますりで、上に気に入られることだけ考えているエゴイストばかりなのか・・・」
護衛艦の彼の部屋の壁には、怒りに任せて拳を打ち付けたために凹んでいる。そんなある日のことだった。
[ハハキトク。スグカエレ]
一通の電報を受け取ったイリタが忌引き届けを出して地球へと戻る。脳天気な連中がうろつく真昼のビル街を抜け、イリタ邸へと走った。すでに、親戚と思しき人々が玄関や居間に集まり出した頃、イリタは家の廊下を走り抜け、母の部屋の扉を開けた。
「か・・・母さん・・・」
イリタの到着を知ってか知らずか、親戚たちは口々に呟く。
「かわいそうにねぇ、宇宙放射線病だってさ・・・」
「宇宙なんかに行くからよ・・・」
イリタ本家のたった一人の娘は、息子の前でやせこけた姿のまま永遠の眠りについていた。
「お前はこの家を出てゆけ。もう我々とかかわり合いは持って欲しくない。縁を切らせてもらう」
「・・・そんな・・・」
「妹の息子だからと今まで面倒を見てきてやったが、宇宙になんぞ出ていったせいで母親の死に目にも合えずにこのざまだ!護衛艦に配属になっただと?そんな名もないちっぽけな艦隊に所属させるために今まで養育費を出してきてやったんじゃないんだぞ!!とっとと宇宙へ帰れ!もう二度とイリタ家の敷居を跨ぐな!!」
ーーー俺には反論することはできなかった。何を言っても聞き届けてはもらえない。娘婿の息子で、冥王星生まれというだけで肩身が狭いのに、それに輪をかけて、いつ死ぬやもしれない護衛艦のクルーなどという立場では親戚達に胸を張ることもできない。端から見れば、この頃の中央管理局など、地球政府高官の地位にくらべれば、所詮地方公務員。結局俺はどこに行っても爪弾きものだった。幸い、もう一人で生きていける歳だ。このまま地球に戻れなくても・・・それはそれでかまわないと思った。たったひとつ気掛かりなのは、口論したまま永遠に別れてしまった母の墓があることくらいかーーー
「俺にはもう・・・居場所はないのか・・・」
イリタはたった一人になった。家族もいなければ、仲間と呼べるものもいなくなった・・・本当に孤独になってしまった。
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