CAPTAIN HERLOCK〜the Endless Odyssey〜イリタ外伝
第十話 最期の咆哮
イリタを乗せた戦闘機がネオテラの上空を旋回し、アルカディア号が身動きのとれなくなったクレバスへと向かった。地球が、今このネオテラへと現れたファタモルガーナ号の放った一撃で消滅し、その後宇宙艦隊がそれによって無惨にも破れ、アルカディア号が一隻だけでそれに立ち向かおうとしている姿に次いで、イリタが操縦するたった一機の戦闘機を宇宙放送が映し出す。この放送を見ている人々は、当然戦闘機に誰が乗っているかなど分からない。せいぜい分かったとしても保安局員だという程度だろう。だが、レストランでイリタが残していった手紙の封を開けたトミ子、イチロー、そしてパノプティコンの中枢コンピューターを制御した人物に気付いた保安局員、そして・・アルカディア号の乗組員のすべては、そこにイリタが乗っていることを分かっていた。
「放送コードが解除できません!全放送網がすべてネオテラへと向けられています!!」
騒然とする保安局。イリタがパノプティコンを制御し、コントロール機能を転送した戦闘機にはワープ映像追尾装置が点滅している。これにいち早く気付いたのはアルカディア号の乗組員たちだった。無謀にもあんな小さな戦闘機で立ち向かうというのか!?乗組員達が驚愕のまなざしで映像を見つめる中、ヤッタラン副長はワープ映像追尾装置の意味を察した。
「いかん・・・特攻するつもりや」
ファタモルガーナ号の内部へとワープ映像追尾装置を放り込めば、たとえ逃げたとしてもアルカディア号には追尾が容易だ。この時点でイリタは亜空間の存在こそ知らなかったが、ファタモルガーナにワープされればいくらアルカディア号でもすぐには見つけられまい。そしてそんな猶予はないことくらいはイリタには既知の事。この時イリタができる・・・そして、この戦いの結末をつけることができる唯一の存在であるアルカディア号に全てを託すための最大にして最後の方法は・・・破壊しても再生するファタモルガーナ号の一瞬の隙をついて、戦闘機ごとワープ映像追尾装置をファタモルガーナ号内部へ送り込む事だった。

「無鉄砲なのは昔のままだな・・・」
ーーー奴は・・・ハーロックは俺を覚えていた。この時、俺はこれで心置きなくこの命を捨てられると・・・どこかで安堵していた。分かるだろう?ハーロック。俺は俺の意地を最後まで通したい。人類の歴史の中で戦争を起こした者たちは責任を問われず生きながらえてきた。俺はそんな唾棄すべき連中と同類にはなれないのだ。責任を取れと・・・死んでいった兵士たちは言っている。男として生きる道。それは・・・俺のような男には、こうするしか見つけられなかった。おやじ、おふくろ・・・・貴方達が夢見た宇宙をこんな風にしてしまった俺を・・・そして、死に行くこの息子を・・・許してくれるだろうかーーー
ファタモルガーナ号の周りを旋回し、攻撃を避けながらミサイルを撃ち込む戦闘機。再生を繰り返すファタモルガーナ号の様子を見て、どうあっても戦闘機に勝ち目がないのはテレビを見ている誰もが分かることだった。イリタの残した手紙を読み、込みあげてくる悔しさと涙を堪えるトミ子とイチローもそうだった。たまらず、イチローが目を背ける。あのイリタが死ぬところなど見たくはない。しかし・・・
「男が魂を懸けて戦ってるんだ。目を反らしちゃいけないよ」
トミ子はイチローの頭を抱きかかえながら、じっとテレビを見つめた。別れの言葉もなく去っていったイリタがイチローに残してやれる、男の生き様が目前にある。最期を見届けてやること・・・それが戦士である彼への敬意と情だった。

「まだだ・・・あと少し・・・保ってくれ・・・」
ファタモルガーナ号からの攻撃を受けながらも、旋回を繰り返して間をつめる。ところどころ火を噴いている戦闘機が後どれくらい保つかは時間の問題だった。ファタモルガーナ号にミサイルが当たり、再生までの時間を計るイリタ。いざとなると体が竦む。操縦桿を握りしめる腕が制御できないほど震えていた。どこまで近付けばファタモルガーナ号の再生前に内部へと突っ込んでいけるのか、その計算が終わった時、おもむろにパイロットコスチュームに添えつけられたアンフェタミン注入器を握りしめた。死を目前としたパイロットが死ぬぎりぎりまで戦うための薬物投与。これを手にすることはすなわち、『覚悟』を意味している。

ーーー俺にとってハーロックに伝える言葉は一つだった。それはもはや、嫉妬や恨みなどではなく・・・俺の本心として・・・できることなら・・・お前と同じ旗の元で戦いたかった・・・ということだ。しかし、もはや取り返しのつかない事態を招いた事実を俺は重々分かっている・・・だから・・・ハーロック、俺は俺の意地と魂を懸けてこれを残した。『お前の敵は・・・この俺だ』ーーー
イリタはコスチュームの上から一思いにアンフェタミンを体に打ち込む。体に広がるそれによって引き起こされた興奮が、死への恐怖をぬぐい去っていった。

「ハーロック!俺の命の後を追ってこい!」

最期の最期まで、イリタは宿敵ハーロックとの決着を望んでいた。ハーロックにとっての本当の敵は、ヌーではなく・・・半ばそれを呼び覚ましてしまうような事を行ってきたイリタ自身なのだと・・・そう伝えたのだ。願いを込めて撃ち込むミサイル。ファタモルガーナ号の中央部で炸裂する。即座に始まる再生・・・しかしイリタはそこへ向かってエンジンを噴かした。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁああああーーーーー!!」
恐らく、全宇宙にこの叫び声が轟いただろう。宇宙放送を見ている人々、トミ子、イチロー、アルカディア号の乗組員、そして中央保安管理局の者たち全員が、この時起きた出来事のすべてを目の当たりにする。それは一瞬の出来事だった。イリタを乗せた戦闘機は攻撃を避けながら、真っすぐにファタモルガーナ号でまだ再生の間に合っていない穴に向けて突撃した。丁度、機首がのめり込むと同時に穴が塞がり、狭い穴に入れなかった翼がもぎれ飛び、再生完了と同時に戦闘機の後部は無惨にも粉々に爆発。宇宙放送はそれでもまだファタモルガーナ号とアルカディア号の映像を送り続けているということは、戦闘機に搭載したワープ映像追尾装置が無事だということだ。

ーーー俺はまだファタモルガーナ号の内部へと特攻してしばらくは意識があった。機首がひんまがり、コクピットが圧縮され、キャノピーが歪んで開かず、苦しさからヘルメットを脱いだ。俺の下半身はぐちゃぐちゃになって動かなかったが、アンフェタミンのおかげでもはや痛みはない。視線はワープ映像追尾装置の無事を確認した。まだ大丈夫。これさえ無事なら・・・アルカディア号も・・・宇宙放送も追尾が可能だ。・・・そう思いながら・・・腹に刺さった操縦桿を抱きしめるように・・・俺は最期の時を迎えた。これでいい・・・これで・・・・よかったのだーーー
「ぐはぁっ!」
コクピットに吐き出される大量の血。イリタは微睡んでゆく視界を感じながらコクピットへともたれ掛った。
「トミ子さん、すまない・・・イチロー君・・・君は自分の旗を間違えずに生きてくれ・・・そしてハーロック・・・地獄で・・・待って・・い・・る・・・」
生まれ変わることが出来たら、もう戦いのない世界に生まれたい。家族を持って・・・共に宇宙を自由に旅して・・・子供の頃に描けなかった絵を自分の子供にたくさん描いてやりたいと思った。
ーーー光が・・・俺に向かって、光が広がってゆく・・・あの光の先に・・・俺は・・・行けるのだろうか?・・・こんな風にしか生きられなかった・・・この俺が・・・ーーー
コクピットから滑り降りてゆく血まみれの手は、最後の力を振り絞り、震えながら光に向かって伸びてゆく。一瞬、空を掴んだイリタは満足げな笑みを浮かべながら、小さくなったコクピットの中で息を引き取とった・・・。
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