CAPTAIN HERLOCK〜the Endless Odyssey〜イリタ外伝
序文
ーーー暖かい・・・今、俺はとても暖かい空間に包まれている。まるで、今までのことが嘘のように・・・安らかで心地よい。こうして、肉体を失ってからそれに気付いても遅いと人は言うだろう。だが、この俺には気付く時間などなかったのだ。否、気付こうともしなかったのかもしれない。・・・まぁ、いいじゃないか・・・俺は今・・・幸せだ。そして俺は新しい旅に出る。こうして永遠の安らぎの中・・・居るべき場所にいて・・・永遠に続く光の中で・・・・友と・・・共に・・俺の意志だけがここにいつづける。俺がどこにいて、どんな道を歩んできたのか・・・きっともうすぐ忘れてしまうだろう。その前にもう一度思い出しておこう・・・ここに来るまでの道のりをーーー
イリタユキヒト・・・かつて宇宙中央管理局の長官だった男。
彼はヌーの出現と地球の消滅によって、めまぐるしい宇宙の戦渦へと巻き込まれていった。その中で、やっと自分の居場所を再確認した時・・・彼は敵のいるファタモルガーナへと特攻を決意した。過去の様々な思いとなすべき事のすべてをその身に背負って彼は人間としての生涯を終えた。今、彼はまばゆい光の空間の入り口に立っている。この道を突き進めば、やがて彼は意志だけの存在となる。その前に・・・もう一度、思い出すのだった・・・。

第一話
パシッ!パシッ!
「何度いったらわかるんだ!このばか者が!父のようになりたいのか!! 良いというまで足を崩すな!勉強をしているとおもったら、宇宙旅行などという、下らん絵を描きおって!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい・・・」
厳格な老人の声。少年の泣き声。竹刀でたたく音がとめどなく、古風な日本家屋に谺する。
ーーー地球・・・超近代化構想によって乱立する高層ビル市街からそう遠くないそこは、巨大な庭園を持つイリタ家の屋敷があった。俺は冥王星で生まれた。冥王星観測所で宇宙放射線病に倒れた父の葬儀を終え、病弱な母とともに地球へ来てしばらく経った頃だったか・・・いつも、祖父に罵倒されていたのを覚えている。イリタ家の婿養子として入った俺の父は、どうしてもイリタ家の家風になじめずに、なかば駆け落ちともいえる状態で宇宙へ飛び出していった。そして、冥王星で生まれ育った俺にとって、地球での暮らしは、こういうものだと祖父に常々教え込まれてきた。まだ6歳の頃だっただろうか・・・ーーー
池の錦鯉がイリタ家当主の罵声に驚きはねた。この庭園に再び静寂が戻り、獅子脅しの音が聞こえるまで、有に一時間は経過しただろうか。正座したままの少年の体は所々真っ赤に晴れ上がり、床にはびりびりに破かれたスケッチブックが散乱していた。卓上に積み上げられた参考書とテキストの山だけが、ただ、整然とし、少年の涙を見つめている。
「いいか、ユキヒト。イリタ家は代々地球政府官僚を勤め、大臣の道を歩んできた。それがお前の父ときたら、銀河系だの宇宙への夢だのと下らん事を抜かして・・・。おかげでイリタ家は地球政府のつまはじきものだ!そんな大ばかものの血を引くお前をひきとったのは、冥王星などというろくに教育機関もない星で生まれたお前を立派にしてやりたい思いからだぞ。宇宙なんぞで死ぬなど、イリタ家の恥だ。決して父親のようになってはならない・・・」

ーーー父さんが・・・人間の未来のために・・・がんばって・・・死んでいったのは・・・無駄死にだったってことなの?・・・そう、子供だから大人のいうことは正しいと思っていた。そして、恥ずべき親を持った自分を詛った。代々、地球政府にまもられて、ぬくぬくと生活してきたあの家にとって、時代の波に乗ることは脅威だったのかもしれない。資源を使い果たした地球に見切りを付け、無法者と囚人たちの巣食う無秩序な宇宙へ飛び出し、そこで死ぬことが、どれだけこの家にとって世間体に反することか、幼い俺は、いやというほど教えられたーーー
少年イリタは拳を握りしめながら涙を堪え続けた。自分のおかれた立場は・・・所詮冥王星で生まれたというだけで世間から爪弾きされる身。病気の母を支え、家名を背負って生きてゆくには・・どうあっても成り上がらなくてはならない。夢を・・・ただ漠然とだったが、宇宙を自由に旅する夢を・・・この時手放さざる得なくなった。

ーーー変わり行く時代で常に我が身に求められる「権威と名声」はやがて俺から感情というものを奪っていった。どれだけ地球政府が堕落していかなど、幼い俺には分からない。自らが招いた自然破壊を無視して開発を続けることが当然の世界。そして未来のためにと宇宙開発に尽力した者たちを疎む世界があたりまえだと思い込まされるだけだった。しかし、やがて時代はかわる。いよいよ地球政府が人類の住む惑星:地球に危機を感じはじめた時、軒並み増える地球人口をどうにかする名目で、宇宙中央管理局を設立。冥王星観測所はその足がかりとなり、やがて地球政府は宇宙を統治すべく多くの科学者を軍隊ともに宇宙へと排出することとなる。中央管理局は、地球政府の管轄下にありながら、中央省庁を合わせ持っているような形態から、地球政府の支店とも言えるものだった。その中でも、地球外惑星への移民と宇宙内の保安ならびに惑星の開発事業に軍事力は大規模な需要があり、それによって防衛庁と警視庁の側面を合わせ持つ保安局は絶大な権力を誇っていた。実のところ、中央管理局の役目はもう資源を果たした地球にかわる移住の地を作り、拡大させる・・・つまりは、地球人類によって宇宙全体を支配することこそが本当の狙いだった。それが・・・宇宙に秩序をもたらし、人類移住をつづけた結果が・・・どれほど恐ろしい結果を招いたか・・・そんなことは・・・誰にもわからなかった。傲慢だった・・・かつて人類は宇宙と太陽、そして地球を、そしてそれに育まれた大自然に敬意をもって接していたはずだ・・・なのに、人類だけが変わってしまった。何も変わらない宇宙へ、何もかも変わってしまった人類が・・・踏み込んだことで・・・虚無がそこに現れたと言うわけだ。ふふ・・・そんな簡単なことになぜ気付けなかったか?・・・それは・・ろくな未来を残してやれない人間の時代が長く続いたからだ。そしてこの俺もまた・・・未来のために本当によりよい世界を残していると勘違いしていた一人だったーーーー

時代は、宇宙へとその拠点を移すこととなる・・・物心付いた頃になってイリタはそれを悟りはじめた。どうせ地球はこのまま滅ぶ。
「先のないこの星で生きてていったい何が残せるっていいうんだ。地球に残っている連中はみんな臆病者ばっかりじゃないか。僕は・・・地球を変えてみせる・・・ううん、地球だけじゃない、宇宙もだ。臆病者やふぬけどもばっかりの政府なんていらない。・・・いつか・・・必ず変えてみせる・・・」
どんなに家風を重んじる教育を受けていても、意志だけは父によく似て強かった。
ほどなくしてイリタ家当主であった祖父が死んだ。家風に束縛されてきたイリタは祖父の死によって完全に自由の身となったが、すでにイリタの前に引かれたレールは、助けの手を差し伸べる者のいない彼にとって絶対的なものになっていた。引かれたレールを突き進む事を、イリタは安易な気持ちで受け入れたわけではない。結局は権力至上主義の時代。どんな馬鹿でも権力さえあれば支配することができる。ならば・・・いっそこのレールを利用してしまえばいい・・・時代をかえるのは政府の高官ではなく、最前線で動く実務者のすること。イリタにとっての自由は、その先にあるのだと・・・そう彼は信じた。

「ユキヒト、お前はそれでいいの?」
すでに宇宙放射線病から外出すらできなくなり、床に臥せっていることが多くなった母は、咳き込みながら悲しそうにそう呟いた。
「これは僕の決断だよ、母さん。僕は立派な軍人になって・・・宇宙で名を馳せる男になるんだ。安心して。僕は・・・父さんの様にはならない」
「違うわ、ユキヒト。父さんは立派だったわ。地球政府が援助してくれないのを承知で・・・地球人類の為に命をかけたのよ」
「そうじゃない。父さんは夢ばかり追って、たくさんの人を犠牲にして、あんなちっぽけな星で無名のまま死んでいった。宇宙に広がった無法者連中を放ったらかしにして、研究に没頭して・・・結局何も生まれなかったじゃないか。僕は違う」
イリタは病床の母の手を振り切って立ち上がった。
「そんなことをして・・・何になるの?宇宙に出れば危険なことばっかりなのよ。母さんは・・・お前にもっと平和のために・・働く子になってほしいのよ!ユキヒト!待ってちょうだい・・・ユキヒト!」
「平和?そうさ、宇宙に秩序をもたらすこと・・・それが平和につながるんだ・・・!」
イリタは母の制止をなかば振り切る形で宇宙中央管理局へのエリート街道を進むべく、宇宙行政管理官訓練校へと入学する。この当時、教育機関の存在しない地球以外の惑星で生まれた育った人間が入学できることは稀だった。どうあっても規定水準以上を満たしたイリタの成績は宇宙行政管理官訓練校にとって満足できるものであり、入学を許可せざる得なかったと言えよう。
「なぁ・・・あいつ冥王星生まれだってよ」
「なんでそんなやつがここにいるんだよ」
「なんでも、政治家の家の出身らしいぜ」
「へぇ〜じゃぁ裏口入学かなんかじゃないのか?」
同期の者たちからは謂れのない事で多くのいじめにあうこともあった。しかし・・・。イリタはひたすら耐え忍び、いつか自分を嘲笑する者たちを見返してやることだけを心に、孤独な回廊を突き進んでゆく。
ーーー孤独だと思ったかなどということは定かではない。ただ、端から見てそうだった。俺は、孤独だと気付かないほど、孤独だったと・・・いうことだーーー
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